第三階層の試練

「見事ナリ……。

 第二階層ノ試練……。『合格』ヲ、認メヨウ……」

 第二階層の門番、ヘラクレスはそう言った。

「感謝する」


 ロロナはクールに格好をつけて、先へ進もうとした。

 オレたちは無言で、そんなロロナを見送った。

 それはまるで映画のようで、オレたちはただ魅入っていた。

 ロロナは三階へ向かう魔法陣に足を踏み入れ――――。


「なにゆえわたしを独りで行かせる?!

 独りぼっちは、さびしいではないか!」


 ローラやフェミルや幼女のマリンが、ハッと意識を取り戻す


「ごめんロロちゃん! わざとじゃないのよ!」

「バーサーカーなロロナさんが、あまりにもカッコよくてつい!」

(こくこくこくっ!)


 やれやれ。


「じゃあ行くか!」


 ここは全五階層の塔。次はいよいよ真ん中である。


「これはまた……」

「一風変わった空間ですね……」


 オレたちが入ったのは、図書室めいた空間だった。

 見上げるほどの高さの本棚に、本がたくさん詰まってる。


「大女神の試練、第三階層へようこそ……。

 私はメティ……。本の女神……です」


 現れたのは、ひとりの女。

 濡れたような黒髪に、気弱そうな瞳や、垂れ下がった眉。

 しかして神秘的な、黒いワンピース風の姿が印象的だ。


「この階層では、『本の知識対決』をしていただきます……」


「そういうのなら、アタシが得意ね!

 『知の女神』としての力、教えてあげるわ!」


 ローラはビシッと指を差す。


(実際コイツは、『既存の知識』にアクセスできる『知の泉』って能力を持ってるもんな。

 本の知識勝負なら、かなりいいとこ行きそうだ)


「あなた方は好きな本を選び、その本に書かれていることから問題をだす……。

 私がそれに正解すれば、私の勝利……。

 間違えれば、あなた方の勝利……」


「どういうこと?!」


 始まる前から負けそうだ。

 メティも戸惑う。


「…………」


 メティは無言で右手を、宙にかざす。

 なにもなかったところから、一冊の本が現れた。


「この聖書には……。

 680年前に起きた神魔戦争のことが書かれております……。

 例えば250ページには、大天使グラトニー、大悪魔ミカエルを討つ――と」


「グラトニーが天使で、ミカエルが悪魔なのか?」

「はい……」


 メティはうなずいた。


「なのでこれを『問題』にするなら、『聖書において――大悪魔ミカエルを討ったのは誰か――』と私に問いて、私が大天使グラトニーと答えることができれば私の勝利。できなければ、私の敗北となります」


 ロロナが尋ねた。


「回答権は何回だ?」

「おひとりにつき…………一度」

「回答権の譲渡は可能か?」

「はい……」

「キミの間違いは、何回まで許される?

『大天使グラトニー』を言い間違えて『熾天使グリード』と言ってしまった――が、すぐに思い直したような場合だ」

「一度でも間違えたら、あなた方の勝利でよろしいですとも……」


 メティは、ニィ……と笑う。


「私は……。

 間違えませんから……」


 大した自信だ。

 しかし基本的なルールを確認してくれるロロナは助かる。

 ロロナは続けた。


「問題に出す本は、この部屋にはない本からでも構わないのか?」


「はい……。

 この部屋の外にある本はもちろんのこと……。

 この世界の外に存在する本からの問題であろうとも……。

 私はお答えいたしましょう……」


 メティは、オレとリンディスを意味ありげに見た。


(オレとリンディスが異世界人ってのも見抜いてるのか)


「ほかには……なにか?」

「……わたしからは特にないな。

 ケーマ殿はどうだ?」


「みっつある。

 まずひとつ目だが――――。

『本』の定義は?」


「と……言いますと?」


「オレが持つ本のイメージって言えば、『紙の束をまとめた上で、糸やノリで束ねたもの』になる。

 じゃあ巻物とかはどうなるのかなって」


「巻物は…………認めます」

「竹や木の皮、土とか石版に絵や文字が書かれたものは?

 昔の歴史書は、そういう形式で書かれたものも多いが」

「…………認めます」

「そうか」


 オレはニヤリとほくそ笑む。


「ですが……。

 その書をすべてあわせた時に、三〇〇〇文字以上の文章と、なにかしらの情報が乗っているものに限定させていただきます……。

 この部屋に入ってから書かれた絵や文字列を問題にするのも禁止…………です」


「チッ」

「あれケーマ。今の話に、舌打ちするような要素あった?」

「文字数制限がなかったら、『子供のころ、オレが地面に書いた落書き』から出題しようと思ってた」

「ふえぇ……?」


「あと『この部屋に入ってから書かれた文字列が禁止』ってのも、それがないならそのへんの壁にテキトー書いて、それを『問題』にする手もあったかなと」


「それを『本』って言う気だったの?!」

「それも『本』になってしまうよう、定義を誘導していたんだよ」

「さすがはケーマ。隙あらば邪知暴虐ね……!」

「味方にすると頼もしいぜな……!」

「普通に対決してほしいんですが……」


 ロロナたちがオレを褒める一方、メティは怯んでいた。

 オレは問う。


「ではふたつ目の質問だ。

 『情報』は、どういうものを指すんだ?

 歴史の話は情報だろうが、小説や劇の台本は『物語』って感じだし、日記とかのエッセイは、『情報』っていうか『感想』だ」


「迂闊な答えを言ってしまうと、揚げ足を取られるのですよね……?」

「当然よ!

 だってそれがケーマだもん!」

「ふえぇ……」


 メティは、しばし考えてから言った。


「……『意味のある文字列が並んでいるもの――』と、定義いたします…………」

「じゃあ最後だ」

「はい……」


「そっちの制限時間は何分だ?」

「必要……ですか?」

「制限時間を決めておかないと、『いつ答えるとは言ってない……!』と無言を通して、オレたち全員が餓死か降参するのを待つ――って戦術も取れるじゃん」

「そのような無法で勝利して、なにか意味があるのですか……?」


「意味はなくても勝てる」

「…………」



「オレがそっちの立場なら、確実にやるし」



「あなたの前世は、鬼畜ですぅ……」

「ケーマ殿……」

「ケーマさん……」


 メティはもちろんのこと、ロロナやフェミルもドン引きしていた。


「でも実際、やられたらどうするんだよ」

「……わかりました。

 時間は……一〇分といたしましょう…………」

 メティは、虚空に向かって手をかざす。


 大きな砂時計が現れた。


「この時計の砂が落ち切るまでに答えることができなければ、あなた方の勝利…………です」

「砂時計って、砂が落ち切ってないのに止まる場合もあるが……」

「その場合は……あなた方の勝ちでよいです……。

 もちろんあなた方が、意図的に砂を止めなければ――ですが」

「そうか」


「っていうか……。

 そろそろ……。

 問題に入らせてください…………」


 メティは、泣きそうになっていた。


「ケーマ殿がすまぬ……」


 ロロナが深々と謝罪した。


「まったくだわ!

 邪知暴虐を狙いすぎるせいで、ごちゃごちゃするのがケーマの悪いところね!

 そんなことしなくても、簡単に勝てそうなのに!」


 ローラはグッと拳を握った。

 メティに向かって言い放つ。


「では問題よ!」

「どうぞ……」


 メティが身構えると、ローラは言った。


「知の女神ローラが、三番目に好きな本はなに?!」


「えっ……?」

「ルールがごちゃごちゃしていてよくわからなかったけど、本に関する問題だったらいいのよね?!

 答えられる?!」

「確かに答えられませんが……」


「ヤッターーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 ローラは笑顔で飛び跳ねた。

 かわいい。

 一方、オレは驚愕もしていた。

 ローラ……。

 オマエ……。


「本を読むことができたのか……?」


「驚くところぉ?!

 知の女神なんだから、本ぐらい読めるわよ!」


 世界の常識が塗り替えられたぜ。


「だけどオマエの問題は、本に関する問題じゃねぇ。オマエに関する問題だ」

「『答えを確認できない問題』は、問題として成立していません……。

 女神に関する資料本にも、『知の女神ローラ』などはおりませんでしたし……」

「ウソぉ?!」

「オマエって、公式の記録からも削除された黒歴史なのか……」

「そんなことないわよ! 女神として活動していた時期も、ないわけじゃなかったし!」


「大罪を犯したり……。

 極端な勤務不良をして追放された女神は……。

 資料からも消された『はぐれ女神』となることも……」


「アタシが追放されてるってこと?!」

「恐らく……」


「そんな……。

 どうして……。

 アタシはほんの一年ぐらい、なにもしないでゴロゴロしていただけなのに……」


 自業自得すぎてなにも言えない。


「なにはともあれ、答えられなかったならアタシの勝ちよね?!

 通させてもらうわ!」


「ダメっ、ダメっ、ダメですうぅ。

 ほほほほ、本に書いていないことはダメですうぅ!

 問題は、選んだ本から出してくださいぃ」


 メティはローラの腰にしがみつき、必死になって言っていた。


「そんなルールだったっけ?」

「そんなルールですうぅ!」

「思っていたより難しいのね……」

「難しいことは認めますが、つまずくところが違いますうぅ!」


 メティは、かわいそうなことになっていた。


「ケーマさんもローラさんも、おすごいですね……」

「外道をゆく外道なケーマ殿と、王道を進んでいるつもりで外道をひた走っているローラ殿――となってしまっているな……」

「頼りになるぜなー!」

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