ロロナの会話

 ケーマどののセカンドネームがコサカイであるので、将来的にはロロナ=コサカイを名乗りたいが、今のところはロロナ=ハイロードであるわたしは、よい人間すぎて心配になるリシアと、怪しい雰囲気のある聖騎士・リーゼルといっしょに歩いていた。


 わたしが警戒していることをハッキリと述べたせいだろう。

 空気はあまりよいとは言えない。

 わたしは慣れている空気だが、わたしとリーゼルのあいだに挟まれているリシアなど、かなり居心地が悪そうだ。

 リーゼルが、からりとした笑顔で言った。


「その出で立ちから察しますに、ロロナさんは剣術が得意そうですが?」

「確かにわたしは、それなりに使える」


 わたしはコインを一枚だした。

 親指で弾く。

 剣を抜いて銀閃四閃。

 わたしは剣を前にだす。切っ先に乗ったコインはパラリと割れて、八等分になった。


「それで『それなり』とは、謙遜したものですねぇ」

「ケーマどのと接していれば、そうならざるを得ない」

「そんなにすごい人なのかい?」

「すばらしいおかただ」


 わたしは、淡々と続けた。


「わたしなどは及びもつかない圧倒的な力を持っていながら私欲には使わず、紳士的かつ公平なやさしさを持ち、思慮深く賢明だ。ケーマどのほどすばらしい存在と言えば、わたしは姉上ぐらいしか知らない」


(ああ……ケーマどの)

(愛おしい)

(愛おしい……!)

「今すぐケーマどののところに戻って、たくましく頼もしい胸板に頬ずりをしたい……!」


 と、ここで。

 わたしはリーゼルとリシアの視線に気づいた。

 ふたりそろってわたしを見てたが、なにも言わずに目をそらす。

 いったいこれは、どうしたことか。

 まさか――。


「お声がでていらっしゃいましたわ……」


 なんということだ。

 ウソや偽りは皆無だが、それとこれとは別問題だ。

 顔がカアァ――っと熱くなる。

 赤くなってしまっていることが、自分でもわかる。

 ふたりの顔を見ていられない。


「ふあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」


 自身の顔を両手で覆い、脱兎の勢いで走りだしてしまった。

 しかしすぐさま使命に気づいて戻ることができた点は、自分で自分を褒めておく。


   ◆


 さらに進むと、街の外れに宮殿が見えた。

 その手前には、長蛇の列だ。

 リシアが尋ねる。


「この列は……なんですの?」

「神官さまの、祈りを待っている者でございます」

「ずいぶんと、数が多いのですね……」

「神官様の数には、限りがございますので……」


「列がふたつあるのは、どういうことですの?」

「あちらは、より多くの寄付を教会にしてくださった方々の列です」

「寄付の額で、あつかいに差をつけているというのですの?!」


「苦々しくは思っております。

 しかし神官も人間。着る物がなければ凍えますし、食べるものがなければ飢えます。

 そしてこのような場ですから、それなりの待遇でなければ居着いてもらうこともできず……」


 リーゼルが、心の底から困っているかのような顔をする。

 真偽を測り兼ねる。

 心の底からそう思っているように見えれば、秀逸な演技のようにも見える。


 ただ確実に言えるのは、リシアを押し黙らせるには充分――ということだ。

 このリシア=ベルクラントは、見ていて不安になってしまうほどの善人である。

 相手が弱っている姿を見せれば、おかしいと思っても追及できない。


 そこを差し引いて鑑みても、リーゼルの説明におかしい点はない。

『教義』という理想論を除いてみれば、現実的なことを言っているようにも見える。


「ご客人ですか、リーゼル様」

「ああ、ご客人だ。間違えないようにね」

「ははっ!」


 衛兵の守る扉を抜けて、神殿に入る。

 礼拝堂を抜けていくつかの廊下を渡り、応接間に入る。


「狭い部屋だな」

「信者の方々が祈りを捧げるための空間と、神官の方々がくつろげる空間を確保して、残りの予算で――となりますと、必然的に……」

「切り詰めてはいらっしゃるのですね……」

「はい……」

「あるいは演技ではないのかもしれんな」


 わたしが言うと、リシアの気がほうっとゆるんだ――が。


「しかし熟練の詐欺師は、善人と区別がつかん。

 立ち振る舞いから善人に見えてくればくるほど、熟練の詐欺師である可能性を疑う必要がある」

「言い過ぎではなくって?!」

「そうだな。言った端から、『わたしは嫌なエルフだな』と思う。

 しかしわたしが嫌な人間である分、あなたが善人であってくれ」

「ロロナさま……」

「それにリーゼルが善人であるなら、謝罪して終わりだ。

 わたしが悪く思われることはあっても、それ以上はない。

 逆にリーゼルが悪人ならば、信じることは致命傷になり兼ねない。

 物事で重要なのは、なにが正しいかではない。

 リスクとリターンを天秤にかけ、どちらを信じるほうが損か得かだ」


 それにリーゼルに嫌われたとしても、わたしにはケーマ殿がいる。

 偉大なるケーマ殿であれば、嫌われ者のわたしも大いなる器で包み込んでくれる。


 本当に……なんなのであろうか。

 わたしを圧倒する強さを持っていながら、ひけらかすことはない。

 恐ろしいはずの敵でも窮地を恐れず立ち向かい、しかし驕ることはない。

 それでいて、無限のやさしさを兼ね備えている。


 神にすべてを捧げるという、大陸各地に広がる女神教の信徒の気持ちも、それなりにわかる。

 わたしも相手がケーマ殿であれば、心と体を捧げたい。

 わたしの首に首輪をつけて鍵を飲み込み外れないようにして、体中のあちこちにケーマ殿のモノであるという証を刻み込んでもらいたい。


 ケーマ殿……♥

 好き……♥


(ブンブンブン!)


 また異世界に飛んでしまいそうになったわたしは、首を振って理性を戻した。

 本番の会話だ。

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