31 「今日ここでアフレコ収録する場所でもある」

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 そして十日後――声の収録のために再び上京した幸一。

 前回と同じく東京駅の銀の鈴広場で志郎と再会したのち、そのままアフレコスタジオへと案内された。


「ここは……」


 案内された場所は、とある専門学校だった。

 いわゆる、アニメーション関係の教育施設であり、かつて美幸が行っていた専門学校の東京校であった。


「そう専門学校。オレの母校でもあり、今日ここでアフレコ収録する場所でもある」


「ここで? 出来るのか?」


「もちっ! 声優科がある専門学校には、自前の収録設備が整っているんだよ。それをお借りするんだよ。無料で」


「良いのか? そんなことをして……」


「はっはっはっ、バレなきゃ良いんだよ」


「おいっ!」


 公務員もとより日本人として、違反的なものは勘弁して欲しいと止めに入る幸一。


「心配するなよ。確かに、原則的に私用で使用するのは禁止だと思うけど、一応、俺がここの卒業生だから、ある程度の融通が利くんだよ。さぁ行こうぜ」


 訝しげに思いつつ幸一は、志郎の後を追い建物内に入った。


 辺りを見渡す幸一。休日ということもあってか、生徒の姿は無かったが、所々にはアニメなどのポスターや、学生が描いたであろうマンガやイラストが貼られていた。


「こういう所に美幸は通っていたのか……」


 場所は違えど、美幸が通っていた専門学校の本校である。雰囲気は似た様なものだ。感傷に浸る幸一を余所に、志郎は受付で事を進めていた。


 すると奥の扉が開くと、そこから一人の人物が姿を現した。


「久しぶりですね、伊東くん」


 鼻髭と顎髭をはやした男性が士郎に話しかけていた。

 髭をたくわえているから、幸一たちよりも年上に見える。


「谷垣先輩、お久しぶりです。今日は宜しくお願いします」


 志郎の挨拶に釣られて、幸一は軽く頭を下げた。谷垣はその幸一を見つつ、


「そちらは……」


「あ、初めまして。伊河市観光課の高野と申します」


 幸一は名刺を取ると、社会人の仕来り…名刺交換が行われる。


「これはこれは。初めまして、私はここで講師を務めております、谷垣勉と言います。話しは、伊東くんから聞いてますよ」


 聞いているということは、志郎が言っていたことは本当であるということだった。


「は、はい……。本当にここで、収録をするんですか?」


「ええ」


「本当に良いですか? なんか学校の備品を使うみたいですけど……」


「はは。本当は規則違反ですけど、学生たちの為になるので、特例ですが使用許可が降りましたよ」


「学生たちの為?」


「とりあえず、スタジオの方にご案内しますよ」


 幸一たちは谷垣に案内されてスタジオに入ると、そこで数名の学生たちが準備をしていた。


「今回、収録のスタッフは全員学生たちが行います」


「それは大丈夫なんですか?」


 てっきり、専門の人が収録してくれると思っていたので、思わず心配の声が漏れる。


「まぁ、まだプロではないので至らない所は有ると思いますが、プロを目指しているので、覚悟して本気で取り掛かってくれますよ」


「はぁ……」


 幸一たちは生徒に挨拶して、今回の収録代が格安の理由を把握した。


「伊東……。これが格安の理由か……」


「そういうこと。アフレコスタジオをほぼ無料で使える上に、学生たちだけどスタッフもいる。ただ、あの学生たちに無償でやらせるのはアレだがら、弁当代ぐらいは出して貰わないとな」


「なるほどね……」


 学生たちを見る幸一。少し不安はあるが、格安で使わせてくれるのだから文句は言えない。ましてや素人の自分よりは、それを専門に勉強している学生たちの方が知識は有る。ここは谷垣と学生たちを信じて任せることにした。


 しかし、不安に思うことが一つ有った。

 その事が胸によぎると同時に、幸一の携帯電話が鳴り出した。相手は、伊吹まどかのマネージャー……高瀬からだった。


「はい。どうも、高野です。あ、はい。着きましたか? はい、そうです。そこです。解りました、今からそちらに向かいますので。はい、待っていてください」


 幸一は携帯電話を仕舞い、


「伊吹さんたちが着いたみたいなので、迎えに行ってきます」


「それでしたら、私も同行します」


 谷垣と共に玄関へと向かう幸一。そして、今回収録する場所を学校の設備で行うことを伊吹達に説明していなかったのである。なんて説明しようかと考えつつ、迎えに行ったのであった。

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