ロロナちゃんは真面目

 チュン……チュンチュン。

 朝がきた。

 スズメとよく似た、黄色い小鳥の鳴き声が耳に響く。


 ぼんやりと目を覚ます。

 違和感があった。

 なにかとても大きなものが、目の前にある。


 さりげなく手を伸ばす。

 ふにゅっとした触感。

 おっぱいのようにやわらかで、むにゅむにゅとした触感だ。


 しかし身に覚えがない。

 ローラにしては小さくて、フェミルにしては大きい。

 サイズで言えば、CかDといったところだ。


 おっぱいと似ているのに身に覚えがないということは、おっぱいのようでいておっぱいではないということなのだろうか。

 寝起きのオレはよくわからないまま、ふたつあるそれの谷間に顔をうずめた。

 ぷりんなお山をむにゅっと握り、ほっぺたに挟ませる。


 ふにゅー。ふにゅー。

 すべぇー、すべぇー。

 味わってると声がした。


「ふわっ……あっ……。ケケケケッ、ケーマどのっ?!」


 ロロナの声だ。


「なにを朝からいきなり不埒なっ?!

 無論ケーマどのがわたしの体をどうしても所望するというなら構わないが、慈悲があるなら心の準備を――いったいわたしはなにを言っているのだっ?!?!?!」


 勝手に混乱に陥ったロロナは、勝手に叫んだ。

 いったいなにを言っているのかは、オレが聞きたい。


「っていうか、どうしてここに……?」

「それはわたしが言いたいセリフだっ!」


 ロロナは叫んだ。


「昨日、わたしは、ケーマどのにはぐらかされたことに気付いた。

 追うべきか追わざるべきか小三時間は悩んだが、このまま別れてしまうのはさびしいと思った。

 そこでリリナお姉ちゃ……ではなく姉上に頼み、ケーマどのが利用している宿を尋ねた!

 店主であるアーシャ嬢から酒を勧められ、付き合いのつもりで飲んだら飲みすぎてしまい、その後はローラ嬢たちの部屋に案内されて、そのまま眠り、一度深夜にトイレに立った帰りに………………原因はわたしかっ?!」


「イエスの力が強すぎて、キリストの領域に入ってるよ」

「ふあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!

 嫁入り前の体であるのに、殿方の布団に忍び込んでしまうとはあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「そんなことより、なんの用だったの?」

「わたしはわたしは、ケーマどののために仕事をしたい……」

「気持ちだけで十分だけど」

「はぐぅ……」


 ロロナはしょんぼり落ち込んでしまった。

 エルフの耳も、しゅうぅん……と垂れてる。


「そんな落ち込むことかな……」

「わたしはわたしは、働いていないと自分の存在価値を見出せんのだ……」


 オレはロロナの話を聞いた。

 祖父が仲間を見捨てた存在であったこと。

 母が自分を見捨てた存在であったこと。

 それによって迫害を受けていたが、リリナに救われたこと。

 しかし反面――。


「だからわたしは、働かなければならんのだ……」


 という考えに囚われてしまっている。

 こちらとしては好ましいと思うのだけど、ロロナ自体は大変そうだ。

 ムチで打たれて走っているのにも近い心持ちで、日々を送っている状態とも言える。

 オレは言った。


「わかった」


 ロロナの顔が、パアッ――と明るくなった。


「ついてこい」

「うむっ!」


 ロロナはまさに、尻尾を振ってついてきた。

 エルフの血と獣人の血が入っているので、エルフの耳とわんこの尻尾がついているのだ。


「なにをするのだ? ケーマどの! 護衛任務か? 鉱石採取か? ケーマどのの指令であれば、どんなことにも従うぞ?!」


 尻尾を振って働く気マンマンのロロナに、オレは言った。


「なまけろ」

「はぐ……?」

「しばらくのあいだ、なにもしないでゴロゴロとなまけろ」

「それは即ち、わたしに死ねと……?!」


 ロロナはナイフを取りだして、自身の首に突き当てていた。


「なんでそうなるのっ?!」

「働いていないわたしに、価値など……」

「その思い込みを払拭するため、しばらく働いていないでみろって言ってるんだよっ!」

「はぐっ、うっ、そうか……」


 オレは部屋のドアをあけた。

 パンツを降ろしていた着替え中のフェミルと、グースカ寝ているローラが見えた。


「ケケケケッ、ケーマさまっ?!」


 フェミルはなにもつけていない胸を、両腕で隠した。


「今日もフェミルはかわいいな」


 オレは無防備なお尻を、さわさわと撫でた。


「ケーマさまは、やらしいですぅ……」


 フェミルは身を固くして、オレのセクハラに耐えた。

 自分でやってて酷いと思うが、フェミルのお尻の尻尾は振られているので問題はない。


「ケーマどの……」


 先ほどのことを思い返したのか、ロロナは両の胸を覆い隠した。

 恥じらいに頬を染めつつも、自重を求めるようなジト目でオレを見ている。

 オレはローラのほうを見る。


「くふぅん。むにゃむにゃ。えへぇー♥」


 ローラはとてもだらしのない、駄女神な寝顔を見せていた。

 写真に撮って『駄女神』と名付けてコンクールにだせば、そのまま賞を取れそうだ。


「コイツを見ろ。このグータラっぷりでも、いまだ見捨てられてないんだぞ?」

「しかし、ケーマどの……」

「ん?」

「ローラどのがこのようなお姿でも愛されるのは、ローラどのであるからではないのだろうか……?」

「別に愛されてはいないけどな」

「それなら余計にダメではないのかっ?!」


「まぁとにかく、ちょっと休んだぐらいでロロナを見限るやつはいないよ。

 もしいたら、それはクズだから気にしないでいい」

「そういうものなのであろうか……?」

「そういうもの。そこで簡単に見限るやつは、ロロナじゃなくって歯車がほしかっただけ」

「本当に、そういうものなのであろうか……?」

「だから、そういうものだって」


 ロロナは、涙ぐんでしまった。

 もう本当に、身を切らなければ大切にされないと思っている。


「そういう意識が要らないとは言わないけどさ、ロロナはそればっかりじゃん。

 どこかで適度に甘えて休まないと、心が死ぬよ」

「くぅん……」


 ロロナは小さく縮こまり、子犬のようにうめいた。

 ローラが目覚める。


「ん……おはよぅ、ケーマ……」

「うん、おはよう」


 寝起きなローラは、寝癖でボサボサになっていた。

 オレは軽く押さえて撫でる。


「えへぇー♥」


 ローラは、愛らしい笑みを浮かべる。特にひょっこり浮かぶ八重歯が、とてもかわいい。

 見た目だけならかわいいのになぁ、ホント。


「ねぇケーマぁ。おなかすいたぁー」

「なに食べたい?」

「おいしいやつぅー」

「そうか」


 オレは踵を返し、ドアのほうへ向かった。

 ロロナがすっごく驚愕している。


「自分で食べる食事であるなら、自分で取りに行けばよいのでは……?」

「だけどケーマが、取ってきてくれるって言うし……」

「なるほど……」


 ロロナはメモ帳を取りだし、丁寧にメモった。

 その紙は白い。

 この世界での白い紙は、そこそこに貴重だ。

 メモ帳だったら、一束で三〇〇〇バルシーはする。

 その一ページに、こんなくだらないことを書き込んでしまうなんて……。

 とても真面目なロロナであった。


 しかしローラと足して二で割れば、ほどよくまともになると思う。

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