*遺伝子は語る

 それぞれの指示が混同、混乱しないようにボタンの組み合わせで三つ以上のチームと会話出来るようになっている。

 ベリルが使用するヘッドセットはかなりコンパクトだ。初めてベリルの要請を受けた傭兵はこれを受け取ると大抵は必ず驚く。今回も調整してるヘッドセットを見て何人か驚いていた。

 そんな事を考えながら、ダグラスは車から出て星空を仰いだ。

「あ~、疲れた」

 背伸びのあと肩を回し、作業を終えた開放感から顔が緩む。ちまちました事はあまり好きじゃない。けれど、これを怠ると仲間全体が危険に晒されると思えば自然と緊張して肩も凝るというものだ。

「ダグ」

 呼ばれて振り向く。歩み寄るスーザンを視界に捉え、まだ懲りてないのかと呆れる。スーザンはダグラスの隣に同じく、ピックアップトラックの荷台にもたれかかり宙を見つめた。

「あなたたちが私を嫌うのは仕方ないわ。私だって間違っていると思うこともあるもの」

 意外な言葉が聞かれて思わずスーザンを見下ろす。ダグラスはふと、見つめ返す愁いを帯びた彼女の瞳に胸を高鳴らせた。

 さっきはきつく言い過ぎたかなと少し申し訳ない気持ちになる。

「ベリルを取られたくない?」

 それに眉間にしわを寄せるダグラスから視線を外し小さく笑った。

「そうよね。今はあなたのお父さんだものね。父親を取られたくないのは当り前──」

「違うよ」

「違う?」

 聞き返したスーザンに目を向けず、ペットボトルを傾けたあと続けた。

「確かに父親代わりにはなってくれてるけど、独占はだめでしょ。ベリルはそういう立場の人だよ」

「みんな、彼が好きなのね」

 苦笑いで応えたダグラスに柔らかに微笑んだ。ダグラスはその表情にドキリとし、大人の女性がかもしだす色気に目眩めまいがした。

「敵も多いらしいけどね」

 照れ隠しで肩をすくめる。確かにベリルの優しさは偽善だと嫌う者も多いが、思いは人それぞれだ。そういう連中も要請を受ければちゃんと仕事をこなす。

 公私混同は自らの命も危険に晒す事になるのだから。

「子どもを誘惑するのはやめてくれんかね」

 二人が声の方に振り向くと、車内から顔を出し呆れたように目を据わらせているベリルがこちらを見ていた。

「誘惑だなんて人聞きの悪い」

「だったらそのコンタクトを外して喋ってくれんか」

「コンタクト?」

「じゃあまたね」

 スーザンは眉を寄せているダグラスを一瞥すると、そそくさと立ち去った。

「今のどういう意味?」

 遠ざかるスーザンの後ろ姿を見送り、いぷかしげにベリルに問いかけた。

「誘惑する時に使うコンタクトがあるんだよ」

 言いながら目を示す。潤んで見えるように作られているらしい。

「……くそ~」

「セシエルも女性には弱かったよ」

 悔しそうなダグラスに呆れながら告げた。

「父さんも?」

 そういえば、ベリルと出会ったのも勘違いした依頼からって聞いたけど。その依頼主が女性だったのか……。こんな遺伝、嫌だなぁ。

「早く寝ろ」

 なんだかんだで血はつながっているものだなと思いつつ、がっくりと肩を落としたダグラスに小さく笑って窓を閉める。

「は~い」

 ダグラスはしょぼくれた返事をして溜息を吐くとペットボトルを飲み干し車に乗り込んだ。


 早朝──この街で最後の打ち合わせが行われた。

「チームを五つに分ける」

 言いながら数枚の紙を手渡していく。一同はそれに目を通し隣に流していった。

「左からAに別れてくれ」

 指示に従い、およそ十人ずつがひと固まりになる。

「Aには私とダグラス、そしてスーザンが加わる。よってBとCは十一人の編成となる」

 A班はベリルも含めて十一人となるが、総指揮を行うベリルはAだけに集中出来ないためメインの数には含まれない。

「Aはダグラス、Bはワイト、Cオルソン、Dヨアヒム、Eはノリスをチームリーダーとする」

 金髪に青い目、三十代半ばの細身の男がベリルに軽く挨拶した。E班のリーダーを任されたノリスだ。

「サブにはそれぞれクリストフ、ヨハン、ヘレナ、エルンスト、アーニャが就く」

 名を呼ばれた者は軽く手を上げ自身を示していった。

「AとBは西から、Cは北、Dは東、Eは南から侵入」

 一端、言葉を切り眼前の一同を見渡して聞いている事を確認しさらに続ける。

「最終ターゲットはサティム。必要以上の攻撃は避けるように」

 サティムという人物の顔写真を流していく。クセのある黒髪と彫りの深い顔立ちにダークグレーの瞳、歳の頃は四十代後半だろうか。この男が組織のトップらしい。

「今から二十分後に移動する。チェックは済ませておくように」

 終わりの合図として軽く左手を挙げると仲間たちは一斉に動き出す。

「どしたの?」

 ダグラスはスーザンが珍しそうに見回している事に小首をかしげた。

「傭兵だけの戦闘って初めてだから」

 ダグラスは、ああ……。と小さく声をあげる。

「まあ、俺たちとしては気楽だよ。やっぱ軍人さんと一緒だと険悪になることもあるし」

 街の警察とFBIが仲が悪いのといっしょと肩をすくめて皮肉混じりに発し、スーザンにずいと顔を近づける。

「なに?」

 ただでさえ整った面持ちなのに、無邪気な笑みが息がかかるほどの距離に迫りスーザンは思わずドキリとした。

「ホントにコンタクトだったんだ」

 ニッと口角を吊り上げるダグラスにハッとする。からかわれたと知ってむくれたスーザンにしれっとウインクをした。

「後ろから撃たれるなんて止めてよね」

「私は敵じゃないわ」

 ひょいと手を上げて遠ざかるダグラスの背中に眉を寄せ、大きくなりつつあるその後ろ姿をしばらく見つめていた。


「あなた、どういう教育してるの?」

 ピックアップトラックの荷台に荷物を積み込んでいるベリルにスーザンが腹立たしげに発した。

「何の話だ」

「大人をからかって──」

「もう子どもではないよ」

 荷台に背中を預けて腕を組むその様子に喉から笑みを絞り出し、作業を続けながら言い放った。

「あなたに比べればヒヨッコでしょ」

「誰とも比べられるものではない」

 皮肉混じりの言葉には反応を示さず、彼女にタクティカルベストを手渡した。

「は、あなたらしい回答ね」

 スーザンはベストを受け取り乱暴に後部座席に乗り込む。

 ここからカトはそう遠くない。決行の時間の十時には余裕で到着する距離だ。それぞれジープやピックアップトラックに乗り込み移動を開始した。


 ──そうしてカトに到着し、廃工場から南に数十メートルの広場に集合した。到着した車から最後の装備チェックを始めていく。

 ベリルはスーザンが降りたあと、後部座席のドアを開き着替えを始める。草色のカーゴパンツにアサルトジャケット、右太ももにはレッグホルスター。

 すっきりとしたタクティカルベストを装着し、左腕にさやの付いたベルトを巻いてそこにナイフを仕舞う。

 左手首の裾を上げて投げ用ナイフスローイングナイフをベルトに仕舞った。

 腰のベルトにはバックサイドホルスターが二つ。そこにも銃の他にナイフが仕舞われている。もちろん、弾倉マガジンもあちらこちらに収められていた。

 装備を隠さなくていい分、普段より多めに持つ事が出来る。ベリルは最後に、淡いメタルグリーンのヘッドセットをチェックした。

「すげえな」

 他にも隠し持っていそうで見ていた仲間たちは身震いした。確か、他にも針か何かを持っていたはずだ。皆は全身凶器と言われるだけはあると妙な感心をしてしまう。

 準備を終えた仲間たちはベリルを中心として円を作り、腕時計に手をかける。

「時刻合わせ。5、4、3、2、1」

 一斉に時計のボタンを押して数秒の狂いもなくす。

「各班は所定の位置に」

 揃った事を確認し指示を伝えると車は散り散りにその場所に向かう。ダグラスは助手席に乗り込み、後部座席のスーザンを一瞥した。


 ──ベリルは廃工場の西、十五メートル付近で車を駐める。A班とB班の仲間が集まり工場の門に目を凝らした。

「やっぱり、いるな」

 遠目からでも見える人影にワイトがつぶやく。

「うむ」

 このまま突っ込むのではなく、まず牽制程度に発煙筒を投げ込む手はずだ。四方同時での決行で敵の分散を狙う。対峙する数をほぼ均等にする事で侵入しやすくする算段だ。

 一方に集中させる事も考えたが、それではこちらの戦力もかなりの差を作らなければならない。

 同じだけの戦力に別れて侵入した方が効率が良い。

「……」

 決行の時間まであと数分たらず……。ダグラスは緊張気味に腕時計を見つめた。

 張り詰めた空気が辺りを満たしていく。ワイトたちはライフルを手にし、門に駆け込む準備をした。

 ベリルはいつものように落ち着いた素振りで腕時計を見やり、秒針が真上に来るのを待つ。

「アタックスタート」

 耳に伝わる指示に仲間たちは一斉に走り出した──

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