◆第一章
*苛立ち
少年は乗ってきたオレンジレッドのピックアップトラックの助手席に乗り込みながら運転席のベリルに視線を移す。
「いい男は得だよねぇ」
「何の話だ」
皮肉混じりの言葉に眉を寄せるが、その意味までは解ってはいないだろう。呆れるほどに自分自身に対して無関心なベリルが、注がれる好意にすぐ気がつける訳がない。
「なんでもない」
自覚してチャラければこっちだってもっと安心していられるのにとダグラスはシートベルトを締めながらプイとそっぽを向いた。
そうして店の多い通りまで車を走らせ、路肩に車を駐める。
少年は衣料品店に、ベリルは路地裏に入っていく。大通りから一歩外れると道は細くなり、狭い路地裏を進んでいくと目当ての店はひっそりとそこにあった。
本当に営業しているのかと思われるほど静まりかえり
「何が欲しいんだい」
無愛想な老婆はカウンター越しにベリルを見やると、馴染みの客のように口を開いた。
「9mmパラベラム弾をふた箱」
器用に結った白髪交じりのブロンドの老婆は、それを聞いてよいしょと立ち上がりカウンターの奥に引っ込んだ。しばらく待つと紙箱を二つ手にして戻ってくる。
「振り込みだね?」
9mmパラベラム弾とは、彼ら二人が主に使用する拳銃用の
「後で振り込んでおく」
ここは知る人ぞ知る、傭兵御用達の武器屋だ。もちろん正規のルートで仕入れている、至って真面目な商売をしているまともな店である。
信用のおける相手、常連にしか物を売らないというのが、この店のルールなのだとか。ベリルはこの店ではお得意さんであり、老婆とは数十年来の付き合いだ。
目当ての物を手に入れて路地裏を出ると丁度、ダグラスも店から出てくる所だった。
少年は衣類の入った紙袋を後部座席に積めてベリルにカードを返す。
エメラルド色をしたドラゴンのホログラムが入ったカードはベリル専用のカードだが、少額ならダグラスも使えるように設定してある。
ふと、いくつかある紙袋の一つにベリルが眉を寄せた。さほど高価という訳ではないブランド店のものがある。
「たまにはそういうのも着なよ」
呆れて応える。目立たなくて装備の邪魔をしない服は構わないけど、もう少しは着飾って欲しい。自分が買い物を任された時は半ば強制的にそれらをベリルに着せるようにしていた。
車に乗り込んだベリルは携帯端末をいじり、先ほどの代金を振り込んだ。
ベリルはあまり金銭を持たない、チップ用の紙幣を十枚ほどポケットに潜り込ませている程度である。海外ではカードは「信用」につながるものだ。現金で支払うよりも、あえてカードを使用する方が信用される。
──そうしてひと通りの買い物を済ませ、二人はマクスウェル家に戻る。
「やあ、遅くなってすまない」
戻るとモリス・マクスウェルが帰宅していた。ブラウンの髪に薄い青の瞳で気さくに笑いかけ、ベリルに手を差し出す。
肉厚な体型に年の頃は五十歳ほど、藍色のスーツがよく似合い「成功者」としての貫禄が窺える。ベリルよりもやや背は低い。
やはり彼もベリルの容姿に少々、驚いた目をした。
彼らはベリルが不死だという事を知らない。今回の件に関して告白する事柄でもないだろうと判断したからだが、わざわざ表の人間に大々的に暴露するものでもない。
出来れば隠しておきたいというのも事実だ。
「今回のことには参っているのだ」
リビングのソファに腰掛け、モリスは頭を抱えた。家族の、しかも大切な娘をターゲットに脅迫してきた事で、彼もリサも疲れ切っていた。
契約の破棄も考えたが、彼が断ればその会社は倒産を余儀なくされ社員たちが失業に追い込まれてしまう。
「脅迫状が来たのっていつ?」
「二週間ほど前だ」
ダグラスの質問に溜息混じりに答えた。一向に進展しない警察の捜査にも落胆しているのだろう。
「予告日とかは書いてないの?」
「書いていればとっくにどうにかしている」
顔をしかめて返したモリスに少年はそれもそうかと肩をすくめた。
モリスは深い溜息を吐きながら鞄の中に手を入れて何かを探し始めた。出てきたものは細長い封筒に入れられた一枚の紙。それをベリルに手渡した。
どうやら件の脅迫状らしい。本物は警察が持っているため、これはコピーだ。
『警告──
今やろうとしている買収をすぐに止めろ。
でなければお前の娘がどうなるか、解ってるだろう。
これは警告だ。脅しだけだと思うな、必ず実行する。』
「ふむ」
目にした文面にベリルは眉をひそめる。
文字はパソコンで打たれたものだろうと推測出来た。印刷状態などから、プリンタとパソコンの特定は出来るかもしれないが犯人の絞り込みという部分では難しいと思われる。
モリスと家族はあまりにもの相手の掴め無さに、恐怖心だけがかき立てられ今に至っていた。
「確かにおかしな内容だ」
「どこがおかしいの?」
コピーをモリスに返しながら発したベリルにダグラスが首をかしげる。
「敵対的買収ではない事柄にあまりにも攻撃的だ。そうでない事は調べればすぐに解るだろうに」
「怒りすぎて勘違いしてることに気が付いてないんじゃないの?」
「その可能性もある」
全ての可能性を踏まえてこちらも行動しなくてはならない。
「ダグ、手伝って~」
キッチンの方からミーナの声が聞こえて、少年はベリルを一瞥しキッチンに向かった。ダイニングキッチンは白い壁に木目調の家具、内蔵型の食洗機やオーブンが清潔感を漂わせている。
「何?」
「このお皿、ここに置いて」
大皿をあごで示し、オーブンからローストチキンを取り出した。
「何これ」
いぶかしげに聞き返しながら大皿を言われた通りの場所に置く。テーブルには他にも沢山の料理が乗せられていた。
「あなたたちの歓迎会よ」
ローストチキンの飾り付けをしながら答える。
「歓迎会?」
「だって、しばらくここにいるんでしょ?」
「そりゃそうだけど、その主役に手伝わせるワケ?」
「あら、あなたは弟子だから主役はベリルじゃない」
しれっと応えられピクリと片眉を上げた。
歩くフェロモンめ……。ダグラスは喉の奥で舌打ちした。そこにいるだけで自覚無く女を口説く「ベリル」という存在に、少年は多少の苛立ちを覚える。
「言っとくけど」
「何?」
「ベリルって恋愛感情、皆無だよ」
「え?」
「あ」
しまった、つい余計なこと言っちゃった……。ベリルが悪い訳でもミーナが悪い訳でもないのに、僕はなにミーナに当たっているんだ。
少女は視線をそらしたダグラスをしばらく見つめてプッと吹き出した。
「アハハ! もしかして、何か勘違いしてる?」
「え?」
「あたし、彼のこと別に気にしてないわ」
口に手を当ててコロコロと笑うミーナに目を丸くする。
「……そうなんだ」
「そりゃあ、初めは『いいな』って思ったけど。なんていうか、近寄りがたい感じがするじゃない?」
「ん、まあ」
「あたしには『凄く遠い人』かな」
ミーナの言葉に、ダグラスは何故かホッとした。
「ママはもっと接近したいようだけど」
「え……」
再び驚いた顔をした少年にミーナがまた吹き出す。
「驚いた? 安心して、ママはパパを愛してるから」
「……なんだよ」
苦笑いを返すが、少年にとっては冗談では済まない話だ。本気で不倫を考えていた女性も今までに存在したのだから。
もっとも、ベリルを相手にそれも成立するハズがない。少年の言うように、ベリルには恋愛感情が欠如している。周囲からは道徳観念の固まりのような人物に見えている事だろう。
外見のイメージとは違った態度に少しがっかりする者もいる。彼にどんなイメージを抱いているのか疑問ではあるが……。
とにかく、そんなベリルの恋愛事情に巻き込まれるのは面白いが面倒極まりない。
「そっちは何?」
「ミートローフよ」
その返答にダグラスは絶句した。自分が食べてきたものとはおおよそ形が違っている。
「へえ」
確かミートローフってアメリカの家庭料理だよね。パンの語源となった古英語のローフからきてたんだっけ?
いつもベリルが作ってくれていたものとはかなり異なり、ごつごつとした見た目に若干の混乱を落ち着かせようとした。
「作り方……は、知ってるよね」
「そこのレシピ見て作ったわ」
レシピ通りに作ったとは思えない、自分が見てきた料理とはほど遠い見た目ばかりだ。
「何よその顔」
「い、いや~、なんでもない」
当惑した顔のダグラスにミーナは目を吊り上げた。
「見た目は悪いけど味は最高なんですからね!」
いじけて口を尖らせてツンとそっぽを向くその仕草が可愛く、つい見つめてしまいそうになる。
「ごめんごめん。さ、続き手伝うよ」
「あ、次はケーキ。ベリルは甘いものとか大丈夫?」
「さあ~、どうだろ。僕が好きだからときどき作ってくれるけど」
「作ってくれる?」
ミーナは彼の言葉を聞き逃さなかった。
「あ……。うん」
しまった、また余計なことを言っちゃったぞと苦笑いを浮かべて頭をかいた。
「もしかして、料理得意?」
不安げな瞳が少年を映す。しかし、今更ここで嘘は吐けない。
「あーうん。まあまあ」
それでもやんわりと答えたが、ミーナの手が止まり少年はどうしたものかと思案した。
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