ミルクゼリーを売り込む

 収穫が終わった。

 リアカー一杯の――数で言えば一〇〇近い花が収穫される。

 ミルクの花は一本で、ゼリー一五個は作れる。

 つまり今回の遠征で、ゼリー一五〇〇個分にはなった。


「それでは帰りは、シルドラに乗っていくといいぜな! 特別に乗せてやるぜな!」


 リンディスが叫ぶ。

 オレたちは、シーサーペントのシルドラの背に乗った。

 初めて乗ったシーサーペントだが、意外とふんわりやわらかだ。

 オレはやわらかな背をさする。

 ウナギのような肉質を持っている気がして、率直につぶやいた。


「食えそうだな」

「キュイィッ?!」


 シルドラがビクっと震えた。


「なに考えてるぜなー!!」

「食えそうかどうかを……」

「おっおっおっおっ、降りるぜなー! 今すぐすぐに、降りるぜなー!!

 確かにシルドラはおいしそうぜなが、友達だから食べちゃダメなんだぜなー!」


「おいしそうは認めるのかよっ!」

「ウソはよくないと思ったぜなー……」

「キュイイィッ!」


 リーディスがつぶやくと、シルドラは抗議した。


「ふかふかふしてるぅ、ふわふわしてるぅ!

 背中がとってもやわらかくって、タテガミが雲みたいにふわふわで…………くうぅー…………」

(すや………。)


 ローラとマリンが眠りに入った。

 幼女のマリンと同じ速さで眠るとか、コイツはやっぱりそっち寄りか。

 やれやれ。

 シルドラに乗って町に向かった。


「ふと思ったが、こんなシーサーベントに乗って行って大丈夫か?」

「それなら平気だ、ケーマ殿。わたしたち黄金平原の鍛冶場には、駐竜場がある。サーペントは珍しいが、降ろせないことはない」

「そんなのあるのか」

「急いで荷物を運びたい時などは、ワイバーンを使うからな」


 ロロナの指示に従って、駐竜場にシルドラをおろす。

 駐竜場と言うだけあって、数体のワイバーンが繋がれていた。

 オレは一回宿に戻って、あれこれ準備を整えた。

 特にミルクの花は、色々といじった。


「なにやってるのー? ケーマ」

「まぁ、いろいろとな」

「それよりもおなかすいた! ごはん食べたい!」

「そうだな……食事にするか」

「わぁい! ケーマ大好きー!」


 そんな感じで一週間後。

 オレはロロナの姉にして商人をやっている、リリナの家に出向く。


「ひさしぶりだね、元気にしていたかな?」

「おかげさまで元気です」

「それはよかった」


 リリナは小さくうなずくと、ロロナのほうを見た。


「わっわっわ、わたしも元気です! 姉上!」


 ロロナのそれは、家族というより憧れの先輩に対するような態度であった。


「元気そうで何よりだ。

 そしてケーマ殿たちの様子を見ると…………商売のお話かな?」


 さすがの嗅覚であった。

 オレはリリナの家にあがって、ミルクゼリーを振る舞った。


「これは……ふむ。心地よい甘みに、絶妙なとろみ。

 舌の上で転がせば、芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。すばらしい味わいだな」

「これを商品化したいと思いまして」

「ふーむ……」


「ダメなの?! ナンデ?! 国士無双においしいじゃない?! 皇帝も倒せる革命のお菓子よ!

 倒してみたくなるでしょ?! 皇帝とか!」


 まとまる話も木端微塵になりそうな、ローラの謎説得である。

 こいつの頭は根本的に間違っている。

 オレはローラにりんごを渡した。金色に輝くゴールドアップルである。


「食べていいの?! やったー!」


 単純なローラは、ゴールドアップルを食べ始めた。


「新しい食品――特に嗜好品となれば、必須の課題がみっつある。わかるかね?」


 オレが答えを言う前に、リンディスが叫ぶ。


「おいしいってことだぜなー! まずいものは食べたくないぜなー!」

「残りふたつは?」


「値段です! おいしいものでも、値段がついていると食べられません!

 二〇〇バルシーの高級パンより、道端の雑草です!」


 雨水と雑草で生きてきたフェミルの言葉には、奇妙な含蓄があって――致命的にズレていた。

 カツラだったらハゲがバレてる。


「価格は重要な要素ではあるが、必須ではないね……。

 そもそも二〇〇バルシーは、パンの価格としては安い部類で……」

「何言ってるんですか! 二〇〇バルシーと言えば、かつてのわたしの一ヶ月分の生活費で……」

「二〇〇バルシーと言えば、わたしのコーヒー二杯分だぞっ?!」

「コーヒー二杯で、一ヶ月を生きてらっしゃるんですか……?」


 フェミルはとことんズレていた。

 基本的には常識人だが、おカネが絡むとローラ化してしまう。

 仕方ない。

 オレは小さく手をあげた。


「安全性と、単純な量ですよね?

 味がよくても危険であれば、商品にはできません

 そしていくら質がよくても、量を確保できなければ『商品』にはなりません」


「さすがだな。冒険者をやらせておくのが惜しい頭の回転の速さだ」


「安全性は、オレには特殊な能力があります。

 毒のある食べ物を食べると、毒があるかどうかわかるのです」


「判別法が体当たりすぎる!!!」


 リリナは苛烈に突っ込んだ。

 恐らくリリナは、『実際に食べて体を壊して確認していったオレ』を想像してるのだと思われる。

 普通の人が死んでしまう程度の毒なら平気っていうだけなのだが。


「まっ……まぁ、そこまでやった結果なら、信用しよう。となると最後の、『単純な量』のお話だ。

 実を言えば『ミルクの花』は、わたしも知っている。

 しかしシュガーフォレストの奥地でしか採れん上、咲いている量も多くない。

 栽培も試みたが、普通の大地で育ててみると、土臭くなってしまう。

 この点はどうするのかね?」


「これです」


 オレはコトリとビンを置く。

 白いミルクが入ったビンに、ミルクの花を挿している。


「これは……?」

「水耕栽培という栽培法です。土を使わないので、土臭くなりません。

 この花も、一週間前に採った花を挿しています」

「ふむ……」


 リリナは花びらを摘まんで紅茶に落とした。かき混ぜて飲む。


「天然の花よりも、深みのある甘さが出ているな」

「質のいい砂糖も入れましたので」

「しかし一週間前のそれといったな。ミルクが腐っていないのはどういうことだ?」

「浄化魔法をかけました」


 一般的な水耕栽培は、肥料などを使えない。使うと水が腐ってしまう。ミルクなんて論外だ。

 しかしここは異世界だ。『浄化魔法』という、便利な魔法が存在している。

 だったらそれを使えばいい。


「なるほど、浄化魔法か……。しかし土を使わずに花を育てることができるとは……」

「作物が実るのは、土の精霊さまの加護と聞きました。なのに土から引き離しても大丈夫だなんて……」

「ケーマ殿は、植物にも詳しいのだな……」


 リリナとフェミルが感心し、ロロナはほっぺたを染めた。


「横に長いボートのようなビンを作って、いくつもの花を挿せるような感じにしてもらいたいですね」

「その手の細工は、鍛治が本職である我々の得意とするところではあるな。

 宣伝の戦略などはあるか?」

「はい。例えば……」


 オレはリリナに、あれこれと語った。


 例えばプレイステーションの開発者である久夛良木健氏を補佐していた丸山茂雄氏は、ソニー・ミュージックの人間でもあった。

 知り合いのミュージシャン数百人にプレイステーションを配り、『遊んでみてよ』などと言った。

 遊んで面白いと感じたミュージシャンは、音楽番組のトークコーナーで『こういうゲームをやっている』と語ってくれる。

 プレイステーションなどの話は伏せて、要点だけをリリナに伝えた。


「影響力のある人に『タダでプレゼントすること』は、宣伝の種になるわけですね」

「なるほど……」

「あくまでも、『よいと思ったら』という前提も必要ですね。無理に言わせたらウソになりますから」

「その通りだな。もっとほかの話はないか?」

「あります。例えばですね……」


 心理学には、『ザイオンス効果』というものがある。

 ただ顔を会わせるだけで、相手に一定の親しみを与えるという効果だ。

 この現象は、漫画やアニメがわかりやすい。


 ひとりの知り合いがほめている程度では、『ああ、そうなんだ』で終わる。

 しかし三人や四人がほめていると、『名前をよく耳にする作品』として、親しみを覚える。

 手軽に見れる機会があれば、『ちょっと見てみよう』となる。


「先ほどの話と混ぜるなら、いろんな人に言ってもらうことで、効果が拡大していくわけです」

「言われてみると納得の心理だが、言われてみなければ気づかん。

 すさまじい分析力だな。人間心理の専門家と話しているかのようだ」


 そりゃそうだ。

 だってこれ、人間心理の専門家が言っていたことだもん。

 知識無双だぜー!

 HAHAHA。

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