11 「重要なのは、新しいことに挑戦すること」

   11


 ここは伊河市役所・第二会議室。

 座席数三十席と広い会議室で、イベントや市の方針などの打ち合わせによく利用されている。


 今ここで、幸一を始めとする観光課のメンバーと、稲尾市長や観光課を始めとする総務課、商工課、そして観光促進課などと観光に関する各課の課長や伊河市観光委員会の委員長などとお偉いさんがズラりと並び座り、プロジェクターに映しだされる映像を見つつ、配れられた書類に目を通していた。


 幸一はお偉いさん達の前に立ち、自らが考えた企画『アニメ・マンガキャラクターによる町興し』の説明をしていた。


 観光イベントプロジェクトの会議が行われていたのだった。観光課の企画案は一通り説明が終わり、幸一が最後である。


「……と、以上となります。何か質疑・質問などありますでしょうか?」


 幸一の説明が終わり、伊河市長の稲尾を始めとするお偉いさんたちが企画の感想を口にし始めた。


「如何ですかな。私的には非常に面白い企画だと思うのですが?」


 良評価の意見を述べたのは稲尾。しかし、他の面々は―――


「ふむ~。稲尾市長が仰る通り、発想は面白いと思いますが……。大切な市税をこんな遊びみたいなことに使うのは、如何なものかと思います」


「私も馬鹿馬鹿しいことだと思います。こんなのは子供騙しじゃないですか。こんなので子供が喜ぶとでも?」


「いや。しかし、アニメとかマンガも子供が非常に興味を持ってますよね。私の孫は、朝のアニメ番組を夢中になって見てますし、孫がそのアニメの関連グッズを買って欲しいと、よく強請ってきますからね」


「お孫さんというと、心美ちゃんでしたか。もう何歳になるんですか?」


「今年で四歳ですよ。最近は、孫とアニメを見るのが日課でしてね……。そう思うと、この案は、あながち悪く無いですね」


「うむ~。しかし、どう市民に説明するんですか? アニメとかマンガとかを使用するなんて、そんな遊びみたいな事にお金を使うのを、市民が納得するとも?」


「ならば、予算は少額で行くしかないですね。それならば、ある程度は……」


「いやいや。そういう問題では……」


「伊河市の宣伝になるのであれば、福祉と評してマッサージチェアーを買うよりかは税金を無駄にしてはいないと思いますが」


「な、なにを言いますか。職員の福祉を充実させるのは当然ではないですか!」


 話が脱線し始めているのを感じ取り、稲尾はワザとらしく「ゴッホン!」と咳き込んだ。

 各々の視線が稲尾に集まる。

 話しの主導を引き戻し、稲尾はゆっくりと口を開いた。


「先ほどの飯島さんの企画……要は、ご年配の方達を呼び寄せる企画でした。そして今回の高野君の企画は、子供に。そしてその親御さん達へと繋げて伊河市に興味を引かせる企画ですが、それだけでは無く。私は“ある”事が非常に関心を持ちました」


「それは一体?」


 稲尾の席の隣に座っていた総務課の課長・秋山高次が訪ねた。


「このキャラクターを用いた町興しが“観光資源”になるという事です」


 観光資源――それは、幸一が先日の伊東との相談の時に、気に留めた一言だった。


 後々、幸一はよく調べて、オリジナルキャラクターで町興しを行っている所では、キャラクターのキーホルダーなどが売られており、それが大きな観光収入にもなっていると、その事を一文追加していたのだった。


 稲尾は話しを続ける。


「伊河市は観光地です。そもそも、なぜ伊河市が観光地なのか?」


 今更な疑問を発する稲尾に対して、この場にいる全員が疑問に思い、首を傾げた。

 稲尾は不可解な面持ちの一同に改めて説く。


「それは伊河市に“温泉”という資源があったからです。そして、我々の先代達……特に“油谷熊七”さんが、伊河市の温泉をアピールし、整備してくれたお陰で、この伊河市は今の観光地としての礎と地位を築く事ができました。

 しかし、昨今の観光誘致などで、伊河市の温泉はなんの珍しいものでもなくなってます。それが、観光客減少の一因でもありますでしょう」


「市長。何が仰りたいのですか? だから、こうして町興しを考えているのでは?」


 商工課の大川冬樹が答えたが、不十分な解答だった為に稲尾は改めて説き聞かせるように語る。


「一度真っ白に考えた方が良いでしょう。

 さて、皆々様方。先ほど私が述べた通り、伊河市には温泉があったから観光地となれた。では……もし、その温泉が無くなったら、どうしますか?」


「「へっ?」」


 突然の問いに、数人が呆気に取られてしまった。稲尾は、誰かの質問が無いことを確認してから、再び話しを続ける。


「温泉があるから伊河市は観光地となれた。しかし、この温泉がなければ、ただの地方の町でしかない。我々は、温泉という資源に頼り過ぎて、胡座をかき過ぎたのではないでしょうか?」


「そ、それは……」


 観光委員会の委員長である橘は、温泉があったのだから当然ではないかと言葉に出そうになったが、口をつぐんだ。そして稲尾は答えを述べる。


「だから、こうして新しいことに対する姿勢が全く育たたなかったのは如何ともし難い。観光資源を有効活用するのは当然として、新たな観光資源を作りだしていくこと、増やしていくことが今後の伊河市の命題だと思っています。そして今回の観光イベント……町興しは、この新たな観光資源を増やすという意味もあります」


(そ、そうだったのか……)


 思い掛けずに稲尾の真意を汲み取っていた事に、幸一は内心驚いていた。


「さて……。先ほどの話しに出てきた油谷熊七は、今までに無い広報を行い、伊河市を観光地として広めました。ちなみに橘さん。それが何だったのか、ご存知ですよね?」


「え、ええ。確か、富士山の山頂や、青森の樹海などに伊河市の宣伝看板を立てたと言います」


 知って当然の如く答える。これで答えられていなければ、観光委員会の委員長としての面目を保つことは出来なかっただろう。


「そうでしたよね。まぁ、今では不法設置で法律違反とかになってしまいますが……。その時の時代では、ギリギリ許されたことです。

 まあ、何が言いたいかと言うと、時には……。そういった突飛な発想が必要だと私は思います。ここで前例が無い、意味が無いと冷めた意見を述べるよりも、何も為さないことがダメな事にそろそろ気付いて貰いたい。

 必要なのは、伊河市に新しい観光資源になるものを創造すること。

 重要なのは、新しいことに挑戦すること。

 私たちも油谷熊七になろうではないですか!」


 会議室に稲尾の声が響き渡る。それと同じ様に誰もが、その言葉が心に響いたのだろう。


「確かに……。市長が仰ることも一理あります。うむ。やってみても良いと、私も思います」


「こういった漫画などの良さは、私には解りません。ですが、資料を見ますと他の市町村でもやっているし、それなりの成果がある所も有るみたいですからね。そんなに無駄だということはないでしょう」


 次々と肯定的な意見を口にし始めた。本来なら、ここは幸一が説得しなければならないのだが、幸一は今後の為にと稲尾の一挙一動を学ぼうと思い至る。


「一番ダメなのは、市民の税金を無駄にしてしまうことです。万が一……客観的な意見として、失敗することの方が強いと思いますので、これをやるにしても、そんなに予算を回すことには承諾は出来ません」


 市の財源を把握する会計課の斎藤賢太が冷静な意見を述べるに対して、稲尾が判断を求める。


「だったら、いくらぐらいならいけそうですか?」


「そうですね。今回の町興し予算の一部として、ねじ込む程度ならば……このぐらいですかね」


 斎藤が人差し指を立てた。それが何を意味しているのかは、幸一たち若い職員には解らなかったが、稲尾を始めとする“長”たちは納得する。


「ふむ。そのぐらいですね。さて、高野くん。聞いての通りです」


 稲尾は優しく、そして熱い視線を幸一に向ける。


「え、えっと……はい」


「この企画を走らせても良いということです」


「ほ、本当ですか!」


「はい。予算などの詳細は、追って連絡します。月末の会議で、これら企画案に対しての実行スケジュールや予算などを決定すると思います。ただし。聞いていた通りですが、この企画に多額の予算を使うことは出来ません。その事を留めておくように」


「あ、はい……」


 企画案が通ったことに、幸一の心臓は正直に心拍数が上昇していた。


「正式決定は会議の後すぐに下しましょう。皆さん、それでよろしいですか?」


 “長”と役職を持つ者達は了承を示すように頷いた。だが、その中であまり納得がいっていない人物に稲尾が釘を差すように声を掛けた。


「それでは……。そうですね、村井課長」


「は、はい」


「今回の町興し案で、高野くんの企画を含め、発足させる企画に対しての人員を決めておいてください。月末会議で正式に決定したら、すぐに実行できるように」


「あ、はい、分かりました」


「それでは、これにて本会議を終わりましょうか」


 こうして町興し会議の幕が閉じ、伊河市の新たな未来を築くための新しい幕が開かれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る