第12話 黒の王

 魔法で身体強化されていない者には感知しようがない速度でルティナがクリスに


 今のところただの一般人と何ら変わることはない社だが、さきほど「転移テレポート」で現れただけあって、クリスの方は一通りの魔法を使えるようだ。


 ルティナの姿が社の目に捉えられなくなった直後に、クリスの姿も掻き消えた。

 生身同士とは思えぬ激突音が、一年三組の教室に響き渡る。


 その時点でやっと社は思い至ったのだが、一年三組の教室に、外部の音が届いていない。


 それに先ほどのルティナとのやり取りからの経過時間を考えれば、とっくに日が暮れていても不思議ではないはずなのに、未だ夕闇が深くなった状況のままである。


 ――これ、結界だ。


 時間の経過も含めて、全てが外界から隔離されている。


 社に触れたルティナの手によるものか、マリアの暴走と思い込んで止めに来たクリスの仕業かはわからないが、どちらにせよ今、音しか聞こえない戦闘で一年三組の教室を壊してしまう事はないという事に、妙な安心を得る。


 事と次第によっては己の身に危険が迫る、いやもうすでに迫っている状況であるというのに、我ながら暢気なものだと社は引き攣った笑いを浮かべた。


 これは自分がブレドだという事からくる余裕ではなく、現実逃避の一種だという事はよく解っている。

 いくら「明晰夢」で黒の王ブレドの戦闘を経験していても、社はあくまでもただの高校生だ。

 目の前で超常の戦闘が開始されて、平常でいられるほどの胆力は持ち合わせていない。

 

 社は今、十数年に過ぎない人生の中で最も


 己の明晰夢で、これ以上過酷な戦闘をあたかも現実のように追体験したことは幾度もある。


 黒の王ブレドは必要であれば容赦する人間ではない。

 これ以上ないくらい残忍に敵対者を殺したこともあるし、そこを拠点とする敵対勢力毎地域一帯を、広域魔法で消し飛ばしたことすらある。


 話を聞いてくれていた当時の友人たちにはもちろん、宗一郎や理真にさえ詳しく語ったことはないが、その明晰夢を見てしばらくは、明晰夢を見ることが怖くなった内容のものも多くあるのだ。


 それは今目の前で展開されているよりもよほどひりつく空気をまとったものであったが、その時の社は「ブレド」であったのだ。


 圧倒的な魔力を持ち、傷一つ負うことなくどんな敵でも蹂躙して見せる絶対者。


 恐怖し、覚悟するのは己が敵をことに対してであって、己に危害が加えられるという恐怖は、単身で敵のど真ん中に乗り込んだ時でさえ一切なかった。


 だが今は違う。


 今己を護るべく、ちょっととんでもない音を発しながら目に見えない戦闘を繰り広げているクリスが敗北すれば、自分の身を守ることもできないただの高校生、磐座社がぽつんと残されるだけだ。


 たとえ力を失っていたとしても、黒の王なら――ブレドならばビビったりなんかは絶対にしないだろう。


 だが自分は「黒の王ブレド」の故を見続けてきただけの、磐座社というただの高校生だ。


 しかも宗一郎、理真、綾乃たちが居なければ、学校の級友たちの中でもモブ・オブ・ザ・モブをやっていたような人間だ。


 ――怖い。


 さっきまでの、いや今現在でさえも現実離れした状況の中でいろいろなものが麻痺したままだという事は自覚もあるが、それゆえにはっきりと自分が恐怖を感じていることが浮き彫りになる。


 体は正直なもので、足が震えている。


 真面目に今の状況を分析すれば立っていられなくなりそうなので、愚にもつかないことを考えて何とかのだ。


 だがそれもいつまでも持つわけもない。

 戦闘が行われている以上、遠からず決着はつくのだ。


 まるで冗談のような会話から始まった戦闘だが、目で追えない、音だけしか捉えられないというのは常軌を逸しすぎている。


 ここ数日、宗一郎、理真、綾乃と共にジン、マリアの剣技、魔法、召喚術などを試してきていたが、それらを駆使したとしてもこの戦闘についていけるとはとても思えない。


 決着は唐突につく。


 今までまるで見えていなかったクリスが吹っ飛ばされ、黒板にたたきつけられる形で姿を現す。


 半ば黒板にめり込むようになったクリスの口元から鮮血がこぼれ、せき込む。


 常人であれば即死するしかないような衝撃を受けてなおクリスは生きているが、継戦能力は失われたとみて間違いないだろう。


 あまりの衝撃に登美ケ丘高校の制服はズタズタになり、ある意味クリスの象徴でもあるつつましやかな胸がさらけ出されている。

 おさげの様にしていた髪もほどけて、こうしてみると色が違うだけでクリス・ククリス・クランクランそのものであることがよくわかる。


 ――美少女二人が半裸で戦闘って、ラノベのお約束だよなあ。


 より危機的状況へ追い込まれたことで、社の現実逃避思考も絶好調である。


 その証拠にもう足は震えるというレベルを超越し、かくかくとしているといった方がいい状況だ。


 「明晰夢」では、「魔導帝国」宰相クリスが膝をつくところなど見た記憶は終ぞないが、この世界で再会? したクリスは今、社を護るために戦い、敗れ、血を流している。


 決定的な一撃をクリスに加えるまでに、自身も相当のダメージを負っていたらしいルティナの制服もボロボロである。


 今ここで一年三組の教室に教師が踏み込んできた日には、社の高校生活は終焉を迎えざるを得ないであろう惨状だ。


 制服ボロボロで半裸の女子生徒二人と男子生徒一人が同じ教室にいたとなれば裁判不要で有罪判決ギルティは間違いない。


 実際は社の高校生活どころか、短い人生の幕が下りてもおかしくない状況ではあるのだが。


「社君……さっきの続き、しましょうね」


 各所破れてもはやもはや襤褸ぼろのようになった登美ケ丘高校の制服を纏わりつかせながら、ほぼ半裸の霧島はるか先輩――そんな生徒はいないとクリスが言ったのでルティナというべきか――が、普通であれば魅惑的な提案を口にする。


 だが今の社にとっては、死刑宣告に等しく響く。

 なんならさっさと「魅了チャーム」してもらった方が楽だろう。


「社様! 「原世界こちら」の私の力では、封印を限定解除されたその女ルティナには及びません! 宗一郎様か、理真様をお呼びください! 社様が呼べば、お二人はすぐに来ます! 最悪手ではありますがもはやそれしかありません!」


 口の端から血をこぼしながら、叫びにもならない叫び声でクリスが社に告げる。

 宗一郎と理真に助けてもらえ、と。


 ――確かにそれしかないだろう。


 宗一郎と理真が、ジンとマリアの力を持っているのであれば、今目の前の脅威であるルティナにも対処できるかもしれない。


 使いこなせていないとはいえ、ジンとマリアの力なのだ。


 その燃料である社もこの場にいるし、この前宗一郎、理真、綾乃それぞれに持ってきた「入れ物」に、社の血を入れてもいる。


 この危機的状況に、二人の力とその周到な準備をもって対処してもらうのは、今の社の手に残された最後のカードと言っても間違いない。


 クリスがそういうのであれば、社が本気で呼べば宗一郎と理真にはその意思が通じるのだろう。


 ――呼べば、二人は来てくれる。


 そう思った瞬間、足の震えが止まった。

 もう二、三歩ルティナに近づかれれば、何ならへたり込んでいただろう腰から下にも力が戻る。


 ――


 勝てるかどうかわからない相手であっても、社の危機となれば一も二もなく来るだろう。


 こんな危険な場所に、社が助けを求めたからという、たったそれだけの理由で。

 

 ――


 宗一郎や理真、綾乃に己の血を渡した理由は何だった。


 この世界でも起こりうる事故や天災、そういったあらゆる危険から三人を少しでも護れればと思ったからだ。

 何かが起こった時、普通の人が持たない「超常能力」があれば、普通ならあきらめるしかない状況であっても何とかなるだろうと思ったからだ。


 ――決して情けない自分を護るために、危険にさらさせるためじゃない。


 体の震えは止まった。

 心の怯えも消えた。


 ――かわりに灯った感情はだ。


 宗一郎と理真を危険に晒すかもしれないのに、ただビビッていた自分に腹が立つ。

 ここで自分が止めなければ、宗一郎と理真にも危害を加えかねない、霧島はるか先輩――ルティナにも腹が立つ。


 何よりも、この何がなんだかわからない状況が腹に据えかねる。


 今自分を取り巻く世界に何が起こっているかは全く分からない。

 磐座社という自分が、黒の王ブレドと同一なのか、「原存在オリジン」とはなんなのか、わからないことだらけだ。


 だがいま、「明晰夢」でよく知っているクリスが自分を護るために傷つき、事情はどうあれ敵対する存在が目の前にいる。


 それに怯え、あまつさえ宗一郎と理真を危険に晒すなどあってはならない。

 自分が社であれ、ブレドであれ、それだけは絶対だ。

 

 ならばどうするか。


 ――俺が危険を排除する。


 どうやってかは知らん。

 だが宗一郎も理真も絶対に呼ばない。

 これ以上クリスにも戦わせない。


 そうだ、ここで俺が好きにされたら、同じことなんだ。


 宗一郎にも、理真にもこの俺の「明晰夢」からあふれ出した存在が迷惑をかけることを許すわけには行かない。


 ――


 己の明晰夢の責任は、己がとる。

 当たり前のことだ。


『我が「原存在オリジン」 ――俺の力が必要か』


 脳内に直接響くように、「明晰夢」の中で己の声として聴いていた声が突然響く。


 「明晰夢」で聞きなれた、黒の王ブレドの落ち着いた声。

 情けなく取り乱している社とは違い、この状況でもいつも通り落ち着いている。


「自分の夢の不始末なんでな。その夢の中で最強のお前の力を貸してくれるんなら助かるよ。――貸してくれるのか?」


 いちいち驚いたり疑問を持っている場合でもない。

 社の知る、「黒の王ブレド」の力を使える問いのであれば、この場はあっさりと方が着くだろう。


『「原存在オリジン」の願いには応えなきゃならんからな……では体を借りるぞ』


「返してくれるのか?」


 返してくれないとしても、力を借りる事を躊躇うつもりは無いのだが。

 

『心配するな、ちゃんと返す。何なら俺の身体をやってもいい。――ま、それはまだ先の話だ。こりゃ「原存在オリジン」の願いに応えるというよりゃ、こっちの不始末だからな。きちっとケツは拭くよ』


 どうやら「ブレド」は自分とは厳密には違う存在らしい。

 だが社の身体をのっとってどうこうという事でもないようだ。


 まあ力を貸してくれるというのであれば、今の社に選択肢など無い。

 代償がなんであれ、ここで脅威を排除する。


 代償無しで貸してくれるというのであれば願ったりだ。


 ――俺の体でよければ好きに使ってくれ。


 男の自分でも見蕩れるような、引き締ったブレド本来の体とは比べるべくも無いが。

 少なくともこの世界で魔法を使うことくらいは可能なはずだ、ここ数日の実証実験からしても。

 

 脳内で繰り広げられた会話は、現実ではほんの刹那。


 その刹那で、さっきまで怯えていた社の震えが止まり、次の瞬間に《《》》社ではないもの》》に豹変する。


 魔力に長けるルティナも、宗一郎と理真を呼ぶように指示したクリスも、その変化を一瞬で感知する。

 感知せざるをえないほどの膨大な魔力が、見た目は何も変わらない社の身体から溢れ出したからだ。


 ゆっくりと近寄ってきていたルティナの歩が止まり、さっきまでの社を映したかのようにその躰が震えだす。


「あ、貴方様は……」


「――ブレド様!」


 強張ってまともに言葉を発せないルティナに代わって、クリスが歓喜の声を上げる。


「おう、クリス。久しぶりだな。なに無い乳ほりだして血ぃ吐いてんだ情けねえ。リナティアの第二皇女程度に好きにされてんなよ」


 見た目はそのままに、今の社は「黒の王ブレド」となっている。

 その身に纏う威圧も、吹き上がる魔力も、社が「明晰夢」で見ていたブレドそのものだ。


 どんな相手でも鎧袖一触する無敵の存在。


 それが先の一瞬で、社の中に顕現している。

 それを確認する社は、ブレドの意識と変わった今眠っているので、確認しようもないのだが。


「お、お言葉ですが黒の王! 貴方の封印のせいで「原世界」でもまともな力が出せませんのよ? 封印掛けた本人が言わないで頂きたいですわ」


 ブレドが覚醒してしまえば、今のこの状況など危機にもならない。

 それをよく理解しているクリスがもはや悲壮感などなく、あまりのブレドのいいように怒りの言葉を返す。


「そりゃそうか。こうなったらお前やリリスあたりの封印は解除しておくべきかもしれんな。――後で血やるから解除しておけ。計画とはえらくずれちまったが、次の段階へ移行だ」


「承知しましたわ」


 「救世」に関わる計画を、次へと進める宣言をするブレド。

 クリスは反論することなくその言葉に従う。

 

 ブレドにしたら、自分が出てきた時点で今の危機はもう解決しているのだ。

 あとはどう収めるか、というだけである。


「さて、ルティナ・リナティア」


 この危機の元凶に声をかける。


 己が最も恐れ、またもっとも憧れる黒の王ブレドが突然敵として顕現したことに、ルティナは固まってしまっている。


 ハッタリではないことは、自分が一番理解している。


 今目の前にいる、ついさっきまで自分の魔力に震えていた相手は、見た目がまるで変わっていないにもかかわらず、ルティナの良く知るブレドそのものだ。


 つまり今、ルティナは完全に詰んだのだ。


 何も言えず、何の抵抗もできず、今からブレドが下す判断通りにその身を処されるしかない。

 つい先ほどまでの社と同じように震えていたルティナの躰は、今やそれ以上の威圧によって震えることも赦されなくなっている。


「俺の「原存在オリジン」は結構可愛らしいだろう。色仕掛けとはなかなか思い切ったことをする」


「――「原存在オリジン」?」


「なんだ、知らんのか。リナティア皇室には「原世界」の伝承があると聞いていたし、「原世界」に来てまで俺の「原存在オリジン」に手を出すとはやるものだと思っていたのだが……ふむ」


 何やらブレドが腕を組んで考え込んでいる。


 普通であれば油断としか思えぬ態度だが、ルティナがほんの僅かでも反抗の意志を示せば、ためらいなく始末されるだろう。


 またこの期に及んで考え事をしているブレドに対して、クリスも何も言わない。

 たとえ血を吐くほどのダメージを己に与えた相手の処遇であっても、ブレドがこうと決めればそれは絶対なのだ。


 ヘクセンヴァール世界を統べる「魔導帝国」において、黒の王ブレドの意思こそが唯一絶対だ。

 宰相であるクリスや、よくわからないポジションにいるリリスが意見を述べることは許されるが、ブレドが決めた事が覆ることは絶対に無い。


 それをよく知るからこそ、ルティナは最初一か八かの賭けに出た。

 それ以降の展開で賭け所を過ち、今の状況になってしまっているのだが。


「ここがヘクセンヴァールで、敵対したのが俺に対してであれば間違いなく殺す。――そういう状況だ。だが今回は記憶を封じるにしても、最終的には我が「原存在オリジン」は全ての記憶を取り戻す。というかそうせねばならん。その際、ルティナを殺しているというのは少々拙い……クリス、どう思う?」


 社の姿のまま、ブレドが魔導帝国の「黒の王」としての判断を下したうえで、それをそのまま執行するのは拙いという見解を示し、宰相であるクリスに意見を求める。


「……おそらくその考えで間違いないと思いますわ。正直に申しましてブレド様の「原存在オリジン」はなんと言いますかその……」


 基本的にクリスも同じ意見のようだ。


 だが、ブレドの言う「原存在オリジン」――社には言いたいことがそれなり以上にあるようでもあるが。


 躊躇なく宗一郎と理真に助けを求めるべき場面で、そうしなかったことを言っているのだろう。

 としては立派かもしれないが、としては失格ともいえる。


「甘くて、かわいいだろ?」


「そこまではいいませんわ」


 社の顔のまま、社にはとてもできないシニカルな表情でにやりと笑うブレド。


 クリスにとって同志であり、絶対的主君でもある黒の王ブレド、そのに位置する「原存在オリジン」――社にそこまでの暴言を吐いたつもりはない。


 ただブレドとまでは行かなくとも、いま少し王らしく振舞ってほしいと言いたかっただけだ。


「しょうがねえだろ、まだ15歳、しかも平和な「原世界」で育ったんだから。それに……」


 社が自分にフォローを入れているような状況だが、見た目はそのままでも身に纏う空気がまるで違うため、とてもそうはみえない。

 ブレドは己の「原存在オリジン」である社のフォローを入れているのだ。


「そうでなくちゃあ、俺たちの世界は救えない。――そうだろう?」


「それはそうなのですが」


 ブレドとクリスには「救世」のなんたるかがわかっているのだろう。

 ルティナにはまるで理解できないのではあるが。


 会話をしながら回復魔法をクリスにかけるブレド。

 何物をも殺しうる圧倒的な破壊の力と、死からさえ生命を呼び戻すといわれる癒しの力を併せ持つブレドにかかれば、先のクリスの負傷など一瞬で感知する。


 その際に、どういう手段かクリスの「封印」も解除したのであろう。

 もはや今から仕切りなおしたとして、ルティナがクリスに勝てる可能性はゼロになった。


 たとえクリスをどうにかできても、ブレドが存在する以上そんなことに意味はないのだが。


 そうして社の姿のまま、ブレドがルティナに振り替える。

 沙汰が下されるのだ。


「と、言うわけでルティナ・リナティア。――貴様の最初の願い、我が「原存在オリジン」の仲間となることを認めよう。身も心も我が「原存在オリジン」に尽くせ。ジンとマリア、リオの「原存在オリジン」が落ち着いてなどいられないようにな。――それが出来れば、リナティア皇国の再興も認めよう」


 明確に敵対した自分に対して、信じられないブレドの言葉である。

とはいえ簡単に自分を始末してしまえるブレドが、回りくどい嘘を言う必要もない。


 魔導帝国の宰相であるクリスが何も言わない事から見ても、本気だという事だ。

 

「仰せのままに」


 正直疑問は山ほどある。


 この「原世界」でなにをどうすれば「救世」となるのか。

 「原存在オリジン」とはなんなのか。


 だが今は疑問を問うべき状況ではない。


 命が助かったばかりか、その命を捨ててでも叶えたかった望みを、絶対者が叶えると明言しているのだ。

 

 ブレドの言う我が「原存在オリジン」――どう考えても社の事だ――に身も心も捧げて尽くせば、それでいいと。


 黒の王たるブレド自らの命令である。

 社にルティナ――「原世界」においては「霧島はるか」が付きまとうことを厭うであろう、宗一郎も理真もこれには逆らえまい。


 少々ルティナは誤解しているが、クリスの存在もあり、霧島はるかという三年生女子が、社の傍に居ることは認められたといっていい。


 ――身も心も社に尽くす。


 要は女としてできることを全てすればいいという事だ。

 しかも宗一郎と理真を煽るような勢いでやってもいいという事らしい。


 それは逆を返せば、本当に籠絡してしまってはダメだという事も意味する。

 あくまで自分は主としてマリア――理真を煽り、社と理真がうまくいくように立ち回れという事だとルティナは理解した。


 だがそのためにできることは全てする。


 下僕の如く傅くことも、求められれば躰を赦すことも、目的に沿うのであればすべてはありだという事。


 ルティナはそういうことが得意なわけではないが、覚醒していないと判断したブレドの「原存在オリジン」に「魅了チャーム」をかけてでも目的を達しようとしたことを面白がられたのだろう。


 苦手であろうが得意であろうが、ルティナはその任務を全身全霊を込めてやることを決意している。


 戦ってブレドに勝つことに比べれば簡単などというのも生温い条件だ。


 己の貞操どころか、今後の人生すべてをささげても、今ここで殺されてしまう事に比べれば充分以上の見返りを得られる。


 それでリナティア皇国が再興されるのであれば、なんだってやる。


 ――それに社君、悪くないしな……


 そんなことを考える自分に、ルティナ自身が驚いている。

 究極の状況下におかれたせいで頭がおかしくなっているのかもしれない。


 何か話し合っているブレドとクレアの会話に口を差し挟むことなく、この後の支持に忠実に従うべく控えるルティナである。

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