第7話

 学校を出て街に出る。

 ファーストフード店には巳薙は来なかった。

 僕と佳枝葉で向かい合わせに座り、ゲームをやり始める。

 店は二階席まであり、二階は一階ほどの喧騒がない。

 沢山の傘付きのライトが下がり、壁にはポップな絵が並んでいる。

 客の五割は学生で女子率が高い。

 そこかしこでポテトがつままれており、その匂いが周囲に漂っていた。


 しばらくすると、佳枝葉が切り出した。

「幼馴染が恋に目覚めるとは、ソウジは涙目か?」

「まさか。今時は幼馴染エンドは無いのが定番だ」

 僕と巳薙を恋愛というキーワードで結び付けるとしたならば、それは相談相手ということになるだろう。

 巳薙が誰かを好きになったら男の喜びそうなプレゼントは何が良いかとかうまくいくためのコツを僕に相談する。

 そして僕が誰かを好きになったら逆のことを巳薙に相談する。

 そんな共闘関係。

 握手であって抱擁ではない距離感。

「ほう、ではソウジからも幼馴染ルートへ入ることは無いと?」

 やけに入念に確認するなあ、そんなに興味があるのか。

「その分岐には銀行の巨大金庫並の厳重なロックが掛かっている」

「ミナギが知らない男に取られても構わない?」

「パーティーグッズで祝福するさ」

 すると、佳枝葉は何度か頷いて、それからテーブルをがっしと掴んで迫ってきた。

「ならば、ミナギを全力で応援しようじゃないかっ!」


 僕は迫られた分のけぞりながら目を丸くした。

 突然何を言い出すかと思えば。

「…………応援?」

「そうだ、ミナギの恋が成就するように手助けするのだ。ゲームの中でもたまにあるだろう、ギルドの依頼で誰かと誰かの恋を手助けするようなクエストが。そして成功すればギルドから報酬がもらえる」

「ここにギルドなんて無いぞ。どこから報酬が出るんだ」

「ソウジ、キミは報酬のために他人の手助けをするのかっ!」

「何で僕が悪者?! 佳枝葉がギルドって言ったんじゃん」

「キミはいつの間に悪魔に魂を売り渡したんだ! いいかいこの世界は悪魔の甘い誘惑でいっぱいだ。タチの悪いギルドが耳あたりの良い言葉で人々を引き込み、洗脳し、悪魔に付き従うだけの下僕としてしまう、言わば魔界なのだよ……!」

「それって僕の父さんが直面している世知辛さに聴こえるような……」

「キミは人の恋路を邪魔する外道に成り果てたままで良いのか? 良いわけがない! 魂を浄化するのだ。ミナギの恋を手助けし、成功に導けばきっと元に戻れる。心が洗われるのが最大の報酬だ!」

 佳枝葉はいつの間にか椅子に上り大演説を打っていて、周囲から奇異の視線を集めていた。

 熱くなるとすぐ自分の世界に入り込んでしまうようだ。

 店員が迷惑そうにこちらに視線を送っているので僕は小声で宥めた。

「分かった分かった、分かったから。スカートの中見えちゃうぞ」

 気付いた佳枝葉はボッと顔を赤くしスカートの裾をぎゅっと押さえて腰を下ろす。

 慌てているのか正座になっている。

「は、破廉恥!」

「破廉恥なんて言葉使う女の子初めて見た!」

 それから突然彼女はもじもじし始めた。

 人差し指をツンツン合わせたり、視線をチラチラ送ってきたり。

 ウブな女の子が恥じらいながらも男女というものに興味を持ったみたいな。

「ソウジは、その、ボクの……興味あるの?」

 おずおずとそんなことを訊いてくる。


 あると言うのは羞恥心が邪魔するので無いと言いたいところ。

 でも無いと言うのも角が立つのではないか?

 じゃあ、あると言えば良いかというとそれは恥ずかしくて。

 健康な男子ならば当たり前云々と宣言できる度胸は無いし。

 思春期男子的に返答に困る質問だった。


 そうしていると佳枝葉はどう受け取ったのか、トウガラシのような赤さでもにょもにょと言った。

「ボクは、子供は二人が良いと思うんだ……頑張って育てようね!」

「いったいどういうことだ?!」

「ソウジの熱烈な気持ちは分かった。でもボクには使命があるんだ。せめて使命を果たすまでは待ってほしい」

「熱烈っていうかその滅裂な妄想から戻ってきて!」

 ともかく巳薙の応援をすることが決定した。

 まあ、本人が嫌がらなければ手伝うのはやぶさかではない。


 翌日の朝、始業前に僕達は話し合った。

「というわけで、全力でミナギの応援をすることにした!」

 佳枝葉が拳を振り上げながら宣言。

 巳薙は迷惑じゃないだろうか?

 それだけが心配だ。

 こちらが協力するといっても本人が嫌だったら無理にするべきではない。

 だがそれは杞憂だった。

「そ、そんなに言うなら応援させてあげなくもないけど?」

 すましているようでいて明らかに助力に魅力を感じている様子の巳薙。

「じゃあ僕らで何をすれば良い?」

 僕が訊くと巳薙は顎に指を当てた。

「ん~……あたしまだ先輩の情報あまり持ってないんよ。好きな人がいるかも分からないし」

「そうなのか。美術室に行ってるってことだけ?」

「名前と学年はいちおう分かってるよ。右京常彦うきょうつねひこ先輩。二年生」

「僕らで探りを入れてみるか?」

 すると佳枝葉が名案とばかりに言った。


「そんなまどろっこしいことしないでそのウキョーとやらを気絶させてしまえば良い。そうしたら後はミナギが接吻してしまえば完了だ!」


「ぶっ飛びすぎだよ! そんな状態でキスしたって無効だろ!」

 僕が諭すと佳枝葉は意味が分からないとばかりに不思議そうな顔をした。

「何を言う? 接吻したら結婚しなければならないのだろう?」

「まるで箱入り娘の発想だっ」

「そ、そうなのか? ボクはなにぶん、女の子らしい生活をしてこなかったからな。こういうのはイマイチ分からない……」

 しゅんとする彼女に悪気は無かったようだ。

 確かに私物も徴収されてしまう生活をしていたのだから箱入り娘みたいな知識の偏りがあってもおかしくない。

 恋に憧れる、キラキラした感情。

 それで、全力で応援しようと言い出したのかも。


「探りを入れるにしても、どうしたら良いかな……右京先輩に直接訊くのが一番早いと思うけど、巳薙はそれで良い?」

 そうしたら巳薙は頬を染めてぶんぶん首を横に振った。

「だ、ダメダメダメ! そんなことしたらあたしのことが気取られちゃうかもしれないじゃない!」

「まるで女の子みたいな反応だ」

 僕が口を滑らせてしまうと手厳しい反撃に遭った。

「女の子だし! あたしが女の子に見えないなんて奏滋の目は節穴ね。むしろ目玉に似せた消臭ジェルよ。自分の体臭を自分で消臭するなんてエコな体質ね!」

 僕としては積年の恨みとばかりにウブな反応を見せる巳薙を弄りたいところだが、生憎そう簡単に弄らせてはもらえなそうだ。

 僕はこの娘に一生弄られ続けるしかないのか。

「じゃあ、右京先輩の友達に聞き込みするとかはどう?」

 次善の策を提案すると彼女は悩み始める。

「うーん……それだったらまあ、無くはないって感じかな。でも大変だよ、右京先輩の友達がまず分からないし。そこからクラスで聞き込みしないといけないよ」

「それはけっこう手間がかかるなあ……友達を割り出すところからか」

 そこへ佳枝葉が割り込んできた。

「美術部をあたってみるのはどうだ?」

 この子はまたぶっ飛んだことを……いや、ぶっ飛んでない!

 マトモなことじゃないか!

「それはアリだね」

 僕は同意を示した。

 右京先輩のクラスに行って聞き込みをするより美術部で聞き込みをする方が遥かに効率的だと思う。

 部活仲間の方が結び付きが強い。

 そんな時、僕達の会話を聴きつけた闖入者が現れた。


「美術部がどうかしたの?」

 入学式の日に巳薙とケンカした優等生な娘だった。

 僕達のお喋りが五月蝿かったのかもしれない。

 まずいなあ、また巳薙がケンカ売り始めるかも。

 だが。

「美術部に聞き込みしようかって話をしてるの。右京先輩のことが知りたいんよ」

 意外にも巳薙は素直に返答した。

 しかもよく見ると優等生な娘も表情が険しくないではないか。

「私、美術部に既に行っているからある程度分かるわ」

「えー教えて教えてっ」

 何だこのフレンドリーな空気は。

 僕は疑問に思い巳薙に尋ねる。

「いつの間にこの娘と仲良くなったの? 初日にケンカしてたでしょ?」

「あーあの後仲直りしたんよ。お互いに落ち度があるから水に流そうねって」

 いつの間にか仲直りしていたのか。

 巳薙はバツが悪そうに目を背け、頬をぽりぽり掻いている。

 これは、彼女なりの照れ隠しっぽい。

 優等生な娘は肩を竦めて見せた。

「『』ねぇ? 『突っかかってゴメンネ』って言うのが巳薙の『お互い』なのね?」

 どうやら巳薙が謝りに行ったのが真相のようだ。

 確かにあのケンカは巳薙に非があるので、そうなるだろう。

「もーそういうところはさらっと流せば良いの!」

 巳薙が顔を赤くして抗議した。

「それで、何が知りたいの?」

「まず、右京先輩に彼女がいるかどうか」

「いないわ。好きな人がいるけど告白できずにいるって噂を聞いているし」

「その好きな人って誰?」

「聞いたら後悔するかもしれないわよ?」

 優等生な娘が渋るので巳薙は神頼みするみたいに手を合わせた。

「しないしない、いいから教えてっお願いっ!」

 優等生な娘はどうなっても知らないわよ、と溜息をつく。

 そして、厳かに言った。

「生徒会副会長・恵蓮夏美えれんなつみさんよ」

 そうしたら、巳薙が固まった。

 優等生な娘は【ゴルゴン】だがその能力で固まってしまったかのように。


 僕と佳枝葉は顔を見合わせる。

「生徒会副会長だって、知ってる?」「魔王が好くくらいだからきっと魔将だ……!」

 微塵も役に立たない想像をする中二全開な娘に代わり、巳薙が無言で写真を見せた。

 巳薙の手の平の上に写真が半透明で表示される。

 そこにはとびきりの美女が映っていた。

 生徒会副会長のようだ。

 理知的で笑顔は人懐っこく、それでいてたたずまいがセクシーである。

 どう見ても巳薙の勝てる相手ではなかった。

「ふむ、これが魔将か……あまり強そうには見えないが」

 佳枝葉が的外れなことを言って目を細める。

 普通の戦闘力ならそうなのかもしれないけど、恋の戦闘力ならたぶんこの世の九割の男性を一撃死させられるだろう。

 恵蓮さんにしなだれかかられたら僕は『子供は何人欲しいですか?』って言ってしまう。

 ……佳枝葉の発想にちょっと似ている気がするが黙っておこう。

 ファーストフード店で子供とか言い出したのを呆れていたが、僕も大概だ。

「ふん、こういう女がちょっとボディタッチしただけで男はメロメロになるのよ」

 巳薙が核心を突くようなことを言ってくるのでドキリとする。

「きっと『子供は何人欲しいですか?』とか言い出すのだな! キリッとした顔で!」

 佳枝葉が更に抉るようなことを言ってきて僕の心臓は焦燥で全力操業になる。

「さすがにそこまで馬鹿な妄想はしないでしょう?」

 優等生な娘がトドメを刺すようなことを言ってこちらを見てくる。

「あ、あっ……当たり前じゃないかっ!」

 僕は震え声で頷いた。

 表情筋を酷使し無理矢理に笑みを作る。

 佳枝葉が首を傾げ、これは馬鹿な妄想だったのか、と呟いているが妙に親近感が湧いたのだった。

 僕と彼女の恋の戦闘力は恐らく同レベルであることが判明した。

 ともあれ、これは非常にマズイ。

 巳薙はふてくされて机に突っ伏してしまった。


「あーあ、この世界が滅びれば良いのに」


 自己中極まりないが、彼女は昔からこうなので今更である。

 それに恋に破れる(まだ確定じゃないけど)とこんな恨み言を言ってしまう人は案外多いかもしれない。

「ソウジ、見ろ! ミナギが闇堕ちしていくぞ!」

 佳枝葉がある意味的確な表現で指差した。

 中二発言って案外この世の核心を突いているのか?

「うーん、まあ……」ムリ目と言いたいが「ちょっと劣勢かもね」

 僕がマイルドな表現をすると巳薙に澱んだ目で睨まれた。

「そーですよー。ほんのちょびっと劣勢なだけなんだからね」

 完全にやさぐれている。

 それからHR、午前の授業が終わるまで巳薙は溜息をついていた。


 お昼になっても空気は重いまま。

 佳枝葉がつついても巳薙の反応は乏しい。

 恵蓮さんに勝つにはどうしたら良いだろうか。

 僕も頭を捻ってみたが何も浮かばなかった。


 こちらの会話が少ないと、教室の喧騒が耳につく。

 気にしていない時はいくら騒がれていてもうるさいとは思わないけど、一旦気になりだすと結構うるさいものなんだなと実感した。

 そんな時だ。

 近くの男子二人組の会話が耳に入ってきた。

「お前もう〈聖儀式〉したの? 早いなー」

「俺は水泳選手になりたいからな。そのために最適な能力を持つ女子を検索した。これでもまだ足りないから更に能力を強化するために次の最適な女子を検索中だ」

「うわ頑張るねー」

「欲しいものはで手に入れる」


 これはこの時代の価値観だ。

 みんなが半分魔物になってしまう前の時代の人達は『魔物の能力で結果を手に入れてもそれは努力してないんだから自分の力で手に入れたものじゃない』と言っていたらしい。

 でも僕らにとっては

 努力せずに結果を手に入れる方が手っ取り早いんだから良いじゃないか。

 そういう価値観なのである。

 だから今男子が言った『欲しいものは自分の力で手に入れる』は僕達にとっては自然な発言なのだ。

 努力を注ぐのはもっぱら〈聖儀式〉の相手を検索することであって水泳の練習はその次なのである。

 検索というのも一般公開されている配合リストなるものがある。

 そのリストには男子がどの魔物で女子がどの魔物なら〈聖儀式〉の結果は何%の確率でこうなる、というデータが詰まっている。

 例えば男子は『ウェアウルフ』を指定、女子は『魔女』を指定して検索すると、『吸血鬼になる確率が70%』みたいに結果が表示されるのだ。

 やっぱり高みを目指す人は熱心に検索してるんだなあと感心した。


 僕がそうして納得していると、隣からガタッと音がした。

 椅子が倒れたようだ。

 何事かと思って振り向くと、巳薙が椅子を蹴倒して立ち上がっていたのだった。

 その目には活力が戻っていた。

 僕や佳枝葉が何か訊く前に巳薙は拳を振り上げた。

「思いついた……! 〈聖儀式〉で魅了能力を得て、右京先輩を暗示にかけちゃえば良いのよ! そうしたら右京先輩はあたしを好きになるじゃない!」


 数秒、沈黙が支配する。

 それから僕は口を開いた。

「なるほど、その手があったか」

 そんなことしちゃいけない、などとは言わない。

 魅了能力は魔物の能力であり、すなわちだ。

 魅了能力で異性を振り向かせてもそれは自分の力で振り向かせたのと等価である。

 本当にこういう価値観なのだ、この時代は。

 僕が数秒の沈黙をしたのは呆れたからではなく、理解するのに時間を要しただけだ。

「まあ、自分を磨くよりその方が手っ取り早いな」

 佳枝葉がうんうん頷くと巳薙は頬を引き攣らせた。

「あたしは既に恵蓮先輩を超えてるし? でも万全を期すためには必要っていうか?」

 微かに震え声なのは気付かなかったことにしよう。

 彼女は負けず嫌いなのだ。


 ともかく、これで方向性は決まった。

 配合リストを検索だ。

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