第15話

 佐藤隊長は味方を集めて僕達の前に陣取った。

「あんたらだけでも逃がせるかやってみるわ」

「そ、そんな!」

 僕は突発的に叫ぶ。

 萌音が目の前にいるというのに。

「坊主まであいつらに渡すわけにはいかねえんだよ! 納得できねえだろうが、納得できねえことだらけなんだよ、この世界は」

「いやいや、せっかくだから兄妹水入らずにしてあげましょうよ」

 船長が勝利を確信したらしく、嘲笑していた。

「ボクも戦うよ」

 佳枝葉が一歩踏み出した。

 僕は慌てて佳枝葉の腕を掴む。

「危険だ、やめておけ!」

「そんなの分かっている! でもここで、何も足掻かなくて良いのか?! ソウジ、妹が目の前にいるんだぞ!」

 その気迫に僕はウッとなった。

 萌音を助けたいという思いとみんなが傷付いてほしくないという思いがせめぎあう。

 結局その二つの思いは両立できないのだ、今の状況では。

 僕に力があれば。

 力さえあれば。

 そんな思いがふつふつと湧いてくる。

 僕の能力は何か。

【聖域形成】と言って僕の半径一メートルくらいに強力な障壁を作ったり、【天使の加護】と言って不可視の盾を味方に授けたりできる。

 防御特化だ。

 戦闘が始まってしまった。

 敵は余裕を見せて船長と数人が萌音の周囲で休んでいる。

 その代わり〈黒騎士〉を中心に攻撃を仕掛けてきた。

 味方の方は防戦一方。

 佳枝葉が僕の目を見て決意を表明した。

「ボクはボクのできることをするだけだ。さあ手を離してくれ」

 どう見ても絶望的な状況なのに。

 しかも、僕達で敵うハズもない相手なのに。

 佳枝葉は本当に勇気がある、勇者だ。

 いつもの設定から生まれた勇気であっても、こんな状況で足掻くことができるのだから、紛れも無く勇者だ。


 僕はどうする?

 萌音を助けたいんだろう?

 何もせずにいるのか?

 何も、せずに……


 そんな。

 そんなわけには、いかないだろう……!


 僕は【天使の加護】で佳枝葉に不可視の盾を授けた。

「僕にできるのは、君を守ることくらいだけど(防御特化だからね)……全力で守るよ」

 すると佳枝葉はかあっと顔を赤くして下を向く。

「そ、そんな……一生離れたくないなんて言われても……」

 彼女の鼓膜は壊れているのだろうか?

 僕は手を離す。

 すると佳枝葉は竜鱗を赤熱させた。

 雰囲気が一変し、畏怖を感じるほどの力があふれ出す。

 この圧倒されるような力は何だろう。

 もしかして、彼女の力ならいけるのでは、と思ってしまう。

 佳枝葉は能力で装飾過多な剣を出現させ、正眼に構えた。

「無茶だけはするなよ!」

 そう声をかけると、佳枝葉はニッと笑った。

「我が名はエノーレス・カエハリオン! 白銀のドラゴ――」

 口上を始めた途端に敵の一人が飛び掛かってくる。

 容赦なくナイフが突き出された。

「――ンの最後まで待てないのかっ!」

 ひやりとしたが、佳枝葉は凄まじい反応速度でナイフをかわした。

 そうだ、能力値異常でとんでもない敏捷性を持っているんだった。

 佳枝葉は反撃とばかりに剣を振る。

 するとそこから衝撃波が出てごうごうと音を立て敵に迫った。

 敵は腕を交差させて防ぐが、威力を殺しきれず吹っ飛ぶ。

 プロを相手にそんなことをやってのける佳枝葉は、とても学生の力じゃなかった。

 これは、思ったよりいける!

 希望の灯が見えた気がした。

 しかし、それも束の間だった。

 佳枝葉の背後にもう一人の敵が降り立ち、なめらかな動作でナイフを繰り出す。

 気付かなかった佳枝葉はもろに攻撃を受けてしまう。

 不可視の盾がそれを防いでくれたが、ひび割れる音がして砕け散った。

 盾が無かったら首を後ろから刺されていたところだった。

 佳枝葉は振り向きざまに剣を振るうが、そこにはもう敵がいない。

 僕は慌てて【天使の加護】を佳枝葉に授けた。

 敵は、今度は佳枝葉の頭上から脳天にナイフを振り下ろす。

 ぎりぎり不可視の盾が間に合い、攻撃を相殺した。

 それからは佳枝葉が大振りで攻撃してかわされ、死角から敵の攻撃を受けるという流れが続いた。

 僕は連続で【天使の加護】を発動し、徐々に体力が奪われていく。

 敵は佳枝葉の動きにもついてきていた。

 敵だって能力値異常の者は普通にいるのだ。

 速さが同等なら技量のあるプロの方が圧倒的有利。

 素人の佳枝葉など赤子の手を捻るようなものだ。

「くっちょこまかとおっ……さすが暗殺者だな!」

 佳枝葉は闇雲に剣を振り回すがいっこうに当たる気配が無い。

 僕は体力を削られながら糸口を探す。


 佐藤隊長の方は〈黒騎士〉のせいで劣勢だった。

 善戦しているものの、相手が強すぎるのだ。

 見ている前で一人が〈黒騎士〉に斬り伏せられてしまった。

 敵の一人が僕達に向かって突撃してくる。

 僕は咄嗟に【聖域形成】を発動。

 体力を大幅に消耗してしまい、尻餅をついてしまう。

 敵の攻撃は防いだが、佳枝葉の方から意識がそれてしまった。


 佳枝葉は渾身の一撃を繰り出すが、あっさり敵にかわされて反撃を受けてしまう。

 ナイフが彼女の胸に吸い込まれていった。

「あぐっ……!」


 時が止まったように感じた。

 佳枝葉は制止したまま動かない。


 一方で、〈黒騎士〉によって佐藤隊長以外は味方が倒されてしまった。

 僕はうなだれ、床に視線を落とした。

 もうだめだ……

 巳薙が僕を抱き締める。

「奏滋、しっかりして!」

 分かっている。

 分かっているけど、もう僕らにできることはない。

「そ、そうだ。僕が投降すれば巳薙だけでも助けてもらえるかも……」

「バカ、そんなこと考えなくて良い! それより見て、佳枝葉が!」

 そんなに佳枝葉の散り様をはっきり見ろというのだろうか。

 目をそらすなと。

 でも、見るのが辛い。

 恐る恐る佳枝葉を見てみた。

 すると。


「【龍】の血が……疼きやがるんだよおおぉっ!」

 佳枝葉は敵のナイフを片手で掴んでいた。

 その手は赤熱した竜鱗に覆われ、傷一つついていない。

 佳枝葉は腕をぐいっと引いて、前のめりになった敵に頭突きをくらわせた。

 敵はギャグのようにすっ飛んでいき、壁にぶち当たって動かなくなった。


「なああっ?!」

 僕は叫び声を上げた。

 プロの攻撃を防いだどころか、倒してしまったのだ。

 デタラメな強さだった。

 敵を倒したのは偶然ではなかった。

 その後向かってきた敵も佳枝葉はあっさりと返り討ちにしてしまい、これで二人。

 更に今度は二人組で襲い掛かってきた敵もたった数撃打ち合っただけで倒してしまった。

 わずかな間で、四人。


 佳枝葉はあろうことか、剣を〈黒騎士〉に突きつけた。

「ボクは確かに何の技量も無い素人だ……しかし! 【龍】の血が、戦い方を教えてくれるのだ! 燃え盛る絶対強者の魂が、敵の屠り方を伝えてくれるのだ! プロだか何だか知らないが、絶対強者に敵うものか!」

 僕は目をごしごしとして、もう一度佳枝葉を見た。

 どうも彼女の周囲にはドラゴンの幻影が視える。

 何度目をこすっても視える。

 今までこんなものは見たことがない。

 彼女の身にいったい何が起こったのか。

 分からないけど……

 とんでもないことが起こった、これだけは事実だった。


 ゆらりと〈黒騎士〉が向き直る。

 自然体で剣を構えた。

 佳枝葉は雄叫びをあげ地を蹴る。

 一直線に向かっていき、刺突を繰り出す。

〈黒騎士〉はその軌道を剣先でそらしカウンターの刺突。

 目にもとまらぬ速さのそれを、いともたやすく佳枝葉はかわした。

 そして体を回転させ、回し蹴り。

〈黒騎士〉はかがんでかわし、下からの斬り上げ。

 佳枝葉はそれも超反応を示し、剣で防いだ。

 背中にまで目がついているような動きだった。

 そんな動きを見せられると、あながち佳枝葉の口上も嘘ではないような気がしてくる。

 何かが宿っているようにしか思えない。

 それから神速の攻防が続く。

 佳枝葉も〈黒騎士〉もかわしてカウンターの繰り返し。

 互いが一方的に連撃を繰り出せるほどの余裕がなく、一進一退。

 見ている方は息もできないほど手に汗握る戦いだった。


 次第に均衡が崩れる。

 佳枝葉の攻撃が少しずつ相手を捉えるようになり、〈黒騎士〉の鎧にかすり始める。

 更に攻防が続けば、佳枝葉の優勢がはっきりした。

 一撃、二撃、三撃と連続で〈黒騎士〉にヒットし、追い詰める。

「屠る!」

 佳枝葉は飛び上がり、上段に剣を振り被った。

 そしてバネを伸ばすように力をため、一気に振り下ろす。

〈黒騎士〉は剣で防いだが、その剣にぴしりとひびが入り、それからひびが広がっていき、砕け散った。

 これで勝負が決まった――


 かに見えたが、〈黒騎士〉は剣が折れることを見越していたのか、素早く佳枝葉の腕を掴んで斬撃を止めた。

 それから次に、信じられないことが起こった。


 バリバリバリバリと電撃を連想させる音が弾ける。

「うああああああぁ――――――――――――――――――――――――っ!」

 佳枝葉は悶えるが、〈黒騎士〉は手を離さない。

 見ているこっちが痛いと錯覚するほどの苦悶の叫び。

 拷問のような容赦の無い責め苦。

 何度も何度も佳枝葉は絶叫し、しまいには動かなくなった。

 そうしてようやく解放された。


 どさりと落ちて、佳枝葉は沈黙した。


「佳枝葉、起きろ! 起きてくれ!」

 僕が呼びかけるが応答が無い。

 奥の手を〈黒騎士〉は隠していた。

 劣勢になり、相手が勝負を決めにきたところでの奥の手。

 完璧なタイミングだった。

 やはりプロは生死を分けるところで強い。

 だがこの奥の手は〈黒騎士〉自体も相当なダメージを受けたらしく、ふらふらである。

 何とかもう一度剣を顕現させるも、なかなかとどめを刺せないようだった。

 僕は飛んでいって佳枝葉を庇いたいところだったけど、体が動かない。

 佐藤隊長が〈黒騎士〉に飛び掛かったが、船長達に邪魔されてしまう。

「こうなったらあたしが!」

 巳薙が行こうとするのを僕が必死に掴んで止めた。

 そして僕は必死に考える。

 考える、考える、考える……

 佳枝葉を助けたい。

 この娘はこんなところで死んでいい娘じゃない。


 彼女の様々な顔が思い出される。

『剣と魔法の世界を考えているとさ、お金かからないから良いんだよ、ハハ……夢想するだけならタダだからね』

 そう言って力無く笑った顔。

 私物まで徴収されてしまうほどの苦難を味わいながら、それでも元凶となった弟のことを気にかけているすっごく優しい娘なんだ。

『うー痛い痛いっ……だがボクの勝ちだ、勝ちだからな!』

 たんこぶをさすりながら必死に訴える顔。

 思い込みが激しいところはあるけど、巳薙のために水泳勝負でたんこぶを作るほど頑張る友達思いの良い娘なんだ。

 それから、それから……

『然り! 今回は運が良かった。これもソウジのお陰だ、ありがとう! これからボクの伝説が始まるんだ、フフフ……!』

 笑った時の顔が輝いていて、こっちまで元気にしてくれる魅力的な娘なんだ!

 なあ、伝説はこれから始まるんだろう?

 ここで終わっていいわけないだろう?


 絶対、助ける……!


 考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて……


 そして、ある結論に至った。

 佳枝葉を呼び起こす、魔法の言葉に。

 全てを賭けた。

「エノーレス・カエハリオン……可愛いぞ!」


 すると、佳枝葉の耳がぴくりと動いた。

 反応したっ……!

 よし、この調子で声をかけ続ければ……!

「カエハリオン超可愛い!」

 ぴくぴくっと彼女の耳の動きが激しくなる。

「カエハリオン最高に可愛い!」

 彼女の耳だけでなく指先もぴくりと反応。

 そして。

 その直後。


「……白銀のドラゴンの末裔は、負けなああああああぁい!」

 飛び起きると、白銀のドラゴンの幻影を纏った姿になっていた。


 まさかとは思うが、更なるパワーアップをしたというのか?

 そして佳枝葉は剣を真っ直ぐ〈黒騎士〉に向ける。

 剣には白銀の光が周囲から集まっていく。

 光は渦を巻いて大きくなり。

 破裂寸前の風船みたいに溜めに溜めたところで。

 それが射出された。

 光の砲弾だった。

〈黒騎士〉は咄嗟にそれを剣で防ごうとするが、光の球は破裂し、轟音を撒き散らす。

〈黒騎士〉の剣は破砕され、〈黒騎士〉自体もサッカーボールのように吹き飛んだ。

 二回、三回とバウンドし、それから沈黙した。


 あまりのことに、静寂が訪れる。

 あれだけ〈総特〉のメンバーを倒した強さを持つ〈黒騎士〉に。

 圧倒的な力を持つ〈黒騎士〉に。

 勝った。

 勝ってしまった。

 僕は徐々に目の前で起こった逆転勝利を理解していき、思わず声を漏らした。

「お……ぉぉぉぉおおおおおおおっ! 佳枝葉……っ!」

 巳薙は驚きのあまり腰を抜かし、ぺたんと座りこんでいる。

「勝った……?! 佳枝葉……あんたいったい何者なの?!」

 佳枝葉の背中がやけに大きく見える。

 どこか遠くへ行ってしまったみたいな、僕達と住む世界が違うみたいな錯覚も引き起こす。

 シュウウウと蒸気も上がっておりオーバーヒートしているかのよう。

 あまりに力を使い過ぎたのかもしれない。

 佳枝葉はだらりと剣を下げた。

 その姿はまるで力を使い果たしたみたいで、見ている僕達はぞくりとした。

「佳枝葉っ!」「佳枝葉、まさかっ……?!」

 まさか、命まで使い果たしてしまったのか……?!

〈黒騎士〉は強すぎる相手だった。

 佐藤隊長達でも敵わないほどの強敵だった。

 そんな相手と戦うには、命を力に換えるしか、なかったのか……

 だが、次の瞬間。

 佳枝葉は振り向き、サムズアップした。

「ボクの伝説には快進撃しかないのさ……!」

 ニヒルな笑みを浮かべ健在をアピールしている。

 なんだ、心配させないでくれよ。

「佳枝葉、大丈夫なのか?」

「ふふふ、ソウジの魂の叫び、しっかり届いたぞ!」

「ああ、可愛いって言われると力が出るかと思って――」


「『君の可愛さに溺れそう』なんてソウジもキザだな!」


 誰がそんなこと言ったの?!

 彼女のニューロンがイタズラでもしたのだろうか。

 それとも僕の滑舌に致命的な問題があるのだろうか。

 まあしかし、どうやらいつも通りのようだ。

 これなら命に別状は無いだろう。

 本当に、佳枝葉はとんでもない娘だ。

 何かやらかしてくれる……そうは思っていたが、ここまでとは。


 佳枝葉は肩で息をしながら、ぎろりと船長達を睨んだ。

「さて、【真闇極衛兵ダーク・ロイヤルガード】(たぶん〈黒騎士〉のこと)もボクが討滅した。残るはお前達だけだ……!」

 船長は引き攣った笑みを浮かべ、両手を上げて降参の意を示した。

「あれえぇ……ちょっと僕は体調が悪くなったからおいとましようかなあ……」

 そこを佐藤隊長の拳がごんと打つ。

「ばぁか、お前がおいとまするのはこの世からだっつの」

「あはは、そうだよねぇ……じゃあ、ポチっとな」

 船長は何かのスイッチを押した。

 片手で持てるサイズのスイッチだ。

 そうしたら、萌音のすぐ脇にあるボードにタイマーが表示された。

 残り十分。

 はて、このタイマーは何だろう?

 だんだん残り時間が減っていっているみたいだけど……

「げっ爆弾かよ!」

 佐藤隊長が目を剥く。

 船長は楽しそうに言った。

「最後のプレゼントだよ。僕達は証拠を残すわけにいかないからね。駄目だと分かればこうするしかないのさ。解除不能の親切設計だよ、嬉しいだろう?」

「積荷は通常の物の代わりに最新型の爆弾でも詰め込んだか。やべえなこりゃあ……」

 とりあえず船長や残った敵をてきとうな柱に縛りつけ無力化。


 しかし、どうしようもない事態に、なってしまった。

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