17 「肝心なものを忘れていたよ。声だ、声!」

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『おお、野原風花か!』


 最早恒例となってしまった志郎との相談。イラストレーターを誰にするかなどの今後の方針などを逐一伝えていた。

 マンガやゲームに不慣れな幸一がなんとか企画を進行できているのは、志郎の協力(助言)のお陰でもあった。


「その野原さんにコンタクトを取ってみたら、一度話しを伺いたいと返信が来たから、今度会って話してみようかと思っているよ」


『そうかそうか。それはなによりだ』


「候補の一人としてだけどな」


『候補の一人? 野原以外にも候補者がいるのか?』


「ああ。平岡さんが推薦してくれた絵師さんなんだけど」


『その絵師の名前は?』


「えっと、夕顔さんとかいう名前だよ」


『夕顔……どっかで聞いたことがある……。ああ! メモリアルDAYはいつでも憂鬱のキャラデザの人か』


「え、メモリアル……なんだって?」


『メモリアルDAYはいつでも憂鬱、というギャルゲーだよ』


「ギャル、ゲー? って、なんだそれは?」


『ゲームだよ。まぁ、ちょっとオタク向けのな。しかし、メモDAYの夕顔さんを候補に挙げるとは……。オマエの先輩、なかなかの通だな』


「そ、そうなのか? あまり詳しいことは知らないが……」


『しかし、相手が夕顔さんだと、野原は厳しいかもな』


「ん、なんでだ?」


『知名度ならば、夕顔の方があるしな。絵も良いだろう』


「あ~、平岡さんもそんな事を言っていたような……」


 両者の絵は、絵心が無い幸一にとってはどっちも上手い印象を持っていたが、平岡や志郎にとっては、何かの差を感じとっていることに、自分とは次元が違うのだと察してしまう。


「でも、個人的には、野原さんの絵の方が良いかなと、思ったりしているんだけどな……」


『それを聞いたら、本人は喜ぶよ。ああ、ちなみに野原とは知り合いだから』


「へー、そうなん……だと!」


 いきなり知らされる衝撃的な事実。サザエさんの花沢さんが原作漫画では登場していないのを知ったぐらいの驚きだった。


『専門学校からの知り合いなんだよ。その頃から良い絵を描いていたんだよ。あ~あ、やっと陽の目を見るかと思ったらな。まぁ、野原と直接話したいとか説得してくれとかだったら、俺が話しをつけてやるよ』


「あ、ああ。その時は頼むよ……。って、知っているのなら、その野原さんという人を、前もって薦めてくれても良かったんじゃないのか?」


『いやー、こういうのはオレが良いよって言っても、幸一や他の人との感性が合わなかったら、どうしようも無いからな』


「まぁ……な」


『しかし、なんだかんだで進んでいるんだな。そういえば、夕顔さんなり野原なり、絵を描いて貰ったら、どうするつもりなんだ?』


「そのことなんだけど……。当初は、市役所のサイトに掲載したり、お土産ものとかに使用して貰う予定だったけど。市長から指摘が入ったよ……」


 幸一は前の進捗報告会の出来事を簡潔に話した。


『なるほどな……。確かに、冷静に考えてみたら、それだけじゃ何か物足りないよな。市長が言うとおり、何かもっと有効活用かつ、何か目立つような事が必要な気がするな……』


「やっぱり、そう思うか?」


『まぁな』


「そうか……。だったら、何か良い考えはあったりするか?」


 八方塞がりの幸一。何度目の藁をも掴む思いで志郎に救いを求めた。


『そうだな……。萌えキャラで町興しはある程度やっている……。そういった所とは差別化を図る意味でキャラに……ああ! 肝心なものを忘れていたよ。声だ、声!』


「声?」


『そうだ、声だよ。ほら、アニメみたいに声が出たら面白いと思わないか?』


「ん?」と、ピンと来ない幸一。


『なんだ。ピンっとキテないみたいだな』


「まぁ、いきなり声だと言われてもな……」


『最近、こういったキャラクターを使った町興しとか催しをやっている所が最近増えてきている。だから、それなりの絵師を使っても、あまり注目を浴びなくなってきているしな』


 稲尾から指摘と似た内容に、幸一は反応を示す。


「ああ……。実は、それに似たようなことを市長から言われたよ……」


『やっぱり、そうか。有名な漫画とかのキャラクターを使用すれば、話しは別だけど。今回みたいに、あまりメジャーじゃない絵師。もしかしたら夕顔さんすらNGになってしまったら、その知名度の無さは致命的になってしまうよな。そこで声だ。声優だって、有名無名の知名度がある。つまり、絵師の知名度が無くても、有名な声優を起用してカバーするんだよ。それに声優を起用すること自体まだ珍しい部類のはず』


「えっと……声というのは、声優ということで。有名な声優を使えば、有名じゃない絵師でもある程度の注目を浴びると」


『そういうこと。声は必須じゃないから、結構スルーされている事かも知れないが、ここはあえてオリジナルキャラクターの声をあてて貰えばどうだ?』


「どうだと言われてもな。そんな急に……」


『そうそう。声優といえば、伊河市出身で有名な声優はいるからな。岩崎潤という声優さんで、結構知名度があるから、その人を候補として挙げた方がいいじゃないのか?』


「い、いわさきじゅん? ちょっと待っててくれ」


 慌てて、パソコンのウェブブラウザーを起動させると、直ぐ様『声優 いわさきじゅん』を検索窓に打ち込んでいく。


『声優を使うというアイディアは悪くはないと思う、いや、むしろこれからのスタンダードになるような気がする』


「そ、そうなのか? まぁ、機会が有ればな。まずは絵師が決まらない事には進められないよ」


『確かにそうだな。でも、声を使うというのも考えておいてくれよな』


「ああ、解った」


『おっと、カットが上がったみたいだから、ちょっくら仕事に戻るわ。それじゃーな』


 別れの挨拶を交わし、そそくさと通話が切れてしまった。

 ふと幸一は、携帯電話のディスプレイに映しだされた時刻を確認する。午後十一時過ぎ。


「えっ……こんな時間までも仕事?」


 志郎の職業、制作進行の業務のハードさに戸惑うものの、自分も負けじと仕事に取り掛かることにしたのであった。とりあえず、声優というアイディアを活かすとしたらと、まとめることにした。


 そして、声優と聞いて、二人の人物のことが頭によぎった。

 一人は妹の美幸。そしてもう一人は、美幸の声にそっくりの“伊吹まどか”のことを。

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