第14話

 佐藤隊長の号令でプロの方達が集まり、移動を開始する。

 僕と山田さんもその後についていった。


 港では佳枝葉と合流、それから何故か巳薙までいた。

 巳薙にはもう帰るよう電話を入れておいて、しかも『分かった』という回答を得たハズなのに、何故かいたのだ。

「ねえ巳薙、僕は危ないから帰れって言ったよね?」

「うん!」

「それで巳薙は分かったって言ったよね?」

「うん!」

「じゃあ何でここにいるの?」

「佳枝葉に電話して場所を聞いたからだよ! あたし頭良い!」

 会話が微妙に通じない……ズレてる。

 僕はうなだれた。

 確かに巳薙はこういう娘だ。

 もう何を言っても無駄だろう。

 佳枝葉は佳枝葉で佐藤隊長とかを見て興奮気味だ。

「隊長、部隊名は何と言うんですか?」

「あー何でも屋みたいなもんだから【総合特務班】略して〈総特〉って呼んでるな」

 佐藤隊長が子供をあやすように目を細めて答えている。

「そ、それは秘密の部署なんですかっ」

「おーそうだぞー。普段何してるんだか政府の人間だって分かる奴は殆どいねえ。【総合特務班】がどこの部署にぶら下がってるかも秘密だしな。専属の奴は数人しかいなくて、その他大勢は色んな部署に散らばってて窓際族やってる。よくあるだろ? 冴えない窓際族が実は……ってやつ。いつでも仕事場を抜け出せるから丁度良いんだよ」

「くううっボクも秘密の部署に入りたいです!」

「そりゃおめえ、よっぽどの問題おこさねえと無理だぞ? 嬢ちゃん可愛いんだからまっとうな道に進みなよ」

「そ、そんな可愛いだなんて……」

 佳枝葉は顔を手で覆っていやんいやんと振り振りした。

 そんな姿が妙にイジりたくなる可愛らしさだ。


 それから佳枝葉は何かを思い出したらしく、がばっと顔を上げた。

 僕を見て、走ってくる。

「ソウジ、可愛いって言ってくれてありがとう!」

 勢いそのままに、抱きついてきた。

 僕は気圧されてしまう。

 すると背後から探るような声が聞こえてきた。

「ねえ奏滋、どういうこと?」

 振り向くと、巳薙の笑顔があった。

 その顔は『良いカモを見付けた』とばかりに悪巧みの色を宿している。

「いや、あの……」

「ソウジがボクを一生大切にするって言ってくれたんだよ!」

 佳枝葉の言葉に巳薙の口が三日月になった。

「へえ、そう……それは良かったわね。一生大切に、か。実はあたしも言われたのよね」

 全くの事実無根である。

 引っ掻き回す気だ。

「なっ……ソウジ、どういうことだ! ボクは遊びだったというのか?!」

 簡単に釣られてしまう佳枝葉。

 面倒臭いことになった。

 というか、そもそも佳枝葉にも一生大切にすると言った覚えは無いのだが。

「佳枝葉、落ち着け。巳薙は嘘つきだろ? いつもの嘘だよ」

「あーそうそうゴメンネ、あたしやっぱり言われてないわ」

「ちょっと待て! ミナギが言われてないって言っているが、それが嘘だとしたらやっぱり言われているのではないのか?!」

「ややこしくなった!」

 僕は佳枝葉に襟元を掴まれガクガク揺さぶられる。

 佳枝葉は勢いに任せて剣まで召喚し始めた。

「うわー修羅場だよ」

 それを演出した張本人が野次馬みたいに言う。

「くそー巳薙のせいで無茶苦茶だ!」

「ソウジ、覚悟しろ! その不埒な性根をたたっ斬ってやる!」

 僕の命が危うくなってきたところで佐藤隊長が口を挟んだ。

「もう突入するから愛憎劇は帰ってきてからにしろ。しかし良いなお前ら、昼ドラも真っ青だよ。お前達見てたら良い暇潰しになりそうだ。もっとやれ、ガンガンやれ」

 楽しそうに見られるのはいささか複雑ではあるけど、僕の命は救われた。


 萌音を誘拐した集団はタンカーに乗り込んだらしい。

 僕らは港の警備員の服を借りたので、それを着て正面から船の調査を名目に乗り込む。

〈総特〉の数人は遠回りで海上から小型艇で乗り付けて奇襲を仕掛ける手筈のようだ。


 作戦開始。

〈総特〉の面々がダレた感じでタンカーへと歩いていく。

 いかにもやる気なさそうで、どうせ不審者なんかいないけど形式上警備しています、といった風だ。

 最後尾に佐藤隊長や僕達が続く。

 ちょっと僕達は警備員に見えなさそうなので、帽子を深く被って俯き気味にした。


 タンカーの乗船口には二人の見張りがいた。

〈総特〉の先頭を行く人が話しかける。

 この船に予定以上の積載があったというタレコミがあったとかいう話をしたら、見張りは困惑した。

 二人は顔を見合わせ、それから電話をかける。

 おそらく責任者に指示を仰ぐためだろう。

 いくらか話した後電話は終わり、僕らは通された。


 僕は見張りから遠ざかってから小声で佐藤隊長に囁く。

「よく通してくれましたね。てっきり拒否されるのかと」

「ありゃあ何も知らされてねえ雇われの可能性が高いな。出航する時船に乗らないんだろうよ。せいぜい良い時給のバイトって感じだな。誘拐犯の方は、拒否する正当な理由が思いつかなかったか、それとも誘い込むためか……まあどっちでも良いな。どの道戦うんだし」

 隊長は楽しそうに口の端を上げた。

 その顔は獰猛な獣じみていて、これから起こることに歓喜を覚えているようだった。

 住む世界が違う、という感じがした。


 甲板に上がると船長を名乗る男が出てきた。

 その脇には四人の乗組員が控えている。

 先ほどと同じように〈総特〉の先頭を行く人が気の抜けた感じで話し出す。

 船の調査をさせてほしいと。

 すると、船長は帽子を直してニヤアッと笑った。


 船に震動が起こった。

 突然のことに僕はたたらを踏む。

 両脇から巳薙と佳枝葉がしがみついてきた。

〈総特〉の人達はさすがに動じなかった。

 場に沈黙が下りる。

〈総特〉の先頭の人が首をかしげ、何で出航したのか尋ねた。

 すると、船長は哄笑した。

「もうはやめませんか? あなた達からは臭うんですよ。同業者の……臭いがねえ!」

 そして船長は帽子を放り投げた。

 そして顔がよく見えるようになったら、見覚えがある顔だった。

 確かにショッピングモールで話しかけてきた外国人だった。

 他の乗組員達も帽子を投げ捨て、戦闘態勢に入る。

 しかも甲板には次々新手が上がってくる。

 佐藤隊長は頭をかいた。

「やれやれ、こりゃあ騙せねえか。もう良いぞお前ら、まどろっこしいのは無しだ!」

 それを号令に、〈総特〉の面々も帽子を投げ捨てた。

 一斉に舞う帽子たち。

 僕達もそれに倣った。

 船長と目が合うと、おや、という反応をされた。

「もう一人の【天使】を連れてきてくれるとは、これは手土産ですか? そう……おもてなしというやつですね! とりあえず一人を連れて帰ろうとしたのですが、手間が省けました。ありがとうございます」

 佐藤隊長がからからと笑う。

「あいにく俺達のような不良にはおもてなしの精神は宿ってねえんだ。とりあえずお前らの誘拐したお嬢ちゃんを返しな。そうしたら楽に殺してやる」

「ああ、何と怖い。返さないと言ったら……?」

「ハンバーグにして魚の餌だ。魚達は分け隔てなく平等に食ってくれるから良いぞ? 人間の肉は人間が食おうとするとうげえってなるからな」

「野蛮ですねえ……そのような考え方では平和は訪れませんよ?」

「ほざけ、お前らも俺らと同じ獣だろうがよ!」

 空気が張り詰める。

 そして――


「状況開始!」「撃滅せよ!」

 船長と佐藤隊長が同時に叫んだ。

 敵達も、〈総特〉の人達も、能力で体を発光させて突撃した。


 戦いは熾烈を極めた。

 僕のような素人の一般人では目で追うこともできないくらいのスピードで攻撃の応酬がなされる。

 しかもその一つ一つが必殺の一撃なのだから恐ろしい。

 風きり音や甲板を蹴る音、打撲音や金属同士のぶつかる音。

 それらが雨のように降り注ぎ喧騒を形作っていく。

 あっちでもこっちでも戦い。

 しかも目まぐるしく移動。

 隙を見つけるための睨み合いもある。

 流動的に動いて一対一だけでなく時には二対二や二対一みたいに連携もある。

 平面的な戦いだけでなく飛び上がっての空中戦も展開されている。

 数的には五分五分といったところ。

 力も拮抗していた。

 佐藤隊長は嬉々として船長と戦っている。


 僕達は甲板の隅で固まっていた。

 山田さんがやれやれと肩を竦める。

「護衛の一人くらいはつけてほしいものです」

 確かにそうだ。

 余裕が無いにしてもこちらに一人も人員を回してくれないのでは心細いことこの上ない。

 まあ、敵の方も僕達に構っていられる余裕は無いみたいだけど。

 戦いはますます白熱し、攻撃の応酬も激しくなっていった。

 所々で爆発音や斬音も混じり出す。


 不意に僕らの目の前に鮮血が飛び散った。

 甲板に血の跡が吹き付けられる。

「うっ……」

 僕は体が震えだした。

 本気の命のやりとりが目の前で行われているのを実感した。

 佐藤隊長が目の前に降り立つ。

「思った以上にこいつら強いな。ウチの一人がヘマしてやられやがった。人数の拮抗が破れたからちいっとばかし、やべえかもしれねえ。あんたら逃げ回るくらいはできるか?」

 僕はとてもじゃないが自信が無かった。

 巳薙は水泳対決の時に割と運動能力があるなと思ったし佳枝葉は能力値異常の敏捷性を持っている。

 でも僕にはそれがないのだ。

 山田さんはどうだろうか。

 こんな場面でも飄々としているから、もしかしたら意外にも凄い能力を持っていたりするのかも。

 期待の眼差しを向けると、山田さんはフッ……と笑った。

「私の能力は磨くことの強化で皿洗いとか床の雑巾がけとかが得意なんだよ。戦闘では役に立たないね。各パラメータも平均以下だ」

 微妙な能力だった。

 これでは単に掃除が得意な中年だ。


 佐藤隊長の目の前に船長が飛んでくる。

「もっと楽しませて下さいよ!」

 繰り出された手刀が佐藤隊長の喉に鋭く迫る。

 首を捻ってそれをかわした佐藤隊長が左拳を船長の胸に打ち込む。

 船長がそれをいなして足払いをしかける。

 佐藤隊長が軽く跳躍しながら回し蹴りを放つ。

 どの攻撃も残像が見えるくらいの超速度。

 空気を切り裂く音が不気味に響く。

「お楽しみはこれからだぜ!」

 佐藤隊長は能力で出現させた巨大ハンマーを手にし、引きずるような位置から螺旋の起動でかちあげる。

 甲板の擦れた部分には火花が散った。

 船長は能力で出現させた槍で受け止めるが吹き飛ばされる。

 しかし船長は空中でくるりと回転して制止した。

 それから二人は笑いあいながら互いの武器をぶつけ始めた。


 僕は呆然と周囲の戦いを見ていることしかできない。

 仮に敵に狙われてしまったらどこに逃げれば良いのだろう?

 既に甲板の隅なのに。

 そんなことを考えていたからか、運悪く敵が一人、こちらに向かってきてしまった。

「もう一人の【天使】も捕まえておこうか!」

 僕はたじろいだ姿勢のまま硬直。

 他の人だって動けない。

 プロを相手に通用する力なんて持っていない。

 でも、一人だけ違った。

 巳薙が僕の前に出て、ポケットから何かを取り出して斜めに振り下ろした。

 敵は警戒してバックステップでかわす。

 敵は目を丸くしていた。

 よほど驚く攻撃だったのか。

 でも巳薙を見てみたら、別の意味で驚いた。

 巳薙が手に持っていたのは武器でも何でも無く、手鏡だったのである。

「どうかな、敵さん。あたしは嘘つきなんよ」

 手鏡を突き出して得意気に笑う巳薙。

 攻撃自体が嘘だった。

 ポケットから何かを取り出す動作、そして振った時に角度によっては光る手鏡。

 この二つの要素が合わさり、敵を警戒させたのだ。

 敵がプロだからこそ効果があったのかもしれない。

 得体の知れない攻撃は警戒するべきと判断させたのだ。

 そうしている間に味方がやってきて敵と交戦を始めた。

「助かった……」

 僕は安堵の溜息を漏らす。

 巳薙が振り向いて、両手を腰に当ててふふんと笑った。

「あたしにかかればこんなもんよ!」

 こんな状況でも余裕の表情。

 でも僕には分かる。

 巳薙は内心で怖がっている。

 敵に手鏡を突き出した時足が震えていた。

 強がるところに妙な可愛らしさがある。

 巳薙は褒めて褒めてと抱きついてきたので、僕は彼女の背中をぽんぽんと叩いて安心させてあげた。

 まだ彼女の体はかすかに震えていた。


 一度の危機は乗り越えたけど、雲行きが怪しくなってきた。

 味方が徐々にやられてきているのだ。

 佐藤隊長が体のあちこちから血を流し、悪態をつく。

「ああくそ、これじゃジリ貧だな。貧困はもうごめんなんだが」

 船長は傷が少ないが、口の端から血を垂らしていた。

「ははは、もう心配いりませんよ。苦しまないように楽にしてあげますから」

 いつの間にか佐藤隊長を中心として味方が集められ、敵がそれを包囲していた。

 巧妙に追い詰められていたのだ。

 敵達は暗い笑みを浮かべながらそれぞれの武器を構える。

 絶体絶命。

 だが。

 佐藤隊長が叫んだ。

!」

 すると甲板上に数人の味方が飛び上がって入ってきた。

 小型艇で待機していた人達だ。

 その人達は敵達の包囲よりも外にいて、一気に艦橋へ突撃。

 船長が驚愕の表情を浮かべる。

「ふ、伏兵がいただと?!」

 佐藤隊長は不敵な笑みで答えた。

「最悪、お姫様を救出しちまえばもうここに用は無くなるからな。お前達をぶちのめすだけが作戦じゃないんだぜ?」

「くそ、船倉へ急げ!」

 船長の掛け声で敵達が船の中へ入っていった。

 それを追うように味方達も走り出す。

「俺達も追うぞ!」

 僕達も後からついていった。

 船の中に入り、階段を下りていってやがて船倉に辿り着く。

 これで萌音に会える。

 萌音はきっと小型艇で待機していた人達に助けられているだろう。

 後はみんなで一緒に脱出するだけだ。

 そのハズだった。

 だが、そこに広がっていた光景は――


「ちくしょう……読まれていたか」

 佐藤隊長が歯噛みしている。

 船長が今度は不敵に笑っていた。

「ええ、あらかじめこちらも伏兵を用意しておいたのですよ」

 萌音は奥で柱に縛り付けられていた。

 その周囲には、小型艇で待機していた人達が無残な姿で倒れ伏していた。


 傍らに立つ茫洋とした男が原因か。

 その姿は黒い西洋鎧や兜の、一言で表せば〈黒騎士〉。


〈黒騎士〉は無言で、ただただ茫洋と佇んでいた。

 しかしその異様からは鳥肌が立つような危険な空気が放たれていた。

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