毒をローラに食わせる実験

 キノコクラゲでの実験は続いた。

 ロロナのスプーンで毒の有無を確かめながらやってみたところ、よっつのことがわかった。


・キノコクラゲは、毒袋という器官を持っている。

・毒の針や毒の触手も、ピンポン玉みたいな形をした器官――『毒玉』で作られた毒を使用している。

・毒玉を取り除いたあとに洗えば、普通に食べれる。

・それはそれとして不味い


 四番目が一番重要なのは、言うまでもない。

 とてもおいしいと言うんなら、オレ専用の果樹園みたいな感覚で残していてもよかったぐらいだからな。

 ただし四番目は、料理法で変わる可能性もある。

 なので絶望ではない。

 ちなみにローラはバグってた。


「ぱぬぱぬへっほー、ぴっぽっけー。

 ぱぬぱぬへっほー、ぴっぽっけー。

 しろすろせろへっほー、ぴっぽっけー。

 あらははへっほー、ぴっぽっけー」


 ラリッた顔で呪文を唱え、変な踊りを踊ってる。


(ぱぬぱぬ、へっほー………。)


 その隣では、幼女のマリンが同じように踊ってる。

 マリンのほうはラリっていない。ローラを真似しているだけだ。

 実際、踊ってみたくなるような踊りではあるのだ。


「ぱぬぱぬ、へっほー……」


 フェミルのほうも、若干踊りたそうである。

 フェミルまでとなると、邪術的な要素があるのかもしれない。

 極めることに成功すれば、戦ってる相手も踊らせることができるかもしれない。


 それにしてもマヌケ面だ。

 せっかくの美少女が台無しである。

 顔はこいつの、胸を除けば唯一の長所なのに。


 なんてことを思いつつ、オレはキノコクラゲから『毒玉』を取りだしていく。

 クラゲによって色が異なる『毒玉』は、見た目だけならけっこう綺麗だ。

 ロロナのスプーンでチェックしたり、土魔法で作った箱庭に入れてみたりした。

 十近くある箱庭の中には、森で捕まえてきたネズミを入れてる。


 ネズミは食欲が旺盛なので、毒玉も食べる。

 それで効果がわかるかどうかは、半々といった感じだ。

 マヒ毒なんかはわかりやすいが、幻覚毒はわかりにくい。

 ネズミが箱庭の中で暴れても、興奮剤によってバーサーカーをしてるのか、幻覚を見て暴れているのかがわからないのだ。


 そういう意味でも、ローラに食わせるほうが早い。

 オレはキノコクラゲから、ピンクの毒玉を取り出した。

 ネズミにひとつ与えたのだが、効果がわかりにくかったやつだ。


「解毒薬ができたぞ、ケーマ殿」

「わたしもできました! ケーマさん!」

「ありがとう、ロロナ、フェミル」

「「…………」」

「どうした?」

「い、いや、わたしたちは、ケーマ殿の手伝いをしているわけでな……」

「それほどすごくなくても構いませんので、もしよろしければ、その……」


 ふたりが求めていることは、一瞬でわかった。

 オレは頭を撫でてやる。


「くゥんッ……!」

「えへへぇ……」


 ロロナは耳をぴこぴこ動かし、フェミルはほがらかにほほ笑んだ。

 ローラに、解毒薬を飲ませる。

 魔法を使ってもよいのだが、それはそれとして薬草で解毒できるのかどうかも確認しておきたいのだ。

 解毒薬を飲まされたローラは、ふにゃっ……と眠った。

 オレは座って待機する。


(とてとて。)

(?)


 オレの近くにきたマリンが、オレの膝に手をかけて首をかしげた。


「いいよ」

(ぎゅー………♪)


 オレの脇腹にくっついて甘える。

 待つこと十分。

 ローラが目覚める。


「ハッ!」


 目覚めたローラは、あたりをきょろきょろ見回し言った。


「ねぇケーマ! さっきのアタシ、神々しくなかった?!

 人を引き付け魅了する、神の踊りを踊っていた気がするの!!」


「マリンやフェミルを魅了していたのは確かだな」

「やっぱりかー。えへへぇ。アタシって本当に、偉大なる女神よねぇ♥

 クラゲの毒で幻覚見てても、国士無双に偉大なる神の踊りで人を魅了しちゃうんだからぁー♥」


 その神の踊りが『ぱぬぱぬへっほー』であることは、言ったほうがいいんだろうか。

 なんてことも思ったが、自重しておいた。

 これでコイツが調子に乗って、ぱぬぱぬダンスが世界各地で流行ったら困る。

 へんちくりんなダンスだが、妙に耳に残るうえ、口ずさんでみたくなるのは確かなのだ。


 ぱぬぱぬへっほー。

 ぱぬぱぬへっほー。

 ぱぬぱぬへっほー。

 ぴっぽっけー。


 確かなのだ。


「でも毒を食べるのって、意外と楽しいわね! アタリはもちろんうれしいんだけど、痛かったり苦しかったりするハズレも、それがあるからアタリが際立つような感じで!!」


 楽しんでるだとっ?!?!


 これは予想していなかった。

 無駄に明るくバカに前向きなのがコイツだが、毒の接種もよろこんでするようになるとは……。


 ただ毒を食べさせているのはオレだ。

 もう少しいたわってやったほうがいいんじゃないかっていう気がしてくる。


「あ、ケーマ! 右手にあるのは新しい毒玉よね?! あーん! あーん!」


 ローラは口をあけてきた。

 いたわってやろうと思ったが、自ら食べたがるのでは仕方ない。

 オレはピンクの毒玉を食わせた。


「どうだ?」

「んんーっと……。当たり!

 ぐにぐにしててほんのり甘い…………」

「ほんのり甘い?」


「ダニのような感じ!!」


「ダニが当たりかっ?! オマエの人生どんだけ貧しいんだよ!!」

「間違えたの! グミのような感じって言おうとして間違えたの!! そのぐらい察してよ!!」

「それはよかった……」

「っていうかケーマはアタシのことを、ダニを食べるような女神だと思っていたの?!」

「言い間違えてる時点でなんの説得力もねぇよ」

「ふえぇん……」

「で、どうだ? ピンクの毒玉を食べて、なにか違和感は?」

「今のところなにもないけど……。ふえぇんっ、はっ、ひゃんっ?!」

「きたのか」

「うん、えへへぇ」


 ローラは小首を横にかしげた。子猫みたいなかわいいポーズだ。

 オレもドキッとしてしまう。

 見た目だけならかわいいローラが、オレの肩に手を置いた。


「んうぅ~~~~~~~~」


 キスをしてくる。


「大好きなケーマと、ちゅーしちゃったあぁ。えへぇー」


 見た目だけならかわいいローラはほがらかに笑うと、二回、三回とキスをしてくる。


「どうしたローラ?! なにか悪いものでも食ったのか?!」

「思い切り食べていたと思うが……」

「しかも食べさせていたのは、ケーマさんですよね……」


 ロロナとフェミルの突っ込みが入った。それはとても正論だった。

 しかしそんな正論にも気づけないほど、オレの頭は混乱していた。

 ローラはオレに抱きつくと、オレの胸板にほおずりをした。


「アタシつんけんしてるけど、感謝もたくさんしているし、好きか嫌いかで言えば大好きってぐらい大好きなんだからねー? やさしいところもけっこうあって、なにかあったら守ってくれるケーマのことが、好き好き好き好き、だーい好きなんだからねぇー? えへへぇー」


 なにこの子、すごいかわいい!


 しかしオレは動揺していた。

 これはローラだ。

 こいつはローラだ。

 頭が悪い駄女神ローラだ。

 話に必ずオチをつけてくることで定評のある存在だ。

 構えてかからないといけない。


「ケーマならぁ、えっちなことをしてもいいんだからねぇー?」


 ローラは口に手を当てた。くりんとかわいく、しなを作る。


「うふふふ、えへへ、はァーん♥」


 ローラはえっちな踊りを踊った。

 堪能すること二十分。毒が抜けたらしいローラが、かくりと意識を失った。


(くぅー……)と寝息を立てている。


 十分後。

 ローラは静かに目を覚ます。


「目覚めたか」

「きゃああああっ!!!」

「なんだよいきなり」

「ケーマが悪いわけじゃないっていうか、その……。ふえぇぇぇん!!!」


 ローラは走って逃げだした。

 オレは冷静に右手を出して、風魔法を使用した。


「ウインド」

「きゃああっ!」


 風に足を取られたローラは、ド派手にころんだ。


「なんでいきなり逃げるんだよ」

「なんていうか……。その……」

「その?」

「記憶が…………」

「残ってるのか」

「アタシは、崇高なる知の女神なのにぃ……!」

「そうかそうか」


 今回のオレは、あえてなにも言わなかった。

 なにも言わずに頭を撫でた。


 ちなみに今から三十分後には、ローラは今よりもっと恥ずかしい目にあう。

 ただこのときは、オレもローラもそうなるなんて思わなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る