魔術師のカード

「ではでは、お気をつけてお帰りナサイ。義手ならぬ義指は、安くない値段だが売ってるよ?」

「ぐうぅ……」


 幼女のマリンがドアをあけると、冒険者がでてきた。

 指を切断されたらしく、苦痛に満ちた顔で押さえている。

 やれやれ。


「ヒール」

「……?!」

「新しく生えてはきていないようだが……。痛みも消えたし血も止まったか」

「アンタは……。いったい……?」

「気まぐれにいいことをするケーマさんだ」


 ついでにオレは、男の頭に手を乗せた。


(――スキル譲渡!)


 ついさっき手に入れた、『生活再生』もくれてやる。

 オレの分は、また同じもの食べればいいだけだからな。


「この傷を一瞬で治すとは、かなりの治癒師だと見たが……払えるようなカネはないぜ?

 試練に参加していると言っても、ジャックの旦那に雇われただけの身だからな」


「気にするな。水たまりで溺れてるテントウムシを助けたようなものだ」

「今のヒールは、そんな気軽に使える性能じゃなかったと思うが……」

「オレにとってはそうじゃない」

「すまねぇ……!」


 男はオレに感謝して、去って行った。

 部屋の奥にいる魔術師――真ん中あたりで折れ曲がった長い鼻を持った、しわがれた魔女風の老人――が、不気味なる笑みを浮かべる。


「お兄さん――治癒魔術師かい」

「治癒魔法は、趣味で覚えてる程度だけどな」

「くだらないハッタリはよしなされ。

 今のヒールは、聖神官が使う『ヒール』に匹敵する輝きだった。

 アレを無詠唱で放つなど、『趣味』の領域ではない」


 食べるだけでレベルアップして増大した魔力が、過大評価されていた。


「ワシにハッタリは通じん――」


 漫画だったら上半分が使われていそうな決め顔で言っているが、それだけに滑稽だ。

 まぁいいや。

 オレは魔術師の向かいに座った。

 目の前には長方形のテーブルがある。テーブルの上には、手を置くためのものと思わしき金型と――。


 切られたての指。


「趣味が悪いな」

「ケヒヒヒヒ」


 魔術師は指を手に取って咥えた。

 本当に趣味が悪い。


「ルールを聞こう」

「本気でする気なの?! ケーマ!

 実はエムでもあったりするの?! エスエム兼任民族してるの?!」

「ドエスと書いてDSなのがオレだが?」

「指切られるゲームなんて、ドエスのすることじゃなくない?!

 やめよう? ケーマ! ケーマあぁ!」


 ローラはオレの手に手を重ね、危険そうな金型がよけるよう誘導した。

 が――。


「そういう感じに密着されると、背中に巨乳が当たるんだが」


 感じる範囲から言っても、『ぐにゅうぅ……♥』って感じで気持ちいい。


「ケケケ、ケーマのばかっ! アタシが心配してあげてるのに!」

「そう思うなら、その胸を揉ませろ」

「はああっ?!」

「指がなくなったらおっぱいは揉めなくなるって考えると、あるうちに揉んだほうがいいかなって」


 オレはローラの腕を引き、部屋の端に移動した。


「ばかなのっ?! ケーマばかなのっ?!

 ばか――ふえっ、はあぁんっ……(はーと)」


 文句を言っていたローラだが、やさしく揉まれると喘いだ。

 ひさしぶりに揉んだ気がするおっぱいであるが、やはり最高であった。

 席に戻る。


「ルールを聞こうか」

「…………」


 魔術師はなにか言いたげにしていたが、説明を始めた。


「ここに六枚のカードがある」


 魔術師は、オレにカードを見せてきた。邪術的な背表紙が印刷されたカードだ。


「六枚のうち五枚は白紙だが、一枚だけ魔術師の絵があるな」

「ワシはコイツを、伏せてかき混ぜて並べる」


 魔術師は、鮮やかな手つきでカードを混ぜると一列に並べた。


「アンタはここから一枚めくり、『魔術師のカード』を当てればいい」

「……それだけか?」

「簡単であろう?」


 ルールは確かにシンプルだ。

 しかしおかしい。

 完全におかしい。

 言葉にできるほどの明確な違和感が、オレの全身を包み込む。


「カードは、何枚までめくっていいんだ?」

「それは自由に決めるとよい。そちらの希望さえあれば、五枚までめくることを許そう」

「五枚もパラリとめくっていいの?! 国士無双に気前がいいわね!」

「お前はもう少し、次の展開を考えろ。

 指を賭けると言われたゲームで、五枚までめくっていいんだぞ?」

「察しがいい。

 このゲームでカードをめくるには、一枚につき一本の指を賭ける必要があるのだよ――ケヒヒヒ」

「全然よくない悪魔の気前! デビルオーラ・フロント!」


 ローラは涙目になりながら、謎の語彙を発動させた。


「しかしひとつ朗報がある。

 切断タイムは、すべての賭けが終わったあとだ。

 最初に一本賭けて負け、次に一本賭けて負け、最後の一本となった時でも、その賭けに勝てば切断はない。最初の一本目で勝った時と同じコインを、キミに授けよう」


 フェミルがつぶやく。


「趣味が悪いですね……」

「趣味が悪い? どういうことだね? ウサミミのお嬢さん」

「最初に薬指を賭けた人間も、負ければ次は小指を賭けます。小指と薬指を失うとなれば、中指や人差し指も賭けます。

 希望と救いを求めて地獄の底を這いずる人間を見て楽しむシステムのようにしか見えません」

「ワシの親切がそう捉えられてしまうとは……。実に遺憾だ。悲しくて仕方ない。ケヒヒヒヒ」


 フェミルが図星なのだろう。

 魔術師は、一ミクロンも悲しそうではなかった。


「まぁ気にするなよ、フェミル。

 一本一本賭けていったほうが、スリルをたくさん味わえていいじゃないか」

「ケーマさんが言うのですか?! 負けた時に落ちるのは、ケーマさんの指ですよ?!」

「オレの国に伝来していた、すばらしい言葉を教えよう」

「すばらしい言葉……?」


「勝てば負けない!」


「勝てば……?」

「負けない」

「疑う余地のない正論であるのに、まるで役に立つ気がしません……」

「HAHAHA」


 オレは笑って誤魔化すと言った。


「まぁなんにしろ、勝負をしないわけにはいかない。

 まずは小指を賭けるから、一番右をめくらせてもらおう」


 オレは言葉にした通り、一番右に手を伸ばし――止めた。


「めくらないのかね?」

「寸止めして様子をうかがうのは、この手の勝負の『お約束』かなって」

「ケヒヒヒヒ。けっこうけっこう。存分に観察するとよい」


 魔術師は、下卑た笑みでオレを見返す。

 オレは右手を、徐々にスライドさせていく。


「随分と臆病なマネをする。

 勢い込んで受けたはいいが、実は怯えているようだねぇ」


(また的外れなこと言ってる)


 とは思ったが、なにも言わないでおいた。


「一番左のカードにしよう」


 オレはカードに手をかける。


「ふえぇ……」

「はうぅ……」


 後ろでは、ローラやフェミルが緊張で震える。

 オレはカードを、静かにめくった。


「…………ハズレか」

「これは残念!

 しかし一本目で当たる確率は、わずか六分の一!

 外れるほうが道理というもの!」

「まぁそうだな」


 オレは手を引っ込めた。

 リンディスが叫ぶ。


「待つんだぜなっ!」

「どうしたのだい? 愛らしいお嬢ちゃん」

「伏せられているカードも、見せてほしいんだぜなっ!」

「ほぅ?」


「この手のゲーム、何回も騙されたことがあるから知ってるんだぜなっ!

 カードを全部ハズレにしといて、当たりを出さないっていう手があるんだぜなっ!」


「ケヒヒヒヒ。

 それではすべてめくって見せよう」


 魔術師は、オレがめくったカードをゲームから外す。


「それではまずは、一番右だ」


 ハズレ。


「その次は――右から二番目」


 ハズレ。


「三枚目」


 ハズレ。


(やっぱりだぜな。やっぱりだぜなぁ……!)


 が――。


「残念だったねぇ」


 おもむろにめくられた四枚目には、魔術師が描かれていた。


「ぜなっ……?!」

「見ての通りだお嬢ちゃん。ワシがめくったカードには《・・・・・・・・・・・・》、ハッキリと当たりが描かれている」

「ぜなあぁ……」


 リンディスは、へなへなと崩れ落ちた。


「それでは一度、カードをシャッフルさせてもらおうかねぇ」


 魔術師は、カードを伏せるとかきまぜ始めた。


   ◆


(ケヒヒヒヒ……)


 カードを混ぜる魔術師は、心密かにほくそ笑む。


(あの小娘の推測は当たり。

 ワシはイカサマをやっておる。

 今伏せられているカードは、すべて白紙じゃ)


(しかしワシは、カードの紋様を消したり浮かばせたりとできる)


(相手が選んでめくれば白紙。ワシが自らの手でめくれば当たり。

 運に天を任せて選んでも、当たることは絶対にない)


(その指――取らせてもらうぞぉ?)

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