ミルクゼリープロモーション
街の広場。
噴水の近くで大道芸をするピエロや、似顔絵を描いている絵描きなどがいる爽やかな空間。
オレはベルをカラカラと鳴らした。
「よってらっしゃい見てらっしゃい。至高のスイーツ、ミルクゼリーの試食販売だよー!」
「試食ですよ! 試食! 試食というのはつまりタダ!
タダということは雨水と同じであって、すばらしいということです!」
「国士無双に偉大なるこのアタシ――知の女神ローラが保証する味わいよ!
荒廃したこの世界に降り立った白い甘みは、その罪によって地獄の業火に焼かれながら、天国での思い出に浸る堕天使のような味わいよ!」
ローラはいつも通りだが、フェミルも少しおかしかった。
見た目だけはいいローラに呼び子をやらせたのがオレのミスなら、フェミルにやらせたのもオレのミスだ。
まぁ仕方ない。
いつも残念なローラですら、見た目だけなら申し分ない。増していつもはいい子のフェミルとなれば、責めることはできない。
そうこうしているうちに、いかつい冒険者がやってくる。
「変わった食いものを出してるねぇ、兄ちゃん」
「はい、どうぞ」
オレは試食用のそいつを渡した。
「気がきくねぇ……どれ」
冒険者は一口食べると、もぎゅもぎゅと噛んだ。
「コイツは…………すげえぇ! 口に入れた瞬間広がるさわやかな香り! 下で転がせばとろける甘み! 口を閉じて空気を吸えば、匂いまで甘い! こんなの食ったのは初めてだぜ……!」
その冒険者が、大声で言ったからだろう。
ほかの冒険者や親子連れが足を止める。
「新商品、ミルクゼリーの試食ですよー!」
(とてとてとて。)
「んっ………!」
オレが言うと、無口幼女のマリンがミルクゼリーが乗った皿を両手で持って、冒険者に差し出した。
冒険者は食べる。
「コイツは……確かに。爽やかながら甘い香りと心地よい甘味が絶妙で…………うまい!」
そのふたりがきっかけとなって、列ができる。
「はいはーい、どうぞどうぞー」
オレは冒険者ひとりひとりに、ゼリーを食わせる。
「それと重要なお話がございますので、食べ終わったら少々お待ちください」
そんなことも言って待たせ、試食会をさせること三十分。
かなりの数が集まったところで店番はミルキィとリンディスに任せ、おもむろに言った。
「今回試食したミルクゼリーは、黄金平原五大幹部の、リリナ=ハイロードさん推薦のスイーツです!」
(黄金平原の……?)
(リリナ=ハイロードって言えば、歴代幹部の中でも屈指の目利きだって評判だが……)
(そのリリナ=ハイロードが推薦してるなら品は確かだろうが……)
(((本当なのか???)))
冒険者たちがざわつく中で、ひとりがロロナを指差した。
(間違いないと思うぜ。アイツの隣に立っているのは、黄金平原五大幹部のロロナ=ハイロードだ)
(ロロナ=ハイロード?! 鉄血のブラックバーサーカーか?!)
(鉄血のブラックバーサーカーだ)
(常に『黒』に身を包み、『黒はよい……。私の闇を紛らわせてくれる……』を口癖にしていた……)
「はぐうぅ……!」
冒険者たちがささやく中で、ロロナは死にそうになっていた。
自身の顔を、両手でおおってうずくまる。
まぁしかし、流れとしては悪くない。
止まるんじゃねぇぞ……。と言いたいぐらいに好調だ。
「そしてこのミルクゼリーの材料となるクラゲは、ある人物の私有地で取ることができる――が、そこは私有地。タダでは難しい!」
「そこでこの、『狩猟許可証』の出番よ! これがあれば、私有地でもクラゲを取ることができるわ! 今なら…………いくらだっけ」
「五万だ」
「そっか!」
オレから答えを聞いたローラは、振り返って叫んだ。
「今なら五万バルシーよ!」
「五万?!」
「なんだその価格は!」
「取りすぎじゃねぇのか?!」
冒険者たちはざわついた。
「ねぇケーマ、これってぼったくりじゃないっ?!」
ローラのやつも、冒険者の側にまわっていた。
そんな中、ひとりの冒険者が前にでてきた。最初にミルクゼリーを食べた、いかつい男だ。
「いやいやいや、これは妥当な値段だろぉ」
金貨をちゃらりと支払って、狩猟許可証を受け取る。
「黄金平原五大幹部のリリナ=ハイロードが推薦している商品。その材料の狩猟許可。これを手にするっていうことは、弱いクラゲを取りまくるボロい作業で黄金平原と繋がりを持てるってことだ。投資と思えば五万は安いぜ」
(確かに……)
(一理ある……)
「ちなみに狩猟許可証は、売上に応じて七万、八万と値上げする!
五万バルシーで買えるのは、今日この瞬間だけだ!」
期限を狭めて結論を急かす。
日本のジャパンでよく使われていた、詐欺師の常套手段である。
しかしミルクゼリーがヒット商品になれば、元が取れるのも事実。
高いカネを出して許可証を買った冒険者も、元を取ろうと狩猟をがんばる。
クラゲの安定供給ができて、リリナ側もうれしい。
みんな得する!!!
「これは早く買わないと損だな!」
「俺は買うぜ!」
「俺も!」
「俺もだ!」
それが皮切りとなった。
四人の冒険者が買ったあとは許可証を求める冒険者たちが列を作って買っていった。
しかも四人は、騒ぎと行列を見て足を止めた冒険者にも、許可証の意味や効果を説明する。
おかげで列が列を呼び、許可証は売れまくった。
◆
宿屋の一室。
オレたちは叫んだ。
「カンパーイ!」
お子様味覚のローラが、オレンジジュースをゴキュゴキュ飲み干して言った。
「売れたわね! すごく! 経済的に!」
テンションが高まっているせいだろう。言葉の順序がいつもよりおかしい。
「ミルクゼリーの販売をする前にも儲けちゃうなんて……ケーマさんはすごいです……」
「姉上もケーマ殿から教わった方法で貴族などに売り込んでいるようだし、順調すぎて恐ろしいな」
「帰れそうでうれしいぜなー!」
「どれもミルクゼリーに商品としての価値がないと、できなかったやり方だけどな」
悪辣な詐欺とそうでない商売。
違いはひとつしかない。
『売った商品が良質かどうか』だ。
「確かにミルクゼリーが粗悪であれば、姉上が名前を貸すことも許さなかった」
「でもラッキーだったわよね! 最初にゼリーを食べてくれた人が許可証を買ってくれたり、あとから列を見た人に細かい説明してくれたりして! これもアタシの神格かしら!」
ローラはとてもいい顔で、ミルクゼリーを食べていた。ほっぺには、白いゼリーがついているアホ面だ。
その時である。ドアからノックの音がした。
オレはドアをガチャリとあける。
そこにいたのは、つい先刻の冒険者。
今日のプロモーションで最初にミルクゼリーを食べた男や、狩猟許可証を買った男たちだ。
「今日はよくやってくれたな」
オレは金貨の入った袋を渡す。
「いえいえ、あの程度なら…………と、待ってください。
約束の分より、多いようですが?」
「お前たちの働きが、想像以上によかったからな。ボーナスでサービスだ」
「これはこれは……!」
「ありがたく受け取らせていただきやす」
「またなにかあれば、駆けつけますぜ!」
男たちは去っていた。
「ケーマ。今のは……?」
「オレが事前に雇ったサクラだ」
「つまりインチキ?! 今日のアレはインチキだったの?!」
「そういう見方もないとは言えんな」
「見方とかじゃなくってインチキでしょ?! どうしてそんなことするの?! アタシの神格を信じないの?! アタシがいれば今回のアレぐらい、インチキしなくても引き寄せれたのに!」
「お前が引き寄せるのは笑いだろうが」
「アタシをなんだと思ってるの?!」
「笑いの駄女神」
「ふえぇーーーーーーーん!」
「まぁそんなに幸運を引き寄せるって言うなら……そうだな」
オレは金貨を手に取った。ピイィン――と親指で弾き、両手を交差させて右手に握る。
「今投げた金貨は、どっちの手に入ってる? 五回連続で当てれたら、少しは認めてやるよ」
「国士無双に問題なくって、未来は明るい大将軍ね!」
ローラはフフンと得意げに、よくわからない語彙を放った。
明るい大将軍ってなんなんだ。
つーか神から将軍って、むしろ降格してないか?
まぁいいや。
「ただし先に言っとくが――」
「ん?」
「外した場合、お前の食事は三食チクワ一本な」
「ふええっ?!?!?!」
「そんくらいの楽しみがないと、こんな酔狂には付き合ってられないからな」
「楽しいの?! アタシのごはんがチクワになるの、ケーマは見ていて楽しいの?!」
「最高だ」
「ケーマのドエスゥ!!」
「だけどいいだろ。お前が当てれば問題ないんだ」
「そっ、そうよね。ここはアタシがビシッと当てて、ケーマのいじわるを粉砕する場面よね。土下座させてあげるから!」
ローラはしばし悩んでく。
金貨が入っているオレの右手と、入っていない左手を交互に見つめ――。
左手を指差した。
「アタシのゴッドな直感が、金貨はこっちだと言ってるわ!」
オレは無言で右手を開いた。
「ふええっ?!」
「一発目から外すなんて、すげぇなお前……」
これだけ自信があった以上、三回ぐらいは当てると思ってたのに……。
「待ってケーマ! 待って待って待ってぇ! ワンモアチャンス! ワンモアチャンスうぅ!」
アホのローラは、オレにすがりついて泣きじゃくった。
そして結果は――。
「左!」
オレは無言で右手を開いた。
「右!」
オレは無言で左手を開いた。
「えっ、ええっと…………。右!」
何度続くのかわからないワンモアを、ローラは自ら外していった。
一回ぐらいは当たると思ったのに……。
このローラ、想像以上に駄女神だ。
「ケーマおねがい! ワンモア! ワンモアァ! アタシに女神の威厳を取り戻すワンモアァ!」
ローラは地面に土下座して、威厳皆無な姿で叫ぶ。
面倒になってきたオレは、インチキすることにした。
どちらか一方の手に金貨を入れたと見せかけて、両の手に入れる。
(むっ?!)
ロロナは気づいたようであったが、あえて黙っていてくれた。
「右!」
「正解だ」
「やったあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ローラは元気にはしゃぎ喜ぶ。
「ほらほらケーマ! 見たでしょ! アタシのすばらしい幸運!
なにかあったら、アタシを頼ってくれていいんだからねっ?!」
散々外してなにを言うか。
しかしローラのことである。外した事実は、たぶんガチで忘れてる。
「えへへ~~~。
当てちゃったぁ。えへへぇ~~~~」
しかし幸せそう顔は、それなりにかわいい。
今回は許してやるとしよう。
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