第3話
話が、始まった。
まぁ、話と言っても結構簡単な話だった。多分、僕以外の人にも理解できる様に話した所為だと思う。僕がクルクスで聞き慣れた話し方から難しい単語を抜き取って、より分かりやすい単語に置き換えて話してる感じ。
例えば、『魔法における法式回路とその構築方』を簡単にして、『魔法の元となるものとその作り方』にしてる感じ。いや『微生物』を『小さいもの』程度にまで分かりやすくしてると言った方が分かりやすいかも。
まぁそんな感じの、僕にとっては幼稚園生の聞く様な話だった。
纏めるとこんな感じ。
この国の名は『カトルセ』。そのカトルセの中にも更に複数の国がある。そのうちの一つにトリアンテイヌ帝国があり、それが僕達が召喚された国だ。
今この世界には五百十七名の異世界人、つまり地球人がいて、戦っている。
地球人は誰しもが必ず一つ以上の魔法を扱える。その魔法は必ずと言ってもいいほど強力だ。簡単に分けると、炎、水、氷、風、雷、土、光、闇のどれかの魔法は使えるらしい。稀に複数の魔法を使える人もいる。現在確認されている中で、全ての魔法を使えるのは三人。その三人が、地球人の中のトップクラスだ。
魔法は特訓すれば覚えることも可能だ。
魔人族が負けを認めるまで、協力してもらう。
って感じかな。
まぁ、大体は予想通りだけど。あとやっぱりというか、強制だよねー。
けど……なんか変だな。なんでチートと言ってもいい様な力を持った地球人が五百人もいるのに、いまだに魔人族に勝ててないんだ? と、考えて出てきた答えは、「魔人族も魔法を使用する」「魔人族の魔法は強力」という事か、もしくは「魔人族も召喚している」のどちらかだと思う。もし後者なら、最悪だ。
「あの、すみません」
「何です?」
クラスから声が上がる。と言うか、僕の隣から。そう、彩さんだ。今回は先生いないからね。質問するのは委員長だよね。
「戦っていると言いましたが、それは強制ですか……」
「はい。我々は地球人の生活費を賄っているのですから」
「……そう、ですか」
だよね。強制だよね。彩さんが隣でしゅんとした。
うーん、それじゃあちょっと可哀想なんだけど。と思っていたら、お付きの人が口を開いた。
「……ですが最近では強制ではなくなってきましたが」
「え」つい、僕は声を出してしまった。
「……強制と言っても、ある一定以上のノルマを達成すれば地球に帰還できる様にしています。現在五百数名の地球人がいると言いましたが、実は現在進行形で減っていたりもします。ノルマを達成した人達が帰っているからです」
…………あれれれ? これはまた予想外。強制じゃないのかよ。あれ、えっと、何が何やら。
「強制として戦わせていると、どうしても士気が上がらないのです。……正直、魔人族に勝つ為には本気で戦える人材が必要なのです。言わせてもらいますが、遊びで戦争に出るというなら────死にます」
「「「「「……!」」」」」
クラスの大半の人が無言になった。と言うか最早、無表情にすらなっている。その視線の先には、厳しい表情をしたお付きの人がいる。その瞳は、恐らく怒りが込められており、歪んでいた。……人が死ぬのを、見ていたって事か?
「遊びで戦う人材など、我々には不要なのです。遊びで戦うのなら、地球に返した方がマシ……と言うのが最近の我々の考えです」
へぇ、それってつまり……
「……それってつまり……遊びで戦った地球人が沢山魔人族に殺された、って事だよね」
「……紫電様の言う通り、遊びで戦った地球人の死者数は、現在で二百を超えます。……ただ、それでも戦うと言うのでしたら、それなりの報酬は考えています」
「要は、死と隣り合わせの戦いをするというなら、報酬が貰える。それができないのなら、地球に帰れ、と」
「はい」
クラスの人達は、これまた微妙な感じだ。多分、大きく二分されてる。地球に帰れる事を嬉しく思う人と、この世界で戦ってみようかなと思う人。まぁ、過半数は前者だけど。……いや、考えてみると死と隣り合わせの戦いをしようと思う物好きはそう多くないよね。
「……一先ず、ここで一旦話は終了します。ゆっくりと考えて、明日の朝、聞かせて下さい。選択肢は二つ。地球に帰りたいか、この世界に残るか、です。それと、地球に帰りたいという方に向けての言葉ですが、地球に帰る際には記憶を全て消させて頂きます。この人達の記憶を。この世界の記憶を。
あぁ、それと……今回からは戻りたい方はノルマを達成せずとも戻れるようにしましょう。ノルマを達成しようと焦って、亡くなるという事が頻発しているようなので」
遂にノルマすら消えたのかよ……何気にこの国優しいな。あ、そだ、ちょっと提案。
「待った、お付きの人」
「なんだかお付きの人という名前になっているようですけど私にも名前はありますよ?」
知ってます。
「あ、別にいいです、お付きの人の方が呼びやすい。……提案がある。明日の朝までに決めろって言ったけど、明日魔法の訓練と言うかをしてからにしてみては?」
「訓練?」
「あぁ。訓練して、自分の魔法を確かめる。それからでもいいんじゃないか?」
つまりは、自分の魔法を実際に見て、戦えるかを自分で見極めるということだ。
こういう事には、自信を持つことが大事だ。と、思う。
「……ですね。ですがすぐにでも帰りたいと言う場合は?」
「そん時はすぐに帰らせればいい。この提案は、乗りたい人だけでいいから」
「了解致しました。皆様、紫電様の考えに乗るお方は明日の朝申し出て下さい。……ではこれから夕食会としましょう」
お付きの人は笑顔でそう言って、話は終了した。
部屋から退出する時のみんなの顔は、真っ暗だった。
◇◆◇
部屋に戻ったはいいけど、遂に会話が無くなってしまった。誰もが壁に背中を預け、ぼーっとしてる。何時もはしゃいでる人とかも。
委員長の彩さんも結構ショック受けていた様だ。
その所為で誰も今の会話を、残った人に話す事が出来なかった。まぁ、結局僕が話したんだけどさ。先生も起きたから、僕は簡単に今の話をした。そして、やっぱりというか表情は暗くなった。
この調子じゃあ、誰も戦えなさそうだな。
と、その時僕のペンダントが少し、光った。……どうやら返事が来た様だ。僕は部屋から退出し、メイドにトイレを聞いて、そこに駆け込んだ。余談だが、トイレはと言うと以外ときれいだった。ただ、和式だったけど。それと、今更だけど電球がある事に気がついた。さっきまでの部屋にもあったけどさ。どうやら雷の魔法を使っているっぽい。魔法で自家発電って凄いね。
とまぁ、観察は程々に。僕はペンダントを服の上に出す。ちなみに、何故トイレまで来たのかと言うと……ペンダントから何かを取り出す場合は、ペンダントが大きく発光するからだ。それで「そのペンダントは何だ」となったりすれば最悪のパターンだ。僕はペンダントを二回小突く。すると待っていましたと言うように手紙が出てきた。三枚、手紙があるようだ。
『シデン殿
他の異世界に行ってしまわれましたか。以前シデン殿は他にも異世界があると仰っていましたが、本当だったのですね。……できれば、なのですが、その世界も救っては頂けませんか? きっと、昔の我々のように苦しんでいる筈ですから。
我らに出来ることがあれば、協力は惜しみません。どうか、無事で』
『シデン様へ
シデン様、いやシデン兄って言った方が分かるかな。僕は今、剣術を習ってる。他の異世界に行ったと聞いたけど、シデンなら絶対に活躍出来るって信じてるからな! いつか、クルクスに来たらびっくりさせてやる! シデンは勇者なんだから、絶対に負けるなよ!
頑張ってね、シデン兄ちゃん』
あぁ、一枚目は国王、二枚目は王子様と姫様か。一番最後の一言が姫様かな。
あぁ、うん、王子様に土産話持ち帰らなきゃな。それに、王様に言われちゃあ……なら、この世界に残らなくちゃ。よし、いっちょこの世界で頑張るか。……まぁ、程々に。
次が、最後か。
最後だけは何故か紙の袋に入っていた。初めの二枚はメモ帳を半分に折っただけの手紙だったが、三枚目だけは何か違うな。なんだろう。
手紙の裏側を見ると、そこにはこう書いてあった。
『この手紙は、シデン殿が勇者に戻る事を決意した際にお開け下さい』
……勇者に戻る、ね。つまりは、この世界で勇者として戦う覚悟が出来たら開けろ、と。まぁ確かに今はまだ勇者じゃないのか。
……考えとくか。
僕は三枚目の手紙をズボンのポケットにしまった。
すぐにトイレを出て、部屋に戻る。と、その途中でメイドに言われた。
「夕食の準備が出来ました。皆様はもう移動しましたので。紫電様、こちらへ」
「あ、はい」
夕食かぁ。皆食べれるのか心配だ。
……というか、なんで。
「えっと、メイドさん? ……なんで僕の名前を?」
「え? それは、紫電様が既に有名になっているからですよ? あ、でも私は
「……有名? 僕が?」
「はい、こんなにも早く魔法を使えたのは紫電が初めてですので」
……あちゃあ。やってしまった。出来れば有名になりたくないなと考えていたのに既にアウトですか。勢いは大切だけど、乗りすぎるのも駄目ですね。
「それに、王様に対してあの行動を出来る紫電様は……その……と、とても、か、かっ……かっ……こ……」
「うん?」
「……すっ、すごく尊敬しますっ」
「あぁ、ありがと」
メイドさんは手で顔を隠しながら頭を振った。えっ、なんでっ。それに最後、凄い早口だった。あの神官とら違って滑舌よかった。いやなんでそんな事考えたんだろう。よく分からん。
うぅん。生麦、生米、生なまご……無理か。なまごってなんだ。……東京特許、きょかきょきゅ……やめた。
「あのー」
「な、なんですかっ?」
上ずった声で言われた。少しびっくり。
「えっと、生麦、生米、生……卵って三回連続で言えますか?」
「え? 生麦、生米、生卵?」
「はい。そうです」
「えっと……生麦生米生卵、生麦生米生卵、生麦生米生卵」
「……っ?!」
想像以上に凄かった。何だこの流れるような早口言葉は。相当早口で言ってるのに全く引っかからない……。凄い、やだこのメイドさん凄い。
「えっ? な、何ですか? 私何かしました?」
「あー、いえ、凄いなーって」
「あ、そ、そうですか……あっ、ここが夕食の会場になります」
話している途中で着いたようだ。メイドさんがドアを開ける。そして、僕が中に入ろうとしたその時、
もふっ
「ぐえっ」
「えっ、あっ、紫電様だいじょ……えっ?!」
目の前が真っ白になった。比喩ではなく。何これ、何かふわふわする。顔面に何か動物みたいなものが当たったようだ。いやそれはいいとして、当たった勢いでドアと反対側の壁に頭ぶつけて痛いです。こいつどれだけの速度で走って来たんだ。
上半身だけ上げて、両手で顔に飛んできた何かを掴む。触り心地はふわふわのポメラニアンみたいな感じ。
「モッフー」
鳴いた! 何この鳴き声?! やだ可愛い!
無性に全体像が見たくなって、顔からそれを引き剥がす。足はあるけど、爪は出していないのか、はたまたもともと無いのか、爪で引っ掻かれることはなかった。肉球柔らか。
だんだん頭から離れていく。が、相手も踏ん張っているのかなかなか剥がれない。
「モッ……モッフッフ……」
「ねぇ今笑ったよね、お前の力はそんなもんかみたいな事思ったよねお前?!」
「モッフーモッフフモッフ!」
「黙ってろ謎生物!」
遂に僕は全力になった。ぐぐぐっと力を入れると、ポンッという擬音が似合いそうな程勢いよく取れた。
「ふぅ……」
何だか疲れた。やっと開けた視界に映るのは、何やら固まっているメイドさん。
それと、夕食の会場の入り口からこちらを覗く気の強そうな少女。透き通る様な群青色の長髪に……貴族の様な服装。中学生ぐらいかな。両手を腰に当ててこちらを見ている。髪長っ。腰まであるよぅ。
まぁ、それは置いておくとして、あの謎生物は……。
「モッフー♪」
俺の腹に頭を擦り付けていた。見た目はキツネを少し小さくしたような感じで、動きはリスのように俊敏だ。腹にいたのかと思ったら、素早い動きで肩まで移動した。
ポメラニアンの様にふわふわな身体、ふわふわな尻尾、長い耳。全身真っ白で雪の様。
────やだ可愛い!
謎生物は肩にいたが、これまた素早く移動し僕の膝の上にくる。そして、頭を突き出す。まるで撫でて撫でてと言っている様で、
────やだぁっ、可愛いッ!
思わず頭を撫でてしまった。
と、その時。
「ねぇ、あなた」
「うん?」
「……」
「え、なに、え?」
「…………」
「……俺、何かした?」
「………………」
気の強そうな少女が相変わらず腰に手を当てて、僕に話しかけてくる。けど、何でこんなに無言なんだろう。怖くなってきたのだけど。
……今、顔そらされた。なんで。
「……あなたが、紫電ね」
「……え、あ、うん」
「…………魔法がすぐに使えたからって、調子乗らない事ね! ふんっ!」
……怒られた。なんかよく分からないけど、怒られた。
そしたら、白い謎生物が僕の所から離れた。そして、気の強い少女の身体を登って、少女の肩に座った。
そしたら、綺麗に回れ右して夕食の会場に戻っていった。
なんで。
「す、すみません……気を悪くしましたか……? 姫様が失礼を……」
メイドさんが心配してくれた。いや、それよりもまずは理由を聞かせて。理不尽だから。これ。
てか、姫様。クルクスの姫様の方が人懐っこくて良かった。……え、姫様? 国王の娘? おうふ。
「えぇぇぇっと、なんで僕は怒られたのかな?」
「それは……」
突然メイドさんが僕に近付き、耳元で囁く様に理由を言った。耳に息が当たってくすぐったいのですけども。
「姫様……以前ここにいらした異世界の殿方に……その、恋、をしてしまった様でして……その方よりも早く魔法に目覚め、更には有名にもなった紫電様に、なんというか……」
あぁ、うん。はい、分かりました。
「つまり、その人よりも才能がありそうな僕の事を認めたくない、と」
「……はい」
「あはは、別に落ち込まなくていいよ。僕は気にしないから」
「そう言って頂けると、嬉しいです……」
「ま、一先ずこれは置いておくとして。夕食、食べさせてくれよ。何だか腹が減ったよ」
「そうですよねっ! ささ、こちらへ」
僕はメイドさんに促される様に、会場に入った。そこは、とても広い所だった。床には埃一つ無い真っ赤な絨毯がある。素人目でも豪華だと分かってしまう程に美しい。まさに貴族の屋敷、という様な所だ。ダンスパーティでも行われそうなぐらい。その部屋の中心には細長いテーブルとイスがあり、クラスの人達がびくびくしながら座っている。その奥には大きなステージがある。あれ、よく見るとテーブルには生徒以外もいる様だ。貴族の方だろうか。
あ、さっきの気の強い人だ。目があったら、顔を背けられた。
その周りには食事が、これでもかと言う程に並んでいた。どうやらバイキング形式らしい。
周りを見渡しながら、中心にあるテーブルに向かう。どうやら僕は……一番端らしい。入り口から一番遠い席だ。ステージに一番近い。
え。
……気の強い人の目の前かよ。
よりにもよって、そこしか空いてなかった。なんで。
椅子に座ると、あからさまに嫌な表情をした。すんごい嫌な気分になるけど、それぐらい一途なのかなと思うといやな気分も吹き飛んだ。
代わりに不思議と笑みが零れた。よく見ると周りの貴族の様な人も同じように笑みを零していた。
クラスの人も笑みを……ってこれは少し違う笑みだな。
「何よ! 何かを文句でもあるの?!」
「いえ? 無いですよ」
プイッと顔を背けた。やだ何だか応援したくなっちゃう。何故だか知らないけどさ。
『これで揃いましたね。ではこれから国王の挨拶を〜』
国王が立ち直ったらしい。けど挨拶になんて興味ない。無視しようかなと思ったら。
「えぇ〜、異世界の方々。まずは謝らねばならないな。すまなかった。少しばかり脅し過ぎたな。その代わり、となるかはわからないが、沢山の料理をご馳走しようと思う。どうか、楽しんで頂けると嬉しい」
謝った。まじか、いい国王なんじゃないか? これは。
そんな感じで、夕食が始まった。初めはクラスの人達の表情は暗かったが、貴族の人との会話や豪華な食事によって明るくなっていった様に見えた。緊張感でガクブルだったのが、随分と楽になった様にも見える。
貴族の人達も、優しい人が多い様だ。笑顔で僕達の様な異世界人と話していた。
顔を動かすと、国王と先生が目に入った。国王が頭を深々と下げている。先生は困った様な表情をしていた。
……うん。やっぱり国王はいい人だ。上下関係を気にしないと言うのはいい事だな。
そこまで悪い空気ではないと確認した後、僕は豪華な食事を楽しむため、食器をもって立ち上がった。
色んなものがある。説明したいけど名前を知らないという失態。
……まぁ、一先ず肉を取る。肉、肉、野菜、野菜。肉は大事よ肉は。
そして席に戻る。
そう言えば、クラスの人は誰もが食事のマナーを知らなかった様だ。いや、日本では一般庶民なんだからそれが普通といえば普通なのだけど。
食事のマナーは貴族の方が教えていた様だ。先生も例外ではなく。けど僕はクルクスでそれに慣れた所為か、僕だけ黙々と食べる羽目になった。と言うか、テーブルマナーが何時からか僕の普通になってたようだ。貴族の人も、結構驚いていた。
それにしても本当に貴族の方は優しい。それはもしかすると、僕達に秘められた能力を知っているからだろうか。強力な魔法を知っているから、だろうか。まぁ、どうでもいいか。
持ってきた食事を食べようとして、気付いた。目の前の姫様に。つい先程まではいなかったのに。
……まぁ普通に、綺麗だと思った。食べる姿も、見た目も。
たしか名前は……ミラ・ドゥミネット・アルデスだったか。さっき国王が自慢する様に紹介していたから妙に頭に残っていた。なんせ、三回も繰り返したのだから。どこぞのショッピングチャンネルを思い出すな。
「……何よ」
不機嫌を隠そうともせずに、睨んできた。やだ、なんかゾクっとしちゃう。恐怖の方で。普通に怖い。多分クルクスに行ってなかったら、僕は逃げ出していたかもしれない。まぁ、クルクスで色々と怖い体験をした所為で、怯まないけどさ。
「……あなた、私が怖くないの?」
「え? あ、はい」
「……なんで……皆、私を見ると避けるのに」
「なんでって言われても……」
……少し、落ち込んでるみたい。
周りを見て、誰もいない事を確認した後姫様に向き直る。
「もっと笑顔を見せればいいんじゃないの?」
「は? 笑顔? そんなの、私がするわけ……」
「じゃないと、思い人に……」
「……思い人、って……っ!」
姫様は一瞬で顔を真っ赤に染め、立ち上がろうとした。やばいやばい!
ぼくは焦って止めにかかる。
「ちょっ、思い人の事気付かれますよ?!」
「はっ! ……あ、危なかったわ……」
いや、もう気付かれてますけど、とは言えなかった。
姫様は中腰の姿勢で止まっていた。が、すぐに自然とした動作で椅子に座りなおす。ああああ、やだ姫様可愛いぃぃ。人は見た目が殆どだと言うけれど、意外とそうじゃなかったりするのかな。
姫様が落ち着いた所を見計らって、僕は口を開く。
「一回、笑顔を見せる練習してみては? 笑顔を作れれば、きっと心をガッシリ掴めますよ。折角綺麗な顔を持っているんですし」
「こころ、を……掴め……ふ、ふんっ! なっ、なんの事か分からないわ! それにあなたに褒められても嬉しくない!」
「思い人に褒められたらどうでしょうね? 例えば……顎をくいっとされながら……」
「くいっと、されながら……あぅ、だっ、黙りなさい!」
まぁ、そうだろうねと僕は心の中で思った。
姫様は腕を組み、顔を背ける。だが顔は若干赤い。多分、想像したのだろうね。白馬の王子様を。
「ま、頑張って下さいね」
僕はそう言って、肉を食べる。上手い。口の中で蕩ける様だ。本当に上手い。あぁ、やばい。この世界に来れて良かったと思う自分がいる。
「……そ、それは本当でしょうね」
「ん?」
突然姫様から声をかけられた。随分と小さな声だ。
「えっと、その、笑顔、を作れれば……その、心を……掴、める、とか……」
「……えぇ、本当ですとも。姫様程の顔なら、イチコロですよ。けど、それは最高の笑みでなくては駄目ですけどね。なんなら、恋の手伝いでもしましょうか? あはは」
「ふ、ふんっ」
この姫様にも、可愛いところはあるなとは思った。
「姫様ー、野菜も食べた方がいいですよー。細かな所が恋には重要なんですよー」」
「私に口を出すなっ!」
そう言って席を立ってしまった。まぁ、その後野菜を食べていたが。ただ、とても不味そうな顔をしていたけど。
さてと。
僕は持ってきた肉を小さく切り、食べようとする。フォークで刺し、口に持っていく。そして、食べた。筈なんだけど、おかしな事に口の中に肉が来ることがなかった。
あれ? なんで?
周りを見渡す。と、僕の皿のすぐ近くに、さっきの謎生物がいた。もくもくごくんと口を動かして。おい、食べんなよ。
と言うかコイツの名前ってなんだよ。ふと思った。よく見ると、首元に首輪があるのを見つけた。いやいや、毛が多すぎて隠れてますけど。完全に埋もれてますけど。僕は謎生物を抱き寄せ、首輪を確認した。
『ソーリス』
「そっか。ソーリスって名前なんだな」
「モッフー!」
わぁ、凄い。なんでか分からないけど、喜んでるって凄いわかる。顔を見ただけでも、何故かそう思った。まるで人の笑顔を見ているような、そんな感覚。もふもふの頭を撫でる。
やだもう、可愛すぎ。
「モ、モ……モッ、フ?」
わぁ、凄い。何でだろう。今、「あ、あの……お肉、ちょーだい?」って言われた気がする。なんで? まるで人の言葉を聞いているように分かったのだけど。なんで? なんで?! 脳内で瞬間的に擬人化しちゃったよ。
けどまぁ、可愛いからいいとして。僕は肉を小さく切り、それを野菜に包んで渡した。すんすん、と匂いを嗅ぐ。けど、食べようとはしなかった。
「お前も、野菜を食べなきゃ駄目だぞ」
「モ……モッフ……」
まるでソーリスも、僕の言葉が分かったかのようにこくんと頷き、恐る恐る食べた。姫様と言動が同じ様に見えるのは俺だけだろうか。いや姫様は多分ツンデレだから少し違うか。あ、どこかで誰かがくしゃみした。「くちゅん」と。誰だか容易に想像出来てしまう。
もくもく、もくもく、もくもく……ごくん。
「……
「も?」
「
「そうか良かった」
なんで意思疎通が出来ているのか分からないけど、そんな事どうでもいいや。それと、どうやら美味しかったらしい。モッフモッフと言いながらテーブルの上でぐるぐると回った。犬が自分の尻尾を追いかけて回る姿と完全に合致した。
「モッフーッ! モッフフー♪」
最後に「美味しかったよ! 待ったねー♪」と言うとソーリスは床を駆けて、
それを見守ると、僕はまた食事を再開した。
もぐもぐ、ごくん。
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