第02話 妄想系男子高校生の憂鬱
「うああ……」
この春高校生になったばかりの
それと同時に、ベッドの上でのた打ち回らざるを得ない。
明晰夢は必ず毎晩見るものでは無いが、見たときは目覚めた瞬間からそれと自覚できるのが常だ。
それは今日もなんら変わるところは無い。
とはいえ、高校生になっても恢復の兆候すら見せない厨二病を罹患する原因となった、俺TUEEE系明晰夢などで今更のた打ち回ったりはしない。
のた打ち回らざるを得ないのは、明晰夢の後半の内容のせいだ。
恐る恐る確認するがどうやら最悪の事態だけは避ける事が出来ていた。
朝から自分の下着をこっそり洗うなど、厨二病を患ったままのヲタク系男子高校生に耐えられるものではない。
というか万が一親に見つかった日には立ち直れる自信が無い。
そんなことよりも、と社は頭を抱える。
見てしまった。
しっかり見てしまった。
余すところなく見てしまった。
いや見てしまったというより、ブレドとして体験してしまったといっていいほどに
生々しい感覚が、完全に覚醒した今でもしっかりと残っている。
起きてすぐ確認してしまうほどには。
社の明晰夢はもともとそういうものなのだが。
ネットが誇るフリー百科事典、ウィキペディア大先生によれば明晰夢というものは、夢だと自覚している本人の望む方向へ夢の展開を持っていけたりするらしい。
社の場合は夢だと自覚しつつも、自分の投影対象? であるブレドの思考もはっきり解るので社の望んだ方向に夢が変化するというよりは、ブレドの経験を鮮明に追体験しているといったほうが正しい。
その状況で側室との初夜をがっつり見て――いや疑似体験してしまったわけだ。
別に社はそういう方面に対して特別にストイックというわけではけしてない。
世のリア充高校生のように、当たり前のようにそういう経験を済ましている訳ではないものの、ネットでエロ動画を見るくらいは普通にしている。
薄い本だってもちろん所持している。
ただ映像として見る事と、夢の中とはいえこれ以上ないほど具体的に追体験する事とは大きく話が違う――違った。
コンピューター業界は日進月歩というにも生ぬるい速度で日々進化しているが、未だ架空の物語でよく使われるフルダイブ型のVRシステムは確立されていない。
とはいえ一昔前ではまだまだSF系創作物の登場ギミックであったウェアラブルコンピューターは、少なくとも先進国と言われる国々ではほぼ完全に浸透している。
首の後ろから肩にかける感じで装着する本体と、一見すれば蔓しかないように見えるグラスとの組み合わせで、それは実現されている。
その結果として世の中からTVやモニタと呼ばれるものは加速度的に無くなって行っているのが昨今だ。
誰もが自前のモニタ、しかも任意で大きさを変えることが可能なものを持っている状況では必要がないから当然の事と言える。
またこのシステムの肝でもあるグラス部分が視力矯正の機能も併せ持つため、長い歴史を持つ視力矯正器具、所謂眼鏡やコンタクトレンズも同じく姿を消した。
コンタクトレンズについてはグラスの役目をやらせる研究は続いているものの、そこまでの小型化が普及可能コストで実現できていない為まだ世に広がっていない。
その事実は、初期こそ一部の「眼鏡が無ければ生きていけない人(かける側に非ず)」において大問題となったが、普及がここまで進んでしまえば話題に上げる人も絶えて久しい。
特殊な需要を満たすファッションとして「伊達眼鏡」がしっかり生き残っているあたり、日本に限らず人の業というものは深いものらしい。
入力に関しては、音声入力ですべて可能になっているにも拘らず、家ではキーボードを使う層は一定数生き残っているようだ。
ちなみに社は、家ではキーボード派である。
「サードアイ・コネクタ」と呼ばれるこのウェアラブルコンピューターの普及によって、完全没入型コンテンツや、
その中にはあたかも自分が体験しているような臨場感を売りにしたコンテンツも多く存在する。アダルト系もその例に漏れない。
とはいえあくまでもそれは視覚と聴覚で疑似的にそれっぽくしているだけであって、五感全てで疑似体験可能な域には届いていない。
いってみれば通常モニタ時代から存在した、一人称視点のコンテンツに毛が生えたようなものともいえる。
五感全てで架空体験、疑似体験を可能にするのが、いまだ実現に至っていないフルダイブ型のVRシステムの目指す境地といえるだろう。
社の明晰夢は、まさにフルダイブ型VRシステムが目指すものを夢という形で実現しているといってもいい代物だ。
つまり社は、現実においては清い身体()のまま初体験を終えてしまったともいえる状況に陥った訳だ。
しかも他人の身体で。
いや、それはまだいい。
よくは無いような気もするが、まあいいとする。
ヲタク系とはいえ社も健全な男子高校生の一人、開き直ってさえしまえば得したと居直ることもできる。
女の子であった場合、ある意味深刻な事態に陥ったと言えるかもしれないが、幸いにして社は男だ。
現実と変わらない淫夢の一つや二つ見たところでなんだというのだ。
正直少しショックを受けてはいるのだが。
――生々しいわ、あまりにも。
まあ人間様とはいえ、所詮生物の生殖活動なのだから当たり前だ。
本来は背景に花咲かせて、ソフトフォーカスが掛かったような状況で致すものでもない。
夢を見過ぎれば裏切られるだけなのだ。
だが社に人生最低のうめき声を発させた原因はその体験そのものではない。
そのお相手が、昨夜寝る前に映像コンテンツで見かけて「綺麗な娘だなあ」とぼんやり思っていた相手である、「RIO」その人であったことがその原因だ。
社は物心ついたころから、定期的に「黒の王ブレドとその仲間たち」の冒険譚を明晰夢として見続けている。
その内容を子供の貧弱な語彙や表現力で語っても、幼稚舎では大人気になったくらいの冒険活劇だ。
まあ、子供の頃は瞳を輝かせて聞いてくれていた友達たちも成長と共に苦笑いし、ついには距離を置かれるようになったという、悲しい結末を迎えたのではあるが。
ただ一人の例外を除いて、当時社の話を喜んで聞いていてくれた仲間からは「妄想王」というありがたくない二つ名をいただくに結果に至っている。
救いはとある事情から中学以降、大部分の同級生たちとは進路が全く違ってしまったので、中学と今の高校ではその事実を知る人間がほとんどいない事くらいだ。
まあそれもやむを得ないか、と高校生になった社は嘆息する。
どれだけよくできたお話であっても、純真な幼稚園児の頃ならまだしも、小学生あたりに成長してくれば映像も音もないのでは楽しめなくなってくる。
なんで痛い友達の妄想話を機嫌よく聞き続けなければならんのか、となるのはよく理解できる。
「そうだ、だったら小説の形にすればいいんだ!」
などと暴走して、形に残していなくて本当に良かった。
黒歴史なんてもんじゃない、もっと恐ろしい何かになっているところだ。
それに他にも拙い点はあった。
いやそれこそが、昔の友達が離れて行った要因であるだろう。
社の夢の話である以上、主人公が社になるのはやむを得ない所だが、その夢の登場人物に二人だけ、友達が含まれていたのだ。
これは本当にその二人が成長したとしか思えない二人が、「黒の王ブレドとその仲間たち」の冒険譚に登場していただけで、社が捏造したわけではない。
拙かったのは、その二人が仲間内で男女それぞれの中心人物であった事だ。
みんなの「人気者」を自分の妄想話の登場人物として特別扱いする。そのことによって、自分もその二人と共に、特別な存在だと振る舞おうとしている。
社にはそういう意図はなかったが、そう取られても仕方がないとも思う。
小学校低学年を過ぎたころから、そういう見方をされていたようだ。
もう少し上手くやるのであれば、他の友達も物語に登場させればよかったのだが、そんなことは思いつきもしなかった。
たとえ思いついたとしても、本来の物語を破綻させない形で友達たちを登場させる語り部としての技量は自分にはないけどな、と社は自嘲する。
まあ、あの二人を自分の直属の部下として創作話に登場させるなんて、思いついてもできないよなあ、普通。
反感を買うことくらい、ちょっと考えれば誰でもわかる。
それにまったく思い当らなかった当時の自分の愚かさに、思わず笑う。
それほどに「特別」と言っていい二人だったのだ。
それを妄想話の中だけとはいえ自分の部下として語るとなれば、二人に心酔する友達からつまはじきにされても無理はない。
小学生のころから、友達というよりは信奉者と言った方がしっくりくる連中に囲まれているのが常の二人だったのだ。
つまり考えなしの自分が悪い。
とはいえ社は語った内容そのものに対して恥じていたわけではない。
いやこの歳になれば内容的には照れる部分は大いにあるとはいえ、それはまた別の羞恥だ。
そういう誤解を受けたような事実は全くないという点には自信があった。
配慮が足りなかっただけで、自分は見たままの夢を語っていたのだし、そこに恣意的なものはないと信じていた。
厨二病が過ぎると思いながらも、あるいは本当に自分の前世なのではなどと考えていたりもしたのだ。
さすがに学んだので、その事を他の誰かに語ったことはないけれど。
それが今朝、崩れた。
結構、言い訳の余地がないような形で。
自分が寝る前に「綺麗だなあ」と思っていた芸能人が明晰夢に登場するばかりか、その娘を相手の淫夢を見ると来た。
これが落ち込まずに居られようか。
自分が物心ついてからずっと見てきた明晰夢が、所詮自分の欲望を反映する妄想の産物に過ぎなかったとは。
まさに昔の友達たちが言うように「妄想王」でしかない。
つまりは無意識とはいえ、あの二人を「黒の王ブレドとその仲間たち」の登場人物とすることは、社の望みが反映された結果だったという事だ。
明晰夢を除けば取り立てて目立ったところの無かった自分が、当時持て囃されていた自分の妄想に特別な二人を登場させることで、より親密になる事を望んだ。
そんな自分の矮小さを思い知らされたような気がして、社はベッドの上でのた打ち回るしかなかった。
何よりも自分の明晰夢が、自分の欲望と妄想から生み出されたものだと思わざるを得ないことがきつい。
いや正直なところある程度わかってはいた。
いくら厨二病に罹患しているとはいえ、本気で自分の前世だと思っていたわけじゃない。
それでも「黒の王ブレドとその仲間たち」の物語に胸を躍らせたのは事実だし、自分の妄想の産物だとしても、綺麗なものであってほしかったのだ。
少なくとも魅力的だと感じた女の子を登場させてエッチな事をする妄想なら、年頃の高校生なら照れ笑いで済ませられる普通の淫夢であってほしかった。
何も物心ついたころか見続けている、「黒の王ブレドとその仲間たち」の冒険譚の中に差し込まなくてもいいじゃないか。
大切に大切に、少しづつ楽しんで読んでいた宝物の冒険譚が、当然エロ小説になってしまったような冒涜感に、理不尽な憤りを感じる。
だがそれを見たのは自分自身なのだ。
その逃れようもなく、言い訳の余地もない事実に、社は頭を抱えるのであった。
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