*こぼれ落ちたものは
まず
射出されたそれは煙を細く引きながら、ゆっくりとした軌道を描き門の中に落ちる。途端に青い煙が立ちこめて周辺の視界を遮った。慌てたのは中にいる人間たちだ。
「おいっ!? なんだ!?」
「何も見えない!」
「敵はどこだ!?」
向かってくる相手が見えないのでは攻撃のしようがなく、ベリルたちは敵が焦っている間に一気に間合いを詰める。
「散開」
門の前にたどり着くと、ベリルの指示でまとまって駆けてきたA班とB班は中心にいるベリルを残して広がった。
「くっ、くそ!」
見えないことへの恐怖からか、門の中の男たちは近づいてくる気配にライフルを撃ちまくった。ベリルは放たれる銃弾に気を配りつつ、閉じられている門に手をかける。
「──っむ」
時折、頬をかすめる銃弾に眉を寄せながらも構わずに力の限り左に引いていく。すると、門はゆっくりと車輪をきしませ開いていった。
「しまった!? 門が!」
敵は門に向かって撃ちまくったが、あちこちから返ってくる銃弾にそれどころではなくなる。ワイトたちは敵が慌てている間に、ある程度まで開いた門に滑り込んだ。
「くそ! 退け!」
それを見た敵が左の警備棟に駆け込んだ。それをベリルが逃すはずもなく、
「Bは警備棟へ」
<Cだ、倉庫に入る>
<Dだ。工場の裏手にいる。ここからの侵入は無理そうだ>
<E、工場の入り口は敵が多い。タンクを盾に現在交戦中>
タンクの前は駐車場になっており、使われなくなった十屯トラックが数台並んでいた。銃撃戦が開始された途端、工場周辺の住人たちは逃げまどいながら一斉に避難を始める。
事前に避難を呼びかけようかとも考えたが当然、住人のなかに組織の一員がいるだろう。それでこちらの計画がばれてしまっては元の木阿弥だ。
とにかく、工場の敷地外に被害を広げないように心がけつつ、作戦を遂行することで意見が一致した。
「そろそろ警備棟から出て来る頃だ。Eは一端、後退しトラックを盾に戦闘を続行」
<了解>
ガソリンは入っていないようだが、丈夫なだけにいい盾になってくれている。向こうは血気盛んな輩が多いのか、銃撃の隙を縫って距離を詰めてくる。
それを牽制しつつ応戦するが、それなりに肝の据わった連中が多いことに半ば感心した。
警備棟には出入り口が二カ所あり、その一カ所からB班が侵入し建物内の敵を攪乱する。予想通り、もう一方の入り口からざっと数えて二十人ほどの敵が現れ銃撃は激しくなる。
「グゥ──!?」
「アレン!」
ノリスは撃たれた仲間に駆け寄りヘッドセットを指で押さえた。
「ベリル、アレンが撃たれた!」
<西門へ>
指示を聞き、仲間の一人にアレンを連れて西門に行くように促す。そして、状況を再確認するために周囲を見回した。
──ベリルは、門の近くにあるプレハブ前で様子を窺っていた。全体を見渡す事は出来ないが、伝わってくる空気を探り、ある程度までの把握を試みる。
しばらくすれば乱戦となるだろう。相手に統率性はなく散り散りとなり、ところ構わず撃ちまくってくる事が予想される。
乱戦なれど、チームごとにまとまっているこちらに武がある。
しかし、問題は工場内への侵入だ。相手は
ざっとだが、外にいるのはおおよそ三十人ほどか。ならば、残りの約四十人は工場内となる。あまり時間をかけたくはない。
工場の裏手にまだDチームの数人がいるはずだと、その方向を一瞥する。
「ヨアヒム、二手に分かれて左右から攻撃」
<了解>
少しずつ包囲を狭めていく。敵も敗北の気配に焦りを感じている。工場内にいる仲間は助けには来ないだろう。
じわりじわりと足元から絶望感が全身を支配していき、生きている事が馬鹿馬鹿しく思えてきた。
どうせ死ぬのに少し長く生き延びてなんになる。いっそ出て行って撃ちまくってやろうか──敵がそんな意識を過ぎらせた刹那、
「撃ち方止め」
ベリルが攻撃を止めると、敵の男たちもいぶかしげに引鉄をゆるめた。
「そのまま待機」
指示をして、ゆっくりと前に進む。当然のごとく敵はベリルに銃口を向ける。
「これ以上の抵抗は無駄だと感じているだろう。意味のない殺し合いはこちらの望む処ではない」
男たちは互いに顔を見合わせ、本当に殺されはしないのだろうかと小声で話し合った。しかし、自分たちがしてきた事への自覚があればこそ、ベリルの言葉は甘い誘惑のようにも思えて逆に彼らの恐怖をかき立てる。
「だ、黙れ!」
「そんな嘘を誰が信じると思うのか!」
口々に声を上げ、武器を握る手が微かに震える。
「ベリル、狙われてるぞ」
トラックから様子を窺っていたオルソンが監視塔にライフルを持った男を見つけた。今にも引鉄を引きそうだ。
「ベリルは気付いてるよ」
同じく様子を窺っているダグラスが応えて、ベリルの指示に従うように促した。
「警戒する必要は無い。我々は──」
「ベリル!」
響く銃声がベリルの胸を貫き、何かに突き飛ばされたように体が一瞬びくりと強ばる。仲間は口々に名を呼び、敵は喜びに手を上げたが次の瞬間、その表情は一変する。
「おい、うそだろ……」
「命中したはずだ」
「どうして死なない!?」
倒れないベリルにその目は大きく見開かれた。その数秒後、監視塔にいた人間はこちらの狙撃で落ちていく。
ベリルは血のにじむ胸を押さえ、ニヤリと笑うと敵は恐怖でライフルとショットガンを手から落とした。
あちこちでガシャガシャと外側の制圧完了を知らせる音が響く。
「大丈夫?」
「大丈夫なものか」
駆け寄ったダグラスに眉を寄せ、口から流れている血を手の甲で拭った。
抵抗し続ける彼らへの最後の脅迫──そのための“駒”として監視塔からの狙撃をそのままにした訳だが、相変わらず思い切った事をするとダグラスは呆れて溜息を漏らした。
仲間たちもそれに苦笑いを浮かべる。不死だとは知っていても、目の前で直に見た仲間の数人は開いた口がふさがらない。
戦闘が長引けば工場周辺の危険が増大するだけでなく、こちらの被害も大きくなる。手っ取り早く戦意を喪失させるには実に効果的だった。
心臓を撃ち抜かれて思ったほどの出血量ではなかったのは、驚異的な治癒能力のためだろう。元々、一般人に比べればやや高かった代謝機能は不死になった事で飛躍的な向上を遂げた。
とはいえ、銃弾に撃ち抜かれた瞬間には意識を失い、危うく倒れかけた。それでも立っていられるようにはしたが、よくもやれたと己に感心する。
そうして投降した男たちの手足を縛り、動かないトラックの荷台に詰め込んでドアを閉める。
ゆっくりもしていられないとベリルはヘッドセットに指をあてた。
「態勢を立て直す。各チームはまとまって戦闘の準備を開始」
<アイ・サー!>
工場内部を除いた敷地内はすでにベリルたちの占領下だ、これで戦闘区域は区切られる事になった。とは言うものの、工場に入れないのでは戦闘が終わった事にはならず、外に被害が出る可能性がまだ無いとは言い切れない。
「どうだ」
工場内を双眼鏡で探っている仲間に声をかける。
「壁の内部はかなり入り組んでいるかもしれない」
「ふむ……」
少し思案して、チームごとの動きを確認している仲間たちを見回す。
「レンジャー経験のある者は」
ヘッドセットからの声に、みんながベリルに顔を向けて数人が手を挙げた。各チームにいる事を確認して続ける。
「意見を頼む。気が付いた事があれば気兼ねなくリーダーに話してもらいたい」
ここで言うレンジャーとは、野戦に長けた者の事だ。
森林、山岳地帯、ジャングル──それらに精通する者は状況を把握する能力が高く、地形を活かす戦い方を心得ている。
市街地であるにもかかわらず、ここだけはまるで入り組んだ迷路のようにベリルたちを待ちかまえていた。
現在のところ相手の死者は三人、重傷者が五人。こちらの負傷者は四人、そのうち重傷一人に軽傷が三人となっている。
まだ被害は少ない方かとベリルは工場の入り口に目を移した。しかし、ここからが本当の戦いになる。
工場外壁から数メートルの内部には黒い壁がある。金属製の扉が見えるが、一カ所だけのはずがない。さしもの、黒い迷宮といったところか。うかつに踏み入ればどうなるかは目に見えている。
「俺たちが先に突入する」
ワイトが工場に親指を差し、眉を寄せるベリルに苦笑いを返す。
「そのつもりでBを編成したんだろう」
「そうだ」
工場の仕組みに気付いた以上、踏み込むためのそれなりの編成はしていた。しかし、それがどれほど危険なのかも重々承知している。
ワイト自身、レンジャーとしても優秀だ。ベリルは彼の能力を買っている。
「……頼む」
しばらくワイトと見合い、その方法しかないのならばと彼の申し出を呑んだ。躊躇っている時間はない。
「目的は敵のあぶり出しだ。無理はするな、戦闘は主に外で行う」
「了解」
ワイトは立ち上がり
今回使用する弾薬はバードショット、数十~数百個もの小さいペレットと呼ばれる金属の弾が撃ち出されるものだ。入り組んでいることを想定し、攻撃範囲を広く取るためにワイトはこれを選んだ。
距離がある場合は隙間が出来るバードショットはいささか不安だが、入り組んでいるならそこは問題ないだろう。相手に当てる目的ではなく、その音で外にあぶり出すために使用する。
因みに、ショットガンは銃口を口径ではなく「番経」もしくは「ゲージ」と表す。使われる弾薬も特殊だ。
他のB班メンバーは小型ライフルをそれぞれ手にした。その強い意志は清々しいほどの笑みに表れている。
「報告は怠るな」
「もちろん」
ベリルは、軽く手を挙げ工場に向かう仲間たちの背中をじっと見つめた。待機している仲間たちも固唾を呑んでヘッドセットに耳を傾ける。
<どうやらここはマリファナやコカインを保管する倉庫らしい>
ワイトの報告では、あちこちにトラップが仕掛けられていて、これ以上の人数が侵入すと危険だということだった。
攻め込まれた時のために、あらかじめここを迎撃場所としていたのだろう。
しばらくして銃声が鳴り響いた。ベリルの表情はいつになく硬く、ヘッドセットから聞こえてくるワイトの声と音に苦い表情を浮かべた。
「ワイト。一端、退け」
<もう少しだ!>
「命令に従え、ワイト」
<もう少し待ってくれ>
「だめだ、ワ──」
ベリルの言葉を待たずして、ヘッドセットから爆発音が響いたと同時に工場がズシンと揺れた。
「ワイト!」
名を呼んだ数秒後、低い呻き声が耳に届く。
<──っベリル。準備、してろよ>
「ワイトよせっ!」
小さな金属音が聞こえてベリルは顔を上げる。二度目の地鳴りに口の中で舌打ちをし、険しく目を吊り上げた。
「攻撃態勢。来るぞ」
その言葉に仲間たちが一斉にライフルを構える。ワイトたちが入った入り口とは別の入り口から、幾つもの人影が次々と出てきた。
その影はこちらに気付き、無数の銃弾が激しく浴びせられる。
「少しずつ追い詰めろ」
言ったあとベリルは
「あとで迎えに行く」
そばにいたダグラスは聞こえた言葉に一瞬、驚いた。今の言葉はワイトに言ったの? 生きていない相手に?
ダグラスはワイトがベリルの教え子だった事をのちに知る。ベリルは彼にレンジャーの技術をたたき込んだ。それだけの才能があったのだろう。
ゆらりと立ち上がるベリルの姿に、どこか非現実的でいて確たる存在であるかのような不思議な感覚にダグラスは魅入られた。
「ぐあっ!?」
「ジャン!?」
目の前で銃弾を浴びた仲間に思わず声が上がる。しかし、駆け寄るはずの足はついぞ動かない。
「あ──」
ダグラスは傷ついていく仲間を呆然と見つめていた。こんな光景を目にするのは初めてじゃないのに、どうしてだか胸が詰まる。
そうだ、こんな大きな戦闘はあのとき以来だ──ベリルの評価を下げるためと、自分を殺す目的で仕組まれた父親の計画。あの時に初めて自分が本当の息子じゃないと知って愕然とした。
ダグラスの脳裏にあの時の記憶が蘇り、呼吸が荒くなる。
「何をしている」
「ハッ!?」
低い声が自分の名を呼び、振り向くとエメラルドの瞳が冷たく見つめていた。
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