*第一段階

 少年は力を込めて引き戸を少し開けて顔を覗かせる。老婆の店は「ダーツ屋」と呼ばれていて、確かな武器を提供している。

「おじゃましま~す」

 奥のカウンターでこちらを睨み付けている老婆に小さく会釈し店内に体を滑り込ませた。話は通っているんだろうとは思うけど、なんとなく及び腰になる。

「ヘッドセットを二十」

 老婆の前に行きベリルのカードを見せる。

「あんたがベリルの弟子だね」

「え? うん、そうだけど」

 老婆は少年を一瞥し、ゆっくり立ち上がってカウンターの奥に消えた。

 軽く睨まれたような気がしたがまあいいかとしばらく待っていると、老婆が布製の小さなバッグを抱えて現れた。

「はいよ」

「ありがとう」

 ダグラスの笑顔に目も向けず、老婆は小さなメモに何かを書き記して少年にぶっきらぼうに差し出す。

「なに?」

 見ると、それには金額が示されていた。なんだよ、言えば解るのにとダグラスは少しムッとする。

「待ちな」

 老婆はバッグを持って去ろうとしたダグラスをぶっきらぼうに引き留めた。

「まだなにか?」

 けんのある物言いに老婆は鼻で笑う。

「なかなかの面構えだ。あんた、イイ男になるよ」

「へ?」

 ニヤリとされ、少年はいぶかしげな表情を浮かべながら店を出た。

「どうした」

 車で待っていたベリルに問いかけられ、店での事を説明すると彼は口の端を吊り上げて小気味よく笑みをこぼす。

「からかわれたのさ」

「あんのババァ」

 怒りで体を震わせるダグラスの手からカードとメモを取り、端末から金を振り込むと車を発進させた。


 ──買い物を終え、今度はマクスウェル家ではなく隣のディエゴ・ウォルマート家の呼び鈴を鳴らした。

 ダグラスは先ほどまでいた隣の玄関を一瞥し、目の前のドアを見つめる。

「変な感じ」

 ぽつりと発した少年にベリルは苦笑いを返した。

「どうぞ」

 白い扉を開きディエゴの妻のカレンが迎える。サンディブラウンの髪を後ろで束ね、淡い緑の瞳が魅力的だ。

 リビングに案内されると、そこにはマクスウェル家の人々も揃っていた。彼の家ほどの広さは無いリビングにこの人数は少々の狭苦しさを感じる。

 ディエゴは運送会社の運転士だが、彼が勤めていた会社は表向きのものだった。社員たちの中から数人を選び出し運び屋の仕事を兼任させ、断れない状況下に置かれた彼らは引き受けざるを得ない。

 拒否したディエゴが良い例だろう。

 しかし、ここにベリルがいた事は相手の誤算だ。彼がいなければディエゴは麻薬の運び屋を続けていただろう。現に彼は警察に助けを求めるつもりは無かった。

「さて」

 ベリルは本題を切り出すように、持っていたノートパソコンを開いて一同に示す。

「彼らが所有している数ある倉庫の中にニールが捕らえられている可能性がある」

「うお!? いつの間にこんなに調べたんだよ」

 驚くミハエルを一瞥し一同の視線を確認する。ディスプレイに映し出されているのはキャンベルタウンの地図だ。そこに赤い点がいくつか示されている。

「ディエゴ、何か気付いた事はあるか」

「むう……」

 ベリルの問いかけにじっとディスプレイを見つめた。

「ここ、この倉庫」

 一つの赤い点を指差す、それはキャンベルの北西に位置している郊外の倉庫だ。

「ここは特別な社員しか出入りできない倉庫なんだ」

 お得意さんの荷物を預かっている倉庫なのだと聞かされていた。

「じゃあ、ここで決まりなんじゃない?」

 思案するように画面を見つめるベリルにダグラスが発する。さらに、

「ニールの携帯にGPSでも付いてれば良かったんだけどねぇ」

 と苦笑いを浮かべた。

「あ! ニール持ってるよ!」

 全員が一斉に少女に視線を向ける。

「あたし、ニールにダグラスから聞いた話をしてたの」

 それは傭兵がいつも注意している事についてだった。

「ああ、あの時の」

 ダグラスが思い出したように声を上げるとミーナは頷いて、

「うん、それであたしの携帯を見せてニールがそれを持ちながら外に出たの」

 するといきなり見知らぬ男たちに掴みかかられ、少年はその携帯を手にしたまま連れ去られてしまった。

「それを辿ればニールの居場所が解るね」

「しかし、携帯を手に持っていたら相手に奪われるんじゃないか?」

 ミハエルがもっともな意見を口にすると、みんなは無言になる。しかし、

「お手柄だ」

 ベリルだけはニヤリと口角を吊り上げた。

「何も無いよりは情報としては役に立つ。番号は解るかね?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ──」

 モリスが携帯を取り出し、メモに控えているミーナのGPS番号を確認する。ベリルも同じく端末を取り出し、言われた番号をそのまま誰かに伝えている。

「相手は誰だ?」

 ミハエルが怪訝な表情を浮かべた。

「秘密のお友達」

 ダグラスがしれっと答える。もちろん相手は情報屋のヤンだ。彼らは番号から辿れるシステムも持っている。ベリルは伝えたあと、通話を切りパソコンに何かを入力した。

「お?」

 ミハエルは現れた表示に声を上げた、例の倉庫に赤い点が示されていたためだ。

「思いっきり倉庫だね」

「決まりだな」とミハエル。

「キャンベルに向かう」

「おっ、俺も連れて行ってくれ!」

 ディエゴの言葉に目を眇める、彼がそう応える事を解っていた顔だ。ベリルは男の目を見つめたあと、妻のカレンに視線を移す。

「あなたはマクスウェル家に、決して外には出ないよう」

「え?」

「こっちに奴らが来ないとも限らないってこと」

 首をかしげた彼女にダグラスが説明した。息子だけでなく、その妻にも狙いを定める危険がある。

 もちろん狙われるという確証は無い、どちらかといえば殺される可能性の方が高い。

「彼女を頼む」

「もちろんだとも!」

 モリスは胸を張った。

「こっちからも何人か家の周りに配置するよ」

 発したミハエルに笑顔で応え、ノートパソコンを閉じる。

 外に出たあと、ミハエルに倉庫から数百メートル離れた駐車場を集合場所にするよう警官たちに伝えてくれと指示をした。ベリルが示した駐車場は入り組んだ場所にある、倉庫からは死角になっている場所だ。

 ミハエルはそれに手を挙げて応え車に向かい無線を手に取った。ベリルとダグラスはそれを横目にピックアップトラックに乗り込んだ。

 そうしてダグラスは先ほど買い込んだヘッドセットを後部座席から面倒そうに助手席に引きずる。もう一つのバッグも掴み、中身を確認し始めた。

 ヘッドセットは常に五つほど車に持ち込んでいる。

 そのうちの二つをベリルとダグラスは使用するため、少年は他のヘッドセットとリンクさせていた。

 初期設定とチェックをダグラスに任せベリルは車を発進させる。


 キャンベルタウン──ニューサウスウェールズ州にある都市。シドニーから西に約八十七キロメートル、直線では南西に約五十三キロメートルほどの距離にありシドニーの衛星都市の重要な都市として機能している。

 車で一時間少々の道のりだ。

「バッグを」

 信号機にひっかかり少年に声を掛けると、チェックを終えたダグラスがヘッドセットの入ったバッグと入れ替わりにベリルのバッグを後部座席から掴む。

 中を見ろと目で示されバッグの口を開くと、ベリルの予備の装備が入っていた。

「?」

 それに眉を寄せたが、よくよく見ると見慣れない黒いナイロン製のショルダーホルスターが入っていた。革製を好むベリルにしては珍しい。

「調整しておけ」

「使っていいの!?」

 思ってもみなかった言葉に少年は目を輝かせホルスターを取り出した。

 ホルスターにはリボルバー銃が収められていた。いつも使うオートマチック拳銃とは形が異なるハンドガンである。

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