*発揮力

「おい、一体どうなってんだ?」

 不安に声を震わせる。そこへライフルを抱えた仲間が走ってきた。

「警察だ! お前らそのガキ絶対に離すなよ」

 それを聞いた一人がニールに駆け寄り、猫のようにTシャツの襟を掴んだ。怯える少年をさらに威嚇するようにぎろりと睨みつけ持ち上げる。

 そうして五人は、それぞれにライフルとリボルバーを構え移動を試みる事にした。

 すでに囲まれている事を知り、ニールを人質に逃げようという考えなのだろう。まだ抵抗を見せている仲間もいるらしく、銃声は止む事なく続いていた。


 その頃、ベリルは倉庫内を見回していた。プレハブ小屋と荷物が倉庫内を迷路のようにしているため、戦闘はやや難ありといった所だろうか。

 両者に多数の怪我人が出ているが、ここまでは想定内だ。どちらにも被害が出ないという事はあり得ないのだから。

 しかし、ミハエルとベリルは射撃において群を抜いている。それを考えればベリル側に武があるのは明らかだ。特にベリルは死なない事も相まってか構えが堂々としている。

 とはいえ、痛みは他の人間と同じであるため、銃弾がかするたびに眉を寄せる。出来れば当たりたくはない。

「左右に展開」

 聞いたミハエルは他の仲間に散るように指示した。

「C班、二手に分かれて入り口と裏口から牽制」

 後ろにいる敵をそれで黙らせる。

「ダグラス、散開して進め」

<了解>

 ベリルから指示を受けたダクラスは取り囲むようにバラけろと手で指示をする。一同はそれに無言で頷き静かに散らばった。見送るダグラスは目を吊り上げて今まで以上の緊張感で臨む。

 ベリルのこの指示は、ニールが近くにいるという事を表している。

 場の空気と気配を読む能力、そして兵の力を最大限に活かす能力──それこそがベリルの最大の武器だ。

 それは時に、勝てない相手とでもやり合える力を持つ事もある。

 戦いにおいて数に勝るものは無い。だが、少数でも戦わなくてはならない状況に陥ったとき兵の力を最大限に活かせる事が勝機につながる。誰もがベリルに憧れる理由はそこにある。

 双方共に被害を少なくすること、それを常に念頭に置いた戦闘は熟練した指揮官でも難しい。

「!」

 荷物の影から前方を窺っていたダグラスの目に、五人の男と一人の子どもが映った。それを確認してヘッドセットを軽く押さえる。

「ベリル、いた」

<そのまま待機>

 指示に従い様子を見守る。男たちはかなりピリピリしているようだ。ふと銃声が止み、五人の顔がさらに強ばった。それは、戦闘の終了を意味している。

 ベリルも到着したらしく、十五メートルほど先の積まれた木箱の側面にちらりと影が浮かんだ。

 辺りはしんと静まりかえる。

 そのとき、ベリルがおもむろに持っていたハンドガンを「使わない」と示しながら両手を挙げ、ゆっくりと相手を刺激しないように姿を見せた。

「なんだキサマ!?」

 男たちはベリルにライフルの銃口を向け、一人は少年のこめかみ辺りにハンドガンを突きつける。

 ベリルはそれにやや苦い表情を浮かべた。そして、相手を刺激しないようにゆっくりと指にぶら下げていたハンドガンをコンクリートで覆われた地面に置く。

「ニールを離してくれないか」

「動くな!」

 目の前の相手は武器を捨て丸腰とはいえ、一人で来ているはずがない。これで人質は二人になったがまだ安心は出来なかった。

 ダグラスはここからどうすればいいのかを思案した。ベリルが何も考えずに出て行くとは思えない。

 ふと、ベリルと目が合う。その視線から何かを感じ取った。

「みんな、動かないで。ベリルが注意を引いてくれてる間に僕が出る」

 指示をすると銃を仕舞い、音を立てないように慎重に背後から近づく。

「お前たちは逃げられない。これ以上の抵抗は無駄だろう」

「うっ、うるせぇ!」

 ベリルの存在感が十分に発揮されているようだ、彼らはベリルだけに集中しダグラスにはまるで気付く気配が無い。

 少年と五メートルほどの距離に近づくとダグラスの動きが止まった。このまま勢いに任せてニールを掴んだとして、引鉄ひきがねを引かれれば自分だけじゃなくニールにも危険が及ぶ。

「思ったのだが」

 ダグラスの考えを察したのか、ベリルは肩をすくめてぼそりと発した。

「なんだ!」

「そういう姿は大人げないな」

 無表情に放たれた言葉に、男たちはなんだか自分が情けなくなってきた。一発殴れば死にそうな子供を盾に大の男が何をしているのだろうかと武器を持つ手の力が緩まる。

 今だ──! ダグラスは足早に数歩近づき、男の隙間から見えるニールの肩を強く掴んだ。

「なんだきさま!?」

 ニールを捕まえていた男が驚いて声を張り上げ、それと同時にベリルも素早く駆け寄る。

「うっ!? うわっ!?」

 ベリルの動きに男たちは一斉に引鉄を引くが、うろたえる人間の銃弾が至近距離にあって当たるはずもなく、虚しくベリルの横をかすめて地面に高い音を立てる。

「わっ!?」

 ダグラスがニールの肩を思い切り引くと、そのまま少年は後ろに倒れ込んだ。刑事たちがニールを急いで保護する。

 ベリルから簡単な格闘術を学んでいるダグラスは男の一人に掴みかかった。すぐさま男が持っていたリボルバーに指を滑らせる。

 銃の後方にある撃鉄げきてつの間に指を挟めば、いくら引鉄を引いても撃鉄は動かないので弾は発射されない。

「──っ」

 大きな男を相手にするなら、合気道か! 撃鉄に指を挟まれながら即座に判断し、力任せに倒そうとする男の力を受け流して地面に転がした。

「がはっ!?」

 男の背中に激痛が走り悶絶する。

 熟練者なら痛みを伴わずに転がす事が可能だが、この場合は激しい痛みに悶えてもらう。もっとも、にわかのダグラスにそんな芸当はそもそも出来ない。

 ベリルは目の前の一人に足払いをかまし、倒れ込んだ相手にエルボーを喰らわせる。

「ぐはっ!?」

 そのままの態勢で前に立っていた男のスネを、これでもかと蹴り飛ばした。

「いてぇっ!?」

 思わずしゃがみ込んだ男にかかと落としをお見舞いし、その流れで立ち上がる。かかと落としを喰らわせた男の隣にいた男が慌てて引鉄を引こうとしたが、勢いの乗った回し蹴りが見事に炸裂しコンクリートにつっぷした。

「えっ!? なっ? うっ──?」

 あまりの鮮やかな攻撃に、残った一人は何も出来ずにベリルと転がる仲間を交互に見やる。

 その場にいた一同もあっけにとられた。

「まだやるかね?」

 口の端をつり上げてしなやかに左手を流すと、男は諦めたように銃をだらりと下げてうなだれる。

 刑事たちが一斉に群がり、五人をすぐに確保、拘束した。

「ふう」

 ダクラスは溜息をついてニールの元に歩み寄る。

「ごめんな、痛かった?」

「ううん、ありがとう」

 ニコリと笑うニールの頭をやさしくなでると、嬉しそうにダグラスの顔を見上げた。

「大事ないようだな」

 ベリルが柔らかな笑みで発すると少年も同じように笑顔で返し、ようやく事件は解決したのだとダグラスは安堵した。

 ニールは刑事の一人に手を取られ、父親の元に連れられていく。

「よくやった」

 それを見送ったベリルはダグラスの腕をポンと軽く叩き、パトカーで待つディエゴの元に足を向けた。

「怒られるのかと思った」

 ダグラスはその背中に苦笑いを浮かべる。

 思い切った事をしたと自分でも思う。危険な事だと解っていても、あれが最善の方法だった。

 ベリルもそう考え合図をしたのだから、的確な判断をしたダグラスに誰が怒るだろうか。

 ディエゴはベリルの手を握り、

「ありがとう! ありがとう」

 何度も頭を下げて涙を浮かべた。それに応えるように笑みを見せ、ワゴンにもたれかかっているホーネストに歩み寄る。

「一般人の協力、感謝する」

 ベリルの言葉を待つつもりもなく険しく言い放つ。

「謝礼くらいは出るかね」

「親玉の方も無事、逮捕した」

 皮肉混じりの返しに睨みを利かせて付け加えた。

 倉庫にいたのは全て社員だ。社長以下、役員は本社で会議中だったため何も知らない彼らは当然すんなり御用となった。

「それは良かった」

 素直な言葉にホーネストは口の中で舌打ちする。やはり傭兵にいいようにされて気持ちの良いものではないのだろう。

「いいか、もう余計なことはするな」

 ホーネストは念を押すようにベリルの胸に指を差し、軽く睨みつけたあとワゴンに乗って走り去った。

「言ってくれちゃって」

 遠ざかるワゴンにダグラスが呆れたようにつぶやくと、ベリルはそれをなだめるように肩を軽く叩く。

「ベリル」

 ふと背後からの男の声に振り返った。

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