3 「画期的で観光客が集まる企画か……」
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「ふ~~」
風呂上り。幸一は真っ直ぐ台所の冷蔵庫に向かい、キンキンに冷えた缶ビールを取り出した。そしてビールを一気に半分近く飲むと、当然の如く「ぷっは~」と気持良く息を吐き出した。
しかし、身体はサッパリしたのだが、頭の中はサッパリしていない。それは、今日の仕事の所為だった。
幸一は居間のソファに置かれていた自分の鞄の中から、課長に提出して投げ返された企画書を取り出すと、テーブルに広げた。パラっと目を通すと、「ハァー」と疲労たっぷりの息を吐いた。
「画期的で観光客が集まる企画か……。そんなの簡単に考えられていたら、この伊河市はここまで寂びれていないよ……」
諦めがちで独り言を呟いていると、奥から母のさな恵が居間にやって来た。
「あら。それ、ダメだったの?」
「まぁね……」
さな恵は息子の幸一が行っている仕事内容は把握している。それは、幸一が考えた企画を見せられては、意見を求めたりしたからである。
「この“とり天VSから揚げ”は、お母ちゃんは良いと思ったんだけどね」
ここ伊河市がある県は、鶏肉の消費量は日本一、ニ位を争うほどで、名物料理として“とり天”と“から揚げ”が在るのだ。
から揚げは馴染みがあるだろうが、県外の人たちには“とり天”に馴染みが少ないのではないだろうか。とり天は、その字の如く、とり肉の天ぷらである。天つゆに浸けて食べたり、ポン酢(地元民ならば、かぼす醤油)に浸けて食べたりする、いわゆるご当地料理である。このとり天が全国区の料理で無いことを知ると、地元民の十人中、九人は驚くことであった。
「課長が言うには、これじゃパンチが弱いから観光客を呼ぶ事ができないんだって」
「そう? こういったものって結構盛り上がると思うけどね……」
「とりあえず、次の会議までに新鮮な催し物案を考えないといけないんだよな……」
「そりゃまた、大変ね」
母の素っ気ない返答に、上手く行っていないこともあり、幸一は少しムカツイてしまった。だが、これは自分の仕事。第三者の親たちには関係無いことである。
「そういえば、オヤジは?」
「あら、言ってなかったかしら。仕込みがあるから泊まりになるんだって」
「定年間近なのに頑張るよな」
「父ちゃんには稼げる時に稼いで貰わないとね。安心の老後を過ごすために」
幸一の父親は、ホテルに勤めている。ホテルのフロントマンというカッコイイものではなく、裏方の職業――料理人である。
そこの副料理長を任せられているのだが、ヘタに階級が高いと今日みたいに泊まりがある仕事が発生する。なんとも忙しい仕事である。
しかも、ホテルといえば皆が休みの日が仕事日。その為、休日は少なく、多忙な毎日を過ごしている。だから幼少の時は休みの日に父と遊んだりした思い出が少なく、そんな父親の背中を見て育ったために、幸一は休みがしっかり取れて安定した公務員になると決心し、その夢をなんとか叶えたのだった。
「やっぱり料理人になるもんじゃないな」
「といっても、これでも仕事が減ったって嘆いていたけどね」
「やっぱり観光客が減っているからな」
「そうよ。だから、あんたが観光客を沢山呼んでくれる企画を考えないとね」
この伊河市の未来もとより、親の未来が自分の双肩にかかっているようで、より心苦しく気が重くなってしまった。この気持ちを言葉にするのなら、
「ああ。これがストレスか……」
この後も徹夜で、新しい企画を考えなければいけなかった。最近、考えてばかりで気が滅入ってしまう。しかし、これも仕事。父も夜遅くどころか泊まりこんで仕事をしているので、こんな事ぐらいで弱音を吐いてはいけないと、自分を戒めた。
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