◆第四章
*編成
ひと足早く待ち合わせに到着したベリルとダグラスは、全員が集まるまで倉庫の見取り図を眺めた。
少年は思案するようにパソコンを見つめているベリルとその画面を交互に見やり、左側に収められているリボルバーに再び口元を緩めた。
試射や訓練には装着を許可してくれていたショルダーホルスターだが、作戦遂行時の初めての許可に少年の胸は躍った。
ベリルはその様子を一瞥する。今まで「子どもだから」という理由で許可しなかった訳じゃない。
ショルダーホルスターから繰り出される少年の動作を見たうえで彼は許可をしなかった。子どもが持つ憧れをベリルは見抜いていたのだ。
そんな意識で使用するのだから、どうしても動作はそれに囚われてしまう。
しかし、要領の良いダグラスに任せるのもいいだろう──ベリルはそう考えて少年の分のホルスターも持ち歩いていた。
少年は全てを理解したうえで傭兵を目指している。それが見て取れる事で余計に慎重になっているのかもしれない。
ベリルは自分の思考に思わず小さく笑みをこぼした。
一時間間後、数台のワゴンが駐車場に滑り込む。暗いフィルムの貼られたフロントガラスから伝わる気配が一般車ではない事を物語っていた。
二人はそれを確認すると車から降りてしばらくその様子を窺った。無造作に駐まったワゴンから暗いスーツを着た男たちが険しい表情で出てくる。
最後にミハエルとディエゴ、そして見慣れない四十代ほどの男性がゆっくりとその身を揺らし、貫禄のある顔でベリルに睨みを利かせた。
お互い初対面だが画像で誰だか理解している。
「あれでしょ、ホーネスト部長」
小声で発したダグラスに肩をすくめる。ホーネストはゆっくりと歩みを進めてベリルの前で立ち止まり、見下ろすその目には明らかな疑心を表していた。
薄いブラウンの頭髪は今までの苦労をにじみ出し、青みがかったグレーの瞳に複雑な色を浮かべている。
彼の心中は不安で満たされているのだろう、男の表情にベリルは口角をやや吊り上げた。
不安になるのも無理はない。端正な顔立ちと小柄で細身の体格は優雅にさえ感じられ傭兵を連想させる要素など皆無に等しい。しかし、その落ち着き払った雰囲気と存在感は認めざるを得ない。
ホーネストは一度、顔をしかめて一同に向き直り声を張り上げた。
「これから彼の言葉を聞いてくれ」
発してベリルの後ろに下がる。紹介されたベリルはそこにいる者たちを見回したあと、微笑んで口を開いた。
「ベリルだ。今回、私が指揮を
傭兵が自分たちを指揮すると聞いていたためどんな奴なのかと身構えていたが、嫌味のない物言いに一同は一斉に緊張をゆるめた。
「チームを三つに分ける」
ミハエルからリストを受け取り、しばらくそれを見つめて二十人いる刑事たちを六人と七人を二つにそれぞれ分けた。
「これからヘッドセットを配る。説明をよく聞いて設定してもらいたい」
ベリルが発すると、後ろからダグラスがバッグの口を大きく開けてチームごとに手渡した。
一同はそれを珍しそうに眺める。耳にすっぽりと収まるサイズのヘッドセットはメタルブルーの外見に赤・青・黄色の小さなボタンが付いていた。
「初期設定は済ませてある。起動ボタンを押してくれるだけで良い」
そのあとダグラスが起動方法を説明する。いまは内蔵電池の使用量を減らさないために待機モードとなっている。
「赤は私のみに通じる会話。青は全体の声、黄はチームのみだ。ボタンを二つ以上押せばリセットされる。どのモードなのか解らなくなった時はそうするように」
一度耳に装着すればいちいち外してボタンの色を確認してはいられない。
それぞれは自分の付ける側の耳に合わせてボタンの配置を覚えていった。その様子を確認しながらベリルは説明を続ける。
「パーキングの敷地をこれから攻略する倉庫だと仮定する。Aは入り口から侵入、Bは裏手から、Cは入り口の右側にある窓を監視する」
上品な身振り手振りを加えての説明が続く。
ダグラスはその後ろ姿を眺めながらショルダーホルスターのフィット感を改めて確認していた。
「倉庫の規模はかなり大きい。突入した者はいち早く設置されている物を伝えてほしい」
一度、全員を見回して小さく頷くと再び説明を始める。
「AとBは同時に突入を開始する。出来るだけ音を立てずに頼む。Aは私がBはダグラスが先導する」
「えっ!?」
親指で示されたダグラスは驚いて声を上げ、ベリルの背中を凝視した。
「彼は若いが私のやり方をよく知っている。彼の指示は私の指示だと思ってくれて良い」
「うそでしょ……」
そ、そこまで言う!? それって1チームを任せるってことだよね? いや、ちょっと待ってよ。そりゃあ、ベリルのサブリーダー役の人と一緒に行動してやり方も見てはいたけれど、突然の指名に少年は呆然とした。
ひと通りの説明を終えたベリルは、現場に向かうまでの数分をここで過ごせと一同に指示しピックアップトラックに足を向ける。
少年は向かってくるベリルに自然と体が強ばった。
「あっ、あのさ」
「ん?」
後部座席からペットボトルを取り出して口に含んだベリルに言い出しにくそうな表情を浮かべる。
「なんで、僕が」
「模擬戦より緊張を持ち実戦より深刻ではないからだ」
ベリルがボトルにフタをしながら淡々と応える。
「それって──」
確認するような眼差しのダグラスに薄く笑んだ。ダグラスは「お前の失敗では何も変わらない」と暗に示している事をすぐに察した。
つまりは、「お前が何かやらかしたとしても修正が利く、だからやりたいようにやれ」という事なのだろう。
ベリルの表情からそれを察し、少年は一瞬ムッとしたがすぐに笑顔を戻した。
失敗しなければそれは功績となる。自分の判断で仲間がどう動くのかを見る絶好の機会でもあるのだ。
実際での試行でなんて……。と思うかもしれないが、模擬戦だけでは味わえない感覚に慣れておく事は重要だ。
よほどの危険がなければ少年を仕事に連れて行くようにしているベリルだが、必ず生きて戻れるという保証など無い。
嬉しそうに準備を進めるダグラスを見つめながらベリルは己の心の奥を探った。
私は恐いのかもしれない、ダグが目の前で倒れる姿を見る事が──そうなってしまうかもしれないという恐怖から逃れようとしている。
ダグラスはセシエルの忘れ形見だ。彼が死んだと聞かされたとき、自分でも驚くほど心の中では強い衝撃を受けていた。
微妙な差はあれど実の父クリア・セシエルとよく似ている。ダグラスの死を目の当たりにしたとき、私はどうなるだろう。
生々しい想像が脳裏に過ぎり目を眇めて足下に視線を落とした。
「どしたの?」
少年がそんなベリルに首をかしげると、「なんでもない」というように軽く手で示し後部座席に滑り込む。
解りもしない未来を考えても仕方がない。彼が覚悟を決めたなら私も覚悟しなくてはならないのだから。
一度、気持ちを切り替えるように瞼を閉じてノートパソコンを開きこれからの事を最終確認した。
そして少年がピックアップトラックの背にもたれかかって周囲を眺めていると、一人の男が笑顔で近づいてきた。
「やあ、えーとフランクだ。君のチームになる」
いぶかしげな眼差しを向けるダグラスに握手を求める。
「ああ、どうも」
その手を握りかえし無表情に見上げた。金髪に蒼い目、三十代前半と見受けられる。
「彼の事はミハエルから聞いていたが──」
車内のベリルを一瞥する。
「ミハエルの友達?」
「同僚だよ」
その言葉に少年は少し身構えた。
「どこまで聞いてるの?」
「ん? ああ、安心しろよ。例のことは誰にも言ってないし、これからも言うつもりは無いから」
それを聞いてホッとする。ミハエル捜査官を信用していない訳ではないが、辺り構わずにベリルの不死をバラされてはかなわない。
「どうせ言ったって誰も信じないって」
「そういう問題じゃないよ」
肩をすくめたフランクに顔をしかめる。
「君はいくつだい?」
「十六だけど」
それに口笛を鳴らした。
「ちゃんと学校には行ってるよ」
なんとなく若さに難癖を付けられた気がして軽く睨みを利かせた。
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