第10話

「怜史様……どうして突然?」

「あぁ、それは、どうやらこの近辺で問題が起きていると分かってね。それで飛び出して来たって事さ。ミラ様の為にね。……今まさに、街では問題が起きている様だが」


 怜史は後ろを振り向く。そこには、つい今しがた起こった爆発を思い出させる爆煙があった。


「心配せずとも、あの爆煙の元には既に私に仕える騎士が向かっています。すぐに収束するでしょうから、どうぞ特訓を続けて下さい」


 怜史をよほど信頼しているのか、怜史の言葉に頷く。そして、すぐに特訓を再開させる。勇者はお付きの騎士にそれぞれ怜史についての質問をしながら、特訓を再開させた。騎士は、怜史についてを楽しそうに話す。


 そして、話が終わった隙をつきミラは怜史に詰め寄る。


「あ、あの! 怜史様……これからの予定は……?」


 ミラと怜史が実際に会うのは、実は半年ぶりなのだ。怜史が最前線である国境──魔人族の国、エレーミアとの国境に行く事となったのが半年前。「いってきます」という強い意志を持った言葉と共に、怜史は戦場へと旅立った。


 ……それ故に、この時点で出会うというのは、いささかおかしい。疑問点をあげればそれなりの数は出てくるだろう。だがそんな事は、ミラにとってはどうでといい事だった。重要なのはという事だけなのだから。


「これからの予定……か、そうだな、新しく召喚された勇者達の特訓を見ていたいな。そして、出来るなら手助けもしてみたい。それでもいいか? 二人とも」


 怜史と一緒にやって来た二人の男は、こくりと頷いた。


「怜史がそう言うなら」

「久し振りの召喚だもんな。見てみたい気持ちは俺も同じだぜ!」


 一人は、怜史の質問に初めに答えた、実に冷静そうな男だ。名を相谷あいたに 真琴まこと。ほとんど飛び出ていない灰色のストレートの髪に、メガネをかけている。怜史の質問に答えながら、指でメガネを押し上げた。その時メガネがキラリと光ったのは、狙ったのか、たまたまなのか。

 もう一人は、真琴の次に質問に答えた、真琴とは正反対のどこかやんちゃな子供を思わせる男だ。名を、大洞だいどう ゆう。茶髪をオールバックにしており、体つきはボディビルダーのように筋肉質だ。その笑顔は、人を寄せ付ける不思議な笑みであり、誰とでも友達になってしまうように思える。


 ちなみに、この召喚は実に半年振りの召喚であった。その間、半年間は特に問題がなかった。だが、つい最近になって魔人族の行動が活発化していた。まるで、今まで殆ど動かなかったのは、ある瞬間を待っていたかのように。

 それにより、前線に出ていた、以前に召喚された勇者が大きな傷を負うなどして戦闘不能となったというのが、この久し振りの召喚の理由である。

 前線で多くの者が傷を負ったが為に、この召喚は多くの国で行われていた。トリアンテイヌも、その一つである。


「……って事だ。少しここで見学でもさせてもらうよ」

「あ、でしたら食事を! 手軽に食べられるサンドイッチを作ってきます!」


 すると、怜史の返答も聞かずにミラは走って行ってしまった。

 騎士達は、怜史達は、それをどこか微笑ましく見ていた。


 そして、怜史は小さく呟いた。


「……悲しいな──」




 そんな怜史達のやりとりなど、気にするそぶりも見せなかった勇者である男達がいた。いや、正確には気にする余裕もなかったと言うのが正しいのかもしれない。


「だはーっ!」


 その男達の一人は、悲鳴にも似た言葉と共に地面にぶっ倒れる。

 それを見る、地球でいうなら何処か外国人らしさを持つ口調の女騎士は、困ったように苦笑い。


「……瀧サン、もしかして、もしかしなくても少しイライラしてマス?」

「んん……えっ!?」


 瀧さん……と呼ばれたのは、紫電のクラスメイトの一人。たき 聡樹さとき。お付きの女騎士の言葉に、肩を跳ねさせる。まるで心の中を覗かれたような気分だった。聡樹は、別にそんないやらしい事を考えていたわけではないが、何故だか申し訳ないと言う、不思議な状態に陥っていた。だが、そんな状態はすぐに終わる事となる。


「……いや、あのデスね……瀧サンの姿を見ていると、まるで誰かに恨みをぶつけようとしている、そんな感じがするんデス」


 それは、予想外にも聡樹の心の奥深くにわだかまるものそのものだった。

 それは即ち、恨み。と言っても、これは八つ当たりでしかない事を、聡樹は理解していながら、それでも恨んでいた。


 相手は──紫電。


 そう、聡樹とは、朝食の際に紫電を恨んだあの男である。

 女騎士の核心を見事に突いたその言葉は、特訓というもので巧みに隠されていたその感情を思い起こさせた。

 だが、ここでそれを発散する訳にはいかないと、無理矢理に抑え込む。そして、なるべく平静を装った姿で、女騎士に言った。


「……そうかも……しれないです。あの……少し、街を歩いてきても良いですか」

「ん、そうデスね……リフレッシュは大切! 許しマス! ですが、流石に一人は……」


 この返答の、特に最後の制約は、予想できていた。何せ、爆発があった直後ということもありこの制約があるだろうと言う事は、容易に想像できた。

 だからこそ、その為の仲間である。聡樹の四人の友は、聡樹の言動一つ一つを、確かに聞いていた。それぞれ、少しばかり離れた場所で、特訓に勤しみながら。

 聡樹は切り札を切る。その手段はとても簡単。


「大丈夫です、ツレと行きますから。四人なら良いですよね」


“友達数人と行くなら大丈夫だろう”作戦である。

 だが。


「……いえ、私もついて行きマス」

「えっ、でも」

「……もしもの為デス」


 物の見事に、その作戦は失敗したのだった。渋々……と言えばいいのか。女騎士と街を歩ける事に感謝すべきなのか。いや、これは何気にデートだなと、聡樹は無理矢理自分を納得させて、出掛ける準備を始めた。と言っても出掛ける準備など何も無いのだが。このまま出るつもりなのだから。


 ……実際、女騎士……もといマキは、地球基準で見れば相当な美人なのだ。自分と同じ黒髪でありながら外国人の様な口調。整った顔立ちと小顔。豊満とまではいかないがそこそこある胸。引き締まったお腹に……上げれば、キリがない。


「あら、マキは勇者様とお出かけでーとですか?」


 突然の言葉に、急に恥ずかしくなる聡樹だった。声の主は、ツレの一人のお付きの女騎士だった。……ツレの一人、声の主の女騎士の元で特訓する、鍵田かぎた 将士しょうしはその女騎士に言う。


「はい、そーなんですよー」

「あら、将士ったら私というものがありながら?」

「え、じゃあ今度デートしましょ」

「……しょうがないなぁ」


 聡樹の恥ずかしさはどこえやら。寧ろあのやりとりを見て恥ずかしくなった。

 どうしてそんなに仲良いんだ将士ィ? と聞きたくなる気持ちを抑えて、聡樹は歩き出した。「今は、将士の事も、紫電のことも、忘れよう」そう呟きながら。

「そう、紫電の事なんか……」そう、呟きながら。


 ……そう、呟きながら。


 そしてこの時から時間を少し、遡る事約分前。紫電たちは昼食をとろうとしていた。


 ◇◆◇


 一先ず、人が多そうな店に入ったはいいんだ。そう、入ったという所までは良かった。だが、当然というか、やはりと言うか、ナンパされた。あれか、もしかしてそう言うフラグ立ってたりするのか。

 あ、僕には冷たい視線を向けるのだけどね! 「何だこいつ、キメェなファ○クッ! 今すぐ視界から消えやがれこのクソガキ野郎!」みたいな視線を向けてくる。無性にぶん殴りたくなるぜ!


「あっ、あのっ、通して貰えますか!?」

「ん〜? じゃあ勝手に通ればぁ?」


 そして今目の前にいるのは、そんなナンパ野郎の中でも最も最悪な奴らです。あれだ、ごく一般的なヤンキーさんです。テロップとかには「不良A」「不良B」とか書かれちゃってる感じの人。

 ビオは必死に説得しようとしてるが、それを聞く気は無いらしい。

 勝手に通れば? といいながら、その道を塞ぐように立っている。お前らは好きな女子にちょっかいをかける小学生かよと突っ込みたくなるが、そうすると余計に混乱するという事ぐらいよく理解出来てるから無言。


「……ですから、そこを退いて貰えますか!?」

「え〜? なんで〜?」

「ですからっ」


 ……その時だった。


「ん〜? じゃあ、服を脱げよ」

「……え?」

「いやだから、服を脱げよって」


 遂に、相手は手を上げた。

 ビオの腕を掴み、自らの元へ引き寄せようとした。

 ……いや、僕いる事忘れないでね?


 ちょっと何、なんか僕、影薄すぎじゃないですかやだー!


 あともうお腹減っちゃったよやだー!


 本来の怒りとは少し違う怒りと共に、ビオの腕を掴んだ男の手を弾き飛ばす。ちゃっかり弾き飛ばす方法に発勁もどきを使ったのなんて知らない。人体でも強固な部位である関節、肘を使った事も知らない。ふんふふーん。

 多分手首ボロボロになっただろうけど知っらなーい。


「なっ、グェハァッ!?」


 静電気でも触った時のように、相手は思いっきり腕を弾かれたように上に振り上げた。と言っても、痛みは消えてはくれないけどね。……あ、よく見たら手首プラプラしてる。どこからどう見ても骨折してるよねあれ。

「なにしちゃってんですかぁ!?」的な目でビオが見てきたから、「ついヤッちゃったZE」って返したら本当に伝わった。読心術でも持ってるのかビオは。


「テメェ……いくらガキだからって……なんでも許してもらえると思うなよぉ!?」


 手首プラプラ太郎は取り巻きに支えられながら、僕を睨んできた。やだ、そんなに熱烈な視線を当てられたら照れちゃうわうふん。なんて脳内で勝手に考えていると、ビオの鋭い視線を感じた。だからね、ビオさんあなた読心術持ってるんですか? 読心術極めたりでもしたんですか!?

 それは一先ず置いておいて、手首プラプラ太郎に向けて話す。あ、もしかしてリーダーだったのか? まぁ、どちらにしろ関係の無い事かな。


「え? あぁ、いやいやいや。なんでも許してもらえるだなんて思ってないよ」

「は?」

「だって、今の僕たちは


 少し、威圧的な目を向ける。

 正直、僕自身はついさっきまでは怒りを表面には出さないようには心掛けてた。でも、今はそれを抑えられてるかはよく分からない。もしかすると、苛々したこの気持ちが全て表に出てるかもしれないし、その逆に全部が裏に隠れているかもしれない。自分ではよく分かってない。

 手首プラプラ、もといリーダーさんの表情を見る限り、表に出てるのかもしれない。


「こっちは、今急いでいるんだ。邪魔するようだったら、腕の一つや二つ、斬り落とされる覚悟でこい」

「「「「「「「すいやせんっした俺たちが悪かったっす」」」」」」」

「…………え、あー、えっと、そこまでビビらせるつもりはなかったんだが……」


 今頃になって、気付いた。怒りが、全て表に出ていたという事に。だからか。こんなにビビっているのは。

 あ、でも勘違いするなよ? 急いでいるっつったけど、別に今回はミストの為に急いでいた訳じゃあないんだ。ただ単に腹が減っていた。それだけ。

 ……本当だよ?


 とまぁ、そんなこんなで道を開けてくれた。だからそこを通って、レジに行く。適当に野菜サンドパンとか言う食べ物を頼んで、壁際の隅の方の席に向かった。ちなみに料金は先払いでした。野菜サンドパン三つしか頼んでないから、銀貨四枚だったよ。値段はあのパン屋よりも少し高めかな。

 そして席に座ったはいいが、殆どの人がこっちを無言で見てくる。話しづらい。


「あのー、普通に談笑してていいんですよ?」


 と言っても、聞いてくれる人はいなかった。

 だから、話し合いとか、作戦とか、そう言うのがだんだんどうでも良くなってきた。いやもうね、正面突破でいい気がしてきたのね。あれだよ。「ボスを楽に倒したければ、○○を倒してこい」みたいな選択肢があるけど、「あっ、僕もうレベルカンストしてるんで結構です」的な?

 要は「作戦くそくらえ!」っていう事です。


「……なぁ、ミスト」

「はっ、はい」

「正面突破でいい?」

「えっ? えと……それでも、大丈夫なんですか?」

「うん。相手の数が分からないのが不安だけどね」


 作戦、終ッ了ッ。

 それを見計らったのか、偶然なのか、見事なタイミングで料理が届いた。来たのはサンドイッチ程度の軽食。あ、この世界だとサンドイッチじゃなくて野菜サンドパンなんだ。うんそのままだね。一先ず口に入れる。半分ぐらい。

 て、どしたのビオさんその視線は。


「……え」

「ん? どしたのビオ」

「話は、終わり?」

「うん」


 今話す事ってこれぐらいしか無くね? って感じ。


「……事情とかは?」

「事情なんて、これが終わればいくらでも聞けるし」


 そもそも、こんな無言の世界で事情話してたら、そりゃもう大変な事になるかもよ?一体この国で何が起こってるんだ!? みたいにさ。だって、さっき聞いた話だと、この国の近辺に魔人族がいるって報告だぜ?

 あ、いや、以外とそうでもないのかも。あの爆発があった後なのに、誰一人のして逃げようともしていないのが大きな理由。あんな爆発みたいな事は日常茶飯事なのか、それとも騎士とかを余程信頼しているのか。そんな事はこの世界の住民じゃあない僕にはまだ分からないけど、どちらにしろそんなに驚かないかも。

 それでも話す気はないぜ。


「あの、こんなに協力してくれて……ありがとう、ございます」

「気にしなくていいのに」


 ミストは俯き、周りの目をチラチラと確認しながらそう言った。やっぱり、周りの人の視線は、なんと言うか、痛い。


「……てか、ここに長居したくないって理由もあるんだけどね」


 チラリと観衆まわりのやつらを見ると、全員が一斉に顔を逆側に向けた。お前ら息ぴったりだなって言いたくなったよ。顔を戻す振りして、すぐにまた横を向いたら数人と目があった。馬鹿め!


 そしてすぐ顔を戻すと。

「私もそう思う」って、こくこく頷きながら、ビオは同意してくれた。

「何それ」と、ミストが笑った。あ。始めて見せてくれた、ミストの笑顔。それに、少なからず恥ずかしく、というか、嬉しく、というか、まぁそんな感じになった。表には、出してないと思うけど。よく見たらビオも僕と同じような考え……をしてる顔だった。ビオ顔に出すぎ。


「んじゃあ、早めにメシ食っちゃって、行動開始し──」



 ────正直。この時までは、目の前の問題を、楽観視していた。その事を、痛く理解させられる。

 なんで、勘違いしていたのだろうか。

 人が多ければ、攻撃はして来ない?

 誰かが、そう明言したのか?

 否! してなどいない。


 なんで、一般人には手を出さない事を、前提の一つにしてしまったのだろう。

 もし本当に、必死に相手を殺そうとしてるのなら。

 もしどうやってでもミストを殺そうとしているなら、例えそこに、一般人がいようと、攻撃を止める理由にはならない……筈なのに──



「──?」


 ふと感じた違和感に、僕は言葉を途中で止めて後ろを振り向いた。丁度、この店の入り口方向。いや、入り口よりも上の方。

 疑問から振り返ったが、次の瞬間には、それは確信に変わっていた。

 やべぇ、来る。何が? んなもん知らん。


「──ッ、甲殻式爆裂衝撃手甲、“嘆きアフリクシオン”展開」


 咄嗟に武器、“嘆きアフリクシオン”を展開。これは、右腕の手から肘までを包み込む鎧の様な手甲。風の流れなど一切考えていない様に凹凸があり、空気抵抗は馬鹿みたいに大きい。というか、空気抵抗を極限まで上げた武器だし。だが、それこそこの“嘆き”の特徴。

 空気抵抗が多いこの武器ほど、衝撃を飛ばすのが容易いものはない。

 空気抵抗は邪魔なものとして見られているけど、僕に限って空気抵抗は最大の味方。空気抵抗が邪魔と感じるのは、それに逆らえないから。平伏す従者でしかないから。けど僕は違う。空気抵抗なんて屁じゃない。

 この手甲を振り回していたら、空気抵抗完全無視で振るえる様になった。そしてそうなった頃には、この武器の本領を発揮出来るようになっていた。


 この武器には、一つの必殺技がある。有り体に言えば、衝撃波を飛ばすっていう必殺技。やり方は簡単。空気抵抗バリバリの手甲を空気抵抗完全無視して振るうだけ。それだけで、僕の動きを拒んでいた空気抵抗はさらりと味方になり、前方に向けて爆裂じみた空気が飛んでいく。

 更にこれにはあるスキルが付与されてて。圧縮っていうこれまたありふれたスキルなんだけど。空気が圧縮されると、どうなると思う? 答えは熱を持ち、爆弾になる。

 つまりこの武器は、爆弾製造機って事だ。


 来る。

 何かが来る。


 意識を集中。


 爆音。


 ──そうか。あの違和感はこれか。そうかあいつら、ミストを暗殺しようとしていたんじゃない。ただシンプルに、殺そうとしてたんだ。

 同じようで、すこし違う。どう違うかと言うと。あいつら……黒づくめは隠れて隠密に殺そうとしていたんじゃない。どうやってでも殺そうとしてたんだ。


 衝撃波が来る。でも、この衝撃波はまずい。怪我人が出る。

 無差別攻撃なんて許せないって、勇者みたいに言いたいわけではないけど、やっぱり無差別攻撃は許せない。

 僕の都合に、他の人を巻き込みたくない。


 そう思った時には、体は動き始めている。


 スキル“圧縮”が起動し、パチンという小さなスパークの後に空気が圧縮されていく。それと同時に、体を回転させる。この手甲は、中々に重い。だから、遠心力で加速しやすい。……まぁ、実際はブースター的なものがあってそれの効果でも加速してるけど。


 一回転。二回転、三回転、四回転五回転六回七回八九──十。


 丁度十回転終わると同時に、思いっきり足を踏みしめる。脆弱だな! 床からミシミシと音が聞こえるが、それを無視して踏みしめると、床がひしゃげた。けどそれも無視。

 遠心力で加速した手甲を振るう。空気抵抗がまるで無いように振ると、面白いくらい空気が集まる。というか、空気が押されてるのかな。


 そして。


「ふっ」


 右腕を、振り抜く。


「──ッ、どぅぅぅぉおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああッ」


 それと同時に、衝撃も届く。けど。衝撃は衝撃で打ち消せる!

 同レベルかそれ以上の衝撃を真正面から当てれば、被害は最小限! ただし店の壁は消失するけど!


 衝撃と衝撃が激突する。


 ……僕の衝撃の勝ち。相手側の衝撃は見事に僕の衝撃に流されて、元来た道を戻っていく。そして。店の壁を容赦なく昇天させながら、外に飛んでった。

 ここから五百メートルぐらい離れた先の空中で、空気の爆発が起こる。


「っ、ひゃあぁぁあ!?」


 ビオが突然の出来事に、なんか変な声出した。ミストは……完全に硬直してる。猫かよ!? ちなみに猫はあまりにビビると、硬直するんだぜ。


 ……あ。敵だ。僕の出した衝撃が通り過ぎた後の、昇天した壁の淵に数人の黒ずくめがいる。……結構な手練れだなぁ。

 僕が出した爆発の衝撃波に乗って、高速で僕の目の前に降り立つ。速い。流石は暗殺者か。いや、暗殺する気無いなら、殺者? なにそれ怖い。暗殺者でいいや。


 数は、五人。


 一人が左足を軸に回し蹴り。それを技と右腕で防ぐ事で、この頑丈さが取り柄の手甲が暗殺者の右足にめり込む。弁慶の泣き所強打。僕は優しいから、痛みが脳に伝わる前に倒してあげる。

 ……人間は、本来なら相当な映像を見ているらしい。確か一秒に三百コマ分だったっけ。でも、知覚できるのはたったの八十コマ。でも、そんな人間のとらえる映像が、フル毎秒三百コマで視る事ができる瞬間がある。……生命の危機を感じた瞬間だ。この瞬間、人間は視覚以外の全ての情報をシャットダウンし、全てを視覚だけに注ぎ込む。そうなると、全てを視る事が出来る。ただし、体は動かないけれど。

 その瞬間は、相手にとってはまるで、時間が止まったように見えるらしいね。

 右腕を引き、その勢いを利用して、相手の顔面を左腕でぶん殴る。パッカーンと、暗殺者は宙をまった。


 と思ったら、背後から二人目の暗殺者が来る。手にナイフを持ってる。それを僕に当てようって? ハハッ、残念。殺気がだだ漏れ。僕を殺したかったら、後ろから幽霊の様に無音で、更には無心で襲ってこないと意味無いよ。それでも殺気は隠してるつもりだけど、それでは僕は欺けない。

 しゃがみながら、右腕を僕から見て時計回りに思いっきり回転させながら上に持っていくと、僕の鉄に包まれた拳が暗殺者の顔面にめり込んだ。


 それからまたも間もなく、左から三人目。こいつらは犠牲を考えないのか。

 二人目が気絶したのを確認して……っつっても気絶して無くてもやる予定だったけど……顔面を右腕で掴み、暗殺者ロケットを三人目に放つ。見事直撃したのを見届けると、僕は上半身を下げ……というか、思いっきり全力で前屈みになって、その反動で右足を上にカチあげる。背後にいた四人目の顎にクリーンヒット。即気絶。

 暗殺者ロケットは見事に弱点にでも当たったのか、三人目は気絶していた。


 前方真正面から、他の奴よりも筋肉質な男が来た。

 真ん前から殴りかかってくるから、それに合わせてカウンターを決める。そして成功。筋肉暗殺者の顎にヒット。すぐに気絶した。


 暗殺者はいなくなった。弱いな。それを確認したのち、手甲を外す。手甲は光の粒子となって消えていった。

 すかさず、ビオとミストに振り向きざまに言う。


「昼食中止! 今すぐ外に出るぞ」


 ……って、二人して硬直してるよ。猫かよ! 知ってる!? 猫ってビビると硬直するんだぜ!? どうでもいいか。

 ぱっちーんと二人の頬を叩く。すると、魂でも戻ってきた様に「はっ!?」って感じで動き始めた。それを見た僕は、すぐにまた言う。


「今からすぐ! 城に向かって走るよ! なう! ミスト今すぐレッツゴー!」

「えっ、えっ、あ、うん! ミストさん!」


 ビオが、ミストの腕を掴み、走り出す。ミストはちょっと戸惑いながらも走り出した。アルビノだからなのかよく分からないけど、少し足元が覚束ない様な気がする。走り慣れて無いのか、今までの少しばかりの安心した時間で気怠くなったか、なのかな。

 あ、僕いつの間にかミストって呼び捨てだった。ま、いっか。


 走って、硬直する傍観者の脇を通り抜ける。そして、入り口に着くと。


「おんっ、どりゃぁぁああああッ」


 自分でもよく分からないけど、入り口の扉……と言うか出口か。それを全力で蹴飛ばした。店主の顔が「えぇぇっ」みたいな感じで引き攣っている様な気がした。振り返ったら本当にそうだった。……って、あれ? よくみたら、ぶっ飛ばした扉の前に、偶々たまたま黒ずくめがいた様で、扉と一緒に空を舞っていた。よっし結果オーライッ。

 何か後ろの方から、「あいつ、扉の先に居ると分かっていたとでも言うのか!?」って聞こえる……ごめんなさい気づいてなかったです偶々です。けど、勘違いしてでも凄いって思ってくれてるなら、まぁ、それでもいいかな。…………その方が色々都合いいし? 「あいつ只者じゃねぇや」的な感じになるかもだし。

 ……いや、そんな感じになられるとこの街に居づらくなりそうだから正直嫌な気もするけど……。


 なんて考えていると、店の目の前に何かが転がって──


「って、手榴弾……っ」


 そこには手榴弾があった。まじかこの世界に手榴弾あるのか。あれ待てよ、この世界には魔法があるんだから、もしかして、だけど……。

 アレ……爆発目的じゃないっていう可能性も……ある?


 予想はものの見事に当たった。手榴弾は爆発は起こさず、静かに小さく光る。直後、閃光と共に雷撃が襲った。

 咄嗟に発動させた“螺旋捻転眼シュピラーレ”が間に合って、雷撃の方向を逸らすことには成功した。けど、その逸らした雷撃は周囲の建物を容赦なく崩していった。

 そこに人がいない事は、分かっていた。だから、わざと雷撃を打ち消さずに、逸らした。けどやっぱり、建物でも、壊れるのを見るのは嫌だな。なんて余所見をしていると、少し離れた建物の屋根に数人の黒ずくめ。そして、迫る複数の手榴弾。後ろにはビオと、ビオに引かれるミスト。


「ちぇっ」


 やっぱり見過ごせない。僕ってお人好しなのか。

 なんで無機物にすら同情してしまうのだろう。もう少し、非情でもいい気がする。僕が、ね。

 でも、クルクスでは、「そんな紫電だからこそ、いいんだ」っても言われた。

 結局僕は何がしたいんだろう。僕は、僕の望み通り非情になるのだろうか、それとも変えないで走って行くのだろうか。分からない。

 でも、今は一先ず決めとく。仮にね。


 まぁ、今は変えないで突き進んでみるか。


 つまり、街を守りながらミストを送り届けるって事だ。正直言うと面倒くさい。クルクスでもそう感じたから、非情になろうかと考えたのだ。

 でもやっぱり、このままが一番しっくりきてしまうのは、きっと気のせいじゃあない、筈だ。

 人間なんて、それをどれだけ辛いと思っていても、それが日常になってしまうと、どうにも切っても切り離せないような存在になってしまっていたりする。もしかすると、僕のこの腐っても人を助けたい様な感覚は、もう切り離せない、完全に一体化してしまった僕の一部なのか。


 ………………いや、そんな事、今はどうでもいいか。


 空を舞う手榴弾を目視すると、僕は静かに右手を、剣を模した形に変える。所謂、手刀というやつだ。


空剣くうけん


 そして、その手刀を横に一閃。……あ、別に空剣で手榴弾を真っ二つにしたいとか、そう言うのではないんだ。ただ単に、弾き返すだけ。空剣は剣って名前にあるから、大体の人は“斬る技”なのだと勘違いし易い。それこそこの技の最大の能力。


 必殺、名前詐欺ッ。


 黒ずくめさんも当然の様に、“斬る技”と勘違いした様で、手榴弾に追いつく程の速度で僕に肉薄しようとしていた。あ、全員出てきてくれたのか。黒ずくめは三人。けど、僕はそこで優しぃく、手榴弾を方向転換させてあげる。うふふ、私ったらやっさしー。


 黒ずくめの目が見開いたのがよく見えた。直後、三人がお互いの腕なり足なりを足場に跳躍。まるで何かに弾かれた様に三人が三方向に逃げる。直後に手榴弾は爆発。あ、今回は爆発だったのね。

 それにしても見事なコンビネーションだったな。ちょっと感心。でも、それが僕の狙いでもあったから、ドンマイとしか言えないよ。君たち、避けても避けなくても、負ける事は確定してたから。


 三人が三方向に逃げ、宙を舞う。もう逃げ場はない。


“螺旋捻転眼”


 三人、それぞれの丁度真上あたりにそれを作用させて……と。

 その部分の重力の向き一ハ○度変えて、と。

 それをなんども繰り返す。ハイ、終わり。黒ずくめは、空にいきました。ぱたぱた四肢を動かしている姿、いと可笑し。言い方変だよね。というか最後の方の言葉自体、変だよね。俺もそう思った。


 なんて空を舞う黒ずくめを見ながら立ち止まっていると、ビオに追い越された。

 と、同時に。


 ばっちーん!


「いったぁ!?」

「急ぐって言ったの、紫電でしょ!」


 背中ぶっ叩かれた。地味に痛い。


「ビオって力持ちなのねぇ、あー、ひりひりするわぁ」

「なんで、若干オネェ口調なのかとかつっこみたいし、私ってそんなに力持ちじゃないよって言いたい!」

「心の声だだ漏れだぞ」

「あ…………ま、ま、まぁ! 早く行きましょ!」


 誤魔化したな。今誤魔化したな。後でいじってやる覚悟しとけビオ。いひひひ。なんて考えてみたのはいいけどなんか違う方を想像してしまってなんかちょっと、ね。お年頃の男の子ですからね!

 一先ずこの話題はスルーして、走る。


「……やましい」

「ひょ!?」


 突然ミストが呟いた。え!? え!? 心の声漏れ出てたの!? ……なーんて思ったのは少しの時間だけだった。


「……羨ましい……な」


 うら……ね。あーはいはい。


「なにが、羨ましいの?」

「……紫電さんと、ビオさん……なんか、凄く仲良いなって……」


「……え、そ、そう見える?」、と言ったのはビオ。顔が赤い様な気がするいや、赤い。どうした。けど苦しそうとかではないから、一先ず大丈夫だろうとは思う。


「……じゃあ、ミストとも仲良くしよっか?」

「え……でも、私、王族、ですし……その」

「関係ないよ、そんなの。仲良くしたいから仲良くしちゃ、だめか?」


 正直、人間はなんで上下関係を作りたがるのか。なんで見知らぬ他人の上に立っていたいのか。分からない。始めは些細なことから始まる上下関係も、時を重ねれば『王族』と『平民』に別れる。

 でも、そんなのなんの得があるというのか。

 仲良くしたいからする、人間には自由があるんだから、それぐらいいいと思う。


 と言うか、なんで人間が作った事柄に、人間が怯えなければならないのだろう。人間が本当に正しいとも限らないのに、それがまるで正しいように扱われる事に、疑問は浮かばないのか。……っていうのは話が逸れすぎかな。


 と、この時僕は完全に油断してた。


「……ありがとうごさい……いえ……ありがとう、紫電」


 ミストは、その表情を朗らかな笑顔に変えた。

 それがあまりに、衝撃的過ぎた。数秒間絶句してしまった。やべぇ、何、ほんと何。めっちゃ、可愛かった。……あ、このまま無言というのもまずい。「いや、ま、気にすんなって」と、少し視線をずらしながら答えた。

 あと、その時視界に映ったビオの頬っぺたが膨らんでて、可愛かった。


 少し、深呼吸。すー、はー。


「まずは眼前の問題を解決してからだな」


 よく見たら、屋根の上を二、三人の黒ずくめが追ってきている。


「よし、ビオ。ミストを城まで送り届けるからな!」

「うん! 合点承知の助!」


 ビオさんその合点承知の助の情報源は何処や……。

「なんで合点承知の助なんだよ」ってツッコむと、ビオは「え、ダメだった?」って言い返してくる。ギャグじゃないのかよ。「いや別にいいけど」


 そのやり取りを聞いたミストが、小さくクスッと笑った様な気した。

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