チョコレートの海を渡ろう。

「というわけで、砂糖の森への入森許可をだしてほしいですよぉー」

「森には、Bランク相当のモンスターも発生するが……。

『鉄血のブラックバーサーカー』であるロロナ=ハイロード様がいらっしゃるなら大丈夫であろう」

「グアアアアアアアアアアア!!!」


 村長の悪気ない発言に、ロロナは死にかけていた。

 しかし許可はもらえた。

 オレたちは、村の南へと出向く。

 そこに広がっていたのは――。


 沼。


 どろどろに溶けたチョコレートみたいな色合いの沼が、かなり広い範囲で広がっていた。

 沼の奥には白い森がうっすらと見える。あそこが砂糖の森――シュガーフォレストなんだろうな、とは思う。

 しかしこのチョコ色の沼、とてもおいしそうである。チョコ独特の甘い香りが、ふんわりと漂ってくるのだ。

 ローラが叫んだ。


「何この沼、おいしそう!!」

「これはチョコモの海ですよぉ。

 形は確かに沼ですが、イメージが悪いので海ですよぉ。

 この村の特産である、チョコ草が取れるんでーすよぉ」


「チョコって草だったのね! 知らなかったわ!!」


 オレも知らなかった。

 チョコモというのも、チョコの藻という意味なんだろう。

 オレは沼に近づいた。見た感じでは普通のチョコだ。


「おいしそう……」


 隣もローラもそう言った。珍しく同意だ。

 手を伸ばす。触った感じも普通のチョコだ。

 指についたチョコを舐めとる。

 味も普通のチョコだった。


「ケーマケーマ、アタシにも! アタシにもぉ!」


 ローラが口をあけたので、チョコのついた指を入れた。


「おいし~~~~~~~~~~」


 満面の笑み。


「なにやってるんですよおぉ!」

「食べたらダメだったのか?」

「チョコモには、毒がありやがるんですよぉ!」


 マジか。

 一秒。

 二秒。

 三秒と経過。

 てれれ、てってってー。

 レベルがあがる。

 

 レベル     2451→2455(↑4)

 HP      30570/30570(↑20)

 MP      26056/26056(↑16)

 筋力      30410(↑10)

 耐久      30210(↑10)

 敏捷      26170(↑5)

 魔力      25965(↑5)


 ◆習得スキル

 脱力毒レベル2


 ◆スキル解説・脱力毒

 相手のやる気をなくす毒。一見すると平和的だが、モンスターや変質者が近寄ってきても逃げることができなくなる。

 さらに悪化すると、食事を取るのも息をするのも面倒になってしまう。


「マジみたいだな」

「どうして普通にしているですよぉ?!」

「多少の毒なら、無効化できる体質なんだ」

「チョコモの毒は、けっこう強い部類ですよぉ……」

「そんな設定は知らん」

「あなたホントに、人間ですよぉ……?」

「HAHAHA」


 しかしオレは平気だが、ローラのほうはどうだろう。

 見てみると、横にべたりと倒れてた。これはホントに、毒にやられているようだが……。


「ふえぇん……。動くのだるいぃ……。やる気でないぃ……。毎日ベッドでごろごろしてたら、勝手にごちそうが出てくる生活したぁい……。ふえぇん……。なにもしたくなぁい……。ふえぇん……」


 いつも通りだった。


 脱力毒という状態異常をもらっているはずが、いつものローラと変わらなかった。

 つまりコイツは二十四時間、ステータス異常にかかってるようなもの――というわけか……。


「とりあえずヒール」

「ハッ!」


 ローラはパッと起きあがる。


「なんか元気になった気がする!

 毎日ベッドでゴロゴロしてたら、勝手にごちそうが出てくる生活がしたい!

 今は強くそう思う!!」


 変わらないとは思っていたが、悪化するとは思わなかった。


「お前まだ、毒が残ってたりしないよな? っていうかむしろ、毒が残ってる状態であってくれ」


 オレはローラの頭をつかみ、前後にグラグラ振ってみた。


「ふえあへふへぇ~~~~~~~~」

「音がしない……。なにも入っていないってことか?」

「入ってるわよ!

 アタシの頭は、知識がびっしり入りすぎてて音がしないのっ!」


 そういう設定らしかった。

 まぁいいや。

 オレはミルキィに尋ねた。


「毒があるってことは、普通にしてたら食えないってことか?」

「食べれるですよぉー」


 ミルキィは、少し離れたところにある机を指差す。

 オレたちは近寄った。

 机の上には、底の浅い長方形の箱が、いくつも並べられていた。


「太陽の光りで乾燥させて『板チョコモ』にすれば、毒が消えるんでーすよぉー」

「海苔みたいだな」


 海苔もまず、細切れになっているのを四角い箱みたいなものに入れる。

 その状態で乾燥させると、あの形になる。


「箱の中に、すこーし入れて乾燥させて、すこーし入れて乾燥させる。

 それをくり返すことで、おいしい板チョコモになるんですよぉー」


「火で乾かすのじゃダメなのか?」

「太陽の光を当てないと、毒が消えないんですよぉー……」

「今度はシイタケみたいだな」


 シイタケは、太陽の光で乾燥させるとビタミンDが発生する。

 しかし乾燥機では、あまりそうはならないという。

 これは太陽の紫外線に当てることが重要だから、乾燥機ではダメとのことだ。

 ちょっとうろ覚えだから、間違っている可能性もあるが。


「つまりこのチョコは、板チョコとして食べれるのねっ?!」

「はいですよぉー」


 するとローラは、オレの服の裾を引っ張り言った。


「ほらほらケーマ! 出すものあるでしょ?!」


 オレは少し考えてから言った。


「拳か?」


「どうしてこのタイミングで、アタシが拳を求めないといけないのっ?!」

「意味もなく殴られたい気分にでもなったのかと……」

「おカネよおカネ! 乾燥させた板チョコモを買うおカネ!

 おカネでおいしいチョコモを買って、食べさせてって言ってるの!」

「はいはい」


 オレはミルキィにカネを払った。

 チョコモが入った箱を手に取り、逆さまにして背中を叩く。

 トントントン。

 チョコモはポロッと落ちてきた。

 ローラの口元にやる。


「えへへぇ~~~。ケーマ大好きぃ~」


 ローラはオレの手を握り、あーんして食べた。

 パキンッ。

 小気味よい音が鳴る。

 ローラの口の中からも、カリッ、コリッと音がする。


 オレもパキッと食べてみた。

 口の中でじんわり溶かし、ゆっくりと咀嚼する。

 ちゃんとしたチョコの味。

 ローラが叫ぶ。


「おいしいぃ~~~~~!

 噛むとチョコがくっちょりとろけるのぉ~~~。意志をもったヘドロが、べったりと口の中に貼りついてくるのおぉ~~~~! しあわせぇ~~~~~!」


 意志をもったヘドロが口の中に貼りついてくるのは、どう考えても幸せではない。

 しかしこれがローラな以上、オレからは何も言えない。


  ◆


 チョコモの沼を、クッキーそっくりの素材で作られたボートで進む。


「このボートも食べれるのか? クッキーみたいな色してるけど」

「はいですよぉー。おいしいですよぉー」

「そうなんだぁ……。ふえぇ……」

「今は食うなよ。オレたちが乗ってるボートなんだからな」

「そんなマネ、アタシがするはずないじゃない!!」

「ヨダレを垂らしながら言うな」


 モンスターも現れた。


 ヽ(゚д゚)ノ ウボォー


 こんな感じのやつが、五体も立ち並んでいる。


「チョコメーバですよぉ! とっても強くて厄介ですよぉ!」


 姿から察するに、『チョコモを取り込んだアメーバの集合体』。

 または『チョコスライム』といった感じだ。


『ウボォー』

『ウボォー』

『ウボォー』


 チョコメーバの集団は、口にあいた風穴から不快なる音を発し、オレたちに近づいてくる。


『ウボ…………オォ!』


 そのうちの一体が、腕をムチのようにしならせて振ってきた。


「ハッ!」


 ロロナが素早く剣を振る。

 ムチのような腕は宙を舞い、オレたちのボートの真ん中に落ちた。


「ハアアッ!」


 さらにロロナは斬撃六閃。目の前のチョコメーバをバラバラにした。


「さすがはロロちゃん! 鉄血のブラックバーサーカー!」

「その名では呼ばないでくれえぇ!!!」


 ローラは普通に褒め称えるが、ロロナは真っ赤になってしまった。

 それでもロロナは一流だ。目の前にいるドロメーバのことは警戒している。

 が――。


 ロロナに切られてボートに落ちてきた腕が、ロロナに向かって飛びかかる!


「はぐっ?!」


 ドロメーバとは、ひとつの生き物ではない。無数のアメーバがくっついて、ひとつの形を作ってる。

 なので腕を切ったからと言って、安心できるわけではないようだ。


「はぐわわわ! ケーマ殿! ケーマ殿――」


 不意打ちを受けたロロナは、ボートの端でわたわたしてから――。

 

 どっぽぉーん!


 チョコモの海に落ちてしまった。

 やれやれだ。


「フリーズ!」


 オレは氷魔法を使い、ドロメーバたちを凍らせた。

 落ちたロロナを引きあげ。。


「はぐうぅ……。何もしたくない……。毎日家でゴロゴロしてたら、ケーマ殿が甘やかしてくれる暮らしをしたい……。抱っこぉ……。ケーマ殿、抱っこおぉ……」


 無事に救助されたロロナは、そんなことを言っていた。

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