34 『美湯も大好き伊河まんじゅう』
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収録が終わって二週間後、講師の谷垣の言う通りにマスターテープのCD―ROMが送られてきた。
送られてくる間、幸一は平岡と共に、美湯の特設サイトの作成を進めていた。大まかな構成としては、既に伊河市のサイトに観光地を紹介しているページが既に存在している。
そのページを基本として、各観光地の紹介ページに美湯のイラストを掲載したり、クリックしたら音声が流れるようにしたりと手を加えていた。
「あ、後は音声データの、ファイル名をここに、入力していけば良いよ」
「なるほど……」
幸一は平岡にサイト作成の教えを受けていた。伊吹まどかを起用した予算をサイト作成の予算から回したため、幸一たち自身でサイトを作成することになってしまった。
基本的なサイト構成などは平岡が行ったが、幸一もサイトの更新を受け持つことになった為だ。
「それで、このファイルをサーバーにアップすれば良いんですね」
「うん、そう」
「ふー。やっぱりプログラムとかは苦手です」
「な、慣れの問題だよ。プログラムは、プログラム通りにしか、動かないから。どのコードが、どういう動作をするか、把握すれば簡単に思えて、くるよ」
幸一が慣れない作業に悪戦苦闘していると、何かの箱を手にして薫がやってきた。
「あ、高野先輩。今、宜しいですか?」
「うん、なんだい?」
「あのお菓子屋さんから、見本的なものが届けられたんですよ」
薫の箱には、『美湯も大好き伊河まんじゅう』と印字されて、美湯と猿のイラストもプリントされていた。
「あ、出来たんだ。それ」
それは、収録が終わって幸一が伊河市に戻ってきた後すぐに、伊河市で土産菓子などを販売していて、知名と規模がそれなりにあるお菓子屋から、美湯のイラストを使用させて欲しいという連絡があったのである。
~~~
「いやー、一目惚れってヤツですかね。あのキャラクターを見た時、ビビっときましてね。もう、これだ! これしかないと思った訳ですよ」
もはや幸一たちには馴染みとなった小会議室で幸一と薫は、太ましい男性と向かい合っていた。
男性は、製菓蒼屋で副社長を勤める安部猛という者だった。
見た目は三十代前半と若く、身体は少々太ましかった。
聞いた話しでは現社長の息子とのことである。安部は若々しい声を響かせて、ペラペラと熱く語っていた。
「これまで、あーいった萌えキャラクターを使った製品を企画していたんですけど、オヤジ……じゃなかった。社長が解からずやでしてね。
自分の方で、色んな所に当たってみたんですが、どこもかしこも著作権やらロイヤルティで面倒……と、色んな問題がありましてね。
だけど、そういったものはフリーで利用できればと思いまして。どうなんですか、その辺りは?」
「ええ。伊河市の経営している企業や店舗には無償で提供する予定です。ちなみに、安部さん。それでキャラクターをどの様に利用なさるんですか?」
「ひとまずお菓子のパッケージの表紙に使えれば良いと思っています。余裕があれば……。そういえば、キャラクターの名前はもう決定したんですか?」
決まってはいるが、まだお披露目していないので、名前を発表するのに抵抗はあったが、協力してくれるというので無碍には出来ない。内密にということで安部に教えたのである。
「美湯って言います。美しいの美に、お湯の湯で。そして、猿の方はホット・スプリングです」
「美湯とは良い名前ですね。猿の名前もホット・スプリングとは、なかなか洒落てますね」
高評価の意見に選定者の薫が思わず笑顔になる。
「で、さっきの話の続きですが、その美湯ちゃんやホット・スプリングの顔の刻印が入った饅頭も販売したいと考えていますが、そうなると型を作らないといけないですから、時間がかかってしまいますね。
あ、そうだ。高野さん。この美湯ちゃんは、好物とかはあるんですか?」
「好物ですか?」
「ほら、こういったものには、そういった設定が付き物じゃないですか」
「はぁ……」
「だったら、宜しければ美湯ちゃんの好物に、ウチの製品のどれかを入れて欲しいと思っているのですが、いかがでしょうか?」
「えっと……そう言われましても……」
「全面的にも個人的にも応援しますから、どうか宜しくお願いいたします」
深々と頭を下げる安部。
幸一はチラっと薫の方を覗うも、薫は幸一に任せるといった視線を向けてくれていた。
「あ、安部さん。そうですね、一先ず検討させて頂きます」
「本当ですか!」
安部は幸一の手を取り、
「いや~、検討して頂けるだけでもありがたいです。一緒に美湯ちゃんと伊河市を盛り上げていきましょう!」
終始安部のペースに飲まれて、話し合いは終了した。その後、平岡と志郎に相談して、特別に製菓蒼屋の名物お菓子を好物することになった。
といっても、ただプロフィール欄の好物に書き込んだだけではある。
~~~
薫はあの時の話し合いを思い返しつつ、送られてきた饅頭を賞味していた。
中の餡子味のクリームがなんとも言えない甘さで、薫の頬が緩む。
「……でも、あの菓子屋の副社長さん。間違いなく、平岡さんと同類ですよね」
薫の個人的な感想に、幸一は愛想笑いで返した。
「でも、こんな風に取り掛かってくれているんだから、結果的には良かったのかな」
「そうですね。蒼屋さん以外にも美湯ちゃんを利用してくれる所が有って良かったですね」
「まぁね。安部さんが色んな所に持ちかけてくれたお陰だよ。でも、これからだよ。これからどんどん盛り上がっていけば、もっと色んな所から美湯を利用したいという声が掛かるさ」
幸一たちも安部の饅頭を口にしつつ、美湯の特設サイトオープンのラストスパートに向けて準備を再開したのであった。
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