サメをふるまう
(くうぅ……。きゅるるぅ、くうぅ~~~)
見るからにボロを着た浮浪者らしき少年や少女が、腹を押さえてこちらを見ていた。
視線はサメの白身が乗っている皿にいっている。
オレは皿を差しだした。
「食うか?」
手前の少女が、うつむいて尋ねた。
「おかね……ない…………」
「そんなもん気にすんな。弱ってる子どもから取ろうなんて思わねぇよ」
「ほんと……?!」
「ああ、本当だ」
少女は素早く飛びかかり、魚の切り身をガツガツと食べた。
「ボクも!」
「わたしも!」
「お兄ちゃん!」
様子をうかがっていたほかの子たちが、一斉に群がってきた。
オレはサメを切り分け切り分け、全員に与える。
500キロ近くあったサメが、見る見る小さくなっていく。
(あーん……♥)
「なんでオマエも並んでんだよ!」
当たり前に並んでいたローラの頭を、ひっぱたいたりもした。
アホのローラは、頭を押さえて涙目で叫ぶ。
「うらやましかったんだもん!」
「オマエは食ったろ?!」
「食べることじゃなくって、ケーマにやさしくされるほうよ!
どうしてケーマ、アタシ以外にはピンポイントでやさしいの?!
ピンポイント範囲やさしさなのっ?!」
「範囲だったらピンポイントじゃねぇだろっ?!」
相変わらずアホなので、お約束のようにほっぺたをつねった。
「ふえぇ~~~~~~~~~~~~~~~」
しかしそれはそれとして、サメのほうは食わせてやった。
「えへぇー♥」
その一発で、ローラは容易く機嫌を直した。
アホなだけあってちょろい。
アルティメットにちょろ神だ。
すると――。
「なにをやっているんだ!」
リーゼルが叫んだ。
「取ったサメを食わせてるだけだが?」
「勝手にそういうことをされては困る!」
「へ……?」
オレはリシアのほうを見た。
「わたくしたち白銀教団の管轄の地方では、教団員でないものが他人に施しを与えることを禁じてはおります……わね」
「なんだそりゃ」
「食というのは、天からの恵みだ!
女神ベルクラント様を感じながら食す必要がある!
教団員以外では、それをさせることができない!」
「まぁメシを食わせてくれる相手に感謝するってのは、人間の基本だわな」
実際地球の宗教も、それで流行った側面がある。
部外者が宗教を否定しようと、『宣教師はパンをくれた。あなたは?』と言われたら終わる。
「だけどオマエ、そんなん言うならくれてやれよ」
「施しならば、週に一回、施しの日にくれてやっている!」
「週に一回じゃキツいだろー」
「与えすぎると、人間は堕落する!」
「そんなこと言う割に、オマエや聖闘士のやつらはいいもの食ってるみたいだが?」
「それは努力を惜しまなかったからだ!
ベルクラント様は慈悲深い女神だが、口をあけてぼんやりと突っ立っているだけの者には何も与えぬ!」
「なるほどねぇ」
しかし世の中、そう理想通りにはいかない。
カネのない者は、日々の糧を稼ぐために働く必要がある。
そして糧のない者が働いてるあいだ、カネ持ちは勉強をしたり肉体の鍛錬をしたりできる。
モンスターと戦うにしても、よい武具と優れた護衛に守ってもらいながら経験を積むことができる。
貧乏人がマラソンをしている横で、自転車を使うようなものだ。
それも楽とは言わないが、普通に走るよりはずっといい。
しかもなまじ大変な分、環境や才能ではない。努力の成果だ。と思ったりする。
というかオレは、チートもらっちゃってるからね!!!
努力しろって人には言えない!!!
そしてリシアは、まごまごしていた。
「リーゼルさまのおっしゃっていることが教義的に正しいというのは、その通りでは、ございます……が…………」
無理もない。
リシアの感覚で言えば、リーゼルはなにひとつ間違っていない。
にも関わらず、結果だけが間違っている。
オレはサメを食いながら言った。
「そういうところも含めて、リーゼルと話せばいいんじゃねーの?」
「そっ……そうですわね! さすがはケーマさま!
よいことをおっしゃいますわ!」
リシアの顔が輝いた。
その反面、リーゼルは露骨にイヤそうな顔をした。
「そもそもキミは、リシアさまとはどのような関係でいるのだ?」
「んーっと……」
悩んでいると、リシアが叫んだ。
「ケーマさまは、わたくしの恩人ですわ!
山賊に襲われていたところを助けてくださった上、この街まで護衛してくださったのですの!」
「聖神官であるリシア様を、聖騎士ではない人間が……?」
「そこには少々、事情があったのですわ……」
「そちらの事情のお話も、聞かせていただく必要があるようですな」
リシアとリーゼルの会話を見つめ、ロロナがぽつりとつぶやいた。
「まずいな……」
「だな……」
「おいしいでしょ?! お口の中でほろりととろけて、味がいっぱいに広がって!」
「サメの話はしてねぇよ!」
いつものように、ローラのほっぺたを引っ張る。
「ふえぇ~~~~~~~~~~!」
フェミルが小さく手をあげた。
「なにが、どうまずいのでしょうか……?」
ロロナはリーゼルに聞こえないよう、小さな声で言った。
(味方であるかどうかもわからない相手に自分の弱みを見せてしまう善性は、しばしば食い物にされる)
「なるほどです……」
フェミルのかわいいウサミミが、ぴこぴこと動いた。
ロロナは静かに歩きだし、リーゼルとリシアの近くに寄った。
「別所で話をするのなら、わたしも連れて行ってはもらえまいか?」
「……?」
「実はわたしは、少々いびつな環境に生まれ育ってしまった者でな。
人を信じることが苦手なのだ。
リシア殿とリーゼル殿を、ふたり切りにさせて大丈夫だろうか? と考えてしまう」
なかなかの言い回しであった。
相手を疑うということは、『オマエは悪いことをしそうだ』と言っているに等しい。
言われていい気のする人間はいない。
しかしロロナの言い回しだと、反論するのは難しい。
「聖神官たるリシア様に危害を加えるなど、聖騎士であるボクがするはずが……」
「わたしもそうは思ってる。だからこそ、リシアのそばにいさせてほしい。
悪い人間などはそういないということを、肌で感じたいのだ」
そして相手が、善人であればあるほど、
「そういうことなら、よろしいのではなくって?」
となる。
最初にロロナがゆがんでいる自分を認めているため、『これは人助け』という意識が働くわけだ。
リーゼルはともかくリシアには、クリティカルに効く。
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