フグ刺しも食べる~女神の涙編~
フグの肝を食べたオレは、フグ刺しにも手をだした。
「白いオーロラのような姿。すばらしいなぁ……!」
口の中に入れる。
ぐにゅっとした歯応え。
キモを食べた時とは違い、弾力がそのままに弾力だ。
噛んでも噛んでも身が崩れることはない。いつまでも口の中に残る。
そういう意味ではナマコに近い。
が――。
(うめェ……!)
ぐにゅうぅ~~~~~っとひと口噛むごとに、うま味が染みだす。
染みでたうみ味は唾液を伝って、口いっぱいに広がってくる。
キモと違って派手さはないが、噛むごとに深い味わいが染み渡る。
「フェミルたちも食えよ」
「えっ、ええっと……」
「わたしは……」
どういうわけか。フェミルとロロナは遠慮していた。
ローラが気持ちを代弁してくる。
「毒あるんでしょ?! それっ!!」
「こっちにはねぇよ」
「理屈で理解はしておりますが……」
「ケーマ殿が倒れてしまう姿を見るとな……」
なるほど。
「ふたりとも、オレが倒れてしまったのがそれほど衝撃であったわけか」
「わたしが手も足もでなかったモンスターを、あっという間にやっつけたのがケーマ殿だ……」
「罠の毒ガスを浴びて、平然としていたのもケーマさまです……」
「アタシという、国士無双に偉大なる女神の加護を受けているのもケーマね!!」
「それだと逆に、腐れゴミクズ駄目人間になりそうなんだが……」
「そこまでえぇ?!」
だがしかし、言わんとすることはわかった。
確かに逆の立場なら、オレも怯んでしまうかもしれない。
「だけどみんな食べないんなら、オレが全部ひとりでもらうか」
オレはフグ刺しを摘まみ、ふた口目を食べた。
「ふえぇんっ……」
「はぐぅ……」
「はうぅ……」
三人は、この世の終わりみたいな顔でオレを見た。
「要らないんじゃなかったの?」
「要らないなんて言ってないわよ!」
「要らないとまでは言っていない!」
「言ってないんですっっ!!」
両手をギュッと握りしめて叫ぶ三人。涙の粒も散っていた。
食べたい。とても食べたい。
しかし怖くて食べられない。これはただ、それだけのお話である。
オレはフグ刺しを摘まみ、ロロナの鼻先に垂れさげた。
「ふあっ……」
高々とあげる。
「ふああっ……」
そうしてオレが、パクリと食べた。
「ふぐあぁっ……!」
ロロナはぷるぷると震え、マジで泣きだす五秒前みたいな顔をした。
「だからもう、普通に食えよ。
こっちには毒ないんだから」
オレはロロナとフェミルにフグを食わせた。
もきゅっ、もきゅっ、もきゃっ。ふたりはゆっくり噛みしめる。
「クウゥン……! 濃厚な歯応えに芳醇な香り……!」
「噛んでも噛んでも、深みのあるおいしい味がとまらないですうぅ……!」
ふたりは至福そのものな表情を見せた。
「ケーマ! ケーマ! ケーマあぁ!!」
「どうした? ローラ」
「あーん、あーん、あぁーん!!」
「食いたくなったのか」
「焦らさないでちょうだい! 早く早くうぅ! あーん!!」
「ダメだ」
「ふえっ?!」
「オマエには、ツノフグの一番おいしいところを食わすと言った。
白いところは、一番おいしいところじゃない」
「いいからちょうだい! そんな約束、どうでもいいからあぁ!!」
「すまないローラ。オレが律儀だったばっかりに……」
どうもローラは、オレが約束は守る人間であると信じていたらしい。
オレの言葉を疑わず、自分はフグを食べれないのだと思った。
そして――。
「ふえぇん……」
涙をこぼした。
可憐なる瞳から、大粒の涙をぽろぽろとこぼした。
「偉大なる知の女神を自称している身でありながら、フグを食べれないってだけで泣くのかっ?!?!?!」
「逆にここで泣かなかったら、どこで泣けばいいって言うのよっ!」
「もっとあるだろっ?!
不幸な人を見て、女神の力不足を感じて泣くとか!」
「今のアタシは、フグを食べさせてもらえないことに、女神としての力不足を感じているわっ!!」
「ろくでもねえぇーーーーーーーーー!!!」
「あっ……あの、ケーマさま」
「どうした? フェミル」
「わたしが本で読んだ範囲ですと、ツノフグの一番おいしいところは、キモではなくてツノであるという説も……」
「そうなのか?」
「ちょっと待って! 今調べるからっ!!」
ローラは自身のこめかみに、人差し指を当てた。
知の女神であるローラは、知の泉と呼ばれる空間にアクセスすることができる。
そこには豊富な知識があるらしい。
端的に言えば辞書である。
バージョンが古いため、古い情報しか入っていない――という欠点はあるが、ちゃんと使えばそれなりに使える。
しかし使い手がローラであるため、猫に小判。豚に真珠。ハゲに髪留めみたいなことになってる。
「あっ、ああっ……!
ホントだ! コアッカ=セミアーの食通辞典・139ページに、
『キモはうまし。ツノはうまし。互いに甲乙つけがたし。キモを食し我、死にかけたし』って書いてある!
ツノのほうには毒もないって!!!」
ずいぶんファンクな食通だな!
オレも食っている以上、あんまり人のことは言えないけど!!
しかしそういう話なら、食わせてもいいだろう。
「オレはローラをいじめたいだけで、泣かせたいわけじゃないしな……」
「アタシ的にはあんまり変わらないんだけどっ?!」
ローラは抗議してくるが、聞かなかったことにした。
ツノフグのツノを取る。
「ふえぇん。ケーマ好き。大好きいぃ~~~~~」
いまだ食べる前であるのに、ローラは餌付けされていた。
――――――
いつもありがとうございます。
ほかの仕事が忙しくなってきたため、食べるだけでレベルアップの更新は隔週とさせていただきます。
次回更新は、4月28日の金曜日となる予定です。
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