第11話

 お願いいたします誰か助けてくだしゃい。かっこ泣かっことじ。

 そんな事を脳内で言ってみながら、黒づくめを一人ぶん殴る。おもしろいぐらいぶっ飛んでいった。そしてそのぶっ飛んでいった黒づくめは、仲間の黒づくめ二人を更に巻き込みながら、地面に落下した。


 現在、僕たちは城に向かって走ってます。多分、三十分ぐらいで城に着くと思う。

 後ろを振り返ると、息を切らしたミストと、まだ若干の余裕があるビオ。ミスト大丈夫か。そう声をかけながらも、周囲の警戒は怠らない様に……心掛ける。ヒューマンエラーは避けたくとも避けられない間違いだ。絶対にしないと言い切れる事などできないのがヒューマンエラー。だったら、いっそもう間違いまくろうと思った。でも、本当に重要な時には間違わない様にする。そんな感じで出来るといいなっては思うけど。

 でも、それもうフラグというか。

 てか、絶対にないと言えないのがヒューマンエラーなんだから、重要な時に絶対に間違わないというのは些か辛い。それでも、間違う可能性を限りなく低くする事は出来るんだから、気をつける……しかない。


 ミストは息を切らして、「だっ、だいっ、じょうぶ……ですっから……」と言う。いや大丈夫じゃないだろって言いたくなるが、残念ながらそう言ったところで解決法がないから、大丈夫じゃなくても頑張ってもらうしかないのが現状。


 ……ん、待てよ。息切れって、なんで起こるんだっけ。

 思考しながら、また一人の黒づくめをぶん殴る。

 息切れの原因はつまり、体の酸素濃度が減っているから。体の中の酸素の量が減ってきていて、体が「酸素足りない」って焦るものだから、呼吸から酸素を多く取り入れようとする。だから、息切れする。

 だったら、酸素を体に直接取り込めばいいんでね!? ……っていう結論に至ったけど、考えてみたら酸素単体だと相当に毒だからめっちゃ危険だった。

 もし酸素を直接取り込んだとしたら、それを言い換えると、毒を体の中に直接放り込んだ様なものだね! 鬼畜かよ。


 まぁつまり、解決法は結局浮かばなかったって事だ。


「ミスト……胸とか痛くなったら、直ぐに言えよ?」

「はぁっ、はぁっ……んっ、はいっ! わかりっ、ました!」

「やせ我慢は禁止な。ビオもな。……ビオ、ミストを頼んだぞ」

「……うん、頑張る!」

「よっし、このまま行くぞー」


 ビオとミストの背中を優しく叩いて、鼓舞する。

 城まで、あと少しだ。

 大丈夫。

 何とかなる。


 そう思った矢先、目の前に勇者がいた。というか、元クラスメイト。ん? いや、まだクラスメイトでいいのか? まぁどっちでもいいか。

 本当にどうにかなるぞと、思ったんだけどなぁ。

 そう思えたのは一瞬で。


「…………紫電……ッ、やっと見つけた……! お前、何……好き勝手やってんだよ……ッ!」


 …………と言いながら、クラスメイトは武器である剣を、腰に掛けた鞘から引き抜いた。


 なんでやねん。

 足を止める事を、余儀なくされた。


 ◇◆◇


 それと同時刻。

 城では、いつもと変わりない勇者達の特訓が行われている。ちらほらと、魔勁を発現し始めてきていた。

 そして、怜史はサンドイッチ片手にその特訓を見物している。隣には、ミラがいる。それも、ぴったりとくっついて。

 そして少し離れて、怜史の友人、知的そうなメガネをかける真琴まことと、それとは正反対の体育会系のゆうが座っている。二人は怜史とミラを、で見ながら、サンドイッチを食べる。


「……ど、どうです、か……?」

「うん。美味し、いよ、ミラ」

「良かったぁ……!」


 ミラは、ほにゃぁっとした、かつて誰にも見せた事のなかった様な笑顔を見せた。おやつをもらえた子供のような、無邪気さの混じる笑顔だった。その笑顔に、騎士の面々はそれぞれの驚愕の表情を見せる。勇者達の、特に男子は驚愕ではない表情だった。

 これがギャップと言うものかと、誰かが言った。

 誰も否定はしなかった。



 ──もしかしなくとも、ミラの姿に、綺麗に覆い隠されていたのだろう。



「……ほん、と……ぉい、し……ぃ……ょ……」



「……怜史様……?」


 誰もが、それに気付くのが遅れた。

 はじめにそれに気付いたのは、ミラだった。


「悲、しぃ、な──もぅ、ぉわ、ぃ……ぁ、の……」


 怜史は、両手で顔全面を覆うようにして、苦しみだす。「ぁ、ぁぁ、あ"、あ"ぁ"……」ミラは、すぐに異常に気付いた。だが、それを信じようとしなかった。仮にも、意中の人なのだ。それをすぐに“おかしい人だ”と決めつける事は、ミラには出来なかった。


「れ、怜史、様……? ど、どうか……致しました……か……?」

「………………」


 おずおずと、怜史にその小さな手を、その華奢な腕を、伸ばしていく。だが、それは途中で遮られた。別の誰かに止められたのだ。誰だとミラはその者を見る。


「……真琴……様……?」


 真琴だった。真琴は、俯き、その表情を歪めながら、ミラを見る。そして、その手でミラの華奢な腕を鷲掴みしていた。

 その歪み具合と言えば──まさに悪魔のようだった。この世の悪を、黒いモノを、すべて詰め込んだような、どす黒い歪みを浮かべ、その中に僅かな狂ったような笑顔を込めて、ミラを視ていた。


 ミラに、悪寒が走る。直感で分かった。──やばい、と。具体的な事は何も分からない。ただ、やばい、と、心が抽象的に叫んでいるのだ。

 だが、それに従わなければいけないとも、反射的に理解する。


 簡単に例えれば、それはレイプ魔のようであった。抑えられる事なく溢れ出す性欲を存分に詰め込んだような、表情だった。

 だが、真琴はそんな人間ではない。地球で言うなら、生徒会長向きな、誠実そうや男だ。少なくとも、突然女性を襲おうとする男ではない。

 だが。実際に目の前で、嘘のような現実が展開されている。


「い、やぁっ……! やだっ、離して……っ!」


 腕を振り解こうとして……だが振り解く事はできず、逆に引き寄せられてしまう。そして突然、胸に手を当てられる。

 その手に、力が入る。ミラは瞬間的に、羞恥に顔を赤らめ、そしてそれとは全く違ったものが自分に向けられている事に気付く。


 そして、次の瞬間には──ミラは、吹き飛ばされていた。


 気付けば、中庭……いや、訓練場を囲む壁に衝突する。


 壁は、まるで柔らかい素材で出来ているのかと勘違いしてしまいそうになるほどに、いとも簡単に崩れ、ミラは気絶した。

 地面に崩れ落ち、一度、二度、咳き込む。

 血が、吐き出された。


 騎士達も、怜史達三人を除く勇者達も、その状況を一切理解出来なかった。同時に、体が石のように固まり、動けなかった。緊張からか、恐怖からか、絶望からか、未知への恐怖からか。或いはその全てなのか。それは分からないが、全く動く事が出来なかった。


 そんな中、怜史は先程までの苦しみは何処へやら、まるで何事もなかったかのように立ち上がり、笑顔を見せた。

 真琴と一切の違いもない、笑顔を。

 それに続くように祐も立ち上がり、笑顔を見せる、


 そして、うわ言のように、怜史はその言葉をつぶやき始める。


「……勝て、るはず、がないだ、ろぉぉ、が、よ、ぉぉ……ふざ、け……るな……ぁあ」


 誰もが、その言葉を聞いていた。いや、聞かされていたという表現の方が正しいだろうか。


「みん、なぁぁ、ぁぁ、死んだっ……死んダ、シんだ、死ンだ、シンだ、シンダ、シンダ、シンダシンダシンダシンダシンダシンダシ■ダシンダ■ン■シンダシ■■シン■シ■ダ■■■■■■■」


 既に、言葉として発声されていない。




 ──目覚めよ、目覚めよ、なれよ、目覚めよ──




「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■──────────────ッッッ!!」


 ……発狂していた。断末魔の様な奇声をあげて、発狂していた。

 理解の範疇を超えた事で、遂に勇者達に恐怖が芽生え、一人、また一人と尻餅をつき、その顔を絶望に染めていった。


 発狂。発狂。発狂。




 ──其処にわれあり、故に、其処になれあり──




 怜史の体から、黒い煙が立ち上がり、頭上にて渦巻き始める。怜史だけではなかった。真琴も、祐も、三人が同時にそれと同じ状況に陥っていた。

 黒煙……決して人の手では作れないと確信できる程に、とにかく黒かった。火事の際に出る黒煙の、更に数倍の濃さがあるだろう。それは、三人の頭上で渦巻く。そしてある時突然、その黒煙が三人の中に吸い込まれていった。ギョリギョリと、煙が出すとは到底思えない金切り音を上げて。




 ──さぁ、さぁ、さぁ──其処は我の領域ぞ──


 ──起きよ、起きよ、起きよ──其処は汝の領域ぞ──




 そして、その黒煙が吸い込まれると同時に、三人の体も変化していった。肌は黒く変色し、表面に脈動する真っ赤な血管が浮き出る。それにつられて、豪華絢爛な鎧さえも黒く変色する。

 腕の一部分が盛り上がり、皮膚を貫通して棘のようなものが、体の至る所から飛び出してくる。だが、決して好き勝手に出てきているわけではないようだ。関節部を中心に飛び出してきている。それ以外には、背中にも出ているようだ。

 顔面は、元の姿を朧げに残しながらも、ほぼ別のものとなっていた。その表情は、人間とは思えない狂気に包まれたものだった。

 頭部の、大体耳の上辺りから、極太の角が生える。山羊ゴートの角の様な見た目だった。それも、野生の山羊の、勇ましく伸びたそれに近い。その角は一度真横に伸びたのち、前方に向けて伸びていた。


「■■■■■■■■■■…………■■……■……」


 発狂していたその声が、かすれた様にして消えていった。

 それは、完成の合図でもあった。




 ──け・け・け──


 ──さぁ、産声うぶごえをあげよ──




 声が消えてから数秒後、三人はほぼ同時に、咆哮する。




 ──それこそつるぎ、それこそ真なる咆哮──


 ──天を切り裂くけだものつるぎ──




「「「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!」」」


 今回のは、怜史の発狂とは違っていた。確かに、咆哮を思わせる猛々しさが、こめられていた。




 ──侵蝕せよズィアヴロスィ!・侵蝕せよズィアヴロスィ!・侵蝕せよズィアヴロスィ!──


 ──其処は地獄ぞ、光は要らぬ!──


 ──消し去れラディーレン!・消し去れラディーレン!・消し去れラディーレン!──




 そしてそれは、騎士達と勇者達の体の硬直も解く事となった。まるで、重りが外れた様に体は弛緩し、自然と尻を地面につけた。直後、騎士は叫ぶ。


「ゆっ、勇者達方は逃げて下さい! まだあなた達では太刀打ちできません!」


「そんなことできません」「私も」「僕も戦います」そう言う勇者はいなかった。誰もがその声に従って、城へと駆け込んでいった。そう、逃げたのだ。

 だが、それも当然といえば当然なのだ。今彼らは、自分にはまだまだ辿り着けない、ずっと先にいる様な者と対峙したのだ。ハナから、戦う気が起きないというのも当然の事だ。

 それに、まだ彼らはこの世界に来て間もない。生きる事に執着する、“人間”なのだ。そんな者が戦える筈もない。




 ──ここは、地獄だ──




「ここは、地獄だ」


 怜史が、いや、今までは怜史だったものが、そう呟く。


「うぉぉぉぉぉおおおおおおッ!」


 騎士が一人、飛び込んでいった。男の騎士だった。

 まだ若く、歳は二十歳を過ぎた程度だろう。だが、その顔には幼さは一欠片も残っていない。あるのは、騎士としての威厳。誇り。死を覚悟したその表情は、勇者を救う事だけを考えていた。

 腰へ手を伸ばし、鞘から剣を抜き放つ。疾走する足を止めることも、邪魔することもせずに抜き放ったそれを、両手で持つ。そして、加速。


 今の怜史は怜史ではない。

 そう自分自身に言い聞かせながらも、歯を食いしばり、心の中でミラへすまないと謝る。想い人を殺すのだ。それも、ミラの想い人だ。もしここで殺してしまったら、きっと未来、自分はミラの言葉によって追放されてしまうだろう。それが理不尽なものであっても、受け入れなくてはいけない。

 だがそれでも、彼は止まらない。

 ここで止まってはいけないと、本能が告げるのだ。

 この身を捧げてでも、怜史を殺さなくてはいけないと、告げるのだ。

 だから、彼はそれに逆らわなかった。


 魔勁を足に込める。直後、その速度は数倍にまで跳ね上がる。

 一瞬にして怜史に肉薄し、その剣を、振り……


「────カペッ」


 怜史が、腕を振るった。


 空を舞っていた。

 彼は、頭だけという身軽な姿で、空を舞っていた。


 くるくるとその頭は血を噴き出しながら、空を舞い、そして地面に落ちた。

 頭をなくした体は、力なく怜史の横に倒れて、それ以降微動だにしなかった。


 騎士は、その光景を、ただ呆然と見ている事しか出来なかった。


「……我は、魔の者なり」


 怜史は、静かに言葉を発した。


「汝らは、魔人と呼ぶ」


 右手を強く握り締め、するとその行動によって破裂した空気が、まるで爆竹を鳴らした様な音が響いた。

 騎士達の表情が、僅かに歪んだ。


「……これより、殺戮を始める──覚悟しろ、人間」


 その言葉に反応する様に、三人の背中から、肉を引き千切る様な音を立てて、暗黒に包まれた翼が姿を表す。一見、鳥類の翼の様にも見えるが、その翼の羽は一つ一つが影の様な朧げな姿だ。つまり、その翼は影のようなもの、だといっても間違ってはいないのだろう。だが、羽ばたけば風は起きた。


「……死に急ぐ者は、前に出よ」


 騎士は、一歩も動けなかった。


 ◇◆◇


 クラスメイトのあいつは、剣を引き抜き、僕に威嚇する。……何というか、猫が「シャーッ」ってなってるみたいだなぁなんて場違いすぎる事を想像した。だって、構えは初心者丸出しだし、そもそも剣の重みに慣れていない所為か、持っているだけで辛そう。

 窮鼠猫を噛むと言うけど、この場合はそうはならないな。例えるとしたら僕は狼か、虎か、将又はたまた百獣の王ライオンか。まぁ、どれにしろ噛まれる前に叩き潰しちゃうかな。

 なんて考えながら、チラッと後ろを振り向く。ミストが息を切らしていた。やっぱり無理しちゃってる。ここらで一休みさせとくのもいいかな。ビオに目配せしたら、なんか気付いたちゃったのかな。てかなんで気付けるんだよ結構適当にやったのに! ビオがミストをしゃがませる。


 ……あ、れ? ところであのクラスメイト……名前何だっけ。汗出てきた。


「何だ紫電! 怖気づいたのか!?」

「……あのー、大変申し上げ辛いのですが……お名前……ナンデシタッケ……」

「はぁっ!? ふっ、ふざっ……くっ……聡樹だ……瀧、聡樹だッ」


 あ、あぁ……あー、あぁ……うん。……誰だっけ。………………あっ、あーはいはい顔と名前が一致しましたとも。


「……あー、うん。で、聡樹さんはどうして剣を向けてる?」

「……お前……本当自分勝手な野郎だよな……前からそうだった……学校でも、自分勝手な行動ばかりしやがって……前からイライラしてたんだよ。でも、もう耐えられねぇ、ホント苛つくんだよお前ッ!」


 ……自分勝手……ねぇ……まぁ、確かにそうなのかもしれないけど。実際、話し掛けてもこない人達のことなんかあんまり考えていなかったかも。てか、話し掛けても「あー、うん」とか言って逃げて行ったのはそっちだろうが。……なんて愚痴っても、意味ない事ぐらい理解してるけどさ。

 はぁ。溜息を出して、言葉を発そうとした時。


「ちょっ、瀧サン!? 何で剣を抜いているんデスカ!?」


 近くにあった雑貨屋から、一人の女性が焦った様にして飛び出てきた。騎士甲冑、腰に差したどこからどう見ても上物な剣。うん。騎士さんですね!

 ……あー。もしかして、聡樹さんの特訓の為の騎士さんかな。

 そしてその後ろを追いかける様に……多分聡樹さんのツレが出てくる。数は三人か。


「えっ、まっ、マキさん……と、止めないで下さいッ、これは俺の……!」

「駄目デス! 止めさせてもらいマス! 一般人に剣を向けるなんて、いけないことデス!」


 騎士さんもとい、マキさんは聡樹さんの剣を持った手を掴み、止めにかかった。


「違うッ! 見てみろよ、あいつは一般人なんかじゃない!」

「……えっ?」


 マキさんはこっちを見て硬直。あー、これ絶対ばれたヤツじゃん。あはー。やっべー感じ? マキさんすっごいこっち見てるよぅ。


「……し、紫電……様!?」

「えー、まぁ、はい」


 ほぅら気付いてるよ。やっぱりなぁ。なんて思った直後。一瞬ゆるまったマキさんの拘束を見逃さなかった聡樹さん……いやもう聡樹でいいや。マキさんも呼び捨てでいいよね。うん。多分。聡樹は、勢いよく剣を捨てて殴りにかかる。あー、そう言えば聡樹と言えば、走るのは速かったななんて事を思い出した。でもなんで襲いかかってくるの?


「こぉの……紫電んんんッ!」


 駆けてくる。走りながら右手を大きく後ろに下げて……あ、右手でパンチですか。はい。剣はって突っ込みたい。

 僕まであと一メートルもない所まで来た。後ろには焦って追い掛けるマキが。聡樹を止めようとしてるんだろうけど、明らかに間に合っていない。それに、聡樹の行く先には僕がいるものだから、力尽くで後ろから押し倒す事も出来ない。それでマキは聡樹の腕を掴もうとしてるのかな。

 遂に射程範囲に入った。聡樹は大きく振りかぶった腕を思いっ切り振るう。でも、大振りすぎ。ぴょんと前に一歩。それだけで、聡樹の攻撃は当たらない。何故なら、もう聡樹の懐の中だから。僕の右手にはまだ“嘆きアフリクシオン”があるから、左手を聡樹の腹部に当てる。そして左足で足払いをかける。前につんのめる聡樹を、左手で支え……たりはせず、思いっ切り聡樹が前回転する様に、左手を持ち上げる。


 うふふふふ。回転地獄を味わえぇ。この技は、何気に長い滞空時間が恐怖を倍増させる! さらにはぁ、顔面からの着地で心をへし折る!

 我ながら最悪の技だなって思う。マキとかもう、「なにやっちゃってんのあの人────ッ!?」みたいな感じだし。

 そのすぐ後、ずががっと聡樹は顔面着地を成功させた。……気絶してた。


「「何やってんのぉぉ!?」」


 直後、背後からビオの強襲たいあたり。ビオの強襲によって押された僕は、前方に何故か右手を突き出したマキの拳に自分からぶつかる形に。しかもマキは甲冑に身を包んでいる訳だろ? 指まで包まれちゃってる訳よ。それがもう痛いのよコレが。


「──いったいよぅ」


 二人のコンビネーションは完璧だった。あっ、額から血が出た。

 なんて少し油断してた。マキの拳に当たって、前に倒れる事もできずに突っ立っていると、何故かビオの二度目の強襲が来た訳よ。更には、マキは手を引っ込めちゃって。

 察して。僕はものの見事にマキを押し倒す形に──


「“嘆き”解除ッ」


 前に倒れながら、マキの肩を掴んだ時、マキのすぐ後ろにかの黒ずくめがいた。ここまで気配消されるとは思ってなかったし、まさかマキの方を狙うとは思わなかった。咄嗟に“嘆き”を解除してどうにかしようとしたけど、どうにもならないという事に気付いてしまった。でも、“嘆き”はあっても邪魔なだけか。

 やばい。どうしよう。マキは甲冑着てるから、マキの甲冑で防ぐか? 何考えてんだよ、そんな事出来ねぇって。じゃあ、僕が身代わりに……?

 ……。

 はぁ。


 しょうがない。マキの肩を持った両腕に、力を込める。ぐるりと回転して、マキと僕の位置を逆にする。……黒ずくめがニヤッと笑った気がした。あぁ、さいですか。あんたはこれを狙ったわけね。はいはい。乗ってやりますとも。


 ──ただぁし。覚悟しろよ黒ずくめ野郎……ッ。


「うっ、グゥ……ッ」


 ぞぶり。ほんとぉーに嫌な音を立てて何かが左肩に突き刺さる。と言うか、もう貫通してる。……小刀か。刃渡りは……三十センチ程度。いや、そんなにないな、もう少し短いくらい。

 血が噴き出す。あーもー、超痛い。……って、あ。マキに血が掛かっちゃってる……よ。てか黒ずくめさん、小刀ぐりぐりするの止めて!?


「……!?…………!?」

「さっきからぐりぐりと……痛いからヤメロッ!?」


 バックステップ。小刀が突き刺さるけど頑張って我慢。うひぃ、痛い痛い痛い。でも我慢。

 黒ずくめは……ラッキーとでも言うようにまたぐりぐりぐりぐり。

 イラっときた。右足に力を込めて、踵で相手の膝を蹴りつける。全力で。ありったけの力を込めて。ベキバギャボキッ……て音がした。気にしない。すぐに右足を地面につけて、次は左足。靴底で顔面を思いっきし蹴る。またバキバキ落としたけど、気にしないで、蹴り抜くッ。

 振り返ったら、宙を舞う哀れな黒ずくめがいた。


 助かったー、と思った直後、前方から黒ずくめの大群が来た。軽く百人はいる。本当もうマジやめて。まぁ、全方位からじゃなかっただけマシかな。でも……泣きたくなるよ。コレは。そしたら急に、肩が痛み始めやがった。うっわー超痛い。いやホントマジで。ブランクっつーの? その所為かな。いやその所為だ。痛みに対する耐性が消えかけてる。超痛い。

 膝が落ちる。痛すぎて。


「しっ、紫電っ」


 ビオが、焦ったような表情をしてる。そんな顔するなよ。と思ったら、こっちに駆けてくる。って、え、待って、ミストは!? って思ったけど、ミストもこっちに来てた。

 聡樹は……ツレの三人に担がれながらこっちに来た。それを見たからか、マキは僕の方に来た。


「すっすみまセン……紫電様……私の所為で……私の所為で……血が……」


 ……いや。いやいやいや。今それどころじゃないんだけど……。

 あれ、でも黒ずくめは直ぐには来ない……? どういう事だろう。まぁ、来ないなら、いい……のかな。


「いや待って。えっと、マキさん? あなたの所為じゃないよ。うん。つっても気にするんだろうけど……」

「あの……ソノ……」


 こう言う時、決まって人間は、全部自分の所為だと考えてしまう。決してそうではなくとも、まるで自分が全面的に悪いように考えてしまう。それが、人間の悪い所で、同時にいい所でもある。でも、失敗を抱えすぎると、いつか壊れる。背負いこみすぎは、駄目だ。

 それに、こんな所でショックを受けられても困る……。


 ふと、マキの……僕から見て左の──マキからなら右の──頬に、血が付いていた。まだ付いて直ぐ。ポケットからハンカチを取り出す。このハンカチは随分と使えるな全く。ビオの時然り。

 さりげなぁぁぁくハンカチで血を拭き取りながら話す。右手で。左手は使えないから。


「じゃあ、この小刀抜いてくれ……それでチャラでいいから。それでも駄目なら……なんか武器を一つ……」

「全く足りないデスヨ! それじゃ……私の犯した間違いを、償い、きれナイ……デス……だから……ソノ……私の、から──」

「ストップッ! それは女性が言っていい事じゃない」


 ビオとミストが、ほぼ同時に、マキの少し後ろあたりに到着した様だ。


「……じゃあ」

「……ハイ」

「僕達の為に──戦え」

「……?」

「ミラ……姫さまの姉、ミストを城まで送り届けたい」


 ……マキの表情が、一瞬にして全く別の色に変わる。きっと、ミストと言う単語の所為だろうなっていうのは想像に難くない。その直後マキは振り返り、ビオともう一人、マントを目深に被る存在を見た……うん、絶対見た。

 それからすぐ、気絶した聡樹とそのツレが僕のとこまで来た。大体、ビオとミストと同じ辺りまで。


「……ハイ。その務め、果たさせて頂きマス」


 突然マキは向き直り、僕に頭を下げた。いや、これは忠誠を誓っているポーズだ。なんというか、片膝をあげて、もう片膝を地面に着けた状態。まぁ、しなくてもよかったんだけどね?

 でもこれは心強い、中々に心強い。いや本当にマジで心強い。と、直後マキは立ち上がり、黒ずくめ共を睨む。そして、腰の剣に触れる。


「……あ。紫電様、私の事はマキでいいデスヨ」


 直後、視認不可の斬撃が僕を襲う。うわっ、何っ!? ……って思った頃には、肩に突き刺さった小刀がどこかに飛んで行っていた。なんだ今の斬撃。マジで見えなかった。遠くでカランと音を立てた。

 それを合図にしたのかは、よく分からないけど。黒ずくめが突然襲いかかってきた。それ、というのは、僕の肩に突き刺さる小刀が抜けた事じゃない。


 ──城で、爆発が起きた。


 少なからず驚いた。いや少なからずと言うか、そんなレベルじゃないくらいに驚いた。城で爆発って……つまり、もう魔人は、城にいるって事……? 少し遅れて、爆音と衝撃が届く。衝撃が、ビオの髪を揺らす。ミストはフードを押さえていた。


「……急がなきゃ、デスヨネ」


 そんな中でも、マキは冷静だった。焦りが無いと言えば嘘になるだろうが、それでもマキは微笑を浮かべている。敵には油断を見せないということを暗に伝えているのだろう。

 腰に差した剣には二つあって、豪華そうな方と、それと比べると少し劣るけど、それでも十分な程のやつ。豪華な方は自分が使い、少し劣る方を、僕に手渡してきた。


「すみまセン……こっちの方が、使い易くて」

「あー、別にいいよ。僕はどっちでも」

「ありがとうございマス」


 黒ずくめが到達するまで、あと数秒だ。


「おいそこの聡樹サトッキーフレンズ」

「「「ナニソレッ!?」」」

「ビオもだ。少し固まってろ」


 ビオは素直に頷いた。聡樹フレンズも、渋々と言った様子で頷いた。

 さて、そろそろ来るか。


「紫電様」

「紫電でいいや。マキ?」

「……紫電は、戦えるんデスカ? その傷で……」

「ん? あぁ。大丈夫。右手で戦えばいいだけじゃん?」


 マキは「お強いんデスネ」と笑顔を見せながら、視認不可の斬撃を放つ。直後、黒ずくめが三人、血を噴き出して倒れた。

 強い。やっぱ強いな……。


「……トリアンテイヌ騎士団、序列三位、マキ。マキ・デルクライス。いきマス」


 マキの周囲の空気が、突然破裂した。え、今なにしたの!? ……剣を、振るっただけなのか……?

 既にマキの剣は鞘に収められている。もしかして、鞘に収める動作だけで、空気を破裂させたとでも言うのかよ……。すげぇ。すげぇ。トリアンテイヌにもやっぱいるのか! 天才は何処にでもいるんだな……! クルクス以来の天才……! しかもこれで序列三位なのか。すげぇ。すげぇって。


「……俺も、負けらんねぇな」


 剣を鞘から抜き放ち、振るう。空気が破裂はしないけど、炎なら出せる。剣に炎を纏わせる。あの懐かし……くはない魔法。王様にぶっ放しちゃった魔法。


『僕を中心として地面に蜘蛛の巣のようにヒビが入り、暴風が吹き荒れる』

『そして僕の右手には雷霆をその身に宿す炎が現れる』

『炎は僕の周囲を熱し、あらゆるものを溶かす。それはまるで、溶岩の様に』


 あの日と、全く同じ光景。違うと言えば、純正炎の剣じゃないって所ぐらいかな。炎を纏とう剣。宙を舞う炎。ビオの表情が少し変わったのを見逃さなかった。まぁ、そりゃあビオはこの光景見てるわけだし、当然といえば当然なのかな。

 でも今回は違うぜ? 残念ながら、あの日の一撃とは桁が違うだろうさ。だって? あの日は力を殆ど出してなかったから。

 本来のこの一撃は、。ハンドガンではなくマシンガン。手榴弾ではなく、ミサイル。そんな感じの違い。


 前までは、炎の周りを雷が舞っていた。でも本来は違う。雷の周りを炎が舞う。


「──どぅりゃっ」


 黒ずくめが僕の目の前に現れる。その瞬間、剣で刺突を放つ。直後。

 ──雷霆は暴れまわる。剣の先から出た雷霆は意志を持ったように動き回り、黒ずくめを薙ぎ倒す。地面を抉り、その部分の溶岩のように溶解させて突き進む。目の前にあるものは、問答無用で溶解。まさに龍の様に。どちらかというと蛇みたいな見た目だけどね……。角とか無いし……。

 止まらない。黒ずくめはその光景に恐怖してる事でしょう。ふふふ。でもね、殺す気はないんだよ。雷霆が黒ずくめに衝突すると、溶解……はさせず、ぶっ飛ばす。恐怖の中で衝突した奴は、それだけでノックアウトッ。


 わざと溶解させたのは、ビビらせるため。

 計二十人ぐらいは倒したかな?


「凄いデスネ……! 紫電! 私も負けられないデス!」


 ハハハ俺も負けないぜ。なんで競ってるのか分かんねぇけど、まぁいいか。マキもなんかノリノリだし。しかも、負けられないデスって言いながら五、六人を斬り伏せてるし。

 でも……。


 ……流石に数が多いなぁ。なんというか、細かい虫が顔の周りを飛び回る不快さというか。黒ずくめが僕たちの周りをぴょんぴょん跳ねまわって心底うざったらすぃ。あれだ。「貴様らは包囲された! もう逃げられん!」って言われてる感じ?

 四字熟語で表すなら、危機一髪か、四面楚歌? それとも帰還希望カエリタイかな? てか最後のはツッコミどころ満載だけどちょっと立て込んできたからスルー。


 正直、魔法使うのはいいけど、溜めが必要なんだよ。さっきみたいな魔法だと、相手が完全に油断してるか、もしくは硬直してるか、それぐらいしか使うタイミングがない。まぁ、そのタイミングが出来たら迷わず撃つつもりだけどさ。でも、そんなタイミング作れるかなぁ。

 だって、結構倒したと思ったら、それ以上の数に増えてるし。いつの間にか二百人近くなってるし。何。お前ら無性生殖でもしてるの? 分裂してる感じなの? 俺は男でも女でもねぇぜって感じなの?


「マキ」

「……何デスカ?」くるりとターンしながら二人斬り伏せる。

「……どれぐらい、耐えられる?」負けじと言葉を返しながら一人斬り伏せ、もう一人に遠心力を使った左手の裏拳。


 耐えられる……っていうのはつまり、どこが限界かってこと。このペースで戦闘を続けて、どれぐらい持つか……そう、耐えられるかという質問。


「……この調子だと……あと十分ぐらいが、限界デスネ……もしこれ以上増えるなら、更に短くなりマスケド」

「……そんなもんだよなぁ」


 こんな会話しながらも、一人、また一人と斬り伏せていく。でも、終わりは一向に見えない。見える気がしない。それに、ビオやミスト、聡樹サトッキーフレンズも守りながらだから更に大変。


 そこに、また相手の援軍が来た。ほんとに、少し減ったかと思うと突然増える。どうしろって言うんだ。


 くっそぅ、マジでどうしよう。

 そんな時だった。




「「「「「「「「「「うぉぉらぁぁッ! 紫電コノヤロウ俺たちもやってやらぁぁぁぁぁぁぁああああああああああッッッッ!!」」」」」」」」」」




 援軍が来た。

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