第9話

 女性に炎が迫る。全てを焼き尽くさんと燃え盛る、業火が。

 間に合うか? いや、マズイな、間に合わない。


 もしあの炎が女性に到達したら、どうなる? まず、体全体を瞬時に焼かれる。あれは魔法だから、もしかすると体内まで同時に焼き尽くすという可能性もある。もしそうなると、そこに“死体”は無くなる。比喩ではなく、炭化して文字通り無くなる。

 そんな事、させない。例え見知らぬ女性だとしても、そんな姿になるのを見ていたくはない。


 綺麗な白髪を持つ、恐らくはアルビノと呼ばれる存在。

 髪の毛も、肌も、あらゆるものが白い、その大人びた雰囲気を醸し出す女性は、こちらを見て、手を伸ばしていた。


 あれ、何だろう。

 変な感覚。周りのものがゆっくり動く。炎のうねりが、まるでスローモーションで見ているみたいだ。

 そんな世界で僕は、しっかりと捉えた。

 ────その女性の、涙を。


 助けなきゃって、思った。

 でも、間に合わない。


 違う。


 間に合うか間に合わないかは二の次だ。やらなきゃ駄目だ。やるかやらないかで悩んでる暇なんてない。そんな事していたら、この感覚を逃してしまう。

 後悔するなら、全力を出し切って後悔しろ。まぁ、後悔する気なんてハナから無いけどね。



 ……思い付いた。間に合わないなら、。無茶苦茶だけど、僕にとっては以外とそうではない。



 時間が、急に動き出すのを、知覚した。

 躊躇っている暇なんて、無かった。



「────“螺旋捻転眼シュピラーレ”ッ!」


 いつ言っても恥ずかしい名前だ。ちなみに名付け親は僕だ。残念な事に僕だ。後から変えようかとも思ったが、この名前でなければ発動しなくなっていたから、結局今の今まで変えられていない。

 能力は、読んで字のごとく。螺旋の形に捻って、方向転換させる能力。言葉だけならそれほど脅威を感じないだろうけど、これは相当に狂気じみた魔眼だ。

 だって、どんな物でも捻るんだから。それが例え人間だろうが、空間だろうが、現象だろうが何だろうが無理矢理“捻る”。草の茎を捻ると、どうなる? 当然の様に、千切れる。…………この魔眼は、そんな感じでどんなものでも捻り切るようなもの。

 ……こんな力、有るだけ無駄だとは思ってたけど、こんな所で役立つのは思わなかった。


 能力を発動、狙うのは女性にぎりぎりで当たらない、女性の少し上辺り。……の、空間。

 どんな物質だろうと現象だろうと、そこに空間が無ければ、“何も無い”し、“何も起こらない”。何故なら、物質や現象があるのは、前提としてそこに空間があるから。空間があるからこそ、そこには物質が現れるし、現象が起こる。

 つまり僕がやろうとしているのは、空間を捻じ切って、完全な“無”を作り出そうとしてるって事。そこには何にも無い。物質も現象も、原子も、物理法則も、重力も、何一つ無い。

 そうすれば、炎はその空間を避けて通る。それぐらいの時間が作れれば、上出来だ。


 ヴォンッ──と音を立てて、無が生まれる。まず、その狙った一部分だけの色彩が失われ、白黒の世界が顔を出す。直後、それがぐるりと歪み、無が、一切の不純物を表さない正真正銘の“黒”が現れる。

 丁度女性の少し上に、が出来る。

 そこは、空間のようであって、空間ではない。


 宇宙は膨張しているらしい。宇宙の果ては、日に日に遠ざかっている。と言うのが一般的な考え。そしてその宇宙の先には、無があるらしい。

 そんな無が、今目の前にある。なんとも、不思議な感覚だ。

 本来なら、絶対に見る事が出来ないものなのに。

 ここから数万光年、いや数億、数兆、数京──きっといつかは那由多、不可思議、もしかすると無量大数。そんな大きすぎる単位でしか表せない所にあるものなのに。


「“螺旋捻転眼”」


 左腕を突き出し、その手を大きく開く。これは女性を掴む為じゃあない。


「上方放出」


 左手を言葉と同時に握り締める。それに合わせて、無の空間が縮小し直径三センチ程度の球に縮まる。そして、左手をアッパーを真似て打ち上げる。


 実はこれ、つい今しがた思いついたものなんだ。


 荒れ狂う炎が、無から上方に向けて放出される。

 いや、放出と言う言葉では少し語弊があるかも。いや、放出じゃ言い表せていない。

 これは言うなれば、方向性を持った爆発だ。

 爆発とは、全方向にその衝撃を放つもの。それに方向性をもたせられれば、と思った。


 結果はと言うと、大成功。

 女性を襲う炎は大きく弾かれる様に後退していった。だがそれでも炎は諦めずに女性に向けて再度襲いかかる。これは時間稼ぎでしかない。炎そのものを打ち消しているわけではないから、当然といえば当然か。

 でも、それが目的なんだから問題ない。


 時間は稼げた。


 


 僕は、に主導権を移す。

 時間が、突然またゆっくりになったのが、僕にはよく分かった。


『連続魔法、石壁せきへき配置、風力加速、雷霆加速・連式──回数一・四・三』


 機械的な口調で、一切噛むことも言い淀む事もなくスラスラと呪文が放たれるのを、僕は聞いていた。そこに人間らしさは存在せず、機械があると勘違いしてしまいそうな、そんな言葉だった。……と僕は思う。


 女性の背後に石壁が瞬時に現れ、それと同時に僕の周囲には風が舞い、右足には雷が踊る。

 右足で踏み込むと、雷が跳ね、爆発的に加速する。地面が陥没すると言うより、その部分が消失する。その次の瞬間には風が更に速度を上げる。


『──ッ』


 気づくと僕は、女性をかかえていた。

 上を見ると、炎がのんびりと動いていた。


 風が舞い、僕の体を無理矢理方向転換させる。そして石壁に足から着地。風と雷が衝撃を殺してくれる。

 そして先程と同じ様に、石壁を足場にして右足で踏み込む。雷が爆ぜ加速、風によって更に加速する。石壁が崩壊して弾丸となって飛んでいくのが見えた。人いなくて本当に良かった。




 ──時間にして僅か一秒にも満たない攻防は、僕の圧勝で終わった。




 僕は何事もなかったかの様にビオの隣に、見知らぬ女性を──お姫様抱っこと呼ばれる形で──抱き抱えて、着地。


 は、僕に主導権を返す。そしてゆっくりと消えていった。

 ふぅ、と息を吐く。そして大きく息を吸って、また大きく息を吐いた。そう、深呼吸。すーはー。ひっひっふー、あ、これ深呼吸じゃねぇ。


 少し時間が経って、ビオが僕に気付く。見知らぬ女性も同じ様に僕に気付く。

 そして。


「「…………え?」」


 きょとんとした顔で見てきた。何と言うのだろう、「え、今何が起こったの」的な顔だった。顔に文字が書いてあるとか、そう言うのではなくそもそも顔自体がそれを物語っていた。

 …………あれだ。折角の自習の時間だったのに、苦手な先生が来て騒げなくなった時の様な。いや違うなこれは。


「…………どしたの?」


 僕は首を傾げる。多分速すぎて認知出来なかったとか、そんな感じ何だろうけど。

 そんな事を考えていると、後方で大きな爆発が起きた。

 嫌でも注目を集める様な、大爆発が。


「いやまぁ、ここに留まってないで、まずは逃げようか」


 人が集まるのはまずい。

 という事で見知らぬ女性には失礼だが、というか誰にとっても失礼な行動だったが、女性とビオの二人をそれぞれ片手で持ち上げる。丁度脇腹と腕だけで支える様にして。

 そして、僕はこれまた思いっきり加速してここから逃げた。今回は魔法も何も使ってないけど。


 振り返ると、こちらを忌々しそうに見つめる人影があった。

 正直、嫌な予感しかしないが、まぁやってしまったものはしょうがないか。

 やるからには、最後までやるか。




 屋根伝いに街を疾走する。なんか凄い視線を集めている気がする。

 気のせい……じゃないよな。いやまぁ、考えてみれば視線を集めない訳はないんだよな。だって、両手に華だぜ? 物理的なのが問題だが。がっちりホールドして屋根から屋根にジャンピング。


 視線が辛い。


「置換」


 ここは逃げるしかあるまいて。前方百メートルぐらい先の“大気”と自分を置換する。するとあら不思議、瞬間移動が可能に。いやネタバレしながらあら不思議というのも、十分に不思議だがそこは置いておくとして。

 瞬間移動からの瞬間移動。人の目に映らない様に慎重に。六回ぐらい瞬間移動したら、なんかそろそろいいかなと思えたから地面にむかって降下。当然大きな道のど真ん中に着地する訳にはいかないから、うまーく路地裏に滑り込む。両脇の家の壁を使い、足で速度を落としながら着地。


「ふぅ、着いたぞー」


 謎の達成感と言うか、何かそんな感じのものにほわわんとしながら声を掛けた。……あれ、返事が来ない。嫌な予感がする。さっきのとは違う嫌な予感。


 …………あ、見知らぬ女性が酔ってる。ビオも酔ってる。え、あれって酔うんだ。

 路地裏って狭いものだと思っていたけど、ここは結構広かった。大の大人でも、三人位なら横に並んで歩けそう。近くにあった木箱を足で弾いて、そこに二人を座らせる。ハンカチを置くことも忘れない。何故両手が塞がってるのにハンカチを置くことができたのか、疑問に思ったか?

 簡単。二人を地面に下ろし、木箱に座るまでの時間があればそれぐらい楽勝なのだ。


「ぅ……」

「ちょ、しでんさん……」

「ごめんまさか酔うとは思ってなくて。ほいこれ」


 マジシャンの手捌きを真似して手を適当に動かした後、突然手の平の上に飲み物を二つ出現させる。実はこれ初めてやってみたんだけど、以外と出来るものだね。というか、やってみる事に価値があるのか。


 女性は結構驚いていた。その反応が見たかった。やったぜ。


 ちなみにマジックでもなんでも無いんだけどね。ただ、よくある無限に入れられるバッグから突然取り出して見せただけ。ふふふ、実は僕もあの無限に入れられるバッグがあるのだ。よく他の勇者とかは持ってるやつ。

 ……あ、でも僕、無限とか言ってるけど、実際にはそんなじゃないよ。

 確かに保存状態とかがいい、あの異次元にでも繋がっているようなバッグは持ってるけど、収納限界はある。そのバッグをアホみたいに一つのバッグに入れてるから、擬似的に無限のバッグになってるだけ。


 ちなみに、今出した飲み物は宿で買っておいた飲み物。味は確か、しゅわしゅわする砂糖水とか言ってたから恐らくソーダだと思う。透明なガラスの瓶に入ったものだった。宿から出るときに、万が一に備えて買っておいた。万が一っつっても、露店で何か、焼き鳥みたいなやつとかを買ったときに飲む為だったのだけど。

 別に熱中症になった時の為とかじゃあない。だって熱中症ぐらいなら魔法でちょちょいのちょいだから。


 ……勘違いしてないよな。魔法ですぐに治すんじゃなくて、魔法で水とか出してそれで治療するんだからな? 魔法ってのは傷は治せるが、やまいは治せない。いや、治せる病もあるが、大体の病は無理だ。で、熱中症は治せない方に入る。なんで治せないのかは実はよく分からない。風邪は治せるのに。


 あ、ビオに瓶を一つひったくられた。そんなに気持ち悪かったのか。


 ん? なんでソーダを今出したのか? 水でも良かっただろって?

 チッチッチッ。甘いな。瓶に入ったやつを出した方がマジックの見栄えが良くなるからだ。そこまで考えているのさ。

 嘘です。

 炭酸水とか、甘いものを口にすると血糖値が上がったりとかで、それが酔いには効くのだ。えっへん。……まぁ、そんな事が書いてある記事を読んだ記憶が薄ぼんやりとあるだけなんだけどね。


「あ、ありがとう……ございます」


 ビオは一瞬で僕から瓶を奪い取っていたというのに、それとは正反対に、女性はお礼を言ってから受け取り、それはもう丁寧に飲んでいた。何処の貴族出身だよって言いたくなるぐらい。あれか、箱入り娘か。

 ちなみに、ソーダだから飲んだ瞬間に広がるしゅわしゅわに驚いていた。もしかして飲んだ事ないのかな。しょうがないよね。糖分たっぷりだもんね。


「あ、それ飲み終わって落ち着いたら、ちょいと状況説明よろしく頼む」


 こくこくとソーダを飲みながら頷いた。やだ可愛い。なにその動作。

 と、そんな思考は置いておいて、もうすでにソーダを飲み終わったビオの腕を持ち上げる。ていうか飲むのはやっ。


「えっ、な、なに……?」


 なんでビオはこんなに怯えた様な声を出すのか。


「いや、そんな構えなくていいよ。ただツボ押しするだけだから」


 乗り物酔いの対処法。ツボ押し!

 手首の付け根から少し下がった所……大体、指一.五本分位下がったぐらいの所にある少し凹んだ場所。内関と呼ばれる所を押すという、それだけ。

 丁度その内関を教える。


「ここを親指を揉みほぐすといいらしいよ」

「そ、そう……んっ……なの?」

「うん。それにしても言葉の途中に入った『んっ』って妙に色っぽいな」

「えっち」


 なんて言いながらも素直にビオは従ってくれた。頬が赤いのは気のせいじゃないはず。左腕の内関をせっせと揉みほぐす。それを見た後、すぐに女性の方に視線を移す。

 ……今更だけど、綺麗な髪の毛。何処からどう見てもアルビノだなこれは。髪の毛も睫毛も肌も、何もかもが真っ白だ。普通に綺麗な人だと思った。見た目的には、年上か? 少なくとも高校生って感じではない。……と思う。

 なーんて見惚れている訳にはいかない。ビオに嫉妬されちゃう。……と思う。多分。…………恐らく。


 さてこれまた丁度よく、女性はソーダを飲み終わった様だ。


「気分は?」

「だいぶ、良くなりました。でも、まだ少し気持ち悪い、です……あ、あと……その」

「諸々の事情はまだいいよ。今は少しでも気分を休める事にしよう」

「ぁ……はぃ……」


 女性のツボを押す。事前に「ちょいと失礼」と言ってからね。

 こっちはビオに教えた内関だけではなく、もう一つのツボも教える。そしてそれを僕が押す。……なんか、ビオよりも辛そうだったから。いや違うかビオが元気なだけか。

 天柱っていう、うなじにあるツボ。生え際から指一本分上の窪みの、さらにそこから指三本分ずらした位置にある。なんでこっちはこんなに鮮明に覚えているのか自分でも分からない。そこをなるべく優しく、押す。


「あっ、あの……うっ……んん……あり、がとう、ごさい……はぁ……んっ」


 何故喘ぐ。何故に。お礼が貰えるのは嬉しいが喘ぎ声は、今はそんなに嬉しくないぞ。


「ん……くす、ぐったぃ……で、す……」


 そんなに俺の事恨んでるのか、そうなのか、そうだな。そんなに苛めたいのね僕を。んなわけあるかーいって自分の事を突っ込んでみようかと思ったけど確実に虚しくなる気がしたから止めた。


「………………しでん?」

「待ってビオ、僕はツボ押してるだけ。本当にそれだけ」

「本当に……」

「もしかしてビオ、なんかいやらしい事でも想像したの」


 本当に急だった。ここまで!? ってなるぐらいに急に顔が真っ赤になって、ビオは勢い良く立ち上がる。


「ちっ、ちがっ……」

「あ」


 でも、突然立ち上がったせいなのか姿勢を崩して倒れる。多分目眩でも起こしたんだろ。

 ほぼ反射的に置換を使用してビオの目の前に移動し、支える。むにゅって音がした様なしてない様な。


「ひゃっ……」

「大人しく座ってろ、な?」

「ぅ、うん……」


 そして、すぐにまた木箱に座らせた。その後は、無言の時間が続いた。ビオは終始真っ赤な顔で内関を揉みほぐし、女性も同じく。ただ女性は顔を赤くはしていない。僕は女性の天柱を押していた。


 ちなみに。結局最後まで喘ぎ声は消えなかった。途中からはどうにかして喘ぎ声を隠そうとしていたらしいが、それが返ってやばかった。平常心が取り柄の僕ですら少しキョドった。そんな取り柄ついさっき出来たばかりだけど。

 やっぱりなんか恨みがあるのか。


 そんなこんなで時間が過ぎ、大体五分程度で酔いは治まっていた。

 そしてこの沈黙を破ったのは、女性だった。


「あの、もう治りました……ぁん……その、ありがとう、ごさいました……はぁ、んっ……」


 もう狙ってやってるとしか思えねぇよ。しかも何だこのいかにも事後です的な感じは。やめぇい。


「えっち」


 ビオのそんな一言にも、何も返せなかった。話をどうしても逸らしたくて、無理矢理自己紹介に移動させる。


「うん、そうだな、自己紹介しようか。僕は紫電、こっちはビオ」

「あ、私は、ミスト・ドゥミネット・アルデスと言います……ミラの姉です。……実は城に行きたいのですが、その途中で追っ手に襲われてしまい……あの、えっと……」


 空気が凍ったのがよく分かった。ああ、これが空気が凍るという事なのか。oh〜、コリャ、タイヘンダネェ。

 言葉の後半はよく聞き取れなかった。と言うか、耳に入らなかった。もしくは右から左に受け流していた。それぐらいのインパクトがある単語が出てきたという事だ。


「「ひ、姫さまのお姉さんんん!?」」

「えっ!? あっ、えっと、はい!」


 まじかよ。あと何、そのしてやったり的な顔は。女性、もといミストさん。

 驚いた単語。ドゥミネット・アルデス。恐らく……というかほぼ確実に、いや百パーセント、王族である証。分かりやすくいうなら、王族にのみ許された苗字と言うところかな。

 そういえば、姫様はミラ・ドゥミネット・アルデス、善なのか悪なのかよく分からない王様は……確か…………か、カラ……あ、カラザ・ドゥミネット・アルデス。王様の名前忘れてたとか、そんなんじゃないんだからね、ちゃんと覚えてたんだから。すみません嘘つきました忘れてました。


「え、あ、まじ、かよ」


 やべぇ凄い人助けたな俺様、みたいな思考がぐるぐる渦巻いている。ぐーるぐる。ビオは、もうどうしていいのか分からなくなったのは魂が抜けかけて……って待てぇい! 抜けるな魂! ビオの両頬っぺたを、人差し指でぷにゅぅぅっと押す。あ、魂戻ってきた。

 そんなやりとりの途中。


「あのっ」


 女性は少し焦った様に言った。


「……何か、日の光を遮るためのものを……貸してもらえませんか……?」

「ん? あ、はい」


 そう言えば、アルビノは日の光を浴びない方が良いのだと思い出した。確か地球だと、紫外線を防げないから皮膚癌とかになり易いのだとか。そうか、こっちでもそれは同じか。

 なんだか出番の多いマジック、というか無限のバッグ……面倒めんどいからアイテムボックスでいいや、そこからフード付きの、それも大きめのコートを取り出す。見栄えも考えた若干いいコート。といってもやっぱり薄めなんだけど。

 ビオが「何そのバッグ凄ーい」的な顔で見てたがここはスルー。

 ミストさん……ミスト様? に着せてみる。うん、ぶっかぶか。地面引きずっちゃってる。


「……ちょっとそのままに……えっと、ミスト……様?」

「あ、ミストでも結構ですよ? 命の恩人ですから」

「……うーん、じゃあミストさん」


 さん付けで王族を呼ぶとかなんか親近感でていいな。

 なんて考えはすぐに打ち払って、しゃがむ。まず、引きずらない程度の長さを見つける。次にそこを切断。次にその切断したやつを横長に半分に折り、刺繍が外に見える様に、同時にコートの切断を隠す様に縫い付ける。ボックスから紫電特製の超長針と糸を取り出して、『取れなければいいや』程度の抜け付けをして、はい終わり。

 適当な仕事に聞こえるだろうが、実際に使う分にはそんなに気にならない程度の仕上がりだぞよ? 糸も一番目立たない色を選んだから、そういう刺繍なのかなって思える見た目だし。


「あ、凄い……えと、紫電、さん」

「え、何今の、何で一分程度で裁縫が終わってるの」


 予想外にウケた。へへへ、これでもまだまだなんだがね。今まで見た中で一番速かったのは、クルクスのメイドの一人だったかな。何せ、五分で完璧に仕上げるんだから。裾上げ程度なら僕の半分の時間で終わらせる人だし。しかも見栄えは僕のよりも良いという。


「そんなに凄くないよ。……で、そろそろ話を戻そっか。ミストさんの目的は──」


 ぐぅぅぅぅ……。


 ……突然すぎて、その音の主をじっと見てしまった。言葉を中断してまで。そこには、腹を押さえて顔を赤らめる、ミストさんがいた。


「……そろそろ昼だし、何か昼飯でも食べながら話そっか。人がいる所なら追っ手も来れないだろうから。その代わりに、情報も漏れ易いけど……今回ミストさんがしてる事は極秘?」

「……いえ、極秘ではない、のですが……というより、独断です……」

「ん、了解。事情はどうあれ、つまりこの事を知ってる奴は僕たち以外にはいない訳だ。さらに独断というなら、その情報にもよるが、情報が漏れてもある程度なら大丈夫だろ。あと、ミストさんは住民に顔を知られてる?」

「見ての通り、アルビノと呼ばれる体質ですから……住民の前に出たという事は無い……です」

「なら、ミストさんが王族だと分かる人もいない訳だ。本当にどっから嗅ぎつけたのか分からないような重度のストーカーがいなければだが。よし、昼飯食いに行こっか」


 スラスラと事が運んだ。嬉しいね。もしこれの内のどれかにひっかかっているとそれだけで大変なんだなこれが。


「あ、そう言えば、ミストさんは何を伝えようとしてるの? えーと」


 少し記憶を探る。確か自己紹介の時にチラッと聞いたような気がしたから。あ。


「確か、城に行くんだっけ」

「はい…………あの、実は」


 ミストさんはどうにも話し辛いような、話して良いのか悩んでいるような感じだった。

 ……一瞬、上目遣いで僕を見てきた。……うぬ、これは、あれか。心配されてるのかな。その情報で僕が取り乱したりとか。その情報で僕たちに逃げられてしまうのでは、とか。

 そんな心配要らないのに。と言っても、まだ出会って三十分も経ってないんだからしょうがないか。

 もう一度、ミストさんが上目遣いをして見てきた時に合わせて、笑顔を見せる。


「大丈夫、話していいよ」


 こんな程度の低いお願いでいけるか、正直不安だったけど。

 ……以外と、信頼されてたのかな。


「実は────魔人族が、この国……トリアンテイヌ近辺に、潜んでいるらしいのです。その証拠を見つけはしましたが……」


 ……へぇ。


「証拠は見つけたが、それを国に伝える段階で追っ手に捕まりかけている、そして今に至る。こんな感じか」

「……はい」


 泣きそうになったミストさんに、ビオは堪らず駆け寄った。


「うん、こんな暗い話はまた後で。今は昼飯だな」


 なるべく平然を装って、僕はそう言った。ビオもそれに乗ってきてくれた。「そうです! 私ももう腹が減って……って、あっ、お、王族の方に馴れ馴れしく……ゆっ、許して貰えますかっ!」……素なのか、わざとなのか。見事に話の話題を変更させた。ナイスビオ。

 ちなみに、ミストさんの返答は、「そんな、私の事は友人の一人と思っていただければ嬉しいです」と優しく言っていた。

 そして、二人は歩き始めた。僕はその後ろを歩きながら、ある事を考えた。



 追っ手は、どう見ても人間だった。魔人を見た事が無いから何とも言えないが、ほぼ確信を持ってあれは人間だと言える。

 所々露出した部位であったり、隠しようのない目を見たが、どこからどう見ても人間だった。変装してたという可能性もあるが。だが、魔人は人間よりも強い筈だ。こんなに簡単に逃がしてくれるとは思えない。よって、あれは人間だとほぼ確信している。確実な確信では無いが。

 そして、あれが人間だと仮定すると、そこからはとても簡単にある一つの答えにたどり着いた。


 魔人族が潜んでいるという情報を消す為に、人間が動いている。それはつまり、魔人族に肩入れする人間がいるという事だ。

 それ即ち──裏切っている人間がいる。

 トリアンテイヌを狙っているところを見ると、トリアンテイヌに関係する人物、それもトリアンテイヌを恨んでいる存在。トリアンテイヌを恨むといえば……誰だ。


 僕は、とても嫌な予感がした。

 魔人族を招いてまで、この国を滅ぼしたい人物とは、誰だ……。


 …………。

 この嫌な思考を打ち払うように頭を振った。

 そして、前を歩く二人の後ろをついていく形で、歩いた。


 ◇◆◇


 同時刻。

 街で起こった爆発から、僅か数十分後。勇者たちが、爆発に気を取られながらも特訓をしていた頃。


「凄い爆発だったな」

「俺たちが折角城に戻って来たっていう日に限ってこう言う事件が起きるなんて……ついてないのか俺たち……なぁ、リーダー」

「かもなぁ」


 突然、豪華な騎士甲冑を纏った男三人組が城に訪れていた。

 その三人は、全員がまさにイケメンと言えるだけの顔を持った者たちだった。歳は、大体二十歳前後だろうか。

 特訓中だった勇者達の内の、主に女子はきゃわわと騒ぎ、男子はけっ、とそっぽを向いた。

 勇者達にお付きだった騎士は、その三人を見ると目を輝かせた。


「「「「勇者様!」」」」


 そして、お付きの騎士はそう言った。それに他の勇者達が驚いたのは言うまでも無い。

 そう、その三人組は──以前にこの世界に召喚された、勇者だった。


 その直後。


怜史れいじさま!」


 透き通るような青髪を揺らして、一人の少女がその男達の内の一人に、駆け寄った。……リーダーと呼ばれた男に向かって。

 赤く染めた髪に、鋭く、そしてどこか優しげな瞳を持った男──怜史。

 伊神いがみ 怜史れいじ

 怜史は、嬉しそうに笑顔で言った。


「ミラ様! お久しぶりです!」


 ……そう、怜史とは、ミラ。──ミラ・ドゥミネット・アルデスの、初恋の相手である。

 ミラは、怜史の胸に飛び込んだ。

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