39 美湯は、伊河市のサイトから消されてしまった
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後日、幸一は報告書をまとめて、今回の一件を村井などの上役の人達に報告することになった。稲尾は出張で出掛けており、唯一の味方が居らず、肩身が狭い思いをしていた。
「伊吹まどかの声がMAKAという声優の声に似ていただけであって、関係無いということか?」
村井が資料を見ながら、幸一に訊ねる。
「はい。事務所側に訊いた限りでは、そういうことです」
上役の人達はお互いの顔を見合わせる。
「声が似ているだけか……。珍しいことではあるが、声が似ている人は居ると言えば居ますからね……」
今回の件は仕方がない、ということで片付くかと思ったが―――
「だが、今回の件はちょっと、それで片付けられる問題じゃなくなっているんですよね……」
上役の誰かが重く深い溜息を吐いた。その訳は、
「教育委員会の根谷さんが偶然にも、あの掲示板を目撃していたのがね……。この理由に納得してくれるかどうか……」
幸一がMAKAについて調査していた時に、伊河市の教育委員会副委員長を勤めるという根谷八千子から、掲示板の書き込みについての電話で問い合わせが有ったのだ。
『伊河市役所のサイトに、変なマンガキャラクターが掲載されているみたいですが、そのマンガキャラクターの声の方が、なにやらいかがわしい作品に出ている方みたいですね。
そういった不健全なモノを、伊河市の市役所のサイトに載せるのは相応しくないと思います。ましてや掲示板に、そういった不健全なサイトへのリンク貼られたり、不特定多数の人たちに見てしまったという問題が起きているのでは?
即刻、サイトから外してください』
直言な意見を述べてきて、市役所としてもそれなりの理由を説明する必要が出てきたのである。
「やっぱり、私が不安していた通り、こういうことになってしまいましたか」
村井は腕を組み、渋い顔を浮かべては、これ見よがしに呟いた。
「確かに物珍しさも手伝って話題になったかも知れませんが、やっぱりマンガみたいな低俗なものを、市役所が採り入れるというのは諸刃の刃だったんですよ」
逆撫でるような言葉に、幸一や薫は思わず表情が険しくなる。今迄の自分たちのやってきた仕事を否定されたからだ。
「とは言え、今更そんなことを言ってもしょうがないですからね。既に公開していますし、パンフレットなどにも印刷して配布していますから……」
「そうは言っても、早急に対応する必要がありますよね」
「そうですね。とりあえず、今すぐにサイト掲載されているアレ(美湯)を公開停止した方が良いかと思います」
村井の提案に、幸一たちは驚きの声を上げる。
「そんな……。既に公開されているんですよ。そう簡単に……」
「アレを公開しているから、こういった問題が起きているんだ。それのお陰で市民の声を聞ける掲示板が利用不可になっているし、教育委員会から指摘を受けたりして、伊河市の品位が下がっているんだ。根本の問題源にフタをした方が良いだろう」
「ですが、美湯を公開したお陰で注目を浴びているんですよ」
「それで変な輩も呼び集めているのだから、結果的にはマイナスではないかね?」
「そ、それは……」
「ひとまず公開を停止して、教育委員会の方に示しを付けて置いた方が良いかと思います。どうですかな、皆さん?」
他のメンバー……幸一や薫を除く上役たちは頷く。
「しかし、配布しているパンフレットとかはどうしますか? かなりの数が既に配布済みですし……」
「パンフレットの方は仕方ないですかな。回収するにしても、既に刷って配布してしまっているので……。とりあえず、まずはアレを公開停止することにして、示しを付けましょう。そういう訳だ、高野くん」
何が、そういう訳なのか……。幸一の手が震えていた。
一方的な美湯の公開停止の指示に、納得出来る訳が無い。
しかし、反対意見を出した所で、覆されない雰囲気が広がっていた。だが、何も言わない訳には行かなかった。
「い、稲尾市長の意見を訊かなくても宜しいのですか? 今回の美湯のプロジェクトは稲尾市長の肝煎でもあるんですよ」
全員が渋い顔を浮かべるものの、村井が意見を述べる。
「確かに稲尾市長にも伺いを立てるべき所だが、今回は出張中で不在では仕方ない。今回は緊急を要するので、ここは副市長の和田副市長の判断に任せたいと思います。如何ですか、和田副市長?」
眼鏡をかけた小柄の男性(副市長)が、いつも稲尾が座る席に市長の代理として座していた。
「んーそうだね。話しを聞く限りでは、一時公開を中断した方が良いでしょう。これは私の方から稲尾市長に伝えておきます」
副市長もまた、村井たちと同じ思想の持ち主だったのか、周りの意見に促されるままだった。
承認されてしまい、なし崩し的に美湯は、伊河市のサイトから姿を消されてしまったのである。
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