クラゲの可能性を探る編

 ローラが色々とひどい目にあった日の夜。

 オレたちは、森の近くにテントを張って眠ることにした。


「冷えるわね……。最近は宿屋のお布団で寝ていたから、余計にそう思うわ」

「そうか」


 オレはひとり毛布を広げ、マリンに入るよううながした。


(もそもそもそ)


 マリンは静かに毛布に入った。

 かわいい。


「わたしは……。これが……」


 フェミルはリアカーから寝袋をだす。


「ロロナはどうするんだ?」

「ここで見張りをすることにする」


 ロロナはテントの前方で、ひとりたき火をやっていた。


「ひとりで平気か?」

「慣れている」


 真面目な子である。

 しかし少々、さびしい理由でもあるな。

 オレはロロナの隣に座った。


「ケーマ殿っ?!」

「ひとりじゃさびしいかと思って」

「きき、気持ちはとてもありがたいのだが、ととと、年ごろの男女が深夜でふたり切りになるというのも……」


 ロロナは奇妙なところでウブだった。


「ももももっ、もちろんケーマ殿が望むのであれば、わたしに拒否する要素はないがっ?!

 むしろしてほしいぐらいだがっ?!」


 その一方でノリノリだった。

 が――。


(ぺたん)


 ローラがオレの隣に座った。


「べべべべっ、べつにいいじゃない! アタシがどこに座ったって!」


 オレはなにも言っていないが、ローラのほうで言い訳を始めた。


(もそもそもそ。ぺたんっ)


 テントからでてきたマリンは、オレの膝の上に座る。


「さびしかったのか?」

(こくっ。こくっ。)


 ということだった。

 かわいい。


「あうぅ……」


 そして唯一真面目に寝ようとしていたフェミルが、ひとりぼっちになってしまった。


「こっちこいよ」

「はっ、はいっ!」


 オレが誘うと、笑顔になって寄ってきた。

 こうしてオレたちは――。

 

 テントがあるのに全員が屋外で寝ることになった。

 

  ◆


 一夜明け。

 オレたちは、森に戻ってきていた。

 きのう放置していたテーブルを見る。それの上には、フタをされたどんぶりみたいな器がある。


「これなんの器だっけー?」

「キノコクラゲのカサのところを、砂糖水に漬けていたやつだ」

「砂糖水ってことは……甘くておいしくなったりするのっ?!」

「可能性はある」

「なったらいいわねぇー。えへへぇー」


 オレはフタをあける。

 シュンッ! と触手が伸びてきた。

 鋭い触手はオレとローラの頬をかすめて、背後に立っていた木にドスッと刺さった。


「ふえぇん……」


 ローラがその場で、ぺたりとへたれる。


「一晩水に漬けておくと生き返るのか?」


 オレは冷静に分析しつつ、ナイフでクラゲの頭部を刺した。

 クラゲは動かなくなった。

 器から取りだし、まな板の上に乗せる。


「しかしいきなり攻撃をかけてくるのは、ちょっと危険だな」

「ちょっとなのっ?! ケーマは今のがちょっとなのっ?!」


 ローラは木を指差していた。木には、直径三センチほどの穴があいていた。


「攻撃があと十センチ横にズレてたら、アタシの串刺しができていたのよっ?!」

「でも当たらなかった。その現実を大切にしよう(キラッ)」

「さわやかな顔で言わないでぇ!!」


 (><)な顔で叫ぶローラを、オレはさらりとスルーした。

 ふたつ目の器に手を伸ばす。

 触手を警戒しながらあけるが――。


「攻撃はないか」


 その後も器はいくつかあけたが、攻撃はなかった。


「しっかりトドメを刺しておけば、大丈夫な感じかな?」


 仮説を立てて納得し、クラゲをさばいた。

 刺身サイズの大きさと形に切った。

 まずは透明なやつを、ローラの口元にやった。


「食え」

「あーん……」


 ローラは大人しく口をあけると、黙って食べた。


「あっ、おいしい」

「そうか」

「ぐにゅーって噛むと、甘い味がジュワーってなっておいしいわ」


 オレも試しに食べてみる。

 ローラが言う通りであった。

 ぐにゅーって噛むと、甘い味がジュワーっとなっておいしい。

 グミを硬くしたような感じだ。

 ロロナたちにも食べさせた。


「悪くはないな」

「お砂糖の味……。おいしいです……♥」

(こく………♪)


 評価は分かれた。

 しかしフェミルたちの評価が、『甘ければなんでもいい』と言っているように聞こえるのは気のせいだろうか。

 確かめてみよう。

 オレは普通の砂糖水が入った皿を、ロロナたちに差し出した。


「クラゲのエキスが入った、特別な甘味だ」


 ウソである。

 中はただの砂糖水だ。

 ロロナたち三人が、スプーンですくって口に含んだ。


「普通の砂糖水と、変わらない感じだな……」

「甘くって……、おいしくって……。幸せです……♥」

(んく………。んく………。んく………。)


 ロロナは冷静であるが、フェミルは頬に手を当てうっとりし、マリンは皿に口をつけて飲み始めた。

 フェミルとマリンの味覚は、あまり当てにならなかった。


 無理もない。

 フェミルのほうは、『図鑑のイラストを見て味を想像し、それをオカズにパンの耳を食べていた』、『お肉と似た色合いの石を並べて味を想像し、それをオカズにパンの耳を食べていた』という猛者だ。


『街に生えてる! 食べることのできる雑草マップ』を作成していたこともある。

 マリンもそこまでじゃないにしろ、近い境遇で育ってる。

 だからあてにならない。


 そういう意味で、重要になるのはロロナとローラだ。

 ロロナからの評価は『悪くはない』といった程度で、ローラは普通に『おいしい』と言った。

 しかしローラは、本当に感激したときにはリアクションがオーバーになる。

 そんなローラが普通にしている時点で、その程度だと判断すべきだ。


 話を戻そう。

 砂糖水によって、ここのクラゲがいい感じに食べられる可能性はでてきた。

 しかし味が砂糖水では、まだ弱い。

 それこそクラゲを取らずとも、砂糖水を舐めていればよい。


「一度帰るか」

「なにかいい案浮かんだの?」

「案ってほどじゃないがな」


 オレはクラゲを二〇匹ほど捕獲してから、街の宿へと戻った。

 クラゲや荷物を一旦置いて、市場へ出向く。


「なに買うの?! ケーマ! なに買うのっ?!」


 ローラは意味もなくはしゃぎ、両手をパタパタ動かした。

 お子さまである。


「考えてるのはミルクや果物だな」

「ミルクや果物っ?!」

「グミを硬くしたかのような触感だったからな。ミルクでクリーミーにしたり、果物で香りをつけたりするといい感じになるかもと思った」

「ふええっ……!」


 想像したらしい。

 ローラはマヌケ面でヨダレを垂らした。


「いやオマエ、女神でそれはないだろう」


 オレは持ってたハンカチで、駄女神のヨダレを拭いてやった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る