第12話
【天使】に異常に執着する集団に絡まれたことを、その日我が家にやってきた山田さんに話してみた。
すると、こんな話をしてくれた。
「我々の方でも、そんな情報を掴んでいるよ。カルトの集団が【天使】を狙っているみたいだね。自分達の象徴にしたいのだそうだ。【天使】といっても男の君よりも女の妹さんの方がビジュアル的に欲しいんだろうね。迂闊に近寄らない方が良い」
まさか、そんな動きがあったとは……
僕は危機感を募らせた。
下手をすれば誘拐されてしまうかもしれない。
萌音を見てみると、恐怖に身を震わせていた。
僕は萌音の頭に手を置き、安心させるようにゆっくり撫でる。
「通学も僕が一緒にいるようにした方が良いかな……」
それには山田さんがいつものにこやかな顔で応えてくれた。
「それなら、我々の方で通学に関しては護衛を手配しておきましょうか。なに、目立たないように遠めから見守るようにします。ボディガードみたいに間近で護ってもらうのを希望されるならそれでも良いですがね」
嬉しい提案だった。
僕と萌音はどうするか相談し、結論を出す。
「それでは、遠めから見守る方でお願いします。今のところ直接危害を加えてくるわけではありませんので」
山田さんはすぐどこかに電話をかけた。
そしてそれが終わると。
「手配は済みました。では兄妹で〈聖儀式〉の方を……」
「それとこれとは、話が別です……!」
僕はキリッとして言い放った。
「おや、ギブアンドテイクでなくギブアンドギブですと?」
すぐもっともらしいことを言って丸め込もうとするんだから、もう。
「【天使】は保護対象なので適切な措置がとられただけですよねー」
僕は必死の抵抗だ。
ここ最近で山田さんとやりあい続けて僕も口八丁スキルが少しずつレベルアップしている。
「お兄さんが片時も妹から離れず保護していれば問題無かったのでは? そうだ、お風呂の時も保護するのがよろしいでしょう? そのついでにさくっと〈聖儀式〉を」
「僕は妹を大事に思っています。が、風呂に一緒に入りたいとは思いません。なあ萌音もそう思うだろう?」
「……うん、でも…………萌音は、そんなに、気にしない……」
「気にしてくれよ! もう中学生なんだから!」
僕は頭を抱えた。
連日山田さんとやりあう内に、萌音の態度に変化が表れていた。
最初こそ僕と一緒に断固拒否を貫いていたんだけど、最近少しずつ態度を軟化させてきてしまったのだ。
いったい萌音は何を考えているんだろう。
いくら国の要請とはいえ、できることとできないことがある。
これははっきりとできない部類の話だ。
しかしそんな萌音の様子を見るや、山田さんは攻め方を変えてくる。
「おや、お兄さんはもしや一緒に入りたい女性が既にいるのですかな? 妹さんよりもそちらに魅力を感じてしまっていると?」
すると萌音がビクッとなった。
「そん、な……やっぱり……あの人、なの……? 萌音には、魅力、が……ないの?」
「いやいやそういうわけじゃあないさあははーっ! 萌音は充分魅力的だよでも僕達兄妹だからね?」
「でも血は繋がってないよねえ」
山田さんがすかさず邪魔をしてくる。
「萌音は……圏外……なの……?」
そうして萌音は僕の袖をきゅっと握ってきた。
俯いて拗ねる表情に思わず受諾を口走ってしまいそうになる。
その後は、二対一で僕一人が奮闘して拒否し続けるのを、何故か山田さんと萌音が説得しようとする構図になっていた。
今日も追い返すまで長くなりそうだ……
僕は学校で九割がた死んでいた。
机に突っ伏し、ひたすら精神疲労の回復に努める。
巳薙がそんな僕を見て慰めてくれるかというとそうではなくて。
「奏滋おはよう! 元気? ねえ元気? ねえねえ!」
見せ付けるように元気いっぱいの声を放ってくるのだった。
僕は突っ伏したまま力の無い声で応じる。
「君にはこれが元気に見えるの……?」
「いつもこんな感じじゃなかったっけ?」
わざとらしくとぼけた口調だ。
見えないけどきっと軟体動物の動きで僕をからかっているのだろう。
そこで佳枝葉がぴしゃりと言った。
「ソウジが辛そうにしているのだ。少しは自重したらどうだ?」
「はは、あたしなんて所詮幼馴染だしさ……」
「自嘲しろとは言ってない! しかも何気に自慢も入ってるじゃないか!」
巳薙のペースに佳枝葉はまんまとハマってしまう。
僕は顔を起こして傍観した。
「自慢じゃないよ。佳枝葉よりあたしの方が奏滋に近しいってだけだよ。それが何? 何か不都合でもあるわけ?」
「べっ……べちゅにぃ……?! 不都合なんて微塵も無いでしゅ?!」
佳枝葉の言語能力が崩壊してしまった。
『別に』をうまく言えなかったところで赤面して、その後調子を取り戻そうと躍起になって最後によれよれになった。
更に『です』と普段使わない丁寧語になってしまった挙句にうまく言えてない。
失態を重ねて佳枝葉は羞恥に顔を歪め涙目になってしまった。
「え~あたしはふちゅごうあるなあ~ふちゅごうが」
「ふちゅごうなんて言ってない!」
「そんな証拠、どこにあるの? 録音でもしてたの?」
「いあ、それは別に、してはいないけど」
「じゃあ何でそんなこと言えるの? 絶対じゃないかもしれないのに? それって言いがかりじゃないの? それであたしの心が傷付いたらどうするの? 佳枝葉は何でそんなに可愛いの?」
「な、何を言っているのだ……そんな、可愛いなんて……」
完全に巳薙の口八丁に呑まれてしまった佳枝葉。
口ごもって指をつんつん合わせている姿は可愛らしい。
巳薙も気に入っているのか、佳枝葉をイジる姿が活き活きしていた。
性格が全く異なる二人だが、割と良いコンビなのかもしれない。
僕がそうして和んでいると、巳薙が唐突にこちらへ話を振ってきた。
「それで、奏滋が悩んでることって何だっけ? 奏滋が萌音ちゃんに〈聖儀式〉してって土下座して頼んでるのにOKしてくれないって話だっけ?」
「もう十二回ぐらい説明したと思うんだけど、解釈が逆になってる原因は巳薙の耳に問題があるの? それとも脳に問題があるの?」
僕は諦めた表情で返す。
もう説明しても巳薙がまともに聞いてくれることはないって分かっているから。
「奏滋の説明が下手だからよ。『女子中学生の義妹と〈聖儀式〉をしても……良い~んですか?』って聞いてくるから、あたしが思わず『良い~んです!』って返しちゃうんじゃない」
ありもしない架空のやりとりをでっち上げられるが、それを聞いた佳枝葉が真に受けてしまう。
「なっ……ソウジ、まさかキミは妹と〈聖儀式〉をしようとしているのか?!」
身を乗り出す佳枝葉に僕は額を押さえながら答えた。
「あのね、そんなわけないだろう? 君だって毎日のように説明聞いているハズじゃないか。萌音はしても良いみたいになってきているけど、僕は駄目だって言ってるって」
「あっ……そ、そうだった! ボクとしたことがつい……」
佳枝葉は顔を赤くして頭を抱えてしまう。
毎日聞いている説明も咄嗟のことで混乱してしまうと忘れてしまうらしい。
でも何故に混乱したのだろうか?
ああもう、と僕はまた精神が磨り減って突っ伏してしまった。
家にいれば萌音と山田さんからの集中攻撃を孤立無援で応戦しなければならず。
かといって学校にいてすら休まらない。
連日溜め続けた僕のフラストレーションは限界だ。
そんな状態で家に帰ったら、玄関の扉を開けるのが憂鬱になった。
扉が得体の知れない怪物の口で、開けて入ると苦しい目に遭わなければならないみたいな。
一瞬、開けたくない気持ちに襲われてしまう。
でも逃げるようにどこかで時間を潰してくるか?
それはまあそれでも構わないけど、少し迷ってやめた。
諦めて扉を開ける。
開閉音が心なしか重苦しく軋んだ音に聴こえた。
中で待っていた萌音がとてとて小走りで近付いてきて、さっそく僕の袖を握り「ん」と声を出す。
そして引かれるままついていくと、テーブルにはお菓子が用意してあった。
皿に盛られていたクッキーはまだ香りが立ち上るような感じで、できたてではないかと思われた。
「これは萌音が作ったのかい?」
「…………萌音、えらい……?」
見上げながら褒めて褒めてとせがんでくる妹は我ながらかわいいやつだと思う。
「うん、えらいよ」
僕は萌音の頭に手を置いた。
彼女は目を細めると、
「……じゃあ、〈聖儀式〉……して、くれる……?」
そんなおねだりをしてくるのだった。
「それとこれとは、話が別だ」
お菓子で買収するようになるとは、妹も成長したものだ。
クッキーは嬉しいんだけど今はもう〈聖儀式〉の名前を聞くだけでも胃に負担がかかるんだよね。
その後もクッキーを食べながら萌音に延々と〈聖儀式〉は別にいやらしいことではないとかこれでみんなが幸せになれるとか超超希少種を見てみたいとか説得されるハメになった。
僕も必死に萌音に思い止まるよう説得するんだけど、全く耳を貸してもらえない。
連日の心の疲弊が僕の声にも出始め、徐々に棘のある言葉になっていってしまう。
「だから、もう何度も言ってるだろう? 兄妹でこんなことをするもんじゃない」
「……でも、合法、だし……」
「合法とかいう問題じゃない!」
荒くなってしまった語気に萌音が泣きそうになってしまう。
しまった、言い過ぎたか。
萌音は怖がりだから、強い口調で何かを言われるだけでも震えて何も言えなくなってしまう。
小さい頃に両親が行方不明になってしまったショックから、周囲の人を失うのが怖くなったのだ。
周囲の人を失わないために、自らは主張しないという処世術を彼女なりに生成したのである。
だが、この時の萌音は違った。
震えながらも僕を見詰め返し、言い返してきたのだ。
「に……さん、ほんと、は……したい、でしょ……?」
妹に反抗されることに慣れていなかった僕はたじろいでしまう。
でもそれは一瞬のことだ。
つい語気を荒げてしまった自分に軽く腹を立てつつ、冷静になろうと努力する。
「僕は萌音を大切に思っている。大切に思っている妹としたい兄なんていないさ」
情に訴えるやり方はズルイかもしれないが、冷静になろうと努めたことで語気も穏やかになった。
そうしたら萌音は、俯いて肩を震わせてしまった。
「嘘……つき……」
僕は慌てて宥めにかかる。
しかし、だ。
「嘘なんかついてないよ、僕は」
「……【妹姫オンライン~妹と〈聖儀式〉したらチート級の強さに~】」
「ぐっ……(な、なぜそれを……っ!)」
「……【再興の秘事砲剣~国を再興するためには妹と〈聖儀式〉しないといけない~】」
「やめろ、やめるんだ……!」
「……【猫耳っ娘育成~妹と正しい〈聖儀式〉をするには~」
「ぐあああああああぁ――――――――――――――――――――っ!」
僕の読む漫画のラインナップが次々暴露されてしまった。
「に……さん、妹モノ、ばっかり、読んでる……のに、したくない、なんて……嘘……」
そうだった。
図星。
僕は僕の決めた禁忌を守る代わりに、バーチャルの方にその矛先を向けていたのだ。
本当は妹と〈聖儀式〉をしたくてたまらないのに、押さえつけていたのである。
ちなみに、十八禁には手を出していない。
そこは踏みとどまっている。
萌音は僕の表情が図星を指されて歪んでいるのを見てとり、口の端を持ち上げた。
フッ……と蔑んだ嘲笑が聴こえてきそうなその笑顔に僕は打ちひしがれる。
「違う、違うんだよ萌音……たまたま流行モノを買っていたら」
「……過去、打ち切りに、なった……作品も含めて……軽く一〇〇冊、超えてる……これは、もう、言い逃れ、できない……に……さん、の……」
「それ以上は勘弁してくれ、それ以上はっ」
「……ヘン、タイ……」
僕は重い言葉の一撃をくらい、倒れ伏した。
ノーガードで乱打を浴びて崩れ落ちるボクサーのようだ。
一瞬真っ白になり、無性にあはははあっと笑いたくなった。
次に怒りが急速に込み上げてきて屈辱に打ち震えた。
ちくしょう、チクショウ、チクショウ……!
既に心が限界を迎えていたこともあり、普段ならそれでも何とか口を抑えることができたかもしれないが、今の僕には抑えられるほどの理性が残っていなかった。
僕は丸まりながら拳をダンダカ床に叩きつけ、涙声で訴えた。
「チクショウ、そうだよ僕は妹と〈聖儀式〉したくてしたくて堪らない変態だよ……でもバーチャルだけだから良いじゃねえかよおっ! わざわざ僕のコレクションから傾向を掴むなんて酷いよ、本性を言い当てられて平気でいられるほど僕は強くないんだよ! 僕の聖域を踏み荒らすなよ!」
そうしたら、一気に静寂が訪れた。
沈黙が続き、何だかその状態が怖くなって、僕は顔を上げた。
萌音が目に涙を溜めていた。
「…………そんな、つもりじゃ、なかった……のに……」
僕は愕然とした。
僕はなんて事を口走ってしまったのか。
感情に任せて胸中を吐露してしまったさっきの自分を思い返すと、薄ら寒くなってきた。
冷静さを取り戻すのを通り越して頭が冷たくなってきた。
屈辱を全開にして妹に八つ当たりする兄なんて酷すぎる。
謝罪の言葉を探すが、思考がまとまらない。
そうこうしている内に、萌音は駆け出して行ってしまった。
僕は手を宙に差し伸べ、固まった。
玄関へ向かっていった萌音はそのまま外へ飛び出していった。
扉の閉まる音が乱暴に叩きつけるものだった。
僕はうなだれて呆然としていた。
しばらくそうしているとチャイムが鳴らされた。
やってきたのは山田さんだった。
「今、妹さんが飛び出していったみたいだけど……大丈夫かい?」
「ええ、まあ……山田さんの話は僕一人でも聞けますから……」
僕は何とか平静を装って応対しようとした。
しかし、山田さんは首を横に振った。
「違うよ、追わなくて大丈夫かと、訊いたんだ」
その言葉に僕はハッとなった。
平静を装った仮面は脆くも崩れ去った。
何をしているんだ僕は……!
僕は転がり出るように家を飛び出した。
一人にはさせない。
僕が傍にいてあげなければ!
僕は街中を走り回った。
こういう時萌音は手ごわい。
彼女は怖がりだから最適な通学路を割り出すために街中の道を調べつくしている。
しかも怖がりでも大丈夫な道を割り出すために人通りの多い少ないという情報まで入念に調べてあるのだ。
いわばこの街は彼女の庭も同然。
僕の追ってきそうな道も計算して逃げているに違いない。
商店街を通り抜け、学校の周囲を見回し、住宅街を縦横無尽に捜し回る。
通り過ぎる人の顔を逐一チェックしていたら不審がる人も多かった。
何十分走っただろうか。
息切れして体が錆び付いたように重くなってくる。
きっと、今頃は逃げたは良いけど一人じゃ怖いと途方に暮れているだろう。
萌音は保護者というものを人一倍求めている。
僕の父の兄夫婦の子が萌音だ。
萌音が六歳の時、彼女の両親は行方不明になってしまった。
これがまたハチャメチャな夫婦で、二人とも筋金入りのギャンブラーなのである。
ウチに遊びに来るごとに成金のかっこうして外車で現れたり、次の時にはくたびれたセーターで現れたりするのだ。
『こんな都市伝説があるんだが、ギャンブルで十億当てたら願いが叶うっていうんだよ。そうしたらさ、やるしかないだろ? だからこれは俺の義務なんだよ!』
こんな叔父であった。
十億も当たったらそりゃ願いも大抵は叶うんじゃないかな。
僕の父は眉をハの字にしながら何度も経済的援助をしていたっけ。
叔母は叔母の方で、
『あたしはギャンブルなんて大っ嫌いなの。ああやだもー嫌いなのにやらなくちゃいけないから困るわー。え、だってこれ義務だもん。ホーリツよホーリツ。あなたも成人したらやらないといけないのよ? あーやんなっちゃうわー』
こんな感じで競馬新聞に熱心に書き込みしている人だった。
生活費まで全てつぎ込むという豪快ぶりにウチの家族一同引き攣った笑顔を浮かべるしかない。
でもある日突然、叔父が膝を叩いて宣言したのだ。
『よし、これからは娘のために俺ぁ真面目になるぞ!』
そうしたら叔母が『離婚するぞバカ!』と言い出してみんなでそれを必死に宥めた。
更生したら離婚ってどういう論理だよ。
それから満を持して叔父が言ったのは、
『これからはバウンティハンターになってがっぽり稼ぐ! バウンティハンターって知ってるか? 徳川埋蔵金とか古代文明のお宝とか掘り当てるんだぞ!』
こんなことを仰るものだからシンと静まり返った。
バウンティハンターって賞金稼ぎでお尋ね者を捕らえたり始末したりする仕事人じゃなかったっけ……
叔母だけが立ち上がって『ブラボー!』とか狂喜乱舞して目も当てられなかった。
コンビとしては良いコンビなんだ、この夫婦は。
通常考えられない基準で動いているだけで。
ウチの父は小心者なので蚊の鳴くような声で『ブラボーじゃ、ねえよ!』と突っ込みを入れていたが、聴こえたのは僕だけだった。
そうしてその日中に叔父と叔母は『バハハ~イ!』と言って旅立っていった。
萌音をウチに預けて。
しかもすぐに連絡が取れなくなって行方不明になったんだ。
僕の父が震えながら繋がらない電話を握り締め『ああもっと残業しなきゃ……』と呟く姿に哀愁が漂っていた。
まあこれだけハチャメチャな人達だから、多分生きてはいるんだろうけど……萌音は両親が行方不明になってから強く僕に依存するようになった。
僕は一番萌音と過ごす時間が多かったから、そこに親的な要素を見出したんだと思う。
そんな萌音が、一人でいつまでもいられるはずがないのだ。
きっと、飛び出してきた手前簡単に帰るわけにもいかず、だけど一人でいるのは心細いという状況に挟まれて辛い思いをしているに違いない。
早く見つけてあげなければ。
だが、一時間しても、二時間しても、萌音は見つけられなかった。
もう日が暮れようとしている。
僕は肩で息をしながらショッピングモールに辿り着いた。
ショッピングモールの建物を見詰めていると、ふいに、もう萌音は家に帰っているんじゃないかという思いがよぎった。
日が暮れる頃合になって怖がりの彼女が帰っていないのはあまり考えられない。
でも、萌音は飛び出していったのだ。
いつもとは状況が異なる。
僕は逡巡した。
一旦家に戻ってみるか。
それとも捜索を続行するか。
息を整えながら考えて、妥協案を思いつく。
このショッピングモールを見て、それでもいなかったら一旦家に戻ろう。
既に家に萌音が帰ってきていることも想定し、機嫌直しに何か買っていくか。
ショッピングモールで萌音用にプレゼントを買って、家に戻った。
家の前では山田さんが壁に寄りかかって体育座りをしていた。
スーツ姿の中年がこうしていると肩書きを持っているようには見えない。
「ウチの妹は……」
「戻ってきていないねえ」
何てことだ……僕は玄関に手をついてうなだれた。
もう何度目か分からないが萌音に電話をかけてみる。
やはり繋がらない。
そうしていると、今度は電話がかかってきた。
一瞬萌音からかと思い歓喜したが、巳薙からだった。
『奏滋、萌音ちゃんってそこにいる?』
意外にもタイムリーな話題だった。
僕は食いつくように訊き返す。
「いや、今捜しているところなんだ! 萌音のやつ家を出ていってしまって……」
もしかしたら巳薙が見つけて保護してくれたのかもしれない。
しかし、そんな期待が膨らんだところでとんでもない言葉が出てきた。
『うわやっぱりあれは萌音ちゃんだったのか! 萌音ちゃんが四人組の男達と一緒に歩いているようなのが遠めに見えたから追いかけてみたんだけど、途中で邪魔が入っちゃったんよ! それでもしかしたらと思って奏滋に電話してみたんだけど、やっぱりそうだったのか……』
巳薙も焦っているようで早口で捲くし立てるような調子だった。
僕は呆然とした。
「何だって……萌音が、誘拐……?!」
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