ローラの悲劇(笑)

 ローラを囮役にすると決めたオレたちは、ガルガロスのナワバリに入った。

 怪鳥や大サソリと言った、強そうなモンスターの死体の数が増えてくる。

 それはまるで、自らの力を誇示するかのようでもあった。

 フェミルが小さく震える。


「はうぅ……」

「…………」


 ロロナもわりと冷静ではあるが、若干の動揺は隠せていない。

 その時だった。

 右手側から、異様な気配の接近を感じた。


 そこにいたのは、巨大なるモンスター。

 基本のフォルムはティラノザウルス。

 カブトめいた頑強そうな頭部があって、大きく裂けた口と、あらゆるものを食い裂きそうに鋭いキバもある。


 見た目のわりに俊敏でありながら、その突撃には音がない。

 無音のままに接近し――。


 ドガァアンッ!!!

 ローラのオリに頭突きをかました!!!


「ふえぇんっ!!!」


 オリが転がり、中のローラは悲鳴をあげる。


「Garuu……」


 ガルガザウルスは、オレたちとローラを交互に見つめた。

 オレたちは、敵に見つからないよう息をひそめて黙っていたが――。


「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ! 

 こないでっ! こないでえぇ!!

 あっち行ってあっち行ってえぇ!!!」


 ローラは叫びまくってた。

 相手も当然、ローラに向かった。

 自ら叫んで敵を呼ぶ。

 まさに囮の鏡であった。


 ガルガロスは、音もなく走りだす。

 鋭く回転。

 ドガアァンッ!!

 尻尾の一撃がローラが入っているオリに当たった。

 炸裂音めいた音が鳴り、オリの格子がわずかにへこんだ。


「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 それでもローラは無事であり、オリの強さがうかがえる。

 ローラは必死に玉を投げる。

 しかし慌てすぎているせいだろう。

 ひとつたりとも当たらない。砂漠にぽふぽふ落ちている。

 そして玉がなくなった。


「ふえぇぇぇっ?!」


 悲鳴をあげて叫ぶ。


「ケーマケーマケーマあぁ!!

 早くきてえぇ!! そしてアタシを助けてえぇ!!!」

「よしっ」


 オレは光学迷彩を発動し、ガルガロスに近寄った。


『GaAU! アウッ!! アウウッ!!』


 ガルガロスは、オリに向かって噛みつきを放つ。

 ハーフミスリルの頑丈なオリにキバが食い込む。

 ローラは必死に逃げようとしていたが、格子に阻まれでることができない。

 格子に捕まって叫ぶ。


「ふえぇぇぇぇぇぇんっ!

 ケーマぁ! ケーマケーマケーマあぁ!!!」


 オレは気配を消しながら、タンと地を蹴る。宙でシュラリと剣を抜く。

 ガルガロスの、無防備な背中に向かって――。

 突き刺そうとした刹那、ガルガロスが振り向いた。


(気配も察知できるのか!!)


「GAAAAAAAAA!!!」


 裂帛の咆哮。

 想像以上の圧力に、肌がビリビリと痺れる。

 

 でも関係なかった。


 剣を振ったらズバアァ!! っと切れた。

 カブトのような大きな頭部が、縦から真っ二つである。

 巨大な体が横に倒れて、ズシン……と砂埃が舞った。

 牢屋の扉をあけてやり、ガルガロスの死体を見やる。


「足の裏に羽毛……。これで走ってくる音を消していたわけか」


 羽毛はかなり特殊な材質だ。

 ふかふかなようなそうでないような、ふしぎな感じだ。

 まぁいいや。


「食うとしたら肉だしな」


 太ももにナイフを突き立ててみた。

 ガキンッ!

 刺さらなかった。

 何度か突き立ててみるが、ガッガッガッと音が鳴る。


「すごい硬さだな」

「それがガルガロスですので……」

「なるほどなぁ」

「……」


 オレは淡々とうなずくが、フェミルはなにか言いたげだった。


「……」


 ロロナもなにか言いたげだった。

 ローラがみんなを代弁して叫んだ。


「アタシが牢屋に入る意味あったぁ?!?!?!」


 オレは言った。


「悲しいぐらいになかったな」


「ふえぇんっ!!」

「でも一撃で勝てたのは結果論だし、苦戦してケガしたりするよりはいいだろ?」

「そうだけどぉ! 理屈から言ったらそうだけどおぉ!!」


 ローラがじたじた暴れる横で、オレは肉の解体を始めた。

 ナイフではなく剣で切る。


「硬いのは皮だけかと思ったら、肉までガッチガチだな」


 どのくらいかと言えば、半端な鉄より硬いんじゃないか?ってぐらいだ。


「部位によっては、鉱石と同じような価値と硬さがあると言われてるのがガルガロスですので……」


 それでもなんとか切り裂いて焼いた。


「食べるのですか……?」

「せっかく倒したんだし、味見ぐらいわな」


 しかし焼いてると、不安が残る感じになった。

 肉の焼ける匂いがしない。

 音もしない。

 ほかの肉なら脂が弾ける音がするのに、ガルガロスにはまったくない。

 丸く切った白い鉄のような肉に、じんわりとした焦げ色がついていくだけだ。


「食えるのかな、これ」

「どうなんでしょうか……」

「フェミルでもわからないのか」

「少なくとも、わたしが読んだ本の範囲には……」

「わたしも、食えると聞いたことはないな……」


 散々な評価だ。

 オレはしばらく待ってから、箸で摘まんだ。

 カランと乾いた音がする。

 肉が立てる擬音ではない。


 ちゃんと冷ましてから噛んだ。

 ガリッ。ガリッ。ガリッ。

 ボリッ。ボリッ。ボリッ。

 これまた肉がだしていい擬音ではないものがでてきた。

 が――。


(この触感は……)


「なぁローラ。しょう油とかだせるか?」

「ええっと…………だせるわね」

「本当かっ?!」


「アタシの検索に引っかかってるってことは、

 過去に『にほん』からここにきた人が広めたんだと思われるわ」

「関係あんのか?」


「アタシがだせるのは、ケーマが存在を知っていて、金銭での購入が可能なもの――だからね。

 検索に引っかかるってことは、誰かが作って広めてるってことなのよ」

「なるほど」


 オレは「ん」と手を突きだした。


「なっ……なによこの手は!」

「早くだせって合図だが?」

「そう言われて、アタシがだすと思ってるの?!」

「だしてくれないのか?」


「まだスネてるし怒ってるんだけどっ?!

 牢屋に入れられたことっ!」

「そうは言うけど雑草だって、酸素はだしてくれるんだぞ?」

「比較対象ひどくないっ?!

 ケーマはアタシをなんだと思ってるのっ?!」

「顔とおっぱいを抜かすとなると、酸素もだしてくれない雑草なので、控えめに言ってもただのゴ…………」


 言いかけたオレは、口元に丸めた拳を当てて黙った。


「いくらなんでも、これは言ってもいい範囲を超えているな……」

「聞こえているしソーゾーできるし、完全に手遅れなんだけどおぉ?!?!?!」

「それは悪かったな。今のはオレでも、さすがに酷かったと思う」

「ケーマに素直に謝罪されると、本当にひどいこと言われた気分になってくるんだけどっ!!」

「HAHAHA」

「ふえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!!!」


「いいからしょう油だしてくれよ。そしたらオマエも、雑草未満を卒業できる」

「なんだかアタシ、都合よく使われている気がするんだけど……」


 言いつつローラは、素直にしょう油をだしてくれた。

 親指サイズの小ビンに入った、小さなサイズだ。

 ガラスの小ビンに入っているせいかオシャレだ。しょう油といった感じがしない。


 しかしフタをあけてみたなら、しょう油独特の香りがしてくる。

 ガルガロスの肉に塗る。

 オレはもちろん、ローラたちの分にも塗った。


「なにやってるの……?」

「まぁ待ってろ」


 オレは火をだし、軽く炙った。

 パチパチパチ。しょう油の弾ける香りがしてくる。


「なんと表現すればよいのかは不明だが……よい香りだ」

「はうぅ……」


 ロロナとフェミルが、興味深げにそれを見つめた。

 そうして、それは完成した。

 オレは完成品を口に含む。


 ガリッ。ガリッ。ガリッ。

 ボリッ。ボリッ。ボリッ。

 こいつはまさしく――。


「せんべいだ……!」


 前歯で噛むとパリッと割れて、奥歯で噛むとボリボリと響く小気味よい音。

 舌の上では、しょう油独特の苦みとコクが広がってくる。

 それが長らく噛み続けていると、ほのかな甘みに変化する。

 それをたっぷり堪能し、ふた口を食べる。


 ガリッ。ガリッ。ガリッ、ガリッ。

 ボリッ。ボリッ。ボリッ、ボリッ。


「うめぇ……!」


 てれれ、てってってー。

 レベルもあがった。


 レベル    1722→1755(↑33)

 HP      23002/23002(↑315)

 MP      22507/22507(↑305)

 筋力      23330(↑280)

 耐久      25150(↑200)

 敏捷      22130(↑270)

 魔力      21930(↑220)


 スキルもかなりのものが入った。


 肉体硬化レベル4 120/5000

 気配消去レベル2 5/300

 圧迫咆哮プレッシャーボイス レベル3 555/1200


 どれを取っても強そうだ。

 しかしオレの目を一番に引いたのはこれだ。


 ふさふさガルガロス レベル3  100/1500


 ◆スキル解説・ふさふさガルガロス

 使用すると、髪がふさふさになる。


 最高じゃねっ?!

 今のオレ、髪で悩んだりはしていない。

 だがしかし、将来のことはわからない。

 このスキルがあれば、禿げた時も安心だ!!!


 と、過去最高級にテンションがあがった。

 しかしスキルの補足説明を見た瞬間、気分は一変した。


 ※ただしその毛は、足の裏にしか生えない。


 クソがっ!!!

 なんだよそれ! めっちゃクソやんっ!

 灯ったまばゆい明かりと希望が、怒りと失望に変わったわ!!!


 確かにガルガロスの毛は、足の裏にしか生えてなかったよ?!

 だけど女の子のワキには毛が生えることもあるからと言って、アニメや漫画で再現するかっ?!

 しないよな?! そういうことだよ!!!


 まぁしかし、外れたものは仕方ない。

 オレは素直に切り替える。

 オレを見ていたロロナやフェミルにもせんべいを渡した。


「これは……」

「ええっと……」


 ロロナとフェミルは戸惑った。

 せんべいを両手で持って、端のほうをちょむりと噛んだ。

 カリッ……コリコリコリ、こくん。


「なんと言えばよいのか……」

「独特な味……ですね」


 と言いながら、ふたりそろってふた口目。

 カリッ……コリコリコリ、こくん。


 三口目。

 カリッ……コリコリコリ、こくん。


 四口目。

 ガリッ……、ボリボリボリ、ごっくん。


 じわじわと大胆になってきている。

 気に入ってもらえたようだ。


「ケーマ! ケーマ! ケーマあぁ!!」


 そしてローラが、オレの手前で四つん這いになった。

 口をあーんと大きくあけて、せんべいの投入を待つ。

 やれやれだ。


 オレは口に入れてやる。

 バリィ! ガリッ、ボリッ、ボリッ、ボリッ。

 ローラはフェミルたちに比べ、わりと豪快に噛んで飲み込む。


「ふしぎな味ね……」


 ローラにしては、まともな感想を述べた。


「ふしぎなにおいの、ちょっと苦くてしょっぱいんだけど、ガリガリ噛んでるとほんのりと甘くって、その矛盾がクセになる的な……」


 ローラはせんべいを持っているオレの手を握り締め、改めて食べた。

 ガリッ。ボリボリボリ、ごくん。

 ガリッ。ボリボリボリ、ごくん。


「ふえぇんっ……、なにこれぇ……!

 名状しがたくって形容しがたい味なのに……」


 ガリッ。ボリボリボリ、ごくん。

 ガリッ。ボリボリボリ、ごくん。


「おいしいぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!

 ひと口食べたらまたひと口。ひと口食べたらまたひと口ってなるうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」


 ローラはオレのセンベイを、そんな感じで食べ尽くした。


「これでおしまい?!

 ねぇケーマ! もう一枚! もう一枚ちょうだいぃ!!!」

「仕方のないローラだな」


 オレは肉を新規で焼いた。

 しょう油を塗って乾かして、ローラの口元にやる。

 ローラは、せんべいを持ったオレの手を握り締めてせんべいを食った。


「ふえぇんっ……、おいしいぃ……!

 岩をも噛み砕く、国士無双の鋼鉄巨人になった気分を味わえるうぅ……!

 アタシは知恵と力を蓄えた全知全能の女神・ローラ=ギネ=アマラ……!

 破壊の限りを尽くすのよ……!」


 料理への評価としてはおかしいつぶやきが漏れた。

 だがしかし、ローラの料理評としてはまともな部類だ。

 なにせ終始ほめている。

 これが『まとも』になるあたり、いろいろとおかしいとも言えるけど。

 ローラは二枚目と三枚目も食べ尽くした。


「ケーマケーマケーマ! もう一枚! もう一枚いぃ!!!」


 ローラは口をあんあんあけるが、オレは言った。


「それ以上食うと、ツノフグが食えなくなるぞ。

 せんべいだったらまた作ってやるから、今回はこれまでにしとけ」

「ふえっ……!」


 ローラは葛藤していたが、唾液を飲み込んで言った。


「そ……そうね。ツノフグは、今日のメインディッシュだもんね……! 

 オアシスの周りにいるモンスターでこんなにおいしいんなら、

 オアシスのモンスターなんて、きっと国士無双よね……!」


 食い意地の張っているローラは、それゆえに我慢した。


(ふ……、再びケーマ殿に手作りの料理を振る舞ってもらう約束を取りつけた……だと?!)

(ローラさん……すごいです……)


 ロロナとフェミルが、謎の感動をしていた。

 ローラは、誇らしげに胸をそらした。


「ひどいことを言うしやるけど、なんだかんだで、ケーマはアタシのことが大好……」

「黙れ駄女神殺すぞ」

「あいたた、いたっ……いたァーーーーーー!!!」


 アイアンクローを決められたローラは喘いだ。


「ケーマ殿にいたぶられるローラ殿……」

「うらやましいです……」


 ロロナとフェミルが、奇妙な方向で羨んでいた。


「なに言ってるのよふたりともっ!

 ヘンタイ?! ドスケベ?! マゾヒスト?!?!?!」


「ちちちちっ、ちがう!

 わたしがわたしが羨ましいのは、ケーマ殿に遠慮しないでもらえるところだっ! 

 ヘンタイでもドスケベでもマゾヒストでもないっ!!!」


 ロロナは、まっすぐに否定した。


「…………」


 一方フェミルは、顔を両手でおおってた。

 ぽつりとつぶやく。


「ドスケベのほう、否定できないです…………ぴょん」


 恥ずかしいらしい。体も耳も、ぷるぷるぷるっと震えていた。

 突然の性癖暴露はあったりしたが、オレたちは進む。


 ガルガロスのナワバリだったせいか、大型モンスターもいない。

 小さなサソリとかはいたが、向かってもこなかったので問題はない。

 そしてオレたちは――。


 オアシスに辿りついた。

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