僕と彼女のセイギシキ!
滝神淡
プロローグ
高校の入学式を控えた前日。
僕は妹を連れてショッピングモールに来ていた。
広大な敷地面積を有し、駐車場は一万台停められるという大規模施設だ。
連日の盛況ぶりはメディアでも取り上げられていたが、来てみると確かに駐車場にはずらりと車が並び、更に続々と列を成して新たな車たちが入ってきている。
上空から映せばブロック崩しのゲームみたいに見えるだろう。
正面入口に歩いていくと、次第に同じ場所を目指す人達の密度が増え、鮭が産卵のために川に戻ってくる様子を連想させる。
人の群はそれだけで購買意欲を刺激するのか、皆これから興じるショッピングに期待を膨らませているような楽しげな表情だ。
寂れていればなかなかこうはならない。
建物内に入れば、ゆったりとしたBGMや独特の調子を持った館内放送が鼓膜を震わせた。
広い敷地なので奥行きをまず圧倒的に感じる。
商品もうずたかく積まれていることはなく、遠くまで見通せるように配慮されているらしい。
清潔で明るい店内を、散策するように歩く。
「
僕は隣を歩く妹に声をかけた。
我が妹は僕に寄り添い、「ん」と小さく頷いた。
大きな声を出してしまうと、誰かに注目されてしまう……そんな風に恥ずかしがり屋なんだと思う。
背が小さくて儚げな目。
カチューシャを着けた短めの黒髪。
小さな鼻と口で全体的に控えめ。
あまり喋らず、怖がり屋で寂しがり屋。
オマケに恥ずかしがり屋か。
震える雛のような感じで、僕が親鳥として守ってあげなきゃ、という気分になる。
萌音は必死にはぐれまいとするように僕の袖をきゅっと掴んできた。
袖に感じる小さな手の感触は子犬が甘えているみたいだ。
僕は安心させてやるように、手を繋いであげる。
萌音は料理が得意なので、毎日僕の分や遅くに帰ってくる両親の分まで作ってくれる。
今日の夕飯のおかずは、何にしようか。
野菜コーナーや肉コーナー、魚コーナーなどをゆったりと歩いていく。
僕は見守る係だ。
妹はきょろきょろとしながら、インスピレーションを得ているらしい。
任せておけば「ん(あれがいい)」と指差しするので、そこに連れていってあげれば良いのだ。
食材を間近にすると、今度は彼女は顔を近付けて鮮度とかを確認する。
この時ちょこんと爪先立ちになるのが愛らしい。
指を口元に当てて小首をかしげる仕草もチャームポイント。
それでいて、最終的には値段も見てコストパフォーマンスまで考慮に入れているのだから、家族びいきかもしれないけどしっかりしているなと思う。
そんな自分的には満点の妹だけど、あながち家族補正だけでもない。
夕飯の買出しを済ませ休憩スペースで休んでいると、女の子の集団に声をかけられた。
「もしかして、この子【天使】?」
まだあどけない少女達四人組。
その内の一人が萌音を見てそう言ったのだ。
萌音の愛らしさは確かに天使みたいなものだと思う。
まあそれだけじゃなく、本当に【天使】なんだけど。
萌音の頭からは、比喩でなくミニサイズの天使の翼が生えている。
純白でふわふわしていて、デフォルメされているので可愛らしい。
それが声を掛けられたからか、恥ずかしそうにもじもじしていた。
少女達四人は「あーやっぱりだー!」と黄色い声をあげてはしゃぐ。
アイドルに出会ったみたいな反応だ。
アイドルというのもあながち間違いでもない。
我が妹は全国的に報道されたこともあり、知名度は抜群なのだ……!
だって【天使】というのは世界でも一例しかない超希少種なのだから。
こうした特長的な容姿をしているのは、萌音だけではない。
少女達四人は、例えばネコミミっ娘がいたりウサミミっ娘がいたりする。
ベースは人間だけど、ちょっとだけアクセントみたいに別の部分があるのだ。
当然僕にもそうした部分はあるし、みんながみんなそうなっている世の中なのである。
その中でたまたま萌音は世界で一例しかない【天使】に恵まれ、その希少性から公的に保護対象指定を受けている。
まあ、僕個人としても充分に保護対象指定な妹なのだが。
この子は表情の動きが少ない代わりに、翼を動かしたりして表してくれる。
少女達に囲まれきゃいきゃいと存分に愛でられている間、萌音は終始嬉しさと恥ずかしさで【天使】の翼をぴくぴくとさせていた。
表情は無表情に近いままだけど、人形みたいでそこもまたポイントが高いらしく、少女達は興奮していた。
少女達が元気な声で「またねー!」と言って去っていくと、今度は外国人の集団がやってきた。
「おお、【天使】だ! 本物の【天使】だ!」
外国人の一人の青年が感激の声をあげる。
その喜びようは狂喜乱舞のごとく。
顔をくしゃくしゃにして仰け反り、天に向かって雄叫びをあげていた。
集団は見てみると、様々な国の人達で構成されているようだった。
あまりに多国籍すぎて、逆に国籍が特定できない不明の集団である。
萌音は青年の感激ぶりにたじろぎ、身を硬くした。
僕はそれとなくフォローに入る。
「ちょっとこの子は人見知りするので、びっくりしているみたいです」
さりげなく立ち上がり、萌音の傍に行った。
萌音よりも一歩前に出て壁の役割を果たすのも忘れない。
すると、萌音は僕の服の裾をきゅっと掴んできた。
ちょっとでも不安がある時はこうして繋がっていたいのだそうだ。
そうしたら、青年は自身のおでこを景気よく叩いて済まなそうにした。
「これは申し訳ありませんでした! 私はこの国に【天使】を見に来たのです。私達は超超希少種に興味があるのですよ。【天使】をこの目で見ることができてとてもとても感激しました! まさに【天使】です。本当に可愛いです!」
僕までこそばゆくなるような最大級の賛辞だ。
しかし、萌音を見るためにこの国までやってくるとは。
実に我が妹の知名度はワールドワイドである。
国籍不明の集団と別れ、買物続行。
「萌音はずいぶんな人気ぶりだな。超超希少種とか言われた感想はどうだい?」
僕は歩きながら自慢の妹に話しかける。
「…………『超超』じゃ、なくて……『超』希少種……なのに……」
萌音はちょっとだけ得意そうに返事をした。
外国人の青年が『超超希少種』と言っていたことに対するちょっとした訂正なのだろう。
些細な言い間違いだったが、まあ『超超』でも良いかもしれない。
それはそれとして、萌音の得意気な顔は背伸びしているようで微笑ましいな。
次に行ったのはカワイイ系を取り揃えているお店だ。
萌音は『ヘッドドレス』が欲しいらしい。
コスプレに興味を持っていて、そのうちやりたいと言っているのだ。
この前気に入ったのを見付けたと言うので、今日はそれを買いに来たのである。
お店はまあ、僕が一人で来たら十秒もたずに逃げ出したくなるほど女の子向け。
萌音を連れていても精神的にぎりぎりなので、片時も離れたくないな。
まあ萌音の方がこちらに寄り添ってきて、離れないんだけど。
「さて、萌音が欲しいと言っていた物はどれだい?」
僕が尋ねると、萌音は僕より前に出て手を引っ張り始めた。
様々な小物やよく分からないグッズ、それからド派手な服の合間を導かれるままに進んでいく。
萌音の顔は表情が乏しい中にもちょっとした高揚が見え、【天使】の翼も嬉しそうにパタパタさせていた。
辿り着いたのは帽子を集めた棚。
多様な種類の、しかも色とりどりの帽子が並んでいた。
本当にそれかぶるのかってくらいよく分からない形状の物まで置いてある。
でも帽子の棚の隣に目的の棚があるようだった。
萌音の歩調が速くなる。
目的の物を間近にして気持ちがはやるのを抑えきれないみたいだ。
目的の『ヘッドドレス』がそこには集められていた。
『ヘッドドレス』は主にメイド服から連想される頭用の装身具。
でもそこに集められていたのはそれだけでなく、いろんな形状をした物が並べられていた。
萌音は翼をぴんと張って高揚が最大級になったことを如実に表していた。
だが、その翼が急にぱたりと畳まれてしまう。
そして表情はわずかに驚きを表すように目が見開かれていた。
視線を追っていくと、その先は……
【売り切れ】の札が、あった。
そこを萌音は見詰めたまま動かないので、どうやら目的の物はそれだったらしい。
しばらく萌音は呆然としていた。
まあ無理も無い。
せっかく見に来た時に売り切れというのは、落胆というか、諦めがなかなかつかないというか、そんなモヤモヤが体を支配してしまうのだ。
モヤモヤが晴れるまで少し時間がかかる。
僕は落ち込む妹の頭に手を置き、気持ちの整理がつくのを待った。
萌音は僕の袖を掴んで俯き、やがて顔をあげ、しょうがないという風に「ん」と僕を見上げながら言った。
「すぐ入荷するさ。また見に来よう」
一~二週間もしたらまた来れば良いさ。
そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます