砂の魔物、ゼフェイム

 罠の毒ガスでレベルアップを果たしたオレは、ローラを手招きで読んだ。


「ちょっとこい」

「ふえ?」


 ローラは素直に寄ってきた。

 オレはそんなローラの口を、右手でガシッと塞いでやった。


「?!?!」

「実験なんだ。ちょっと動くな」

「~~~~~~~~~~~~~~~」


 ローラは苦しげにしていたが、大人しく黙っていた。

 しばらく待って手を離す。


「なんだったの……? ケーマ」


 ほんのりと涙目なローラに、オレは言った。


「毒ガス浴びたあとだけど、さわっても大丈夫かと思って」

「それをアタシで試すって、国士無双にひどくない?!」

「だけどお前で試さなきゃ、いったい誰で試すんだよ」

「確かに……。フェミちゃんで試すわけにはいかないものね……」

「だろ?」

「その通りねっ!」


 ローラは納得してしまった。

 頭の悪そうな満面の笑みを浮かべている。頭のアホ毛も、ぴこぴことゆれている。

 毎度のことだが、心配になってくる頭の悪さだ。

 だからオレから離れんなよ。という意味も込め、頭をよしよし撫でてやる。


「ふへぇー♪」


 とても頭の悪いローラは、なにがなにだかよくわからないまま、しまらない笑みを浮かべた。

 なにはともあれ。


 今のオレでも、人に触れて大丈夫ということはわかった。

 フェミルを呼び寄せ頭に手を当て、毒物耐性LV3を譲渡する。

 オレの耐性はなくなるが、貯まっていた信者ポイントを使い、新しく取り直す。

 レベル3のスキルとなるとかなりのポイントを消費してしまうのだが、今は安全優先だ。


 混乱耐性や麻痺耐性、即死耐性のレベル1もつける。

 本当は3とか4にしたかったのだが、ポイント的に無理だった。

 まぁ、ないよりはいいだろう。


 階段を登る。

 落ちてくる鉄球、落下する通路、ガーゴイル化する石像に、うるさい虫などがあった。

 みんな大体なんとかなった。


 鉄球は、落ちてきたところを殴って砕けばいいし、落下する通路は、通路が落ちるより早く進めばいい。

 ガーゴイル化する石像も、ガーゴイルを倒せばよろしい。

 呪いのボイスみたいなので手が微妙に石化したけど、むしろ攻撃力アップ感があった。

 そしてやたらとうるさい虫は、うるさいだけなのでシカトした。

 するとローラが、決め顔で言ってきた。


「あの虫は……無視をするって言うわけね」


 なんか本人、すごいうまいことを言ったような顔をしている。

 とりあえずぶん殴った。

 軽く殴ったつもりだが、意外と派手に吹っ飛んだ。


「ねぇケーマ! 突っ込みって言うには激しすぎないっ?!」

「あんなくだらないギャグを聞かされたオレの魂の痛みは、そんなもんじゃなかった」

「そこまでえぇ?!?!?!」


 そんなことをしていると、階段のゾーンが終わった。

 平たい空間にでる。

 足場が砂で埋もれた、室内砂漠みたいなゾーンだ。


「なにもないですね……」

「階段は…………向かいのほうか」


 フェミルもオレもじっと黙った。

 建物としては明らかにおかしいフロア。

 階段は、すこし離れたところに設置。

 これはもう、なにかあるに決まってる。

 しかしローラは気づかない。


「ケーマ、早く行きましょうよ! 階段あるんだから!」

「アホかオマエは。罠の可能性を考えろ」

「ふえぇん!」


 オレにツインテールの片割れを引っ掴まれて、ローラは喘いだ。


「ですがロロナさんたちが捕まっている以上、早く進まないといけませんよね……」

「その通りではあるな」


 人質としての価値がある以上、殺されはしないと思う。

 が、ひどい目にあわされる可能性はある。


「どうせ先に進むなら、アタシの髪の毛を引っ張る必要はなくない?!」

「罠があることを覚悟して進むのと、なにも考えないで進むのとは違うだろうが」


 オレはひとりで歩きだす。

 ざしゅっ、ざしゅっ、ざしゅっ。

 砂は存外に深い。足首ぐらいは簡単に埋まる。


「まだこっちくんなよ。この足場で罠があったらまずいからな」

「アタシを先に進ませて、アタシで罠を確認とかはしないんだ……」

「オマエはオレを、いったいなんだと思ってやがんだ」


 オレは軽い突っ込み代わりに、水魔法を駄女神の目に浴びせてやった。


「ふえあぁー! 目がぁ! 目があぁ! ケーマのドエスッ! ケーマがドエスうぅ!!!」


 のたうち回る駄女神だけれど、オレはしっかり加減している。

 言うほど痛くはないはずだ。

 それでも一応ヒールをかけて、先へと進む。


 部屋の半ばまできた。

 イヤな雰囲気。

 バックステップ。


 つい先刻までオレが立っていた場所に、砂の津波が通過した。

 すぐ目の前を、時速一〇〇キロの列車が通過したかのような感覚だ。


『回避した――か。ククキャキャキャ』

「何者だ……?」


 声のほうを見る。

 砂人形がいた。

 大きさは人間の子どもぐらいで、目がなければ口もない。

 ただ形が人間っぽいというだけだ。


『偉大なる男神・ゼフィロス様の忠実なるしもべ・ゼフェイムだきゃー。この塔の番人――「火炎放射アッ!」ぎゃーーー!!!』


 塔の番人ということは敵。

 オレはとりあえず焼いた。

 しかし嫌な感覚はぬぐえなかった。

 足元で、振動を感じる。

 なにかが動いている。


「ローラ! フェミルッ!」


 オレはダンッと走りだす。ふたりを脇に抱えて飛んだ。

 ざばぁんっ!

 ふたりの立っていた場所に、砂が間欠泉のように吹きだす!!


『この部屋の砂は、我と同一なんだぎゃー。

 この空間で我と戦うということは、広さ二十五平方メートル、深さ三十センチ、重さ三十トンの砂と戦うということなのぎゃー』


「ふええっ……?!」

「はうっ……」


 ローラとフェミルのふたりが怯む。

 無理もない。

 三十トンの砂は三十トンであるからにして、三十トンの砂と同じくらい重い。

 そんな砂と戦ったことはないが、キツそうだな、とは思った。


「ふえぇん、どうしよう、ケーマ。どうしようぅ」

「作戦だったらふたつある」

「ホントっ?!」

「まずひとつ目が――サクリファイスゴッデスだ」


「それでいきましょう!!」

「いいのか?」

「なんかよくわかんないけど、ゴッデスって女神でしょ?! アタシでしょ?!

 だったらもう、すごい作戦に決まってるでしょ?!」


「それなら説明をするぞ」

「うんっ!」


 オレは向かってくる砂を火炎放射で払いながら、ローラに説明をした。


「まずはオマエにここに置く」

「うんっ!」

「次にオレは、敵を無視して階段を登り、リシアとロロナを救出する」

「アタシは……?」


「死ぬ」


「ふええっ?!」

「これがサクリファイスゴッデスだ。

 ゴッデスをサクリファイス――つまり生け贄にしているあいだに敵を無視して目的を達成する。女神は死ぬ」


「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「自らを犠牲にしてまで仲間を助けようとするとは……実に気高い」

「気高いってことはその通りだけど、犠牲になるのはイヤアッ!

 もうひとつの、もうひとつの作戦にしてえぇ!!!」


「仕方ねぇな」


 飛んでくる砂を火炎放射で焼き払い、やれやれとつぶやいた。

 そして火炎放射で焼き払っていたせいか、ゼフェイムのほうが痺れを切らした。


『ええいこしゃくな! これでも食らうきゃあ!』


 砂が一斉に引いていく。

 そして部屋の奥に溜まり――。


 三十トンのタイタルウェーブッ!!


『閉鎖空間で放たれるこれは、右にも左にも逃げ場がないぎゃ!。

 上は天井で下も床。圧殺以外にはないんだぎゃー!!!』


 ジェレイムの本体であり武器でもある砂が、雪崩のように突っ込んでくる。


「ふえぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

「はうぅ……!」


 ローラが叫んでフェミルが目を閉じ覚悟を決める。

 ゼフェイムは当初の勢いのまま、壁にまで到達した。

 部屋の中にいたオレたちは、客観的に見れば完全に飲み込まれた。

 が――。


 実際には無傷。


『ぎゃきゃっ?!』


 と戸惑う声もする。


『どこに行ったぎゃっ?! どこに行ったきゃあっ?!』

「こっちだよ」


 オレはフロアの下にいた。

 ゼフェイムの津波がくる直前に、床を踏み抜き移動したわけである。

 今は螺旋階段の端から、ゼフェイムがいるフロアを見上げている。

 ゼフェイムの砂人形が、穴から顔をだしてきた。


『そこにいたぎゃあっ?!』

「ああ」


 オレは自身の剣を振る。

 ズバアッ!!

 剣圧が、ゼフェイムの砂人形を裂いた。


『ぎゃぎゃぎゃぎゃっ、ムダムダムダムダ、ムダなんだぎゃあ!

 ちょっと切ったぐらいぎゃあ、三十トンの千分の一も切れていないんだぎゃあ!』


「そうか」


 だがオレは、意に介さないで剣圧を飛ばした。

 ズバズバ、ズバアッ!

 ゼフェイムのフロアに隙間をあけまくってから、火炎放射をぶっ放す!!


『ぐぎゃああああ!!』

『熱いぎゃっ! 熱いぎゃああっ!!!』

『体が体が燃えるぎゃああっ!!』


 これぞ秘奥技、『フロアの中で強い敵なら、フロアからでて攻撃すればいいじゃないアタック』だ。

 堪りかねたジェレイムが、オレが踏み抜いたり切り開けたりした穴や隙間からでてくる。


「フェミル!」

「はっ、はいっ!」


 しかしながらでてくる端から、フェミルがファイアーボールで焼き払う。

 二十分が経った。

 悲鳴が聞こえなくなってくる。


 オレは階段を登った。

 部屋の中は異常に熱い。

 空気も完全に乾燥している上に、黒い砂とススにまみれていた。


 完全勝利!!


 しかしコイツは、まともに戦えばけっこう面倒だったと思う。

 そういう意味では、男神・ゼフィロスとかその配下と思われるリーゼルなんかは、かなり強いような気がする。

 まぁ、やってみないとわからんが。

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