神にはろくなのがいない説

 ゼフェイムとかいう番人を倒し、オレたちは進んだ。

 狭く細い階段を登る。

 狭い階段は薄暗くもあって、全体的に息苦しい。


「薄暗い空間ですね……」

「ほかはまだ風があったり広かったりしてたのに、どうしてここだけこんなに暗いのよぉ……」


『それは――そちらのほうが美しいからさ』


 階段の上で声がした。

 木漏れ日を浴びて流れる森の小川のように澄み切った声に、夏の太陽のようにまばゆい光り。

 そして現れるひとりの男。


 たなびく金色の髪に、絵画のように整った顔立ち。

 男のオレでも思わず見惚れてしまいかねない美の空気。

 どこかの国の王子であると言われても、疑うことはないだろう。

 

 ただし全裸だ。


 比喩でなければ誇張でもない、純粋な全裸。

 パンツぐらい穿いていてほしいのに、それすらもない全裸。

 しかし股間は光り輝き、イヤなものは見えないようになっている。

 なんと無用な配慮であろうか。

 そんな配慮をするぐらいなら、普通に服を着てほしい。


「っていうかどういう原理なんだよ?! 股間だけがピンポイントで輝いてるっ!!」


 オレが思わず突っ込むと、全裸の男はポーズを取って言った。


「わたしは神だ。神であるもの、神々しさに比例して輝きを放つのは当然だろう……?」

「オマエの中だと、股間が神々しいのかっ?!」


 オレはやはり突っ込むが――。


「一理あるわね……」


 隣のローラは同意していた。


「これはアタシもそうだけど、神々しい存在っていうのは、隠し切れない輝きってのがでちゃうのよ。これはアタシもそうだけど」


 頭の悪い駄女神は、こんな時にも図々しかった。


「しかし神のほうからでてくるなんて……リーゼルはどうしたんだ?」


 全裸は言った。


「我ら神には二神いる。

 自らが先頭に立って人を導き兵を作る武神と、人を支えて将や王を作る文神だ。

 わたしは生憎、文神のほうでね。単純な戦闘力で言えば、武神はもちろん神の使徒にすら劣る」


「そんな区分けがあったのか」

「知らなかったわ……」

「オマエは知っとけよ!」


 スパァン! オレはローラの頭を叩いた。


「ちなみに『ケーマ殿』は、女神の使徒――ということでよいのかな?」

「認めたくはねーけどな」

「女神の使徒であるならば、男神たる私とは、宿命的な敵対関係でもあるわけだな」

「別にそこまでの敵ってつもりはないが」


「聞いていないのか……?

 我ら男神の役割はふたつある。自らの使徒を増やすことがひとつ。

 女神の使徒を減らすことがふたつ。

 逆に女神の役割は、自らの使徒を増やし、男神の使徒を減らすことだ」


「初耳すぎて空も飛べそうな感じなんだが……」


 オレはローラのほうを見る。


「そんな役割があったんだ……」


 そうつぶやいてマヌケ面を浮かべている姿は、もう本当にアホの子だった。


「知らないってどういうことだよ!」

「ちちちちっ、ちがうのよっ!

 なんかそういうお話も、国士無双に聞いたことがないようなあるような感じはなくもないような気がうっすらとはしてるのよ!!」


「じゃあなんで知らないんだよ!!!」

「その時はなんか……」

「なんか?」


「おなかがすいてて……」


「アホかあぁーーーーーーーーー!!!」

「ふえぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」


 オレにほっぺたをつねられて、駄女神はあえいだ。

 しかしこいつの頭が腐っているのは、今さらな話でもある。

 ため息をついて諦めた。ゼフィロスに言う。


「つーかオマエ、随分と余裕だな。

 今の話じゃ、文神とやらであるオマエは、神の使徒より弱いんだろ?

 っていうことは、普通にオレ以下っていうことじゃねーか」


「単純な戦闘力で言えば――な」


 ゼフィロスは、謎の余裕に満ちていた。


「しかし神の使徒は、神より多大なる恩恵を受ける。

 威光は恐れと畏怖に繋がる。

 その帰結として、神の使徒の大半は神に弱い」


 オレはローラに聞いてみた。


「そうなのか?」

「そっ……そうよ! 例えば踏み絵ってあるでしょ?!

 ただの絵でも、尊敬している神様のことは踏めない!

 それが神と戦うっていうことなの!

 単純な戦闘力の差じゃ語れないの!!!」


 ローラは必死に言っていた。

 すごい真剣な顔で、かつてない危機のように言っていた。


「はうぅ……」


 フェミルも小さく震えてる。

 ゼフィロス自身も得意げだ。

 わずかに背筋をのけぞらす。

 白い輝きを放つ股間が、一際激しく輝いた。


「我が許す――平伏せ」


 ドォンッ!

 フェミルは地面に平伏した。

 超重力に押し潰されたかのように、地面にべたりと平伏している。


「はううっ、うっ、はうぅ…………!」


 その全身は、半裸で雪山に放り込まれたかのように震えている。

 ともすれば、畏怖する感情だけで死に兼ねない。

 全裸の神だが、実力は本物ということか。


(ローラもむかしに、『ゴッドオーラとは、女神のすごいオーラで相手を威圧する魔法! 相手は平れ伏す!!』とか使っていた気がするしなぁ)


 ローラの場合は駄女神なせいで、ニワトリですら平然としていたが。

 全裸とはいえちゃんとした神が使えば、フェミルをひれ伏させる効果はあるということなんだろう。


 が――。


 オレは平然としていた。


「なっ……?!」

「えっ……?」


 ゼフィロスが驚愕し、ローラが戸惑う。

 だけどオレは平然としていた。

 味方のはずのローラが叫ぶ。


「どういうことっ?! ねぇケーマ、どういうことっ?!」

「オマエが自分で言ったじゃん。『尊敬している神様のことは踏めない』って」


「だったら余計に、『ひれふせ』は効くでしょ?!

 アタシと同格って聞いた時点で、手も足もでないんじゃないっ?!

 ケーマやフェミルちゃんがひれ伏してる中、同格だから神圧がきかないアタシとアイツが戦ったりする場面じゃないっ?!」


(いまだ自分が、尊敬にたる存在であると思っていただと……?!)


 オレは驚きを隠せなかった。


『皆さんには殺し合いをしてもらいます』から始まるデスゲームで、『ふざけないで! 殺し合いなんてできるはずないじゃない!!』って叫んだ女の子が、普通に帰宅できてしまったかのような気分であった。


 腐れ駄女神に、でこぴんをする。


「きゃあっ!」


 ついでに軽く、ローキックも入れた。

 これは流石に痛いので、蹴るというより足をくっつけるといった程度だが。


「ふぇぇ……?!」

「見ての通りだ。オレはお前に手や足をだすことができれば、踏むこともできる」

「ケーマひどい! アタシをなんだと思ってるの?!」


 両手をギュッと握りしめ、涙目で叫ぶ駄女神。

 オレは悩んだ。


 基本的には腐れ駄女神。

 だがしかし、かわいいところは持っている。

 なんだかんだで、ほっとけないとも思っている。

 けど……。


(それを言ったら、コイツ絶対に調子に乗るしなぁ……)


 そして言った。


「頭の悪いおっぱいだ」


「ひどくないぃ?!?!?!?!

 ドエスなケーマのことだから、虫けらあつかいぐらいはするかもしれないって思っていたところはあるわよっ?!

 でも生き物あつかいですらないってどうなのっ?!」


「いや、まぁ、悪かったよ」


 オレはローラの頭を撫でた。


「ふえぇん……」


 ローラは涙ぐみつつも、黙ってなでなでを受け入れた。


「なるほど……。

 神ですら、おのれの欲望を叶えるための存在にすぎぬと認知しているのか――すばらしい」


 ゼフィロスは、奇妙な角度でオレを褒め称えた。

 両手を広げる。


「神を恐れぬと言うならば、好きにするがいい!

 我はあらゆる欲望を許す寛容の神!

 それが純なる欲からきている限り、怒りの殴打も侮辱の殴打も、この全身で受け止めよう!」


 引き締まった筋肉が波打って、金色の髪が風でたなびく。

 自身を格好よく魅せるため、風で魔法を起こしているのだ。


 そして股間が、さんさんと輝く。

 オレは初めて威圧された。

 近寄れないというか、近寄りたくない。


 しかしコイツを倒さなければ、リシアもロロナも助けることができない。

 火炎放射をぶっ放す。


「ファイアァ!」


 ゼフィロスは、紅い炎に包まれた。


「ククカカカ。実に――実にすばらしい炎であるな。

 穢れも邪悪もすべてを平等に焼き尽くす炎は、それゆえに美しい」


「無傷……?!」

「いやいや、ダメージは負っている。それも致命傷に近い。

 神としての存在を維持するための神力が、今の攻撃でゼロに近くなってしまった」


「神力?」

「ゴッドポイントのことね」


「そういや前に言ってたな。

 人に信頼されたりすると溜まるポイントで、体を維持するのに必要だとかなんとか」


「なかなかに有意義な時間であったぞ? 『ケーマ殿』

 ただし我が使徒リーゼルの強さは、貴公とはまた違う方向性だ。

 単純な戦闘力の差で勝てる相手ではない。

 ごゆるりと味わっていくがよい。ククカカカ」


 ゼフィロスは、光りの粒子と化して消えた。

 消える直前まで、一糸まとわぬ全裸であった。

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