第13話
萌音が誘拐された……?
すぐには実感が湧かなかった。
心の水面に落ちた雫が波紋を広げていくように、徐々に浸透していく。
『見失っちゃったからまたこれから捜してみる! 奏滋はどうするの?』
そうだ、どうするのだろう。
そこでハッとなって、呆然としている自分を叱咤する。
捜すに決まっているじゃないか!
「僕も捜すよ! 見つけたら連絡くれ!」
電話を切った。
こうしてはいられない。
また駆け出そうとする。
だがそんな僕を引き止める声があった。
「話を聞かせてくれるかね?」
山田さんだ。
「萌音が四人組の男達に連れ去られたみたいなんです! 早く捜さないと……!」
「……この前四人組のカルト集団に妹さんに会いたいと迫られてなかったかね?」
山田さんの言葉に僕は気付いた。
気付いてしまった。
「そうか、あの集団か……!」
確かにあの集団なら無理矢理にでも連れていこうとするかもしれない。
単独犯でなく四人組ならあの集団しかいない。
これは単なる誘拐ではない。
「闇雲に捜すより相手を特定した方が早いのさ。あの集団だったら集会所の場所も調べてある。警戒対象だったからね」
「そ、そうですか! じゃあすぐそこに行きましょう!」
「待ちたまえ。君達だけで集団の中に飛び込んでいくなんて危険すぎる。どれ、そうした荒事はプロにお任せしようじゃないか」
そうして山田さんはどこかに電話をかけた。
そのプロの人達と落ち合う場所を決め、それから僕達は走り出した。
カルト集団の集会所のすぐ近くに公園があり、そこへ僕と山田さんは走っていった。
公園には既にプロの方達が来ていた。
十人いたけど、一見すると物騒な雰囲気を持っている人は二人くらい。
残りは緊張感が無かったりへらへらしていたり、この人達に任せて大丈夫なのかなって感じだった。
隊長の人が眠そうに挨拶をしてくる。
「俺は佐藤だ。偽名だから覚えなくていいぞ。これから見ることは誰かに言ったりしないようにな? 口外がバレると次のターゲットが君になるかもしれないから」
あくびをかみ殺しながら言われてもイマイチ迫力が無い。
訝しがる僕を見て、山田さんが付け加える。
「彼らは仕事が始まった時しか本来の気配を出さないように徹底してある。普段街に溶け込めないようでは使い物にならないからね」
そういうものなのか、と僕は曖昧に頷いた。
もっと規律の取れた精鋭部隊というのを想像していたんだけどなあ。
とにかく見てみれば分かるということで、カルト集団の集会所への突入作戦が開始された。
集会所の建物は三階建て。
プロの方達は正面から五人が行き、残りの五人は側面から壁を登り始めた。
上と下両方から一気に制圧するらしい。
僕と山田さんは佐藤隊長に連れられて最後に正面から入っていった。
先頭で入った人が軽薄な笑みを浮かべて受付に歩いていき、机に肘をついて気さくに話し始めた。
しかし次の瞬間、軽薄な笑みを崩さないままその人は受付の首を掴んでぐいっと引き寄せた。
片手だけで受付を引きずり出し、床に組み伏せる。
それから萌音の場所を聞き出すのかと思いきや、何かのアンプルをぷすっと刺した。
受付は弛緩してがくりと意識を落としてしまった。
「え、ちょっ……」
僕は唖然とした。
問答無用すぎる。
せめて令状を見せるなり何か形式的な問答の一つでもしないと後々大変なことになるのではないか?
すると佐藤隊長が目をこすりながら言った。
「用があるのはもちっと何か知ってそうな奴だけだからな。痛くない分ここでやられておけば幸運さ。いや、やるっつっても命取ったりはしてないからな? 他が全員くたばっちまったらこいつにも用ができるし。そんときゃゴーモンだが。あーカワイソーだなー」
マトモな発言じゃない。
僕は少しずつ怖さを感じ始めた。
とても正規の精鋭部隊とは思えない。
すると山田さんがにこやかに言った。
「気にしないことです。どうせ終わったら忘れなきゃいけないんですから」
僕は引き攣った笑顔で頷くことしかできなかった。
それから先は、プロの方達の本領発揮だった。
会う人会う人を有無を言わさず気絶させていく。
カルト集団の方も異変に気付いたのか、まとまった数で反撃に出てきた。
しかしそうしたら、佐藤隊長の表情が変わった。
「おーし、やっと遊べるぜ!」
眠かった目が輝きを取り戻し、玩具を見つけた子供みたいになった。
他のプロの方達もむしろ楽しそうになった。
おかしい。
戦闘が激しくなると打撲音とかだけでなくゴキッとかバキャッとかヤバめの音も聴こえてくるんだけど、この方達はまるで殺気を感じさせない。
ちょっと友達で集まってバカ騒ぎしてます、という風な緊張感の無さ。
まるで、戦闘の中にいるのが日常みたいだ。
深刻さを微塵も見せずに相手を蹂躙していくこの人達を見て、薄ら寒くなった。
圧倒的な力で次々的を薙ぎ倒し、ものの五分で建物の制圧が完了。
僕の前に見覚えのある四人組が転がされた。
「こいつらで間違いないのか?」
佐藤隊長の問いに僕は頷く。
「間違いないです」
確かに、四人組は僕に声をかけてきた人達だった。
萌音の護衛をしたいとか言っていた気がする。
護衛どころか誘拐するなんて、許せない。
とっとと萌音を返してもらい、一刻も早く帰りたかった。
佐藤隊長がへらへら笑いながら四人組の一人に尋ねる。
「お前らが連れてきたカワイイ【天使】はどこだ?」
「は? なに言ってへぶあっ!」
回答を拒否した男は腹を蹴られ悶絶した。
「立場が分かるまで痛めつけても……い~んだぜ? さっさとゲロっちまえよ。穏便に済ませられるうちによ?」
「ゲハッ……なに言ってるんだか分からねえよ! 【天使】なんてゴブッ!」
二発目を受けて四人組の一人はがくりと倒れた。
他の三人が悲鳴を上げた。
「酷すぎる! いったい何の権限があって!」「【天使】なんて連れてきてない!」「何なんだよあんた達は!」
すると佐藤隊長はやれやれと頭をかいた。
「うるっせえなあ……権限ならお前らを全員ぶっ殺すくらいのもんなら持ってるよ。いや権限自体はねえか、もみ消すだけだからなはっはっは!」
僕は震え上がった。
プロの人達という意味が実感できてきた。
その後も佐藤隊長は悲鳴を上げる三人をまた一人、また一人と容赦なく沈黙させていった。
悲鳴が何度も上がり、僕は胸に苦しさを覚えた。
「おっかしいなあ。こんだけやりゃあ一人ぐらい命が惜しくなってゲロするなり取引を持ちかけるなりしてくるんだけどな。かけらも誘拐したって気配が見えてこねえ。鉄の結束でもあるのかね? ええ、おい?」
「だ、だから、いや、ですから、本当は私達は何もしてないんです!」
「あーこれは指を一本ずつ折りながら訊かないとゲロってくれないかねえ? やだなー痛そうだなー」
「本当です! 【天使】を連れてきたなんて何かの濡れ衣ですってば!」
泣き叫ぶ男に佐藤隊長が手を伸ばす。
「待って下さい!」
僕は耐えられなくなって叫んだ。
「おやどうした? 愛しのお姫様を取り返さなくて良いのか?」
「いえ、妹は取り返したいですけど……でもこの人達の反応、さっきから一貫してブレてないんですよ。幾らなんでもおかしい。この人達じゃないのかも……」
僕にはそう思えてならなかった。
例えば絶対喋らないぞと心に決めているのなら、もっと軽口を叩いたりとか何かしら情報を持っているそぶりを見せるものじゃないだろうか。
でもこの四人組は一貫して怯えて否定するだけなのである。
佐藤隊長はうーむと腕組みした。
僕の言うことにも一理あると思ったらしい。
そこで、隊長の部下らしき人達が集まってきて報告を始めた。
「くまなく建物を調べたんですけどお姫様はいませんでした」
「まじかよ。そうか、空振りか……?」
難しい顔をする佐藤隊長。
山田さんも頷いた。
「表情筋を観察していましたが、この人達は『白』の可能性が高いですね。他にも心拍数や語彙も『黒』を示す要素は見当たりませんでした」
何だか専門めいた言い方で怖い。
佐藤隊長はふーむと上を向いて呟き、それから顔の向きを戻すとにっこり笑った。
四人組で唯一気絶していない一人の肩に手を置いて、
「あー間違いだったかもしれねえ。悪かったな?」
悪びれる素振りを一切見せずに、言った。
「悪かったじゃねええええぇっ」
肩に手を置かれた男はたまりにたまった怒りを吐き出した。
そうしたら佐藤隊長の笑顔はあっさり崩れた。
「アァ?」
「ヒイッ! 何でもないです!」
睨まれて竦みあがってしまう男。
不憫だ。
「しっかし、こいつらが関係ないとすると、犯人は誰だってことになるな」
佐藤隊長は眠そうな顔に戻ってしまった。
やる気が切れたみたいではっきりしている。
山田さんは顎に手を当てた。
「そうですねえ。じゃあ何者が連れ去ったのか……無事だと良いんですけどね」
その言葉に僕は焦り始めた。
無事だと良い。
でもこうやって時間がかかればかかるほど萌音が危機的状況になっていく。
「くそ……四人組といったらこの人達しかいないと思ったのに、違っていたのか……それともやっぱりこの人達だというのか……?」
早期解決という方に気を取られ、むしろ『この人達が犯人であってほしい』みたいな思いになったり、奇跡的に通りすがりの誰かが萌音を助け出してくれないかとか祈るような気持ちになってきた。
時間が過ぎていく感覚がもどかしい。
一秒一秒が死のカウントダウンみたいに思えてくる。
可能性がゼロでない以上カルト集団を解放することもできず、ただ時間が無為に過ぎてゆく。
山田さんが提案した。
「街中の監視カメラの解析を依頼したので、結果を待ちましょうか」
「……それって、どれぐらいかかりますか?」
「運がよければ数分、そうでなければ数時間か、一日か……」
「そんな時間は待てないです……!」
僕は愕然とした。
僕と萌音の生活が闇に閉ざされていくみたいだ。
どうしてこんなことになった?
それは……あれか、喧嘩のせいか。
僕が萌音に辛く当たってしまったから。
僕がもう少し言葉を選んでいれば、萌音は家を出ていかなかったのではないか?
そうしたら連れ去られることもなかったのではないか?
僕はなんて事をしてしまったのだろう。
へなへなと床に座り込んでしまう。
普段は神頼みなんてしないけど、いるのなら萌音を助けてあげてほしい。
萌音が帰ってくるのなら生活も改めるし品行方正になろうと思う。
むしろ何でもするから萌音だけは無事に帰してくれないだろうか。
そんな時、僕に電話がかかってきた。
巳薙からだろうか。
そういえばすっかり巳薙に連絡するのを忘れていた。
といってもこの状況は言って良いことなのか不明だけど。
しかし、かかってきたのは佳枝葉からだった。
『ソウジ、モネはそこにいるか? 何だか似たような子が見えるんだが』
僕は生き返ったように話に集中した。
「本当か?! 実は萌音が家を飛び出していって、何者かに連れ去られたっぽいんだ。萌音の周囲に誰がいる?」
『四人組の男だな』
「それだ、そいつらだ! 頼む萌音を助け――」
「ちょっと待ちたまえ、詳しく状況を聞かせてもらいなさい。民間人に救出作戦をさせるなんて危険すぎる。相手が素人の誘拐犯でなかったらどうするんだね? いや相手が素人であっても何が起こるか分からないんだ。まず情報を」
山田さんが僕の肩を掴む。
僕は咄嗟にそんなことをしている暇はないと言い返してしまいそうになったが、焦っている自分に気付いて思い止まった。
もし佳枝葉が危険な目に遭ってしまったらどうするのか。
でも萌音を一刻も早く助けたい、佳枝葉を危険に晒すわけにもいかない、どうにもならない気持ちが衝突し、自分を掻き毟りたくなる。
こんな時こそ冷静にならなくちゃいけないんだけど。
落ち着いて深呼吸し、佳枝葉に話しかけた。
「詳しくそっちの状況を教えてくれ」
『今は潰れたスポーツ用品店の辺りでたむろしているな。何を話しているかまではわからない。男達の特徴は……何とも言いようがないな。外国人であることは確かだが、人種が多岐に渡るのでどこの国とかは特定できない。とにかく外国人だ』
僕はそれを山田さんに伝えてみると、
「その情報を監視カメラの解析の方に伝えておこう。しかしいったい何者なんだ……」
と首をかしげた。
佐藤隊長はつまらなそうにしている。
「観光に来たらかわいこちゃんを見つけたんで連れ帰りたくなったんじゃねえの? 正直な奴らだな」
いいかげんなことを言われると良い気はしないのだが、要は佐藤隊長も分からないということだろう。
でも僕は何か引っ掛かった。
外国人で、どこの国か特定できない集団。
どこかで見なかっただろうか?
人種が多岐に渡る……
そこで記憶が呼び起こされる。
『おお、【天使】だ! 本物の【天使】だ!』
『これは申し訳ありませんでした! 私はこの国に【天使】を見に来たのです。私達は超超希少種に興味があるのですよ。【天使】をこの目で見ることができてとてもとても感激しました! まさに【天使】です。本当に可愛いです!』
……そうだ、入学式の前に萌音とショッピングモールに行った時!
……あまりに多国籍すぎて、逆に国籍が特定できない不明の集団に声をかけられたんだった!
「山田さん、この前僕達はそういう人達に声をかけられたんですよ! 【天使】を見に来たんだってその人達は言ってました……! 超超希少種に興味があるとも……待てよ……その時は『超超』じゃなくて『超』だよね、言い間違いだよねって思ったけど……もしかして言い間違いじゃなかった……?! 最初から超超希少種のために【天使】を誘拐するつもりで来ていたのだとしたら……?!」
怖いくらいに辻褄が合う。
何ということだろう。
ショッピングモールで声をかけてきたのは、下見が目的だったのか……!
それでタイミングを見計らって、誘拐するつもりだった。
萌音が一人で家を飛び出した時は絶好のタイミングだったのだ。
すると山田さんと佐藤隊長が顔を見合わせた。
そして頷きあうと、佐藤隊長が口を開いた。
「電話の向こうの奴には絶対手を出すなっつっとけ。お前の言ってることが本当なら、相手は俺らと同じ種類のプロだ。下手に手を出せばひき肉にされちまうぞ。正義のヒーロー気取るにはひき肉はリスクが高すぎるだろ?」
次に山田さんが続ける。
「多国籍の集団はどの国が放った差し金か特定させないための工夫ですな。世界は既に超超希少種獲得競争に乗り出している。我々もそうした差し金がいるという情報は掴んでおりました。今まで遭遇したことはありませんでしたがね」
二人の説明に僕は戦慄を覚えた。
佐藤隊長とかと同じプロの集団……佳枝葉が危険すぎる……!
「佳枝葉、よく聞いてくれ」
『カエハリオンだ!』
「今その設定をやってる場合じゃないんだよ!」
『設定とか言うな! カエハリオンと呼ばなければ返事しないぞ?』
「ぐぬうぅ…………! カエハリオン、よく聞いてくれ」
『何だ?』
「そいつらには絶対に手を出すな。そいつらは……プロだ」
『プロの暗殺者だと?!』
「暗殺者かどうか分からないけど、まあそんなようなもんだ。だから絶対に」
『ふふふ、暗殺者と戦えるとは光栄だな! ボクが返り討ちにしてやろう』
「なにやる気出してるんだよ、そいつらは架空じゃないんだぞ!」
『異能業界トップの暗殺者を倒したとなればボクの名声も確固たるものとなるだろう』
「異能って何?! 僕の話を聞いて!」
『ボクの【龍】が疼きやがるぜ……奴を
「こないだと設定変わってきてないか?! どうしたら良いんだこれ……」
僕は頭を抱えた。
佳枝葉のやる気を鎮めるにはどうしたら良いのか。
そうだ、調子を狂わせれば良いんだ。
巳薙が可愛いとか言ったら調子を狂わせていた気がする。
電話の向こうでは六百年来の血族の因縁だとかいって盛り上がってきているので、僕は唐突に言った。
「そういえば、佳枝葉って可愛いよな」
『ボクの父さんは奴を追い詰めたけど仲間の裏切りに遭い…………え?!』
食いついた!
「笑顔が活き活きしているところとか、髪型が可愛らしいところとか、ちょっとおっちょこちょいなところとか、可愛いよね」
『そ、そんな……ボクはまだ結婚には早いと思うというか……』
飛躍しすぎだ。
どんな乙女回路を通ってその発想になった。
「それは置いておくとしても、僕は大切な佳枝葉に少しでも傷がつくようなことがあれば悲しい」
『うぅ、そんな恥ずかしいことを言わないでおくれよぅ。一生大事にするなんて……』
「だから自重してくれ。でも佳枝葉には重大な使命がある。そいつらを遠めから監視することだ。決して近付いてはいけないけど、見失わないでくれ」
『重大な、使命……! 分かった、そうするよ!』
うまく丸め込めた。
電話を切る。
佐藤隊長が猫のように伸びをしながら言った。
「港だろうな。奴らはそこに向かうつもりだ。潰れたスポーツ用品店って丁度港の近くにあったハズ。今は準備を待ってるんだろう。準備ができたら港で船に乗り込んでおさらばする予定だろうな。海に出られたら厄介だ。間に合うか分からないが巡視船の手配よろしく。できたら特殊部隊もこっそり乗せておいてくれ。増援がないと返り討ちになっちまうかもしれねえ」
山田さんが頷いた。
「すぐに手配しましょう。我々は港へ急ぎますか」
希望が見えてきた。
萌音も今のところは無事だし、居場所も行き先も掴めた。
あとはその希望に手を伸ばすだけだ。
絶対に掴み取ってみせる。
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