聖騎士リーベルの言い分

「「「大将!」」」


 聖闘士たちが振り返った先にいたのは、若い男だ。

 金色の髪に涼やかな瞳に、痩身の体躯。

 一見すると優男だが、翡翠のような緑色の瞳に宿る光は、どこか異様な雰囲気を感じさせた。


「はっはっはっ! ざまぁだな! この人数でリーベルの大将まできたとなれば、テメェに勝ち目は皆無だぜぇ?!」


 リーベルと呼ばれた男は、はしゃぐ男をギロとにらんだ。


「ボクは『なんの騒ぎだい?』と尋ねたわけだが?」

「ひっ……」


 はしゃいでいた男が怯む。

 いくら相手が雑魚といえ、眼光だけでビビらせるのはなかなかすごい。

 オレは代わりに言ってやった。


聖闘士セイントを名乗るあんたの部下が、女の人を蹴り飛ばした。

 だからオレがぶっ飛ばしたんだよ」

「それは事実か?」


 リーベルは、男のほうを見る。


「いいいっ、いえっ、違います! 聖闘士長セイントリーダーのサムソン様は、蹴り飛ばしたのではありません! 無銭信者の女性が、列に並ぶ余裕がない。列を飛ばすための寄付金も払えない。だからなんとかしてくれとサムソン様の足にすがりついてきたため、やむなく払ったのでございますっ!」


「事実ということだなっ?!」


 リーベルは激昂した。


「ひいっ……」


 怯む姿でそれを真実と認定し、男に蹴られた女性を見やる。

 膝が汚れるのも構わずに、地に膝をつけた。


「申し訳ありません。うちの者が、あなたに無礼を……」

「こ、こちらこそ、リーゼルさまにはいつもお世話になっております。

 今回も、リーゼルさまの優しさに甘えてしまっていたところがございますし……」

「そう言っていただけると、ボクのほうも救われます」

「それでは、わたくしはこれで……」


 女は子どもを抱きかかえたまま、立ちあがる。


「本当にありがとうございました……!」


 女はリーゼルとリシアに頭を下げて、背中を丸めて去っていった。

 リシアはそれを、温かな瞳で見つめる。

 偽善も打算もなにもない、純粋なる慈しみの表情だった。


 しかしリシアは、すぐさま険しい顔になった。

 リーゼルへ向き直る。


「ところで、リーゼルさま。

 聖闘士とはなんですの? わたくし聞いたことがございませんわよ?」

「聖闘士とは、街や周辺地域にいる悪漢やモンスターから、神官や街の方々を守るための組織でございます」


「それは聖騎士の役割ではないのですか?」

「この街に聖騎士は、ボクひとりしかいないのです」

「えっ?」

「女神ベルクラントさまの加護を受けた聖司教・ベガース=ベルクラント様より洗礼を受け、各地方に派遣されるのが聖騎士でございます」

「そうですわね」

「しかしこの地方には、その聖騎士がボクひとりしか配置されていないのです。

 増援の要請は何度もしました。しかし増援はおろか、返事がくることさえなく……」

「そんな……」


 リシアは絶句し、オレは言った。


「ま、ありえない話ではないな」


 なんせこの聖騎士さんは、左遷されてここにきたというお話だ。

 それならそういう嫌がらせは、あったとしてもおかしくはない。


(くいくいくいっ!)


 ローラが服の裾を引く。

 オレは引っ張られるまま、軽く離れた。


(あいつはいいやつってことでいいの?!)

(まだわかんねぇよ)

(なんで?! 今のお話、ありえない話ってわけじゃないんでしょ?!)

(ありえない話ではないからと言って、真実である保障もないだろ。

 真面目なやつは真面目な顔して働くが、あとで裏切るやつだって、真面目な顔して働く。

 私兵団を作るのは反逆の予兆って韓非子にも書いてあったしな)

(なるほどー……???)


 言葉ではうなずくローラだが、顔の周りにはてなマークがたくさんついてた。


(でもよくわからないんなら、とりあえず殴ってみるのはどうかしら?!

 悪いやつなら、それで本性をだすと思うわ!

 もしも悪くなかったら、その時は謝ればいいのよ!!)


(どこの邪神だ!)


 オレはローラの頭をはたいた。


(あいたぁ!)


 そんな会話をしているうちにも、リーベルの弁明は続いた。


「それでボクは、やむを得ず近隣のダンジョンを探索している冒険者や、砂漠にいる砂賊さぞくなどに、聖闘士という称号を与えて部下としました」


「教義の時間に居眠りしてしまうような、犯罪者の方を取り立てたというのですの……?」

「役職と称号を与えることで、身元と住居を明確にすることができます。

『聖闘士』という肩書にふさわしい意識を持った者も出てきています。

 昔より大人しくなっているのは事実なんです」


 リーゼルの横から、一般人が口をだす。


『リーゼル様の、おっしゃる通りです……』

『聖闘士の方々は乱暴ですが、強盗や人殺しまではいたしません……』

『当たり前と思うかもしれません。

 しかしその『当たり前』すらないのが、この街でした……』

『なにもわかっていないのに、悪く言うのはおやめてください……!』


 リシアはなにも言えなくなった。


「ご理解いただけますか」

「聖闘士については、わかりましたわ」


 リシアは、一定の理解を示した。

 その時だった。

 青いノロシが打ちあがり、男の声と早鐘の音が響いた。


「サメだーーー!!!」

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