ローラの思う安全なところとは。

 海砂と呼ばれる白い砂の砂平線さへいせんに夕陽が沈む。

 夕陽に照らされた海砂は、雄々しくも幻想的だ。

 だがオレは、それをのんびりと楽しむことができない。

 ロロナがいないからである。


「行くとするか」

「国士無双にぶちのめすってことでいいのね!」

「結論的にはそうなるな」


 オレとローラが結論づけると、フェミルが怖気ついた。


「本当に、その方針で行くんですか……?」

「日没には戻るって言ったのはロロナだ。

 ロロナが言った以上、戻ってこれないことはあっても、戻ってこないことはない」

「基本的にはそう思いますが、話が長引いているだけということも……」


「その時は、ローラが全裸で土下座する」


「ふええっ?!」

「話が難航してるだけなら、相手は悪人じゃないってことだ。

 全裸で土下座して謝れば、なんとか許してくれるだろう」


「待って待って待って待って! どーしてアタシが謝るの?!

 オマケに全裸で土下座なの?!」


「オレが全裸で謝罪するとか、逆に嫌がらせじゃねぇか」

「でも世の中には、色んなセーヘキの人がいるでしょ!

 例えばフェミルちゃんとか、ケーマの全裸に大喜びよ!!」


「確かに……、その、嫌悪か好ましいかで問われましたら、大変に好ましいという気も……はうぅ」


 話を振られてしまったフェミルは、真っ赤な顔を両手でおおった。


「だけどオレには、プライドがあるからなぁ。土下座はまだしも全裸はキツい」

「アタシにだってあるんだけど?!」

「安心しろ、ローラ」

「ふえ?」


「オマエが持っているプライドは、オレが砂漠に捨ててきた」


「なんてことしてくれてるのよぉーーーーーーーーー!!!」

「つい遊び心でな……」

「遊びでプライド捨てないでよおぉ! しかもアタシのおぉ!!」


「ま、諦めろ。

 最悪の場合、全裸だけはしないで済ませてもらえるかどうか交渉してやる」

「ふえぇん……」


 駄女神は、うなだれながらもうなずいた。

 最初に無茶な要求をされると、人は『せめて○○なら……』と思ったりする。

 最初からその○○を提示されていたら断るものでも、無茶な要求があると『せめて……』と思う。


 そこでハードルをさげてやると、相手は要求を受け入れやすくなる。

 ドア・イン・ザ・フェイスと呼ばれる交渉術だ。

 それにあっさりかかるとか、ウチのローラはマジで駄女神。

 ぽんぽんぽん。オレは頭を撫でると言った。


「そういうわけで、オレは殴り込んでくる。

 オマエはフェミルと、安全なところでやりすごせ」

「国士無双にわかったわ!」


 力強くうなずいたローラは、オレにむぎゅっと抱きついた。


「……?」

「ケーマのそばより安全なところってあるの?」


 駄女神は、小首をかしげてそう言った。

 犬に向かって犬と言い、猫に向かって猫と言う。

 そんな単純な感覚で、オレのそばが一番安全であると言い切った。

 その眼差しに曇りはなくて、胸がドキッと言ってしまう。

 不覚だ。


「せいぜい……離れないようにしておけよ」

「うんっ!」


 顔だけだったら天使のように愛らしい腐れ駄女神は、満面の笑みでうなずいた。

 蹴るか踏むか殴るかしたい。


  ◆


 リーゼルがいるらしい神殿についた。

 質のよさそうなヨロイに身を包んだ衛兵ふたりが、槍で道を塞ぐ。


「「何者だ?」」


「何者であるかと言われれば、諸般の事情で常識をなくしたケーマさんであると答える」

「「なに……?」」


「リーゼルに用がある」

「リーゼル様なら、聖神官たるリシア様と会話中だ」

「伝言とかは預かってないか?」

「そのようなものは……」

「そうか」


 オレは衛兵の後ろに回った。

 トンと首を打ってやる。

 衛兵は、その一瞬で意識を飛ばした。


「なっ――?!」


 残った衛兵が驚愕し、鋭く槍を突きだした。

 それはオレの胸板を貫く。

 が――。


「残像ね」


 オレはまたも背後に回ると、衛兵の首に腕を回した。

 チョークスリーパーの姿勢から、耳元でささやく。


「このまま首がコキャッてなるのと、リーゼルのところまでオレを連れて行くの。

 どっちが好みだ?」

「ひいいぃ!」


 オレは衛兵を前にして、神殿の中に入った。


(妙な動きを見せやがったら、その瞬間にバッサリだからな?)

(ひいぃ……)


 衛兵さんは、ほとんど泣きそうになっていた。


「ケーマって、定期的に容赦ないわよね……」

「オレはバランスのよさを主張する一方、やると決めたら躊躇しないケーマさんだからな」

「そうですね……」


 初めて会った時のことを思い返しているのだろう。

 フェミルは、目を伏せてつぶやいた。

 そんな調子で廊下を歩いていると、見回りの衛兵が歩いてきた。


「そちらのかたは……?」

「お……お客人だ。リーゼル様に、お用があられるという」

「お客人か」

「そっ、そうだ。大切な、お客人だ」

「了解した」


 衛兵は去っていく。

 しかし若干たどたどしい。

 バレそうで不安だ。

 いずれにしても、進むしかないわけだけど。

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