準災厄の穴


 ギルドへついた。

 定期便の情報が書かれた掲示板へと向かう。


「西方の……なんて名前の街だっけ?」

「砂漠の街――シーレイクシティ、ですわ!」

「シーレイクシティ、ねぇ」


 あんまり砂漠っぽくないな、と思いつつ、オレは掲示板を見た。

 が――。


「ないぞ?」

「はにゃっ?!」


 リシアが間の抜けた声をだし、掲示板を見る。

 指を差して確認しながら、二回、三回とチェックする。


「確かに、ございませんわ……」

「シーレイクシティに馬車がでてるはずないだろぉ? 兄ちゃん」


 日焼けしたスキンヘッドの男が声をかけてきた。

 取り巻きらしき男が四人いる。


「シーレイクシティはほとんど砂漠だ。行きたいってやつも少ない。

 定期便はもちろんねぇし、個人で雇っても手前の関所までしかいけねぇ。

 自分で馬車を雇ってから、砂船に乗り換えて進む。それが基本にして王道じゃねぇか」


「なるほど」

「色男、力と知識はなかりけり、ってかぁ」


 スキンヘッドがハハハと笑うと、取り巻きたちもハハハと笑った。


「そんな見せかけだけの兄ちゃんには、いろいろと勿体ないものがあると思うんだがなぁ……」


 スキンヘッドは、ロロナやフェミルたちを見た。

 どうやらオレは、因縁をつけられているらしい。

 ただひとつ、気になった点があった。

 フェミルやロロナに向かって尋ねる。


「オレって色男か?」

「わたしが知っている限りでは、世界で一番かっこいい男性です……♥」

「べたべたに惚れてしまっている身である以上、違うとは、けして……♥」


 フェミルとロロナが、オレの腕にくっついてのろける。


「まっ、まぁ、好ましい性格であるとは、思いますわっ!

 いやらしいのを除けば――ですけど!」


 リシアからの評判もよかった。

 腕を組んでそっぽを向いたりしているが、頬は赤く染まってる。


「国士無双に見め麗しい、美少女女神のアタシを連れて歩いていたら、そう見られるのは当然ねっ!」


 そしてローラは残念だった。

 実際はこの主張が正しいんだろうが、コイツから言われるとムカつく。


「もっと誇っていいのよケーマ! アタシという女神を連れている幸運を!!」


 チンピラたちの瞳から、嫉妬の色がしゅわりと消えた。


(これを許容してんのか……?)

(器大きすぎるだろ……)

(捨てがたい巨乳と、耐え難い痛みの天秤か……)


「なに失礼なこと言ってんのよー!」

「やヴぇ!」

「聞こえた!」

「「「逃げろおぉ!!!」」」


 チンピラたちは逃げだした。

 まったく、ローラのチンピラ撃退力は相変わらずだぜ。

 ほかの人に難癖つけてくるほど飢えている冒険者もドン引きさせるって、なかなかできることじゃないよ。

 なにはともあれ、情報自体は有益だった。


 オレは馬車を手配する。

 ロロナがなぜか、そわそわしていた。


「どうした? ロロナ」

「ばばばば、馬車で遠い土地へ旅をするというと、まままま、まるで、しんこんりょ…………なんでもないっ!!」


 ロロナは真っ赤になっていた。

 フェミルがぽつりと突っ込んだ。


「馬車での旅なら、初めて会った時にしていると思いますけど……」

「つまりわたしとケーマ殿は、初めて会った時からそのような…………?!」


 ロロナは目玉をぐるぐる回し――。


「きゅうぅんっ」


 気絶した。

 オレはしっかり抱きとめて、お姫さま抱っこをしてやった。


「クウゥン……♥」


 完全に気絶してしまっているロロナは、それでも本能でオレの胸元を握りしめて頬ずりしてきた。

 気絶してもオレのことが大好きだとか……。

 かわいい。


 馬車の旅は順調だった。

 というかロロナが強すぎた。


 オークの大群がでる。→「ケーマ殿! ここはわたしが!」

 オオカミの大群がでる。→「ケーマ殿! ここもわたしが!」

 コボルトの大群がでる。→「わたしが!!!」


 とにかくひとりで前線にでて、ザクザクと片づけてしまう。

 特にコボルトの大群は二〇〇匹ぐらいいたのだが、全部ひとりで追い払ってしまった。

 索敵も、エルフの聴覚を使っている。

 ピクピクと動く耳が、とてもかわいい。


「本当に、ロロナちゃんってばいい子ねぇ……♥」


 駄女神ローラは、そんな風につぶやいていた。

 ロロナの足の裏でも舐めさせてやりたいような気分だ。

 しかしそんなロロナが、不意に険しい表情を見せた。


「どうした?」

「前方の空から、禍々しい気配が……」

「止まってくれ」


 オレは馬車を止めさせて、前方の空を見る。

 一見すると普通だが、ロロナがおかしいと言ったのだ。

 信用してしばし待つ。

 三〇〇メートルぐらい前方の空が、どんよりと曇った。

 直径一〇メートルぐらいの穴があく。不気味なほどに真っ黒な穴だ。


「なんだあれは」


 オレがぼやくと、フェミルが言った。


「じじじじ、次元穴だと、思われますっ!」

「次元穴?」

「空間にできる穴のことです! 召喚士や女神のかたが魔界や異世界から眷属を召喚する時に使うことがあれば、自然現象でできることもありますっ!」


「それはヤバいのか?」

「穴の大きさや種類にもよります! あの規模と色ですと……魔界から、体長一〇メートル級のモンスターが入ってくることになりますっ!!!」


 ロロナが驚愕に目を見開いた。


「魔界から、一〇メートル級のモンスター……だと?」


 ロロナの絶望を象るかのように、黒い穴からは槍を持ったガーゴイルが現れてきていた。

 槍を持ったガーゴイルに、大型のグリフォン。

 そして漆黒の邪竜などだ。


「ガーゴイルは、まずいです……ね」


 フェミルがぽつりとつぶやいた。


「わたしが学園で習った範囲ですと、ガーゴイルはゴブリンが進化したものらしいです。ゴブリンと同じでオスしか生まれず、子孫のためには異種族の……を…………」


 フェミルは想像してしまったらしい。

 小さな体が小刻みに震え、杖を握る手にも力がこもった。


「強さは?」

「単体ですと、Cランク級。しかし一〇体集まればその特性により、Aランク級に匹敵するとも……」

「穴からでているあいつらは、軽く五〇体はいるように見えるが」

「そもそも一〇メートル級の次元穴は、準災厄と呼ばれる事象です……!」

「準災厄?」

「人がどう足掻いても防ぐことのできない大地震や大津波には劣るものの、国が総力を結しなければ万単位の被害がでる可能性もでるということです……!」

「それはひどいな」


 オレがぼんやりつぶやくと、リシアが言った。


「わっ……わたくしが、おとりになりますわっ!」

「えっ?」

「一〇メートル級の次元穴は、確かに準災厄に属しますわ!

 ただそれは、準備が遅れた場合ですの!

 速やかに報告できた場合は、その限りではございませんわ!」


「しかしそれでは、リシア殿がっ!」

「そもそもわたくしがいなければ、ケーマさまたちは遭遇することのなかった災難! それならば、わたくしが受けるのが筋というものですわっ!」

「仮にきっかけがキミであろうと、護衛をすると決めたのはわたしたちだ! 見捨てていくわけにはいかんっ!」

「ロロナさま……」

「ロロナさんのおっしゃる通り、です……!」


 ロロナが気丈に言い切ると、フェミルも震えながら同意した。

 そしてローラが、自信たっぷりに叫ぶ。


「アタシの出番ねっ!!」


「策でもあるのか?」

「成功率120パーセント! ダイアモンドに鉄板よ!」

「ダイアなのか鉄板なのかハッキリしろよ」

「えええっ、ええっと、それならダイヤ! 硬くてキラキラしてるやつ!」

「ダイアは実は割れやすいって聞くが?」

「えっ?!」


 ローラはこめかみに指を当てて叫んだ。


「ホントだっ!

 ダイヤの硬さはこすったり引っかいたりに対する硬さであって、衝撃には弱い! 

 トンカチとかで叩いたら粉々!!」


 頭が悪すぎる駄女神なローラだが、自称は知の女神である。

 知恵の泉と呼ばれるアーカイブ的なところにアクセスすることもできる。


 パッと聞くとなかなかすごいが、欠点も多い。

 まずバージョンが古いから、最新の情報は入っていない。


 使える知識も、広いが浅い。

 特定の食べ物が食用になるとは記されていても、調理法までは記されていない。

 そして最大の欠点が――。


 使い手がローラ。


 Sランク級の能力ですら台無しにし兼ねないバッドステータスが、大して強力でもないスキルにくっついているのだ。

 これはもう、絶望的と言わざるを得ない。

 価値を一言で言えば、『毎月二万円の維持費がかかる、そこまで優秀ではない辞書』である。

 尻をふける分、トイレの紙のほうがマシという説もある。


「ケーマ今、アタシに失礼なこと考えてなかった?!」

「ああ、すまん。トイレの紙とオマエなら、どっちのほうに価値があるのか考えていた」

「なにそれひどい! 謝って! 心の底から謝って!!」


「それはオマエの作戦次第だ。すごい策なら見直すし、肛門に筆入れて謝っても構わん」

「そんな約束していいのかしらねっ?!」

「いいから早く言え。敵がこっちに気がついてからじゃ遅いぞ」


「ええっとね、まずはケーマが、敵陣の中に入るの!」

「まぁオレが、一番戦闘力高いしな」

「次にケーマが、敵をたくさんやっつける!」

「なるほど」

「最後にケーマが、敵を全滅させれば終わり!!」

「…………は?」 


 なんと言えばいいものか。

 悩んでいると、ロロナが言った。


「それは即ち、ケーマ殿にすべてを任せているだけでは……?」

「でも間違ってないわ! この作戦なら、絶対に勝てる確信があるものっ!」


 駄女神ローラは、オレをびしっと指差し言った。


「さぁケーマ、謝って! 国士無双に神機軍師よなるアタシをバカにしたこと、肛門に筆を入れて土下座して――ふえぇ~~~~~~~~」


 アホなことを言っていた駄女神は、ほっぺたをつねられて喘いだ。


「ケーマどの! 敵がこちらに気がついたぞっ!!」

「仕方ないな」


 オレは魔法袋を取りだした。

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