第13話 re:take
「あ、あの……お待たせしてしまってごめんなさい。――磐座、社……君」
待っている間に思わず寝てしまっていた社が、教室の扉が開く音と、おずおずとかけられる女子生徒の声で意識を覚醒させる。
「あ? え?」
なにやら剣呑な夢を見ていた気がするが、おきた瞬間に意識から去っていってしまった。
「明晰夢」を常に見ている社にしてみれば、珍しい事である。
だが今は、見慣れぬ女子生徒の登場と、その女生徒と夕暮れの教室に二人きりという状況に上書きされて、そんな疑問は消し飛んでしまう。
「ごめん、ちょっと寝ちゃってた……」
慌てていい訳をする社だが、タメ口でよかったのかなと不安になる。
一年生女子では見かけたことが無い気がしたからだ。
「私が待たせちゃったから」
照れくさそうに身を捩るその女生徒を社は知らない。
なぜか知らないという事に違和感を感じるが、間違いなく知らない。
理真や綾乃には一歩譲るとはいえ、これだけ綺麗な女の子と何らかの接点があれば、いかに三次元はクソ教に入信しかけていた社であっても覚えているはずだ。
それだけの美少女なのである。
一歩譲るのは、理真と綾乃が別格過ぎるゆえだ。
故に社が知らないという事に、間違いは無いはずだ。
その美少女が頬を染め、なにか言い出し難そうに、もじもじとしている。
――これはもしかして本当に告白なのか。
なぜか社の方も落ち着かなくなり、喉が渇き始める。
ぽつりぽつりと綺麗な声で話し出す内容は、以下の通り。
社を登美が丘高校の入学式で見かけたときから気になっていた。
でも自分は三年生だし、そういう経験もなかったから言い出せずにいた。
ところが「RIO」――春日部綾乃の転入から、学校一の美少女と名高い理真とも一緒に行動するようになった社の現状を知り、いてもたってもいられなくなった。
だから今日、勇気を出して呼び出したのだという。
――はいダウト。
常の社であれば、「んなことあるかよ、宗一郎じゃあるまいし」の一言で一刀両断するべき事態だが、まさかの年上、三年生女子である霧島はるか先輩の態度がとてもそうは思わせてくれない。
色恋沙汰にはもちろん疎く、そんな感情を向けられた経験など無いにも関わらず、今目の前で潤んだ瞳をしている「はるか先輩」の本気が伝わるのだ。
――社にもしも冷たくされたら、死んでしまうというほどの真摯さ。
いかな社といえど、安易に無碍に出来ない真剣さが、なぜか初対面の「はるか先輩」にはあるのだ。
自分がこれだけの美少女、それも先輩から好意を向けられることなどそうそうある幸運ではない事を、社は理解している。
それでも相手が真剣であればあるほど、きちんとお断りしなければならない。
なぜなら社は、理真が好きなのだ。
つい最近までは完全に高嶺の花どころか、別の世界の存在として好きでいることしか出来なかったが、春日部綾乃の転入から数日、昔のような距離感を取り戻せている。
だからといってうまく行くと思えるほど楽観的では無いが、一縷の望みが繋がった状況なのだ。
ここで下手をうつわけには行かない。
理真は意外と独占欲が強く、社が他の女の子にデレデレしていたらあっという間に見切りをつけられてしまうことは疑い得ない。
――というのはあくまでも社の見解であって、実際は全く違った反応を示す事になるのだが。
だが社にとっては断るしかない状況である。
少しももったいないと思わないと言えば、流石に嘘になる。
だが綾乃――現役トップアイドルである「RIO」に言い寄られても理真を選ぶことになんの躊躇いも無い社である。
惜しかろうが二度とない機会であろうが、お断りする事に変わりは無い。
「あの、すごくありがたいんですけど……」
「二番目――ううん、綾乃さんの次の三番目でもいいんです。これから社君の周りに女の子が増えるたびに、優先順位を落とされても構わないの。――だから社君の、彼女の一人にしてくれませんか?」
我ながら何様だと思いつつきちんと断ろうとした社の言葉に、とんでもない台詞が被せられる。
「――は?」
そういう台詞は聞いたことがある。
ただし現実世界においてではない。
社こよなく愛している、特定ジャンルの小説では必須のシーンだ。
だが実際に聞くことなど無い言葉の筆頭だとも思う。
他に好きな人がいてもいいから、自分は優先順位が下でもいいから、彼女の一人として側においてくれなんて、ハーレムものでも最近はあんまり無いんじゃなかろうか。
逆に現実で、相手が宗一郎であればありえるな、とも思うのだが。
いやそうじゃない。
あまりのことに絶句してしまったが、事態は推移している。
社の断りの言葉を己のトンデモ発言で封じるだけでは飽き足らず、そのリボンを解いている手は何かな?
胸元の釦を外して、何をしようとしているのかな?
「そういう対象としてだけでも、いいの……ダメ、かな?」
思わず生唾を飲み込む。
――呑んでる場合か!
助けて、宗一郎。
助けて、理真。
ハーレム系ラノベ展開だと思っていたら、エロゲ展開だったでござる。
しかもこれは「明晰夢」じゃなくて、現実、現実。
今ここで教師が入ってきた時点で、やっと光が差し始めた社の高校生活は問答無用で詰んでしまう。
いいから先輩、胸仕舞って。
抱きついてきて押し付けないで。
いや冗談抜きで。
た す け て く れ !
霧島はるか先輩ことルティナ・リナティア。
それがここまで真剣で、必死な理由をre:takeした社が知る由も無い。
ただ伝わってくるのは、嘘偽り無い真剣さと必死さだけである。
そして。
社が本気で助けを求めれば、宗一郎と理真にはそれが伝わる。
その結果魔法が使えない宗一郎は、剣道で鍛えた身体を全力で駆使してなぜか社が一年三組の教室にいることを確信して駆けつけた。
理真にいたってはその場で預けられていた社の血を飲み、実証実験では怖いといって試せていなかった「
その結果。
半裸の上級生に抱きつかれて真っ赤になっている社を視界に捉えた瞬間、理真の理性も我慢も吹き飛んだ。
幸いにして謎の先輩にその力が向かうことはなかったが、暴走した魔力が一年三組の教室の窓ガラスを全て吹き飛ばし、その一瞬で学校の敷地内に理真――マリアが使役する全ての召喚獣が顕現しかけた。
最も全て途中で掻き消えたのだが。
理真がその光景を見て、泣き出してしまったからだ。
高校一年生の美少女の泣きかたでは無い。
子供が大口あけて、天を仰いで大泣きするような、ただただ泣きたいからなくという明け透けな泣き方。
社はそう長くも無い人生の中で、一番血の気が聞く思いをした。
痴女先輩を気遣う余裕も無く、突き飛ばして理真のそばへ駆け寄る。
だが「わーん」とばかりに泣いている理真にどうしていいかわからずおろおろすることしか出来ない。
そこへ駆けつけた宗一郎が、あまりの状況に天を仰ぐ。
「説明してもらえる? 社君」
「無理言うな!」
理真の反応に真っ青になっているはるか先輩と、事情を理解し稀見せる酷薄な視線でそのはるか先輩を射抜く宗一郎と、ぐすぐすと泣きやまない理真というカオスな状況の中、社は頭を抱える。
本来であれば真っ先に駆けつけてくるはずの教師がいつまでたっても現れないことを疑問に思う余裕は、その時の社には残されていなかった。
当然生徒会長であるクリスが手を回したのではあるが。
窓ガラスはその日のうちに、宗一郎の手配で人知れず修復された。
もはや非日常こそが日常になった、社の日々が幕を開ける。
「黒の王ブレドとその仲間達」の「明晰夢」は多くの謎を孕んだまま、徐々に社の日常を侵食してゆく。
だがそれはまた、別のお話し。
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