中二な彼女
第1話
高校の入学式。
僕はこれから始まる高校生活に期待を膨らませて……いなかった。
別に高校生活に期待をしていないわけじゃない。
そこら辺は、むしろ期待している方だ。
何かしら変化を期待している。
主に自分のウィークポイントの変化に。
ただ、それというのがどうにも厄介で、頑張れば手に届く所にあるのにエッチな本をレジに持っていかないといけないかのごとく、羞恥に対する勇気がいるのだ。
そういうのを抵抗無くできてしまう人なら全く問題無いんだろうけど。
溜息ともつかないような息をついて、壇上を見上げる。
体育館の舞台に組まれた壇上で、校長が挨拶をしている。
その挨拶はごたぶんに漏れず、では軽く挨拶を~という始まりから既に十五分は経過していた。
お話は声が間延びしていることもあり、異世界の呪文を延々と詠唱しているようだ。
もし本当に異世界の呪文であれば、十五分も続ければよっぽどの大魔法が唱えられるだろう。
そうか、もしかしたら校長は異世界の大魔法士なのかもしれない、とそろそろ現実逃避をするのが生徒側の平常運転となってきた。
周囲の反応も、お話の開始十秒程度まではみんな顔を上げていたけど一分もすれば次第に顔が落ち始め、五分経過するまでにはうなだれるくらい顔が落ちていた。
ああ重力には抗えないんだなあ、とそんな様子を見てしみじみ思う。
言葉は戯れにやってきた風が窓から窓へ抜けていくように、右耳から左耳へするりと抜けていく。
でも、破れた古文書みたいにところどころ拾える言葉もあった。
〈科学の進歩〉とか〈魔物〉とか。
今の僕達の姿を過去の人が見たら、たいそう驚くことだろう。
試しにうなだれている頭たちを見回してみよう。
ネコミミに尻尾も生やした女の子がいる。
コウモリの翼を生やした男子もいる。
竜鱗を光らせている女の子までいる。
これは仮装行列ではない。
かぼちゃがトレードマークのお祭の時期とはほど遠いしね。
みーんな天然モノだ。
この姿が〈科学の進歩〉とか〈魔物〉とかが関係しているものだ。
世界は科学の進歩とちょっとした手違いで、みんな半分だけ魔物化してしまった。
魔物化した部分は外見にも表れる。
ベースは人間だけどちょっとだけ魔物の部分も出ている感じ。
ただ、そこも手違いのせいで凶悪だったり禍々しかったりはしない。
魔物の特徴がデフォルメされて愛嬌のある方向性となっている。
ネコミミっ娘なんて思わず撫でてあげたいぐらい愛らしいんだよね。
みんながみんなこうだから、別段僕たちはこの光景に新鮮味は無い。
ともかく、そういう時代になったのだ。
入学式が終わると、満を持したようにみんな喋り出す。
さざなみが起こったみたいに体育館に声が溢れた。
僕もさざなみの一つだ。
幼馴染の
「巳薙、何で校長の話って長いんだろうね」
すると彼女はさも当然というように指を立てた。
「その方がカロリー消費できるからだよ。ダイエットにとっても役立つの。昨日のカフーニュースに出てたよ。知らないの? みんな知ってるよ?」
巳薙が全身で『呆れた』を表現するので僕は焦り、カフーのウェブページを確認し始めた。
こういう時『乗り遅れた』感がじりじりと僕の心を焦がす。
僕は流されやすい方だから、『乗り遅れた』状態にならないよう必死だ。
それは仲間はずれにされないように互いに鎖で縛りあうようなもので、共通の話題とか最新の話とか、鎖から手を離すまいとその繋がりを必死に保ち続ける。
そうしないと、『あ、こいつ私たちと違う』ってなってしまいそうで。
他のみんなもそんな息苦しさを感じているだろうか?
それはそれとして、今の時代では思うだけで目の前に画面がパッと出てきてくれるのでさっそく確認してみた。
あれ、でも幾ら探しても、無いぞ。
「ねえ、無いんだけど?」
僕は怪訝な調子で尋ねた。そんなに僕の検索能力は低かっただろうか。
すると、『なに言ってるの、ここだよ』とか優しく教えてくれるかと思いきや。
「あるわけないじゃん!」
巳薙はイタズラが成功したというように腹を抱えてケタケタ笑った。
「嘘つき!」
「ええそうよ! 騙される
そう言いながら自身の体を抱いて腰をくねらせる巳薙。
彼女はたいへん嘘つきだ。
会話の大半が嘘みたいなもの。
というより、巳薙は何を話していても脱線して茶化すのだ。
それはもう幼稚園の頃から延々と続いている。
何でって訊いてみたけど、
『あたしはマジメが大キライなんよ』
が答え。
要は、そういう人間だ。
天性のそういう性格なのだろう。
そんな彼女にとって僕は絶好のカモだったらしい、というか直球でそう言われた。
『奏滋はあたしの絶好のカモだから、ずっと仲良しでいようね!』
うわ何だコレ、こんな友達宣言ってアリなの?
これは友達っていうの?
どこからどこまでが友達なのかマジで誰か定義してほしいんだけど。
「まったく……こんなことでイチイチ僕をいじらないでよ」
「ヤダね!」
そう言って巳薙は軟体動物みたいにうねうね体を動かしてタコ顔をした。
こうして僕をイラッとさせるのは彼女の趣味だ。
これもSと呼ぶのだろうか?
とはいえ、すましていれば彼女は可愛い。
肩までの茶髪で毛先が跳ねていて、活発な目と勝気な眉と口。
それからツンと小生意気な鼻。
プロポーションも抜群で、小生意気なグラドル的なオーラが溢れている。
いつも僕はカモられてるけど、いつか彼女をやりこめて屈服させてやりたい。
妄想でなら百戦百勝なんだけど、その時彼女が見せるちょっと悔しそうな、それでいて紅潮した頬で、上目遣いで見上げてくる顔が超絶可愛いくて、その顔で『なによ』とか言われたらもう……いやリアルでは見たことないんだけどね!
で、巳薙の魔物の部分は【ユニコーン】だ。
角が生えているし、髪の毛は後ろ側が勝手にポニーテールになっている。
角とポニテの先の方は蒼くなっていた。
巳薙は軟体動物の動きをしているうちにだんだん変化し、最後はヒョォウと奇声をあげてキメポーズ。
ポニテが元気良く跳ねて上機嫌を表しているように見える。
「まったく意味が分からない」
「意味ならあるよ」
「なに?」
「あたしが満足する!」
腰に手を当てて言い切る巳薙。
完膚なきまでに『どうだ!』と言わんばかりだ。
ホント、自由人だなあ。
彼女の世界はもっと自由に映っているだろう。
きっと鎖で縛りあうのでなく、教室だって見渡す限りの海みたいな開放的な空間なんだろう。
そうやって自由に泳いでいくのが彼女の流儀だ。
僕の世界は鎖で構成されているけど、そこはそれ、簡単に世界の見え方は変わらない。
世界というのはいくらビルやアスファルトで固めても、もっとぐにゃぐにゃした物であるのかもしれない。
一人一人に世界は別にあり、別に見えているのだから。
「あーあ、自己紹介がやってくるな」
僕は軽く憂鬱を覚える。
自己紹介でスベるかもしれないという恐怖は、何回経験しても慣れない。
そこで過ごすことにおいて、最初が肝心だ。
その肝心の自己紹介でスベるわけにはいかない。
「奏滋の黒歴史を淡々と語れば良いんだよ」
「そんな自己紹介は嫌だ」
「ならあたしが奏滋の黒歴史を淡々と語れば良いんだよ!」
「他己紹介でも嫌だ」
「あたしがうっかり奏滋の黒歴史を語るんだから『事故』紹介だよ。車の事故と同じ」
「どこも同じじゃない! 巳薙は良いよなあ自己紹介得意そうで」
「あんなの口から出任せよ。要はイメージ付けをすれば良いのよ。対外的にはあたしがいかに怖がりでいかに守ってあげたくなりそうでいかに汚れてなさそうでいかに可愛くていかにおバカでいかにおっちょこちょいでいかにはにかみやさんでいかに――」
「もうやめて! これ以上夢を壊さないで!」
僕は全力で耳を塞いだ。
そして全てを忘れ、やり直すことにした。
「巳薙は良いよなあ自己紹介得意そうで」
「そこからやり直すの?! あんなの口から出任せよ。要は――」
「あああああぁ――――――――――――っ!」
僕が必死にその先を打ち消そうと奇声をあげると巳薙はやれやれと肩を竦めた。
「もー奏滋はウブだなあ。別に言うだけならタダなんだから良いじゃん」
巳薙は僕に顔を近付けてうねうね動く。
ポニテがそれとは関係無しにぴょこぴょこ跳ねている。
魔物の部分だから独立して動くのか。
「まったく……本当のことを言ったらいったい巳薙の自己紹介はどうなってしまうんだ。僕ですら長年見てきたけど君の本当の姿が分からないよ」
僕がジト目になると、巳薙は急に真顔になって詰め寄ってきた。
「本当のあたしを知りたい?」
「え、いや、うん」
「教えてあげたいけど、知られるのも……怖いんよ」
急に彼女は表情を変え、ちょっと困ったような、恥ずかしいような顔をした。
ポニテも何だかしおしおとびくついているように見える。
これって、どういうことだろうか……でも妙にふわふわとして甘酸っぱい空気だ。
巳薙はこういうことでも当然と言えば当然かもしれないが、はぐらかす。
それはもう幼稚園の時からで、クリスマスに欲しい物とかでもはぐらかされたほどだ。
そのせいで彼女の家では父が大変苦労したらしい……クリスマス前日にならないと欲しい物を言ってくれないから、それから流行の物を探して何店舗もお店を回っても売り切ればかり。
時には新幹線に乗って売ってそうな県まで遠征したよハハハ、と彼女の父は涙ながらに語ってくれた。
でも、いつもなら見過ごしそうだったけど今回は妙に引っ掛かった。
いつもならもっとてきとうな理由……例えば『教えてしまうと結婚できなくなる』とかすぐ分かる嘘をつくんだけど、今回は『知られると怖い』だ。
何か、凄く大事なことのような……彼女の肩は緊張し、かすかに強張っているのが見える。
それから口も引き結んでいるような気がする。
彼女の周囲だけ内側に向かって重力が働いているかのようだった。
それは無理矢理に押さえつけないといけない何かがあるような。
しかしながら違和感はあっても何かが分かるわけでもなし。
突っ込んで尋ねるのもはばかられるので置いておくことにした。
教室へ行って、担任の先生が来て、そして自己紹介。
火傷する事無く無難に終わらせることができてほっとした。
巳薙もここで僕の黒歴史を暴露するほどヤバイ娘じゃないので順調に終わった。
しかしまあ彼女の口からはいつも僕が見ている巳薙とは全く別人としか思えない言葉がポンポン出てきて感心したね。
あっという間に注目を集めて、それまで頬杖ついて寝てた生徒も彼女のトークに注目せざるをえなかったくらい。
僕もこの何分の一でもいいから口から出任せを言えるようになりたいものだ。
ところで、自己紹介については無事に終わったということでそこまで重要ではない。
重要なのは、ここからだ。
それを先生が今から説明してくれるだろう。
先生はことさら注目を集めるように、咳払いをした。
そして教卓の端をがしっと掴み、前のめりの姿勢で静止。
生徒達はみんな何事かと思って注目する。
先生は
目は死んでいるけどなかなかの美人な女教師だ。
しかも魔物の部分は何と【サキュバス】、教師にあるまじき背徳的な色香をまとっていらっしゃる。
特に言われていないけどここは独身という設定にしておく。
皆塚先生は充分に注目を集めると、静かに語りだした。
「お前らに言っておく……」
ぞんざいな口調だけど、なかなかカッコイイ女教師って感じでサマになっている。
目は死んでるけど。
続いて出てきた言葉は何か神秘的な、それでいて禁断の何かみたいな響きだった。
「高校生になった以上、アレが解禁される……!」
生徒達はごくりと唾を呑んだ。
みんな表情は一様に緊張している。
それだけ重いというか、威力を持った言葉だった。
そして『アレ』の説明が始まる。
「お前らの魔物の能力は外見上だけでなく、力や敏捷性その他能力にも関係してくるのは知っているな? そしてその能力は、能力の交配【
みんなの緊張に変化が表れた。
核心に迫ってきたような、そんなコアの部分に近付いていく畏怖や期待の混じったような、いやでも鼓動を速くしていく緊張。
男子も女子も真剣だ。
一部の男子なんかは目が血走っている。
その真剣さが心から体内、更に体外へと放出され始め、室内には熱気もじわりと感じられてきた。
僕はたぶん……目が血走っていたりはしないと思う、たぶん。
「〈聖儀式〉の仕組みは、簡単だ。男子生徒Aと女子生徒Bがこれを行ったとする。すると新たな能力CとDが誕生し、男子生徒AはCに、女子生徒BはDに能力が書き換わるのだ。そして、〈聖儀式〉をどうやるのかというとだな……」
先生はもったいぶった手つきで胸の下で腕組みをする。
その後、先生の目の前にはみんなによく見えるくらい大きな画面が現れた。
その画面には先生のグレートな胸の谷間が映し出されていた。
「私のモノで恐縮だが、女性の胸の間には【
多くの男子生徒の様子がざわりと不審な感じになった。
前のめりになる生徒も少なくない。
「この〈魂石〉を男性が両手で掴み、魔力を流し込めば良い。すこぶる簡単だろう?」
そう言って先生は妖艶に笑みを浮かべた。
教室内に戦慄がはしる。
先生は別に『さぁここでリアルサバイバルゲームだ、殺しあえ!』などと言ったわけではない。
でも先生が簡単だと言った内容はとてもとても、僕たちには難しいものだった。
そんな難題をいともたやすく、さも公式を教えたからこの問題はもう解けるだろうとでも言いたげな気軽さ。
その場違いともいえる気軽さが鉛のようにのしかかってきたのだ、そりゃ戦慄もする。
僕らの心境を見透かしたように先生は目を細め、初めて死んだ目に生気が宿ったように見えた。
「まあ、羞恥を伴う行為ではある。その恥ずかしさから、能力の交配をしないで高校生活を終える生徒もいる。だが能力の交配を行うメリットも大きい。能力値も変化するし、外見も変化するのだからな」
この能力値は大変重要だ。
しかしこれは戦争に使うわけではない。
悪いモンスターがいてそれを討伐するというわけでもない。
そういった戦いの無い、いたって平和な世の中だ。
ではどういった用途なのか?
体育祭、文化祭、受験……ありとあらゆる生活に役立つのだ。
例えば体育祭で活躍したければ魔犬や飛竜など身体能力の高い系統、文化祭ならデーモンやリッチなど知力に秀でた系統になれれば良い。
こういった能力を手に入れられる確率はみんな平等。
能力の交配をした結果は等しくランダムだから。
誰でも運が良ければ才能関係無しに能力が手に入るのだ。
こんな夢みたいな話が現実になっているので、積極的に能力の交配をしたいと思う生徒も多い。
まあ、単純にやましい気持ちでしたいと思う生徒もいたりするけど。
そんなところに釘をさすのも先生は忘れない。
「ただし! この〈聖儀式〉については男女間のトラブルが絶えない。事件など起こさぬよう慎んだ行動をするように!」
ここが大事と念を押すようにはっきり通る声。
むしろ、先生が一番言いたかった部分はこれだろう。
〈聖儀式〉は慣習的に、男女が人目につかないところに行き、女子生徒が壁に向いてまず〈魂石〉を露わにし、その背後から男子生徒が〈魂石〉に手を伸ばす。
これによって女子生徒は相手に胸を晒すことなく儀式が遂行できるのだ。
恥ずかしいけど新たな能力を得るには、〈聖儀式〉をするしかないのだ。
だからこの方法が許容できるぎりぎりのラインみたい。
まあ、恋人同士なら前からするらしいけど。
ここで問題なのが、恋人同士でないケース。
男子生徒が勢い余って暴走してしまう危険性があり、度々事件になっているのだ。
でもこんなこと、人目につくところでしたくないしね。
逆に人目につかないところだと、助けがこないし。
だからそれぞれ危険回避の策を色々考えているらしい。
皆塚先生は説明を終えると、電池が切れたみたいにまた死んだ目に戻った。
その後は時間割とか学校の設備とか、ありきたりな話が、心底どうでもいいことだが、という調子でなされた。
サキュバスだから色気のある話にしか興味ないとかではないと思いたい。
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