第03話 幼馴染の二人
「ううう」
自分でも聞いた事ないようなうめき声を洩らしながら、ベットサイドで充電していた「サードアイ・コネクタ」をのろのろと装着する。
「ネットワークリンク。サイト「RIO」。アイドルのファンサイト」
我ながらあきらめが悪いと思いながら、昨夜「綺麗な娘だなあ」と思った最近大人気のアイドル「RIO」のサイトに飛んでみる。
視界にいきなり現れる、「RIO」本人の全身。
ふわふわというか、くるくるというべきか綺麗な長い髪と、優しそうな薄い水色の瞳。
社の知識ではそのヘアスタイルを何と言っていいのかわからないが、いかにも芸能人と言った感じの髪型だという事は理解できる。
多くの男性ファンを魅了してやまない抜群のプロポーションを、アイドルとしてはあっさりしていると言っていい、幾重にも絹を重ねたような不思議な衣装で飾っている。
重力に逆らう様に付きだされている胸のふくらみは、その衣装では隠しきれていない。
――ああ、まちがいないわ。
社の膝から下の力が抜ける。
似ているとか、言われて見れば面影があるとかそういうレベルじゃない。
我ながら自分の記憶力をほめたくなるほどに、昨夜あるいは今朝夢の中で自分が組み敷いたリオそのものだ。
男というのはほんとうに救い難い生き物で、嘘偽りなく落ち込んでいるにも拘わらず夢の記憶が浮かんできて赤面してしまう。
記憶に焼き付いて消えない夢の「リオ」の裸体が、寸分もずれることなく今表示されている「RIO」に重って見えた。
それを見透かされたように、画像の「RIO」がとびっきりの笑顔で微笑みかけると、裾を翻して衣装の白が画面いっぱいに広がった。
思わずどきっさせられたが、今のはファンサイトを訪れた際に表示されるアニメーションにすぎない。
白が広がった後には、ファンサイトの各種コンテンツが表示されている。
社の最後の抵抗もむなしく終わった。
というよりは自分が性的に魅力を感じた女性を、自分の想像物語に組み込んで登場させ、あまつさえエッチな夢を見るような妄想力の化け物だと再確認させられたといっていい。
「黒の王ブレドとその仲間たち」の物語に登場する、社が魅力的だと思っている登場人物たちになぜかものすごく罪悪感を持ってしまう。
とりわけ社の望みとして登場させてしまっていたマリアとジンにより一層罪悪感が強い。
何と言ってもその二人には「元ネタ」と言っていい本人がこの世界に実在するのだ。
マリアの方はなぜか同じ学校とはいえ最近疎遠だからまだましか。
――そう言う問題でもないか。
ジンの方は、幼稚舎小学舎中学校、今の高校を通して社の親友と言っていいポジションに居る。
二人とも、本来であれば社が通っている高校へ進学するような能力でも家でもない。
社がこの春入学した登美ヶ丘高校は県内では辛うじて進学校と呼べるかもしれない程度であるとはいえ、トップではもちろんないし、そもそも公立だ。
社は自分の能力には見合っているというか少し背伸びした位に思っているが、二人に最も合っているとはとても言い難い。
マリアの中の人……と判明してしまった事実を思い出し、社は再び落ち込む。
祖父の代から国会議員を始め各種議員を輩出している政治家系の一族。
いわゆる政界の重鎮と言われる家の長女が理真だ。
マリアとは髪と瞳の色以外はそのままに成長して、今は同じ高校一年生。
クラスは一緒だが、中学生後半くらいからは疎遠になっている。
弓道部で全中へ出場するくらいの腕前と、勉学の方も常に上位に位置する、誰もが想像する「お嬢様」をそのまま形にしたような存在だ。
まだ仲が良かった頃はぞっとするような美貌に反してころころよく笑うやさしいイメージだったが、疎遠になってからは基本無表情で近寄りがたい感じになっている。
すまん、理真。お前はそんなことないよって言ってくれていたけど、やっぱり俺の妄想だったわ。
まあもはや理真の人生に俺が大きくかかわることはないだろうけど、ごめんな。
内心で、幼馴染の少女に詫びる。
疎遠になっていてよかったと思わなくもない社である。
――我ながらヘタレだ。
だがもしも仲良かったままであったら申し訳なさは倍増するし、今朝の夢を説明するなど死んでもごめんだった。
一方、今でも仲のいいジンの中の人には、洗いざらい話して詫びる必要があるだろう。
そんなことを気にする奴ではないのだけれど。
平安時代から続く刀匠の家系。
曽祖父の代までは刀匠として先代の技術を受け継ぎ、時代へ繋ぐことのみに邁進してきたが、祖父がその技術を活かしてレアメタルの開発、高純度化に発展させ、今では世界でも有名な「三条製錬」を軸とした「SANJOUグループ」を形成している。
戦前は「三条財閥」と呼ばれていた、まあ有り体に言うと財界の重鎮といっていい一族だ。
その現当主の次男が宗一郎である。
ジンと違うのは理真と同じく髪と瞳の色だけで、後はそっくりそのままの姿だ。
同じクラス、幼稚舎の頃から変わらずべたべたはしないが親友ポジション。
とはいえ学校内では常に傍に居るようなことをしない為、社との関係を正しく把握している人間は意外と少ない。
「僕がジンなら、剣は扱えないとね」
という幼少のみぎりのお言葉から剣道を習い始め、小学生の頃から日本一を維持。
勉強も冗談かと思う位よくできて、全国模試では常に上位をキープ。
まだ仲が良かった頃、どうしても勝てないと理真が悔しがっていたが、社は宗一郎が本気を出せば全国模試一位も可能ではないのかと疑っている。
一度聴いたら笑ってはぐらかされた。
長男との兼ね合いとか、あそこまでの家になるといろいろあるのかもしれないと思ってはいるが、困ったような顔で笑われたのでそれ以降話題に出したことはない。
誰にでも人当たりがよく優しいが、社以外には一定以上近づくことを許さない空気を纏っている。
結果として中学では、宗一郎に心酔する人間ほど社の事をよく知るような状況になっていた。
今は高校へ入って一度リセットされているが。
ああ、宗一郎とは今日も会うしなあ。
そうなりゃ勘の鋭いあいつのことだ、気まずい俺の様子にはすぐ気付くだろう。
その上で俺から話すまで涼しい顔で黙ってやがるから厄介なんだよな。
何故自分と親友なんかをやっているのかわからない、出来すぎな相手を想い溜息をつく。
――まあ宗一郎相手に隠し事しても始まらんし、素直に言って謝るしかないか。
一番無難な答えを出して思考を冷却する。
何で自分なんかと親友をやってくれているかの理由と言えば、「黒の王ブレドとその仲間たち」の冒険譚がきっかけになったとしか思いつくものが社にはない。
子供の頃から、
「社君がブレド様として覚醒した時に、変わらず双璧として隣に居られるように努力しておかないとね」
などと涼しげに微笑んでいたことを思い出す。
自分と理真は興奮して「うんうん」と頷いていたが、今にして思えば宗一郎は大人だったのだろうと社は思う。
夢見がちな自分と理真を微笑ましく見守ってくれていたのだろう、と。
「社君もブレド様として恥ずかしくないように努力しないとね」
と言われ、ブレドならぬ磐座社も大層努力に励んだものである。
おかげさまで二人には到底及ばないものの、人並み以上の成績と運動神経は維持できていた。
それについては感謝している。
社が中学時代からはまり始めたヲタク系の趣味も、共にはまる事こそなかったがうるさくいう事もない、理解ある友人でいてくれた。
未だなくならない「いじめ」に社が晒されたことがないのは、ひとえに二人の友人、特に宗一郎の功績が大きいと言えるだろう。
そんなハイスペックというか、運と才能と努力を兼ね備えた二人が、なぜ公立高校へ進学したのかは謎だ。
――嘘である。
少なくとも宗一郎が、社と同じ学校で高校生活を過ごすために登美ヶ丘高校を選んだことを、社は知っている。
その選択を両親はもちろん、一族に実力で承認させていることもだ。
「どの学校で学ぼうが、僕にとっては同じだよ」
と言い放てる宗一郎の実力と、たとえどんな学歴であろうが本人の実力さえあれば就職などに煩わされることのない「SANJOグループ」の矜持があってこその許可だっただろうとは思う。
それにしたって普通はありえる事ではない。
おかげで登美ヶ丘高校は中堅公立高校でありながら全国模試トップ50に入る二人(もう一人は理真)を受け入れることになった。
とある事情で同じ病院で同じ日に生まれた(これは理真も同じだが)とはいえ、庶民である磐座家ごと、なぜか三条の家の人たちは気に入ってくれている。
小学舎まで某有名私立へ社が通えていたのは、自分の両親と三条の両親の友誼のおかげだ。
幼稚舎、小学舎低学年の頃はさほど疑問に思わなかったが、小学舎中学年位から自分が浮いていることは自覚できた。
まわりは相当な名家の子女たちばかりだったのだ。
金持ち喧嘩せずで、基本的にいい奴等ばかりだったけれど、やはり自分は異質だったと社は思う。
その上、「黒の王ブレドとその仲間たち」の冒険譚で、理真と宗一郎の信者を、本質的に敵に回しても居た。
当の本人たちが喜んで聞いている事と、三条家と斎女家がその私立の中でも突出した名家でなければ、何らかの嫌がらせを受けていたかもしれない。
それに三条家の好意は、有名私立への推薦という形では受けてはいても、経済的な援助の一切を両親が断っていたので、磐座の家はやりくりが大変だった。
それに小学舎4年生で気が付いた社は、地元の中学校へ進むことを決めた。
中小メーカーの課長職である平凡な父親と、それを支えるこれまた平凡な母親を、社は心の底から尊敬している。
ふとした縁で懇意になった、超が付くほどのお金持ちとの付き合いを、きちんと良識とけじめをもってしてくれたことを、えらそうながら社は感謝もしていた。
だからこそ今でも自分は、敵わないところだらけとはいえ本質的な部分では理真と宗一郎と対等で居られる。
もし自分の幼稚舎、小学舎時代の学費を理真か宗一郎の家に出してもらっていたとしたら、それをどこかのタイミングで知ってしまったとしたら、自分はもう理真と宗一郎を「友達」と思えなくなっていたかもしれない。
当の本人である二人は、そんなこと気にもしないだろうけれど。
理真の方はどうなのかな、と社は思う。
斎女家とも付き合いのある磐座家だが、三条家と比べるとそれは上っ面だけのものに社には感じられる。
斎女家の人々にとって、社は宗一郎のおまけに過ぎないのだろう。
宗一郎と同じ学校へ行く事を理真が望み、政治家一族の当主である両親がそれを許可したというのが無難なところか。
国政にかかわる斎女家にとって、日本有数の企業グループである「SANJOUグループ」現総裁の次男との付き合いは無視できるものではない。
いやらしい見方をすれば、宗一郎が次男であることがすばらしい。
理真の婿養子として迎え入れ、「SANJOUグループ」の潤沢な資本力を背景に政治活動を展開することを、全く計算していないことはないだろう。
そういう事を考えると、社は少し寂しくなる。
理真と宗一郎は、本来そういう世界の子供たちなのだ。
自分とは本来、住む世界が違う。
今はまだ高校生程度だから共にいることが赦されてはいるが、時が経てばいずれ無理は破綻する。
現に理真とはもはや疎遠だ。
宗一郎は涼しい顔して「どうとでもなるさ」と笑うだろうけど、社はそこまで自分に自信がある訳ではない。
そもそも、どうしてこうまでして宗一郎が自分と一緒にいることを優先するのかすら、本当の意味では解らないのだ。
「ん? 楽しいから」
などと宗一郎は笑うが、とても信じられない。
「黒の王ブレドとその仲間たち」の冒険譚が、そこまでの絆を生んでくれたとも思えない。
だからこそ無意識に「黒の王ブレドとその仲間たち」の冒険譚に二人を登場させ、解りやすい絆を欲したのだろうか。
それならまだ自分を許してもいいような気がした。
どうやら「黒の王ブレドとその仲間たち」の冒険譚は、社の欲望と妄想の産物であったことが確定したが、それは自分の気が済むように謝るだけの事だ。
二人との
社自身も理真、宗一郎と共にいることを望むのであれば、それが可能な立ち位置を確保すればいいだけのことだ。
子供の頃宗一郎が言っていた通り。
それに努力する時間はまだまだあるし、勉強やスポーツだけが、人間の価値ではあるまい。
――自分だけ庶民で可愛そうなボクチン、に浸るのは格好悪いしな。
幼馴染の二人の事はまあいいとしよう。
昔からの付き合いがある理真、宗一郎の二人はともかく、昨日たまたま自分の目に留まっただけの「RIO」さんには申し訳ないとしか言いようがない。
こんな地方の見も知らぬヲタク系男子高校生の妄想ネタにされていると知ったら、「RIO」さんもそりゃもう気持ち悪かろう。
まあアイドルをやっている以上、そういう妄想に晒されるのも仕事の内なのかもしれないが、あれだけ具体的な夢を見てしまっては申し訳なさがどうしても残る。
「メッセージ」
音声入力で、ファンメッセージコンテンツへ移動する。
「入力」
『入力受付開始します。 3 2 1 どうぞ』
社の「サードアイ・コネクタ」が音声入力を受け付ける。
「「RIO」・ラサス・ウィンダリオン様。応援しています。これからもがんばってください。 ブレド」
『「リオ・ラサス・ウィンダリオン様。応援しています。これからもがんばってください。ブレド」 以上でよろしいでしょうか?』
「リオのみアルファベット、カッコで囲む」
『「「RIO」・ラサス・ウィンダリオン様。応援しています。これからもがんばってください。 ブレド」 以上でよろしいでしょうか?』
「オッケー」
『書き込みいたします』
申し訳ないというより、これじゃただの悪あがきだなと司は自分自身呆れた。
毒を喰らわば皿までだ。ちょっと違うか。
自分が綺麗な娘だな、と思い夢にまで登場させてしまったアイドルだ。
せめて応援のメッセージでも残そうかと思ったのだが。
もはや自分ですら信じる事が出来なくなりつつある「黒の王ブレドとその仲間たち」の物語を知るものにしかわからないような形にするとは、我ながら往生際が悪い。
これで「RIO」から「貴方がブレド様なのですか?」とでも来れば物語が始まるのだが。
しばらく待ってみたが、毎朝ファンの書き込みへ自ら解答する(本当かどうかは知らないが)RIOの書き込みは当たり障りのないものだった。
他のファンから厳しいツッコミが入っているのが心に刺さる。
今の書き込みが痛々しいことは、社自身も認めざるを得ない。
そもそも理真も宗一郎も、社の話を聞いてもまったく夢を見たり記憶を取り戻したりするようなことはなかったのだ。
当然だが。
都合よく「RIO」が、社と同じ明晰夢を共有していることなどありえるはずがない。
これじゃ恥の上塗りだな、と社はいろいろ諦めた。
そろそろ登校の準備をしないといくら言っても止めない宗一郎が家まで迎えに来る時間になってしまう。
社がいくらやめろと言っても、剣道部の朝練に間に合う時間に宗一郎は社の家まで迎えにやってくる。
三条家が用意すると言い張った車での送迎は、中学時代に大喧嘩の末辞めさせることに成功している。おかげで宗一郎も自転車通学するようになり、社は三条家の家令には結構な嫌味を言われている。
登美ヶ丘高校は社の住むマンションの隣なので歩いて5分で到着できる。
中学時代ならまだしも、その五分を共有することに何の意味があるのやらと社は呆れもするが、宗一郎がにこにこと譲らないので好きにさせている。
部活に入っていない社は早朝の教室で一人、ぼーっとしているしかないわけだが、中学時代から意外とそれが嫌いじゃない。
今日は余計なこと思い出してしまいそうだな、と思いつつ、社は登校の準備に取り掛かる。
まずはシャワーを浴びに浴室へ移動した。
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