◆第七章
*小悪魔なひととき
柔らかな笑みでソファに腰を落とすベリルをレイチェルは顔を赤らめて見つめる。ダグラスはその様子を眺めながら冷蔵庫を開いて牛乳を取り出し、グラスに注いで一気に飲み干した。
グラスを軽く水洗いして今度はソーダを注ぎ、リビングに足を向ける。
「もうすぐ試験でしょ」
レイチェルは少年を一瞥して切り出す。
「ああ、そろそろか」
その事で来たのかとベリルは納得したが、ダグラスにはこじつけにしか聞こえなかった。ベリルの色恋沙汰のうとさは、もはや呆れるを通り越して褒めたくもなる。レイチェルの色目にもまったく気が付いていないのだから。
むしろこれでどうして気がつかないのか解らない。今までもどれだけ告白され、女性から熱烈なアプローチをされてきたのか、一緒に暮らしているダグラスはよく知っている。
自分の容姿に多少の自覚は持つようになったようだけれど、だからといって寄せられる好意にまで気がつくことはほとんど無いらしい。
どこまで自分に対して無頓着なんだよとつくづく溜息が漏れる。解っている、ベリルは自分がそんな対象になるはずがないと勝手に考えていることを。
ベリルの過去に何があったのかは解らないけど、自分は誰かに何かを思われるほどの価値はないと思っているのかもしれない。
それとも、本当に自分以外のことばかり考えて自分自身をおろそかにしているのか。いや、そんなはずはないだろう。それなら毎日の鍛錬はなんなのか。
全て他人のためだというなら、尊敬などではなく馬鹿だと
好意を抱く相手の女性には悪いが、そのうとさがベリルの戸惑いを垣間見せることがあり、なんとなく嬉しくもあった。
ダグラスはそんな事を思いつつ、激しい温度差のある二人を交互に見やる。ふと、何かを思いついてニヤリと口の端を吊り上げた。
「父さん」
「ん?」
心中ではそのような呼び方をされて少し驚いたベリルだが、見た目にそんな素振りはまったく無い。
「今日の晩ご飯は何?」
「サーモンのテリーヌにチキンドリアと里芋の煮付けだが」
どうして今それを尋ねたのか解らないままに応えた。
「へ?」
連ねられた料理にレイチェルは目を丸くする。
「父さんは料理得意なんだ」
しれっと応えるダグラスに唖然としベリルを見つめる。
「お料理、得意なんですか」
ほとんど母に任せきりにしているレイチェルは、自分が作った料理を頭の中で思い浮かべた。
「炊事、洗濯、掃除も完璧」
ベリルは指折り数えて説明するダグラスに眉を寄せ軽く睨みつけた。
彼女の反応を楽しんでいるのが丸わかりだ。誰に似たのか、ダグラスはこういう地味な意地悪を楽しむ傾向がある。
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