*all Attack-オールアタック-
「それでチームを一つ任されるんだ、よほど素質があるんだな」
「さあね。この作戦自体は大したこと無いし、ベリルは十五歳でテロリスト相手にしたらしいから僕なんてまだまだ」
「へえ」
肩をすくめて応えたダグラスに感心するように返す。
もちろんその話は本人から聞いた訳ではなく、数多く語り継がれている話のうちの一つをダグラスが耳にしただけだ。
確かにそれは間違いではない──研究施設が襲撃され、逃げた先で傭兵のカイルと出会った流れで彼の仕事に加わった。
そのときベリルに救われた者がいた事も事実である。
「で、何か用事?」
「チームリーダーさんに挨拶に来ただけだよ」
その瞳にはそれ以外も含まれているようにダグラスには感じられた。しかし、それが自分の先入観だという可能性もあって少年は口をつぐむ。
「フランク」
「なんだい?」
唐突に車の中から呼びかけられ振り返る。
「ダグのサポートを頼む」
「ああ、もちろん」
発したベリルの射抜くようなエメラルドの瞳に男は少し手が震えた。ベリルは応えたフランクに小さく笑みを浮かべて再びノートパソコンに視線を落とす。
「しっかり聞いてんだな」
「あたりまえ」
耳打ちに溜息を漏らす。どんな時でも気を抜かないのがベリルだ。
そうして、遠ざかるフランクの後ろ姿を見つめながら少年は再び小さく溜息を吐いた。物珍しいのは仕方ない、しかし不死だからと言って見た目が変わる訳じゃない。そりゃあ、女の人から見れば凄い美形に映ってるのかもしれないけどとダグラスは肩をすくませる。
確かにベリルの容姿は整っている。しかし、人間離れしているというほどじゃない。ただ、その雰囲気に呑まれ圧倒されてしまう。
その存在感は人間離れしていると言えるかもしれない。
「どうした」
ノートパソコンを閉じたベリルは荷台でうなだれているダグラスに小首をかしげた。
「なんでもない」
若干、鬱陶しそうに力なく応える。ダグラスはベリルに言い寄る男が何人かいた事を思い出し、うんざりした気分になったのだ。
綺麗だとは思う、女だったら僕だって好きになるかもしれない。だけどベリルは男だ。
親として師匠として、そして仲間としては好きだし尊敬している。でもそれは恋愛感情とは違う。どう逆立ちしたって僕にはそんな感情は芽生えない。
──それから十数分後、時刻は午後二時を回った所だ。ベリルとダグラスがピックアップトラックに乗り込むと、他の刑事たちも数台のワゴンに乗り込んでいく。
「思うんだけどさ」
ふとダグラスがつぶやいた。
「特殊部隊とかでも良かったんじゃないの?」
ベリルはそれに小さく笑みを浮かべる。
「それではホーネストに手柄がつかん。特殊部隊は直ぐは動かんよ」
「あ、そか」
ベリルはニールの精神状態も考えているのだと察した。長く捕らえられているのは良い状態じゃない。
少しでも早く助け出してやらなければ。相手がまだ気付かれていないと油断している今が絶好のチャンスだ。
指揮とは、大きな目で見る事と小さな目で見る事を同時に行わなければならない。いかに感情的な部分と客観的な部分を見分けるかにかかっている。
それが出来るベリルを尊敬と畏敬の念を込めて見つめた。
──ニールはパイプイスに座り、目の前の男たちに視線を泳がせていた。子供だと舐めているのか目隠しどころか拘束すらされていない。
清潔感もない無骨な男たち四人が小さなテーブルを囲んでポーカーを楽しんでいる様子を、ニールは体を震わせて見つめていた。
これでも監視しているつもりなのだろう。
確かに、成人の男が四人もいれば小さな男の子の一人くらい組み敷くのは簡単だ。
「ガキ、大人しくしてるんだぞ」
一人が威圧的に発する。少年はとにかく相手を刺激しないようにと小さく頷いて縮こまった。
ミーナの家から出る間際に見せられた彼女のスマートフォンを手にして玄関から出た途端、大きな手で左手首を掴まれた。
それに驚いて右手に持っていたスマートフォンを思わず離してしまったが、それは運良く上着のポケットに落ちた。
少年は怯えながらも一切、抵抗しなかった。何故なら、
「もし捕まっても絶対に抵抗しちゃだめよ。抵抗したら相手が逆上するかもしれないから。絶対に助けが来るって信じてじっとしてるのがいいんだって」
そうミーナから聞いた言葉を忠実に守っていた。
それはダグラスがミーナを安心させるために言った言葉だ。抵抗しないのは逃げるための体力を温存するためのものだし、抵抗する事によって常に注視されるのを避けるためでもある。
少年は逃げ出したい気持ちを必死に抑え、ミーナの言葉を脳裏で何度も繰り返しながら膝の上の拳を強く握りしめた。
──ベリルたちが倉庫付近まで車を進めると、そこには警察車両が何台か駐まっていた。
制服をきた警官がパトカーの周囲で倉庫を警戒している。ホーネストがキャンベルタウンの警察に協力要請したおかげだ。
もちろん、倉庫からは見えない位置で待機してくれと事前に指示していた。
やや離れた位置に車を止め、後ろから追従していたワゴンから出てきた十三人ほどの刑事たちにベリルが軽く手を挙げると、ダグラスと共にどこかに向かって駆けていった。
窓を監視する六人のCチームと、裏口から侵入するダグラスがチームリーダーとなる七人のBチームだ。
ベリルは散っていく刑事たちの背中を眺めながらヘッドセットを右耳に装着した。グレーのパンツと黒いインナースーツ、上に厚手の前開き半袖シャツを合わせた恰好だ。
「全身凶器」と言われる普段の格好である。普段からベリルは物騒な装備をしているため、よほどの戦場でなければいつも身につけている武器で充分だ。
<C班、OKだ>
<B班も待機完了>
ヘッドセットからC班のリーダーとダグラスの声が響く。その声を確認したベリルは腕時計に視線を落とす。
「五分後に決行」
淡々と指示を下した。
本来なら全員の時計を合わせて行うのが基本だが、今回は多少のズレは大目に見る事にした。
一同は固唾を呑む──傭兵との初めての連携に緊張は拭えない。時計を見つめてその時を待った。
「決行だ」
誰かが発した静かな声にダグラスのチームが銃を構えて目の前にそびえる倉庫に足を進める。
ベリルのAチームも同時に動きを開始した。A班は入り口からの侵入のため、Bチームより慎重に進まなければならない。
C班は
薄汚れた
銃撃戦が始まれば中の人間がどこから逃げるか解らない。指示があるまで突入はせず、見守っている事がC班が受けた命令だ。
「シャーク・メナス」──表向きの会社は「アイゼル運輸会社」という。個人から企業まで幅広い荷物を請け負っている。
入り口の巨大なシャッターが上げられ、頻繁ではないにしてもトラックやフォークリフト、体格の良い男たちが行き交っている。しかし、どこか違和感があるとベリルは眉を寄せる。彼らの目が一様に警戒しているように思えたからだ。
関係のない者がいると厄介だと考えていたベリルだったが、なるほどここにいる者は少なからずほぼ全員が密売には関与しているらしい。遠慮はいらないようだとベリルの目が鋭くなる。
木製のパレットにダンボール箱や木箱がうずたかく積まれている。積まれている間隔からして相当、大きな倉庫だと窺えた。
地図で見るのと実物とは必ず多少の感覚のズレが生じる。ベリルはそれを瞬時に照合し全体を推測した。
「中は入り組んでいると思われる」
<ニールの位置は推測出来る?>
ダグラスの声に周囲を警戒しつつ数秒ほど思案した。
「AよりBが近い可能性がある」
<了解>
人の気配を見計らって少しずつ侵入していく。なるべく音を立てないように配慮し、裏口から侵入したダグラスのBチームは薄暗い倉庫内に目を懲らす。
ダグラスはサンドカラーのカーゴパンツに白いタンクトップ、上に羽織っているのはカーゴパンツと同色の厚手のアサルトジャケットという格好をしている。
「ホントに入り組んでるなぁ」
口の中でつぶやいた。倉庫内のあちこちはプレハブで仕切られ、まるで沢山の小屋が集まっているような印象を受ける。
「ベリル、ニールはどれかの小屋にいると思う?」
<どうだろうか>
彼でもまだ計りかねているようでダグラスは天井を見上げた。
<小屋にはいないだろう>
ベリルの結論に少年は、「よし」と仲間の足を進める。
「誰だお前ら!」
「ゲッ!? 見つかった!」
後ろにいた仲間が見つかったようだ、ダグラスは慌てて銃口をその男に向ける。
「む──」
見つかったか。ヘッドセットから聞こえた銃声に、こちらも時間の問題だなと目を眇めゆっくりと奥に進んだ。
「威嚇しながら進むよ!」
鳴り響く銃声に負けじとダグラスは声を張り上げた。破裂音は当然、倉庫内全体に伝わりベリルたちのチームも見つかる事になる。
「なんだ!?」
ニールを監視している男たちは破裂音に何事かと立ち上がる。それが銃声だと気付いたのはすぐの事だ。
不安げに入り口の方に視線を送っていると、あちこちから銃声が響いてきた。
「サツか!?」
「わかんねえよ!」
庫内のためか音が反響して正確な位置が掴めず男たちは銃口を振り回す。味方同士で撃ち合うはずがない、きっと助けが来たんだと少年は口元を緩めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます