閑話 囚われたふたり

 ケーマたちが攻略を進めている塔の屋上。

 風が冷たい吹きさらしの空間で、ロロナは静かに目を覚ます。


(くっ……)


 体は、X《クロス》型の十字架に固定されて動けない。

 全身もだるい。

 リーゼルに使われた謎の力で、消耗したままである。


「ククフフフ、目覚めたようだねぇ」


 声がした。


(この声は……、確か、邪神……)


 そう考えながら、ロロナは声のほうを見る。

 しかしそこにいたのは、邪神ではなかった。

 むしろ裸の変態だった。

 漆黒の長髪を風になびかせ、裸の全裸でたたずんでいる。


「今宵の天気は月明かり――、ところにより、美しいわたし――。

 そして空が雲でおおわれた時には、曇りのち――、美しいわたし――。

 もしも雨が振ったなら――」


「男のボクでも妊娠しそうなほどに、エロスのエキスが滴るゼフィロスさま――でございます」

「いい返答だ。リーゼルくん。月の光のごとしと言えよう」

「お褒めにあずかり光栄です」


 恭しく頭をさげるリーゼル。

 こちらはちゃんと服を着ている。

 えらい。


「リッ……、リーゼルさま……!」

「なんでございますか? リシアさま」

「あなたは、清廉にして高潔なる聖騎士さまと聞いていたのですが……?」


「間違いではございません。

 確かにはボクは、精錬にして高潔なる聖騎士――と呼ばれております」


「それでは、横にいるかたはなんですの……?」

「ボクが真の意味で仕えている、男神・ゼフィロス様ですが?」

「女神と敵対する存在でもある関係上、邪神と呼ぶ人も多いがね」


「リーゼル様は、清廉にして高潔なる聖騎士ではございませんでしたのっ?!」


「ボクが肯定したのは、精錬にして高潔なる聖騎士と『呼ばれていること』です。

 悪と称される存在が本当に悪であるとは限らないように、精錬にして高潔と呼ばれている存在もまた、精錬にして高潔であるとは限りません」


 リシアは絶句した。

 泣きそうな声でつぶやく。


「ベルクラント様のおかげで愛を知ったというのは、偽りで……?」

「偽りではございませんよ?」


 リーゼルは、皮肉な仕草で首をかしげた。


「ボクはベルクラント様のおかげで、愛される喜びを知りました。

 その期待に沿えるよう、清廉にして高潔な聖騎士として動いていた時期もありました」


 リーゼルは、芝居がかった仕草で続けた。


「しかし『清廉』によってここに送られ、気がついたのです。

 ボクが好きであったのは、清廉でなければ高潔でもない。

 清廉、高潔と称えられ、崇拝されることであったのだと!」


 踊るかのように足取りでステップを踏んで、月の光りとたわむれる。


「しかしこの街にきたボクは、精錬と呼ばれることに全力を尽くしすぎた。

 おかげで街の人々は、平和と幸せに包まれました。

 荒れていたこの地方を当時よりはまともにしたのも、事実ではあります」


 それを言ったリーゼルは、ハアッとため息をついた。


「それは……よいことではございませんの……?」


 リシアは、泣きそうな声で言っていた。

 ここまでゆがんでいるリーゼルが、それをよいと言うとは思えない。


 しかし善意を信じたかった。

 けれども人を信じたかった。

 食べるものも食べれなければ満足に着るものも着れず、雨風をしのぐための住居すらない生活をしていた自分を拾って育てて、人を信じることのすばらしさを教えてくれた神父さまのようになりたかった。


 リーゼルは、きょとんとした顔で言った。


「平和がずうっと続いていたら、尊敬されなくなるじゃないですか」


 想像通りの答えであったが、想像以上の悲しみだった。


「毎朝パン食べることができるパンと、週に一度しか口にできないパン。

 人が深く感謝するのは、週に一度のパンでしょう?」


「そこに現れたのがこの私――美しき男神ゼフィロスである」


「ゼフィロス様は、望みを叶える力をくれました。

 海砂の上に立てる奇跡に、強いサメをひとりで殺せる力。

 村の人たちに、死なない程度の病気をかける力……」


「病気にまでしていたというのですの?!」

「リシア様がお助けになられた子どもがいらっしゃいましたよね?

 あの子などはまさにそうです」

「あのような、幼い子にまで……?!」


「病気になった幼い少年。

 必死に駆け回る母親。

 救ってはくれない荒くれ。

 いよいよダメかと思ったところに、颯爽と現れるボク。

 そして神の力を使い、少年を助ける!

 子供は死なず人々は神を信じ、このボクは尊敬を受ける!

 すばらしいじゃないですか!!」


「あなたには、恥というものがございませんのっ?!」

「恥があるから見栄を張り、崇拝されたいと思うのですが?」

「ッ……」


 リシアの瞳に涙が溜まる。悔し涙だ。

 自分が大切にしていた神――正確には、その神を信じていた人の想いを利用して侮辱しているかのような存在相手になにもできない。

 どこまでも下卑ているクセに、舌の回転は速い。


 それが悔しい。

 ひたすらに悔しい。


「ハハハハ。美しい。

 それでこそ、我が力をさずけるに相応しい存在だ」


「光栄です。ゼフィロス様」

「そのようなおかたの、いったいどこが美しいのですのっ?!」


「言わなかったかい? 私は寛容の神だ。

 飾らぬ欲望と欲求を貪り、自由のために邁進する姿こそを美しいと称して愛する」


「ッ……」


 リシアは言葉に詰まってしまった。

 価値観が違う。

 あまりにも違う。


 人間の形をして人間の言葉をしゃべっているのに、人としゃべっている気がしない。

 いったいなにを言えばいいのか、まったくもってわからない。


 いったいなにが正しくて、いったいなにが間違っているのか。それすらあやふやになっていく。

 心の真ん中にあった芯が溶け、足場が静かに崩れていく。


「フン……。くだらんな」


 ロロナが言った。


「わたしの思考はキミたちに近い。

 特にリシアたち白銀は、男女の営みも下賤である、不潔である、などと言う。

 しかし我々がどのようにして生まれたかと言えば、潔癖なる者たちは名前も言えぬ、交雑的な性行為からだ。

 もしも『神』が性的な行為を邪悪なるものとするなら、性的な行為でなければ繁殖できぬような存在は作らぬ。

 欲によって生まれて欲によって育ち、欲によって生きているのが我々だ。

 その欲を否定する気にはなれん」


「ほほぉ……。これはこれは、すばらしい。実によくおわかりのようだ」


 ゼフィロスは、パチパチパチと拍手した。

 しかしロロナは、軽蔑の眼差しで返した。

 

「だがそれは、自分たちだけで楽しんでいる場合に限る。

 今回のように謎の力と眠り薬で強引に拉致する手段を取ったやからが、自由を語るな」


「なるほど……なるほど。それではわたしから、ひと言だけ申しあげます」

「なんだ……?」



「すばらしい」



「なに……?」

「ゆるぎない信仰を持っているように見えて、実は儚い薄氷の上で震えている存在にすぎない聖女殿がすばらしければ、本当にゆるぎない信念を持っているあなたも、引けを取らずにすばらしい」


 ゼフィロスが、にやりと邪悪な笑みを浮かべた。


「ゆえに染める価値がある……リーゼル」

「はいっ」


 リーゼルは手を振るう。白い羽が、ロロナとリシアの首筋に刺さった。


「はぐっ……」

「っ……?!」


「それは麗しきゼフィロス様から賜った、寛容の羽です。

 これを刺された人間は、あらゆる欲求に対して寛容になります。

 今回解放して差し上げたのは――――性欲」


「くッ……?! はッ……、あッ……!」


 リシアが荒い吐息を漏らす。

 体温はあがり、体が熱っぽくなってくる。

 ゼフィロスが笑う。


「ククフフフ。すばらしい。実にすばらしい。

 今宵はふたりのうら若き乙女が、理性などという虚妄から解き放たれる!

 聖職を謳うものほど、その下にある欲望がほとばしっている!」


「ゼフィロス様は、どちらをいただきますか?」

「味で言えば聖女殿であろう――が、堕とす難易度が高そうなのは気丈なるロロナ殿だ」

「それではゼフィロス様は、ロロナ様のほうをお願いします」

「うむ」


 邪悪なふたりが近づいた。



――――――――――――――――――――――――


薄い本のような展開になってしまったふたり!

ケーマさんは手遅れにならずこれるのか、手遅れになってからきてしまうのか。

続きは来週の金曜日に!!

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