砂漠の町と腐敗の臭い


 オレは騒ぎのところに向かった。

 椅子や屋台の並んだ屋外の屋台といった感じのところで、リシアが男三人に囲まれている。


 しかしリシアは怯んでいない。

 真正面から言い争ってる。

 オレはあいだに割って入った。


「なにがあったんだよ」

「このかたが、か弱き女性を蹴り飛ばしたのですわっ!」


 見てみると、女性がうずくまっていた。

 二歳か三歳の子どもを抱きかかえている。


「それは穏やかじゃないな」

「おれは蹴り飛ばしたんじゃねぇ。

 そのアマが足に組みついてきたから、足で追い払っただけだ」


「それを蹴り飛ばしたというのですわっ!」

「じゃあどうすればよかったっつーんだ?

 子どもの治療をしてほしいなら、列に並んで寄付金を払え。

 順番が待ち切れないなら、もっと多額の寄付金を払え。

 おれはちゃんと、そう言ってやったんだぜ?

 だけどこの女は、『今は手持ちがございませんが、必ず……』って言うだけなんだぜ?」


「それほどまでに余裕のないおかたから、むしり取ろうと言うのですのっ?!

 わたくし先ほど治癒魔法をかけましたが、本当に重い症状でしたわよっ?!」


「神官様の奇跡にすがろうって言うなら、カネを払うのは当然じゃねぇか」

「そのような物質主義からの脱却こそが、わたくしたち白銀砂丘の意義にして教義ではなくって?! そのヨロイについている胸元の紋章。知らないとは言わせなくってよ!」


「そんな教義は、聞いたことがねぇなぁ」

「なんせ教義は、難しいですからねぇ」


 男たち三人は、そんな風に言った。


「そもそもオマエは、誰なんだぁ?

 オマエみたいなやつがいるなら、聖闘士長セイントリーダーのおれ様が知らないはずはないんだがなぁ」


 男はリシアの胸元や太ももを、舐めまわすかのような視線で見つめた。


「あっ……あなたのほうこそ、なんですのっ?!

 聖闘士セイントなどという役職、聞いたことがございませんわよっ?!」

「リーベルさまが組織なさった、この街の人間を守る闘士のことだぜぇ?」


(ねぇケーマ。リーベルって、リシアちゃんが頼ろうとしていた男の名前よね?)

(同名の別人でないなら、100パーセントそうだろうな)

(つまりハズレってこと?)

(その可能性は高そうだな)


「そもそもあなたがたが足蹴にした女性は、この街のおかたではないのですのっ?!

 守ると言いつつ蹴り飛ばすのは、まったくもって理に合いませんわっ!」

「この街で人間を名乗っていいのは、白銀砂丘にちゃんとした寄付をしているやつだけだぜぇ?」


 男はペッとツバを吐く。穢れた唾液が、女に向かうっ!

 が――。

 リシアがさっと手を伸ばし、男の唾液を自身の手のひらで受けた。


「ッ――」


 ほんの一瞬、汚い唾液に顔をしかめるものの――。

 パァンッ!

 ビンタを放った!


「人として、していいことと悪いことの区別もつかないのですかっ?!」

「このアマぁ!!」


 男の拳が、リシアの顔面へ向かうっ!!


「はい、そこまで」


 オレは男の怒りの拳を、手のひらで止めた。


「なっ……」

「オレはこう見えて、バランスのいいケーマさんだ。見た目や態度がチンピラに見えても、心根までがチンピラだとは決めつけない」

「ぐっ、うっ、」


 手を引きたいのだろう。男は歯を食いしばり、必死になって力を込める。

 しかしオレが相手では、微動だにしない。

 オレは言った。


「けど無抵抗の相手にツバかけんのは、いくらなんでも度がすぎてるよなァ!」


 軽く飛び跳ね、蹴りを放った。


「ゴハアアッ!」


 男は派手に吹き飛んだ。

 三階建ての建物の天井のへりにぶつかり、一回転して屋根に乗った。


「アニキィ!」

「安心しろよ。手加減はしてる」

「うっ……、ぐぐぅ……」


 実際、屋根に乗った男の体は、ぴくぴくと動いていた。

 本気だったら、あそこにあるのは体ではなく生首だ。


「クソがっ!」


 取り巻きの男が、赤い筒を取りだした。


「ファイアッ!」


 叫びと共に、火の塊が飛びだした。

 空のほうに飛んでいく。

 ボゥンッと破裂し、赤い煙が宙を漂う。


「ギャハハハハ! 残念だったなぁ!

 今のノロシで、おれさまたちの仲間がわんさかくるぜぇ?!」

「弱い相手をなぶった次は、仲間頼みの暴力か」

「この街で聖闘士セイントに逆らうってことは、そういうブベラッ!」


 なにか言ってた男だが、ぶん殴られて吹っ飛んだ。

 そうこうしているうちに、荒くれたちがやってくる。

 その数、ざっと十八人。


「念のために言っとくが、オレがあんたらの仲間をブッ飛ばしたのは、あんたらの仲間が女の人を蹴り飛ばした上、ツバを吐きかけたからだぜ?」


「……で?」

「?」

「貴様は、たかが庶民を蹴り飛ばしたぐらいで聖闘士に暴行を加えた――ということか?」

「どうしようもないな」


 オレはリシアを背中にかばい、小さな声で言った。


(オマエは逃げとけ)


 しかしリシアは、大声で叫んだ。


「元を辿れば、原因はわたくし! 逃げるなどありえませんわ!!」


 やれやれ、だな。

 オレはロロナにアイコンタクトを取った。


(リシアたちを頼むな)


 しかしロロナは、ボンッと顔を火照らせた。


「ケケケッ、ケーマどの、いくらなんでも、このような場で、それは……」

「どんなメッセージを受け取ったの?!」


「それをわたしに言えと言うのかっ?!

 そういうプレイをしろと言うのかっ?!

 だがしかし、ケーマどのが言えと言うならっ……! やれと言うならっ……!」


 ロロナは顔を真っ赤にしつつ、スカートに手をかけた。


「いったいナニをしようとしてるのっ?!」

「ケーマどのが、視線でやれと促したことだっ!」


 カンチガイが起きている!!

 その時だった。

 奥のほうから声がする。


「いったいなんの騒ぎだい?」

「「「大将!」」」


 聖闘士たちは振り返った。

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