第8話

「さて、まず何になりたいかだよね」

 僕は手の平の上に視線を集中する。

 すると視線の先に検索画面が現れる。

「相手に『好き』って言わせる能力を持ってる魔物になりたい!」

 巳薙がご都合なことを言いながらやはり検索画面を見ている。

「それなら断然、ドラゴンであろう! ウキョーとやらもミナギが立派なドラゴンになれば必ずや告白するはずだ!」

 佳枝葉も検索画面を見ている。

「あんたそんなことじゃモテないよ?」

「にゃにおー?!」

 巳薙のジト目に佳枝葉はご立腹だ。

「ていうか佳枝葉って恋の方面ホント鈍そうだよね? 奏滋といい勝負なんじゃない?」

「そそそんなことないっ! ボクはソウジと違って恋の戦闘力は一億あるんだからな!」

 一億とは大きく出たものだ。

 いいとこ三〇だろう、平均を一〇〇として。

「なにそれーいいとこ三〇でしょ、平均を一〇〇〇として」

 巳薙の査定はどうやら僕より十倍厳しいようだった。

 佳枝葉は明らかに涙目になって訴える。

「そ、そんなに低くないもん! 三〇はソウジだもん!」

「似たり寄ったりよ。ちなみに奏滋は二九」

 ぐぬぬ、僕がそんなに低いわけがないだろう。

 僕は三一だ。

「もうとにかく相手に『好き』って言わせる魔物を探そう」

 僕の提案で何とか調停、検索を始める。

 でも相手に『好き』って言わせる魔物なんているのだろうか?


 配合リストでは〈聖儀式〉後に欲しい能力を検索できる。

 試しに『相手に好きと言わせる』というキーワードで検索してみた。

 該当ナシ。

 まあそんなのいるわけないよなあと思ってはいたけど。

 念のため配合リストから離れてウェブの方でも検索してみる。

 そうしたらこんな記事が出てきた。

『相手に好きと言わせる小悪魔テク』

 魔性の女はもはや魔物か……などと哀愁を込めて呟いておいた。

 これは違う。

 検索キーワードを変えてみたらどうだろう。

『告白させる』

 これもダメだ。

「もー都合良いの全然無いじゃん! 宝くじが当たって好きな相手が告白してきて何をするにもおいしい所だけ持っていけるようになる能力、何で無いの!」

 巳薙がぶーたれて机をぺしぺし叩く。

 いつの間にか欲しい能力が全知全能に変わっていたのだろうか?

「ふん、直接魅了する能力など無い! 男の子が喜びそうな容姿の魔物を捜すのだ!」

 佳枝葉が別方面から検索をかけている。

 僕の想像だとセクシーなものになるんだけど、彼女の想像はきっとカッコイイものなんだろうな。


 昼休みでは全く手掛かりも掴めなかった。

 そのため放課後に延長線だ。

 今日は巳薙もファーストフード店についてきた。

 ゲームはやらずにひたすら検索である。

 巳薙は相変わらず金と恋の両立を諦めずに検索しているが、まずもってそんなものは無いだろう。

 あったらそれを目指す者が続出して社会問題になる。

 佳枝葉の方は途中から魔物図鑑を片っ端から読んでいくことにしたらしいが、少年のようにキラキラした瞳で読み入っていた。

「くぅ~っ……! やっぱりバハムートは良いなあ! ソウジ、バハムートはまだ世界に例が無いらしいぞ。だがこんなに有名な魔物であれば絶対に出るハズだ! ボクが世界で最初のバハムートになってやる!」

 バハムートは大怪魚の姿である可能性もあるぞ、とは言わないことにした。

 夢を壊してはいけない。

「割と有名な魔物でもまだ例が無いのってけっこういるんだよな。スライムもそうだ」

「スライム……? そう言えば定番のスライムもまだ例が無いな。よしソウジ、キミが世界で最初のスライムになれ!」

「嫌だよ弱そうだもん」

 スライムがいまだに例が無いというのは七不思議とされていた。

 バハムートとかだとレア過ぎて出現していないのかもしれないけど、スライムはそうではない。

 ありふれた魔物として街中に闊歩していてもいいくらいだ。

 一説では弱すぎて出現しないようになっているのではないか、とされている。


 しばらく探してみたものの芳しい収穫は無かった。

 僕も魔物図鑑を眺め始める。

 そうしているとユニコーンが目に留まり、馬だから足が速そうだなと思う。

 それから敏捷性を求めるならどんな魔物が良いかと思案した。

 業を煮やしたのか巳薙がお手上げのポーズをとった。

「んもー人生イージーモードになる能力無いじゃん! あたしの人生をウルトラハードモードにする運命なんて馬に蹴られて死んでしまえ! ってことはあたしが蹴れば良いんだよ、今から運命捜して蹴ってくる!」

「人生イージーモードとか目的変わってるじゃないか。せめて能力を絞りなよ」

 僕が宥めると巳薙は妙なことを口にした。

「魅了が良いけど…………それか、絵」

「え?」

 巳薙の瞳には複雑な心境が揺れているような気がした。

 何か過去にあったのだろうか?

 自由に生きている巳薙からは想像できないけど。

 かくいう僕も望んだ物が得られなくて悔しい思いをしたのが脳裏に焼きついていたりするんだけど。

 手を伸ばしても目の前の友達を助けられなかった。

「奏滋さあ、欲しい能力は……ある?」

 僕はちょうど考えていたことを当てられたみたいで少々戸惑った。

「…………敏捷性かな」

「それって、あの時の?」

 巳薙は幼馴染なので知っている。

 僕と彼女といたことを。

「この先何かがあった時に素早く動けた方が良い」

「あれは奏滋のせいじゃないって」

「誰のせいでもないなら運命のせいだ。僕も運命を捜して蹴ってこようかな。佳枝葉は何が欲しいの?」

 あまり突っ込まれたくないので無理矢理に話を変える。

 急に話を変えたことに佳枝葉は疑問顔をしたが、僕のことを詮索しようとはしなかった。

 佳枝葉はピュアな瞳で断言した。


「ズバリ、金だ!」


 切実である。

 彼女の生活からしたらこれは決して責められる願望ではない。

「お金はさんざん探したけど、良い能力は無かったよ」

 巳薙が言うと佳枝葉がムムムと眉間に皺を寄せた。

「そう簡単には稼げないシステムになっているのか。苦労せずに稼ぎたいのだが」

 これもダメ人間発言に聴こえるが、あくまで魔物の能力を頼る現代の価値観であってニート志望ではない。

「あーあ、あたしも努力せずに美術館に展示される絵が描きたい」

「はあ……僕も努力せずにスポーツ選手並の運動能力が欲しい」

 重ねて言うが、ダメ人間ではない……ハズ。


 帰り際、近くの河原を通った。

 岸辺には川に沿って延々と道が続いていて、サイクリングしている人やランニングに励んでいる人、それから犬の散歩をしている人などが見られる。

 芝生の清涼な青さの匂いも風に運ばれてやってくる。

 川に掛かる橋を見ながら、昔橋の下で友達とお菓子を食べたりしたなあなんて懐かしく思った。

 そうして歩いていると、佳枝葉が奇妙なことを言い出した。

「これは知っているか? 『希少種』というのがいるらしいんだ」

「え? 『』じゃなくて『希少種』?」

 僕が聞き返すと佳枝葉はふっ……とニヒルな笑みを浮かべた。

「左様……! ふふ、これはボクがギルドから極秘に仕入れた情報なんだが」

「ああそれあたし知ってるよ、クラスの中心グループが話してたもん」

 巳薙が突っ込むと佳枝葉はうっ……と口をつぐんだ。

 そして、

「……どうやら『超超希少種』は『超稀少種』同士で〈聖儀式〉した時のみ出るらしい」

 華麗に巳薙をスルーした。

 きっとクラスの中心グループが噂しているのを遠くで聴いていたのだろう。

 僕も友達少ないので分かる、立ち聞きが主な情報源……泣ける。

 これは触れない方が良いだろう。

 しかし巳薙は残酷だった。

「ああそれ『【イフリート】同士が〈聖儀式〉したら【サラマンダー】になった』ってやつでしょ? 中心グループが話してる時、佳枝葉凄く嬉しそうに聞き耳立ててたもんね」

 ねえ巳薙、ここは触れない方が良いって分かるよね?

 佳枝葉はプルプル震えながら懸命に続けた。

「【イフリート】は超稀少種で、世界で二人しかいなかった。そしてその二人が〈聖儀式〉をしたら……何と【サラマンダー】になったのだ! 【サラマンダー】はこの時初めて出現した……そして、そして……」

「『一瞬で街を滅ぼした』だっけ? でもそれ都市伝説だって中心グループが言ってたじゃん。佳枝葉ってそういうの好きなんだねー」

 もうやめて、それ以上抉らないで!

 僕は心の中で叫んだ。

 そして佳枝葉は涙声で言った。

「ミナギの鬼畜うううぅ!」

 立ち聞きしたことの暴露だけでなく一番良いところのセリフまで奪われたのだ、佳枝葉のダメージは深刻だった。

 一方の巳薙はへらへらしていた。

「えーあたしのどこが鬼畜なの? それとも社畜の聞き間違い?」

 これはもう完全に遊んでいる。

「ミナギ、今日という今日は許さん! ボクの【覇王犬眼流ゴールドアイズ】奥義で成敗してくれるっ!」

 佳枝葉は剣を召喚しそれを巳薙に突きつけた。

 巳薙は【ユニコーン】の角を蒼く発光させニヤリとする。

「鬼さんこちら! ……ってことは鬼畜は佳枝葉の方じゃん! やったね、あたしみたいなか弱くて可愛い女の子が鬼なわけないもんね!」

 それから佳枝葉と巳薙で鬼ごっこが始まった。

「待てええっ! その減らず口を黙らせてくれるっ!」

「ふふん、あたしを止められるのは札束だけよ!」

 二人でぐるぐるぐるぐる、僕の周囲を回った。

 割とこうした鬼ごっこになる回数は多い。

 仲が良い証拠だ。

 しかし、都市伝説かあ。

 超稀少種同士の〈聖儀式〉、ねぇ……

【天使】同士で〈聖儀式〉したら、どうなるんだろうな。

 いや、相手が妹だから絶対しないけどね!


 結局初日は何も見付からず終了となった。

 次の日の朝、教室で僕らはまた話し始める。

「やっぱりさあ、もうちょっと手に入りやすい能力を探した方が良いんじゃないかなあ」

 僕の提案に巳薙は渋った。

「それだと意味ないじゃん。右京先輩が告白してくるか、あたしが絵の才能を身につけるかどっちかじゃないと」

「絵の才能があったら先輩を諦められるの?」

「……絵がうまければ美術部である先輩が振り向いてくれるでしょ」

 理屈は通っているように見えるけど、そういうものなのだろうか。

 謎だ。

 それなら、と佳枝葉が指を立てた。

「ソウジの願いならありそうだから一旦それを検索してみるか? そもそもこの配合リストが使えるものなのかもこのままでは分からない。成功例を一度見ておきたい」

 なるほど、と思った。

 三人の中では唯一、僕の欲しい能力が現実的だ。

 試しに入力してみる。

 男子は【天使】で欲しい能力には『敏捷性』。

 これでベストな〈聖儀式〉の相手を検索。

 すると。

 該当は〇件だった。

「何これ、壊れてるの?」

 思ったより信用ならないシステムのようだ。

「奏滋さ、自分が【天使】だってこと忘れてない? まだ【天使】の〈聖儀式〉なんてされていないんだからデータが無いのは当たり前でしょ」

 巳薙の言葉にハッとなった。

 どうやらシステムの問題ではない。

 というか、これでは僕にとって配合リストは何の役にも立たないではないか!

 僕の人生設計をどうしてくれるんだ。

 ……これどうしたら良いの?

 若干泣きそうなんだけど。

 誰と〈聖儀式〉したって運任せ。

 結果がどうなるか不明。

 次〈聖儀式〉をしたら今以上に能力が落ちてしまう可能性だってある。

 そんなの嫌だ。

 …………いや、待てよ?

「一度誰でも良いからちゃうか……?」

 それで魔物部分が変わるから、その後だったら配合リストが使えるんじゃないか……?

「奏滋のケダモノッ!」

 巳薙がざざっと距離をとる。

 僕は一瞬『?』となった。

 が、自分の思考が口からお漏らししていたことに気付き真っ青になった。

 漏れた部分だけ聴くと純度一〇〇%の犯罪者ではないか。

「ソ、ソウジ……キミも邪悪な淫魔だったんだね! 【天使】に似せたインキュバスめ、こうなったらボクがキミを斬るしかない……!」

 佳枝葉は剣の召喚を始めてしまう。

「待て待て、一部を切り取って報道するのは真に受けてはダメだ!」

 その一部を切り取って報道してしまったのは他でもない自分なのだが。

「問答無用! 異性を誘惑して虜にしてしまうリア充待った無しの魔物め、覚悟しろ!」

 僕の命が待った無しの窮地に追い込まれてしまう。


 だが、転機というのは突然訪れるものだ。

 僕はに気付いた。


「佳枝葉、今、何て言った……?」

「え? 問答無用、と」

「いや、その次」

リア充待った無しの魔物」

「それだあっ!」

 僕はビシッと指差した。

 巳薙も理解したようだ。

 佳枝葉だけ理解が遅れているようなので説明してやる。

「インキュバスは男性版で、それの女性版がいるんだよ……サキュバスだ! 『異性を誘惑して虜にしてしまう能力』それは巳薙の欲しい能力そのものじゃないか!」

「…………あっ! そうか、リア充への逆恨みばかりが強くて気付かなかったぞ!」

 そこは逆恨みであることを自覚してるんだね……

 何はともあれ、これならいけるんじゃないかな。


 ということで、巳薙のなりたい魔物は【サキュバス】に決まった。

 配合リストに対し女子は【ユニコーン】で、なりたい魔物は【サキュバス】と入力し、検索。

 緊張の一瞬。

 該当:一六万八千件。

 おおっと三人で感嘆の声を挙げた。

 成功した事例がずらずら並んでいる。

 とりあえず個別の事例よりも手っ取り早くベストなお相手の魔物を捜す方法もある。

 画面を切り替えると成功確率が表示されるのだ。


 成功確率で一番高いのは【インプ】で八七%。

 次点が【人狼】で四二%。


 一番と二番で大きな差があるので【インプ】の男子を捜すのが最も良さそうだ。

「このクラスに【インプ】の男子っていたっけ?」

 教室を見回してみる。

 巳薙が僕の肩を叩いた。

「ねえねえ、あれ見て。窓際の一番後ろの席」

 言われた通りに視線を移動させる。

 すると、いた。


【インプ】の姿をした男子は、僕らが配合リストを活用するきっかけとなった、水泳の能力を求めている男子だった。

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