第13話 「責任」

 学校の教室で深刻な顔をして男と話している僕がいる。誰だろう、何処かで会ったような気もする、それにすごく近い感覚、僕の疑問に全てを答えてくれるような気がする。


「……わかりました。最後にこれだけ聞いてもいいですか?」


「なんだ?」


「どうして、誰がこの戦争を隠そうとしているんですか」


 男はちらりとこちらを向いて一息置いて話し始めた。


「これから俺が話すことは想像の話だ。信じようと信じまいとお前の勝手にしろ。この戦争の終わりは見えている。全て計画されたものだ。この国の国民が戦争に触れる事が政府にとっては都合が悪いのさ。あるいは平和ボケなら平和ボケのまま居てくれた方が都合がいいとも言える。これからこの先、死傷者数、物的被害、その他もろもろ損害報告が一ヶ月間は幾度となくメディア上で発表されるだろう。しかしそれは全て嘘だ。政府の威信を守るということと、ある大きな目的を動かす計画の一部、この先の未来にも『平和』というカタチをとどめておくためにも、必要な措置だ」


「政府がそれを計画しているんですか?」


「いや、正確にはそうじゃない。政府をも囲い込む確固たる思想を持った集団だ。やつらにとっては国なんかどうだっていいんだ、国家なんてもんには固執していない。奴らにとっちゃあ国家も政治も土地も宗教も、もちろん人間だってチェスのボードと駒に過ぎない。人が何百人、何千人死のうが、殺そうが、なんとも思っちゃいない、興味があるのはそのことで起こる結果のみだ。自身の欲しい結果を得るためなら、国の一つや二つは動かすことくらいは平気で出来る」


「僕を馬鹿にしているんですか?」


「じゃあ、信じなければいい。一生今回の不可解な事件を自身の中で悶々と抱えていればいい」


 まるで赤の他人が、見ず知らずの人の運命や命までも左右できる、そんな世界がこの国の裏側にあるのか?  いや、この世界の裏側が謎の組織に牛耳られているって言うのか? SFじゃあるまいし、あってたまるか。


「じゃあ、ぼくたちはどうすればいいんですか」


「しらねーや、なるようになるしかない、それが現実ってもんさ。だから、せめて少しでも上を目指すんだな、お前はこれからだ。そうすりゃ奴等の姿が少しは見えるようになるかもしれないぜ。今出来る自身の為すべきことを最大限の力を持って為す。それしかない」


「自分の仕事をしろってことですか」


「そうだ、困った事があればいつでも電話をくれたらいい」


 男は名刺を僕に差し出し、ニヤリと笑った。


 周囲は楽しそうだ。まぶしいな、ぼんやりとした光に包まれている。ふざけあって追いかけあい、笑いながら誰かを注意している、おどけたりして。


 さっきの男は誰だったのだろう、何処かであった事がある。でも思い出せない。


 これは文化祭か……奥田がいるはずだ、僕は浅い眠りの中、意識的に奥田のいる方向を見ようとする、でも首が動かない。奥田、奥田、見えない。体がいう事をきかない。


 体が、頭が、ガラスブロックにでもはめ込まれたかのように、映りこむ影で彼女の存在は確かに感じるのに、どうしても見る事が出来ない、からだを向けることも出来ない。


 呼べ、叫べ! 歯を食いしばる。


 危ないんだ。そこに居たら危ないんだ。逃げなきゃいけない。


 声が出ない。いくら腹に力を込めても音が出ない。ただ強い息が吐きだされるだけ。一言でいいんだ、一言叫ぶことが出来たらいいんだ、だから――


「――おくだ!」


 自分の声で目が覚めた。確かに僕の口からこぼれた言葉はまだ眼前を漂っていた。


 僕はそれを吹き消すように深いため息をつく。傍らに置いた携帯電話は完了を示す緑のランプがともっていた。


 暑い、頭から額にかけて水でもかぶったかのように汗をかいている、Tシャツの裾をまくり顔を拭く。さっきより日が高くなって僕の半身は日光にさらされようとしていた。


 三十分ほど眠っていたようだ。あまりにも浅い眠りにしばらく現実感が戻ってこず、方向感覚や状況がつかめなくなっていた。ぼやけた目で通りを覗くとざわざわと人の動きがある。さらに避難してきた人の群れだろうか、相変わらず駅の方向に向かっている。


 しばらく膝を抱えたまま、じっと彼らの様子をうかがっていた。幽霊のようにふらふらと、精気のない顔をした家族連れのような集団だ。大人も子供も居る。どこか遠くの方から歩いてきた人たちなのだろうか。


「え、駅だ……」と誰かが言った。


「これで助かる……」他の誰かの声。それとともに嗚咽が上がる。


 残念だけど、まだここから満員御礼のテーマパーク並に待たされるんだよ。もっともあんなアトラクションなら僕は並んでも乗りたくはない。


 ふと気づく。ここに着いてからどんどん他人に対して興味を失っている。考えることが自分のことばかりになっている。冷たいというのじゃない、無関心なんだ。ただ興味がないんだ。


 彼らの心の内を勘案するのが面倒にも思える。それほど余裕がないって事なのか。


 僕は立ち上がりよろめく、そういえば昨日から何も食べていない。恵美さんが入れてくれたウェストバッグの中の袋、ビスケットと缶コーヒーが入っている。


 ありがたい、後のことも考えて残しておかなければいけないだろうから、空っぽの胃に何枚かのビスケットを詰めて、コーヒーで流す。


 ブラックだ、初めて飲んだ。


 雄輝さんにもらった上着を無造作にウェストバッグのベルトに挟んで、首からぶら下げたペットボトルのケースを開きガーベラの花に少し余ったブラックのコーヒーをかけてやる、お茶の次はコーヒーかよ、って水分がないよりはマシだろう、文句はいうな。


 そして携帯電話を開き着信を確認する。


 なにもなかった、それにまだ受信アンテナは立っている。ここからまた仕切りなおしだ。幾分か疲労を感じるものの、目標がはっきりしているだけ気力は十分満たされていた。あとは樫尾町まで向かって奥田を探すだけだ……そう奥田を探す。


 僕は再び駅に向かう方向とは逆を向いて歩き出した。通りの標識が遠くに見える、山鍋市のコンビニで買った広域の地図を開いて方角とあわせて確認してみる。主要な道路しか載っていないが、この大通りから外れなければ何とかたどり着けるだろう。


 ウェストバッグのベルトを締めなおし、放置車で埋め尽くされた大通りの歩道を行く。


 さっきまで騒いでいた若者たちも今は何処かに姿を消していて、あたりはしんと静まり返っている。時折街路樹にとまったセミが思い出したかのように鳴いたが、それも長くは続かない。


 都市にはまるで不釣合いな静寂が不気味さを助長し、改めて気持ちが焦る。バイクを探そう、これだけの中に一台くらいは乗れそうなものが放置されているはずだ、鍵のないものはダメだし、大きなものは僕が乗れない。


 こんな非常事態でも意外とみな律儀に鍵を抜いている。帰ってきてまた乗るつもりな訳ではなく、おそらくいつもの癖で抜いていったのだろう。それに、放置車輌の隙間にあるバイクもそこから抜く事が出来なければエンジンを動かせても意味がない。


 駅前もめちゃくちゃに乗り物が放置されていたが、ここらもそう変わらない。自転車を盗み、警察官のバイクを強奪し、また僕は持ち主が見放したバイクを拝借しようなどと考えている。


 歩道のそこいらに放置されたバイクを物色するうちに見覚えのあるバイクを見つけた。そう、あれはあの時のバイクと同じ奴だ。


 去年の夏、祖父の島で僕らがよく集まってたむろしていた埠頭の倉庫に、島本君という同い年の子がアニキのを借りてきたとか言って、バイクを自慢しにやってきたことがあった。


 島本君は僕よりもガタイが大きく、その中型バイクも無理な大きさには見えなかった。かっこいいなって、みんながはやし立てていた。


 彼は得意満面でバイクにまたがり派手にエンジンをふかしながら「やっぱ原チャリとは違うぜ」といっていた。僕も、他の友人たちも「すげーすげー」といいながら自分たちの乗る原付スクーターとの違いを実感していた。


 それから埠頭で、みんなで試しに乗ってみようということになったのだが、彼は見とけよ、とエンジンを派手に吹かしていた。島本くんは今まで原付にしか乗ったことはない。ギア付きのバイクに乗っていたのは僕だけだったから、その危険性に気づくことは誰一人としてなかった。


 僕は制止しようと彼に駆け寄ったのだけど遅かった。


 そう、彼のつま先が一速ギアを入れた瞬間、バイクはウィリーしてまくれ上がり、島本君は後頭部から地面に叩きつけられ、バイクから振り落とされた。


 一瞬の出来事に僕らは唖然としながらもよろよろと惰性で走ってゆくバイクを追いかけた。まるで暴れ馬が騎手を振り払って逃げるかのように、バイクは器用に倒れることもなく埠頭の突端に向かってゆき、蒼い海へダイブした。


 ボシャという鈍い音が呆然と突端に立ちすくむ僕らを包み、僕らは一様に何とも言えない声を漏らした。背後で島本君の声にならない悲鳴が聞こえた。


 そんなに深くないから何とか引き上げよう、と口々に皆が島本君を慰めたが、結局僕らだけの手ではどう考えても無理だった。


 アニキにばれたら殺されると島本君は半泣きで、考えあぐねた結果、祖父にこっそり事情を話し、手を借りることになった。


 島本君を始め僕や皆はさすがにこっぴどく叱られた。そのあとで、皆で祖父と共に漁船に乗り込み、僕が海に潜ってロープをかけ、それを全員で引き上げた。


 もちろん船に引き上げるときにバイクはあちこちにあたって凹んだり傷をこさえたりした。


 既に日が暮れかかっていたが、僕らはバイクを陸地に戻し、全員で押して祖父の家へと運んだ。ちゃんと動くようにするためだ。


 でも、海水を存分に飲んだバイクの復旧は簡単にはいかなかった。車体の海水を洗い流し、その一方でキャブレターを外し分解し、マフラーを外し、ガソリンタンクも中を清掃し、エンジンオイルを何度か抜き変えて、ということを祖父の指示で、僕らは全員で取り掛かった。


 そして、必死になって、深夜までかかってエンジンを復旧させた。


 さすがに車体の傷やへこんだ部分までは直せなかったが、島本君は憔悴しながら祖父と僕らに頭を下げてバイクを押して家に帰っていった。


 次の日早々に僕は南辺の町に帰ることになっていたから、その後島本君がアニキに半殺しくらいには遭ったのではないかとは思うのだが、怖くて今も確認は取れていない。


 今思えば小さなことで恥ずかしいというか、どうでもいいようなことだと感じるが、あの時祖父はバイクを引き上げるための漁船を出す以外、一切の手助けを僕らにしなかった。ただ、やり方だけは教えてやると言って。


(謝れば済むってもんじゃねぇ、自分でケツが拭けない奴はオムツでもしておけ)


 自分たちが蒔いた種であることは疑いようもない事実だけど、その尻拭いをどこまで自分たちで出来るかやってみろということだったのだと思う。その言葉はまさに今の僕の胸に突き刺さる。


 今ここに、自分の意志で行動し、到達した。その事実の裏には駅で自転車を盗んで、警察のバイクを奪って、軍用貨物にもぐりこんで、という様々な不法行為がある。


 僕はその全てを正当化してきたけど、本当の意味で自分で尻拭いすることは多分出来ない。やはり最終的には両親が頭を下げることになるのだ。


 僕の両親をはじめとし、かかわった人々に迷惑をかけることになることも解っていながら、ここまで来た。僕はこれまでここに来ることに対して自問自答を繰り返してきた。


 仕方がなかった、流れとしてそういう方向に向かった、そう言い訳することはいくらでも出来るだろう。何処かで僕はそういった甘えの上で行動してきたんじゃないのだろうか。


 先行するヒロイズムを逃すのが嫌でロマンチシズムに乗っかって勝手な真似ばかりしている。


 それは僕がまだ若く、子供だからという特権を自らが利用していることなのではないのか。


 鍵を挿しっぱなしにしたスクーターに手をかけて考えていた。


 戦争だって、同じなんじゃないか。仕方がなかったって、後からならいくらでも言える。あの時は正しかった、なんて終わったことだから何とでも言える。


 結果さえよければそれでいいのかって。


 やめておこう。


 ここからは自力で向かおう。自分の足で歩いていくんだ。


 僕は靴紐を結びなおし、外に出していたTシャツの裾をフィールドパンツに押し込みベルトを締めなおし、ガーベラのケースの紐を確認して肩にかけなおし、雄輝さんにもらったフィールドジャケットを羽織った。


 自分のやっていることが尻拭いすべきことなのは確かだ、でもそれができるかどうかなんて最後まで行ってみなけりゃわからなかった。ここで引き返さなかったことを後悔するより、先に進まなかったことに後悔するほうが、今の僕には間違ったことに思えた。


 いや、ここで僕が旅を止めてしまえば永久に拭えない後悔が残ると確信できる。それはきっと僕が無事に南辺の町に帰りつくことが出来てもその先何年生きても拭えない裏切り、謝ったって済まない罪となって僕は苦しむだろう。奥田を見捨てたという罪となって。


 僕は長く続く通りの歩道を標識に向かって歩み始めた。


 また蝉が鳴き始めている。


 彼らには戦争なんてきっと関係がないんだろう。いや、彼らからすれば自分たちをいたずらに弄ぶ脅威の存在である人間が、それどころじゃない状態にあることをむしろ喜んでもいいはずだった。


 ザマミロ人間、か。


 人間だけが互いに殺し合う。なんておかしな生き物だ。いや、僕が知らないだけでほかの動物にもそういうことはあるのかもしれない。でも、それでも、誰もが人を殺していいなんて気持ちは持っていないはずなのに。


 人の歴史を振り返れば、怒りや憎しみで殺し殺されたりしてきた人は数えられないほどいるだろう。一方の利益のために相手を人とも思わずに蹂躙したこともあった。あるいは自分たちの自由と権利を勝ち取るために相手と命のやり取りをする。さもそれが当然のように。


 もしも奥田が傷つけられて、もしも奥田が死んだりなんかしていたら、僕はどうすればいいだろう。僕はやはり隣国の兵士たちを恨むだろうか。


 交差点に近づくと青地に白い文字で書かれた標識が向かう先を解りやすく書いているのが見える。方角さえ間違わなければこの標識を辿って樫尾町まではつけそうだ。


 矢印を示し樫尾町まで十二キロと書いてくれている、ありがたい、このくらいなら僕の足でも昼までにはつける。

 不思議な感覚で北岸の街の街道を歩いていた。人はほとんど見かけない。時折バイクで走ってゆく二人乗りの男女や、車に荷物を満載して猛スピードで走る家族連れのような一行とすれ違ったが、僕に一瞥をくれただけで声をかける気配はない。


 皆自分のことで精一杯なんだ。もちろん反対方向に向かって歩いている僕を乗せてあげると誘われても困るのだけど。


 先を進むごとに火薬の――つまり硝煙の臭いというのだろうか、が強くなってきている。真夏の空はただひたすら青く、強い太陽光線が僕を照りつけ、地面にくっきりとした影を落としている。


 道路脇の公園で水道を探して水を飲み、頭からかぶる。ついでに持っていたタオルを浸して頭に巻く。誰もいない公園。誰も来る様子がない公園。僕の向かう方向にはもう人がいない。


 ここから先は峠道に入る。その先が樫尾町だ。


 木陰のベンチに腰を下ろしていると一瞬動く影が見えた。公園の中心にあるコンクリートで作られたトンネルのような古い児童用の遊具の中だ。確かに何かが動いた。


 まさか敵の兵士ってことはないだろうけど、一応警戒して近くの茂みに身を隠した。しばらく様子を伺ってみるとまた影が動いた。


 僕は地面をまさぐり何か武器になりそうなものを探し始めていた。もしも隣国の兵士なんかだったりしたら相手は銃を持っている、こんなもので太刀打ちできるはずはない。


 だけど、僕がここでなんとかしなきゃ。国防軍の兵士を呼びに行くってことも考えはしたけど、保護という名のもとに僕も同時に連れ戻される。それはダメだ。


 相手は遊具の穴ぐらになったところに身を潜めている。だったら死角から近づいて出てきたところを一気に殴る……体よく手元に転がっていた鉄パイプを握り締めて中腰のまま茂みの影を移動した。


 くそ。もしも相手が兵士だったとしても僕は、戦う。戦ってみせる。一体僕たちが何をしたって言うんだ。奥田が何をしたって言うんだ。


 心臓の鼓動が高鳴り、息使いが激しくなってくる。足だってガタガタに震えている。くそっ、なんだよこれ、なんて頼りないんだよ、僕は。


 意を決して、茂みから出て遊具の方に駆けようとした時、穴ぐらから影の主が姿を現した。


 犬だった。


 茶色い綺麗な毛並みをした柴犬、赤い首輪をしている。リードが遊具の一部に結わいつけられているため、どうやらその場から動けないようだった。避難する飼い主が一緒には連れてゆけないことを悟り、ここに置き去りにしたのだ。


 僕は手に握った鉄のパイプを放り投げ犬に近づいた。彼、いや彼女かもしれないが、とにかくその柴犬は僕を見つけると尻尾を振って吠えた。威嚇ではない。親しみを込めて僕を呼んだのだ。


 飼い主は飼い主なりにこの場が安全だと考えたのかもしれない。だけど酷いじゃないか。もしもあたりが火の海にでもなったら彼は煙に巻かれても逃げる事すらままならないんだ。


 僕はゆっくりと犬に近づいてそっと頭を撫でてやる。犬なんて飼ったことないからこういうのがいいのかどうかはわからない。だけど家族から取り残されて悲しかっただろうとは思う。


 犬を人間と同じように避難させることはできない。あんな風に電車に乗りこんで逃げることが出来ない。いくら家族だっていい顔をしていても最後の最後究極の選択を迫られれば犬を置いて逃げる。一緒に残るなんてことはしないんだ。


 リードと首輪をつないでいたカラビナを外し僕は彼に自由を与えてやる。彼は一度だけ僕の方を振り返ると、そのまま何も言わずに街の方へと走り去っていってしまった。遊具のトンネル内にはドッグフードの袋と水を汲んだ容器が置いてあった。


 これが精いっぱいの優しさなのか。こんなことが思いやりなのか? 本気でそう思うのか? 


 僕はいたたまれなくなって、ドッグフードの袋を思い切り蹴り上げた。勝手すぎるよ、なんなんだよ、犬ならいいのか? 勝手に戦争を始めて、生活を壊して、人を殺して。


 こっちはこっちで殺されないように逃げて、逃げられなくなったら捨てて、あれもこれも、我が身が助かるなら、なりふり構うことなくすべてを棄てる。


 残された者は、奥田は、逃げ切ることが出来なかったのだろうか。それともまだ逃げている途中なのだろうか。あの峠の向こう側の樫尾町から走ってでも逃げてくる事は出来ないのだろうか。


 ベンチに置いていたウェストバッグとガーベラの花をひっつかむと、僕は峠へと続く道に向かって歩き出した。奥田を早く探さなきゃいけない。彼女がもしも身動きが取れなくなっているのだとしたら、本当に急がなくちゃいけない。

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